のび太とドラえもんはこの島の歴史ともいえるであろう遺跡の前に立っていた。老朽化も激しく壁はツタで覆われ、以前に人が住んでいたという生活感の面影はどこにも見当たらない。正門らしきものも半壊し、二人の侵入を阻むようなものもこれといってなかった。
「なんか、すごい有様だね……」
「うん」
「勝手に入っちゃって良いのかな?」
「テラも特に何か言おうとはしてなかったからね。大丈夫じゃないかな」
ドラえもんは閉ざされた門に向かって歩きながら答えた。高さニメートルほどの鉄製の門は傾き錆びていた。こじ開けるのは難しそうだが、この高さなら何とか登れそうだ。
「崩落があると言っていたから、そもそも立入禁止だとは思うけど……」
門に触れながらその奥を覗き込むと、所々に新しい崩壊の後が散見された。崩れた壁や粉砕された石の位置や形をよく見ると、自然的なものではなく人為的な破壊によるものに思えた。苔が付着している床の上に散らばっていることから、少なくとも一年以内のものだと予想できる。そんなことを考え、ジッと奥を見ているドラえもんの横にのび太が歩み寄ってきた。
「あれ……アポロンさんがやったのかな?」
「たぶん……そうじゃないかな」
「アポロンさんはなんで遺跡を破壊したんだろう?」
「さぁ……あ! そういえば掟のこと、テラに聞きそびれちゃったね」
「うん……でも、何か聞きづらかったから……」
「……そうだね」
「うん」
二人は何かを確かめるべく、門をよじ登り遺跡の中へと入っていった。遺跡の中央には大ホールがあったが、屋根と呼べるものは頭上にはなかった。おそらく経年劣化により崩落したんだろう。元住居と思 わしき場所に繋がる通路は絶たれ、その先にも崩落の跡があった。
「あんまり調べられそうな場所はなさそうだね」
「うん。あ、奥に何かあるよ?」
「なんだろ?」
「石板……?」
二人は大ホール奥にある大きな壁画の前に設置されている台座の前に立った。台座の上に配置された石版には何か文字が刻まれていた跡があったが、表面のほとんどが破壊されていたため、それらを読むことはできなかった。その破壊の様はところどころにくぼみがあり、やはり自然的というよりは人為的なものに見えた。
「……これ、アポロンさんが?」
「う〜んどうだろう? でも、そうだとしたら何で石板を?」
「ただの破壊衝動かな?」
「でも、どうやったら石板にこんなくぼみがつくんだろう?」
「何か特別な道具とか……まぁそれは考えてもしょうがない。とりあえず削れている部分を復元してみようか」
「そうだね」
「タイムふろしき!」
ドラえもんは石板を覆うようにタイムふろしきをかけた。
「どれくらいかな?」
「数年前程度ならすぐだと思うよ。ほら」
ドラえもんがタイムふろしきをめくると、そこには文字が復元された石板があった。石版には何か文字らしきものが記されているが、何て書いてあるかはわからなかった。
「読めないね」
「こんなときは……ほんやくコンニャク!」
二人はどれどれ? と石版を覗き込む。
石版には島の掟が二つ記されていた。
ムーの掟
ひとつ: この島の外に生息する知的生命体に対して、我々の持つ文明を伝授することを禁ずる。
ひとつ: この島の外に生息する知的生命体への攻撃、並びに侵攻による支配を禁ずる。
「なんか……普通のことが書いてあるような気がするんだけど」
「たしかに。でも、この島の文明は明らかにこの時代の世界よりも遥かに進んでいる。鎧も武器も中世並みのものがあるし、やる気になればこの時代の全世界を支配できるだけの力は持っている」
それはたしかにそうだ、とのび太はドラえもんの言うことに納得した。
「だから、二番目の掟はそれを抑制するための掟なのかも知れない」
「テラの言っていた掟というのは多分これのことだよね?」
「だろうね。この掟をアレスさんは頑なに守って……」
「アポロンさんが怒るのもわかる気がするなぁ」
「うん」
「でもさぁ、アレスさんは良い人だから掟を守れたのであって、そもそも悪いことを考える人が一人でもいたら、この掟を守るのってすごい難しいことじゃない?」
「そうなんだよね……おそらく大侵攻が起きるだろうね。でも、そんな大事件が起きていたら歴史がずいぶんと変わっていると思うし……そもそもムー大陸は滅ばない気がする」
「うーん……」
答えの出ない問題を考えながら、のび太は奥の壁画に目をやった。すると壁画の一部が光ったように見えた。
「ん? 何だろう?」
不思議に思って石板の台座の後ろに周り込み、壁画を調べようとグッと顔を近づけた。色の着いたガラスのような素材でできた壁画を見て、その綺麗さに思わず手を伸ばし指先が触れた。その途端、老朽化が進んでいた壁画の一部が剥がれで地面に落ちていった。
「あ!」
ガシャ……キン……
石畳に落ちた壁画の破片から妙な金属音がした。剥げた石畳の部分を覗き込むようにしゃがんでみると金属のような床が顔を出していた。
「ドラえもん! これ!」
