ジャイアンとスネオは再び森の中にその身を投じていた。街から砦に向かう通路を重点的に警備し、危険な動物を発見したら桃太郎じるしのきびだんごを与えるという、地味だが重要な任務をこなすためだ。だが今のところ、人間に危害を加えそうな獣とは遭遇せず、森は安全そのものだった。
「な、何も出ないね……ジャイアン」
「なんだスネオ、何か出てきて欲しいのか?」
「そ、そそ、そんなわけないよ!」
ズカズカと大きな歩幅で堂々と歩くジャイアンの後ろをキョロキョロと周囲を警戒しながらスネオがついて行く。スネオは怯えるあまり、ジャイアンのシャツを握ろうかという中腰姿勢になっていた。
「なんだよ! くっつくなよ、歩きづれえだろ!」
「だ、だって……」
ジャイアンはスネオを追い払うように腕を大きく振り上げた。
「うーん、やっぱ、道じゃなくて少し外れたところを歩くか」
「ええ!? あ、危ないよ!」
「そうだな。ま、それを排除するために来てるんだからな」
そう言いながら道を外れ、ガサガサと草をかき分ける音を出しながら淡々と奥に進むジャイアン。おいて行かれないように慌ててスネオも後についていった。
「ま、待ってよ! ジャイアンー!」
「スネオ、お前は逆側に行ってもいいんだぞ?」 「じょ、じょ冗談でしょ? もう!」
散々テラのことでイジられたので、ここぞとばかりにやり返すジャイアン。ふふん、と少し気が晴れるかのような顔を見たスネオは流石に少しボヤいた。
「ちぇっ……テラのためだからって張り切り過ぎなんだよな……」
「ああ! 何か言ったか?」
「な、なにも! えへへ」
そんないつものやり取りをしている二人の前に突然驚異がやって来た。身の丈ニメートルはあるクマが目の前に現れたのである。一瞬何が起きているのか分からず互いに静止した状態が続いたが、クマの雄叫びにより二人は我に返った。
「ゴアア──ッ!」
『出たー!』
二人は一目散に逃げ出し、その二人をクマが追いかける。とはいえ速さはクマの方に分があるため、徐々に二人とクマとの距離が詰まってきた。
「スネオ! こっちだ!」
そう言ってジャイアンは急に方向転換をした。垂直に移動方向を変えることで俊敏さの勝負に持ち込んだのだ。慌てて向きを変えようとするクマを見て、更に垂直に移動し背後を取った。ジャイアンの行動が早すぎたのかスネオはついてこれてはいなかった。そのためクマは動きの早いジャイアンよりも、動きの鈍っているスネオの方に焦点を定めたままだった。
「こっちだよ!」
不意に発せられた声に反応したクマは、首だけを動かし、すばやくジャイアンの姿を捕捉した。クマが身体を切り返そうとしたその瞬間、桃太郎じるしのきびだんごがクマの口に放り込まれた。
「ふう……なんとかなったな。もう人に悪さすんじゃねえぞ?」
そう言ってその場を立ち去ろうと背を見せたジャイアンに、なんとクマが襲いかかった。
「ゴアア!」
「なんだ!?」
「ジャイアン!!」
スネオは即座にジャイアンにタックルして突き飛ばした。その勢いで二人はクマの攻撃を無事かわすことができたが、勢いあまってもつれ草藪の中に転がっていった。
「サ、サンキュー、スネオ」
「いてて……とりあえず助かった」
「なんだ? きびだんごが効いてないのか?」
「また故障? ドラえもんめ〜!」
クマは周囲を見回し二人を探していた。ジャイアンとスネオはクマから離れようとそーっと移動をしていた。クマが二人に背中を向けた瞬間、スネオはチャンスとばかりにショックガンの引き金を引いた。だがショックガンからは何も発射されず、カチッという引き金の音が小さく響くだけだった。
(やっぱり故障か、ドラえもんめ〜!)
心の中で怒りながらスネオは再びクマから離れようと向きを変えた。その時、足元にある枝を踏んでしまい、乾いたパキッという音が周囲に漏れた。
「あっ!」
思わず声を出してしまったスネ夫はとっさに両手で自分の口を塞いだ。クマは声が聞こえた方向に振り返った。このままじゃまずい、と思ったジャイアンは、わざと音を出しながらスネオから離れるように移動した。当然クマは大きな音を出しているジャイアンに気付き身構えた。
「こっちだ! クマやろう!」
ファイティングポーズをとったジャイアンの手にはスーパーグローブが装備されていた。しかしドラえもんの道具は故障している可能性がある、いや、おそらくだが故障していると考えたジャイアンは途端に怖くなった。
それもそのはず、ドラえもんの道具がなければク マに立ち向かうなどという行為は自殺行為以外の何者でもないからだ。恐怖からくる凄まじい緊迫感。しかし、ジャイアンから決死の覚悟とでも言うべき気配でも感じ取ったのか、対峙したクマはすぐには襲って来ず、そのままジッと様子を伺っていた。
(勝てる見込みなんてねぇ……どうやって逃げる?)
とても長いようで短い時間が流れた時、先に緊張のピークに達したのはスネオだった。
「う、うわー! 助けてー! ママー!」
スネオは叫びながら一目散に逃げ出した。クマは新たに声が発せられた方向に顔を向け、怯えて逃げるスネオを見て目標を変えた。
「スネオ!」
スネオは泣きながら逃げる。クマがそれを追い、そのクマをジャイアンが追いかける。
「待て! このやろう!」
そんな言葉が届かないことはわかっている。だが言わずにはいられなかった。獣と人では走力が違いすぎる。結果、ジャイアンとクマの距離はどんどん開いていった。このままだとスネオが追いつかれるのも時間の問題だ。
「うわあー!」
スネオは逃げながら追いかけてくるクマにショックガンを向けた。何度も何度も引き金を引くが、ショックガンはなんの反応もしなかった。
「ちくしょう! なんで弾が出ないんだよ!」
余計な動作を行った分、逃げる速度が下がり、クマに一気に追いつかれた。捕獲距離に入ったクマは、その巨体を空中に放ちスネオに向かって飛びかかった。
「うわ──ー!」
「止めろ──!」
ヒョウッ!!
その時、ジャイアンの横を何かが猛スピードで通り過ぎて行った