「ん? これは鉄? ……いや……違う! この材質は……まさか!?」
ドラえもんものび太の横にしゃがみ、自分の手でその床を触ってみて驚いた。
「間違いない……これは、ぼくが居た二十二世紀の未来にしかない材質だ!」
「え!? だって、この遺跡は伝統的なものだって!」
「わからない……なんでこの時代にこんなものが……」
二人はその床の周辺にある石畳を剥がし始めた。徐々に未来の材質でできた床があらわになり、床下収納のような蓋の形状が確認できるようになった。大きさからいって地下への入り口だろうと二人には推測できた。
「開ける取っ手もなさそうだけど……どこかにスイッチとかあるのかな?」
「いや、正常に動作するかどうかも怪しいからここは……通り抜けフープ!」
ドラえもんが通り抜けフープを床に置くと、フープの中に地下に降りる階段が現れた。階段の先は真っ暗で何も見えない闇が奥へと続いていた。
「地下に続いているのか。このままじゃ暗くて見えないな……ヘッドライト!」
「あ、それ水中用ってわけじゃないんだ」
「ただのライトだからね」
ヘッドライトを付けた二人はゆっくりと階段を降りていった。階段は曲がりくねりもせず、素直に真っ直ぐ下に続いていた。階段は地下二階程度まで続いており、降りた先には頑丈そうな扉が一枚あるだけだった。
「潜水艦とかで見るような立派な扉だね。かなり厚みがありそうだ」
「この扉は明らかにこの時代のものじゃない。ぼくたちの時代レベルのものだ。材質は……やっぱりさっきと同じ二十二世紀のものだ」
のび太はハンドル形状になっている取っ手を掴んで回してみた。崩落などで砂汚れはあったものの、サビというものとは無縁の材質のようで、かなり軽い力で回すことができた。回すたびに天井から少量の砂がパラパラと落ちてくる。取っ手を回しきった状態で扉を押してみると、分厚いその構造とは似ても似つかない軽さで、のび太が身体を預けるだけで素直に開いていった。
「うわっ! 軽い!」
「そうだよ、頑丈で軽いんだ」
「すごいなぁ……」
ドラえもんたちが扉を開け部屋に入っていくと、そこにはたくさんのモニターや計器類が並んでいた。壁にひびが入っている箇所はあったが、崩落の影響はあまりないようにも思えた。ただ、それら計器類には電気は流れておらず、全ての計器は沈黙を保っていた。
「ここは何をする部屋なんだろう? 何かの操縦席のように見えるけど……」
「それにしても、このコンピュータは明らかに未来の世界のものだ。のび太くんたちの時代よりも遥か先の……」
「そうみたいだね。……このコンピュータ、動かないのかな?」
「うーん、無理みたい。電源の問題もあるだろうけど、何より基盤が故障していると思うよ」
ドラえもんはひびの入った壁を見ながら言った。
「そうだ! タイムふろしき! ……は、石板か。ちょっと取ってくる!」
「お願い!」
のび太は急いで階段を登り、タイムふろしきを手に戻ってきた。そしてメインとなる操作盤の上にフワッとかけてしばらく待った。
「……何も起きないね」
「きっとずいぶんと前の年代のものなんだよ。もう少し待ってみよう」
ブ……ン……ピッ……
いくつかのランプが点滅した。
「やった! 動いた! ……あれ?」
「少し前の状態に戻ったのかな。まだ故障してる所があるみたい」
「もう少しかぁ」
しばらくかかるかなぁ、と思った矢先、ドラえもんたちの後ろが突然明るくなった。振り返ってみると入り口付近の壁のモニターが復活していた。
ドラえもんたちは表示されているその内容を見るべく、そのモニターに近づいた。モニターには文字が表示されており、一番上のタイトルらしきものには「ムーの掟」とあった。
「ムーの掟って、さっきの石板の?」
「そうみたいだね」
「なーんだ」
「!? ちょっと待って!」
のび太が興味をなさそうに目を背けた瞬間、ドラえもんが興奮気味に語気を強めた。
「どうしたの?」
「これは……書かれている内容が違う!」
「え!? ほんと?」
ひとつ: 我々はこの惑星に住まわせてもらっている立場だということを決して忘れてはならない。
ひとつ: 我々はこの惑星が本来迎えるべき未来に対して干渉してはならない。
「ほんとだ、違う。でも、何だかふわっとした内容だね」
「たしかに石板はこの内容をもっと明確に置き換えた表現になってたけど、重要なのはそこじゃない!」
「え?」
「惑星という言葉が使われているんだ」
「あ! ほんとだ! じゃあ……」
ドラえもんはのび太の顔を見てうなずき話を続けた。
「ムーの人たちは地球外から来た異星人ということだよ!」
「そうだったのか……それでこれだけの文明を」
「でもおかしい……街並みやお城にしても文明レベルはこのコクピットのレペル程高くない。一体なぜ……?」
考えるドラえもんをよそにのび太はモニターを覗き込んでいた。
「あれ? 掟がもう一つあるよ?」
「え? ほんとだ。ナニナニ……」
『…………』
『え──ー!?』
遺跡の石板にはなかった第三の掟を読み、二人は驚愕した。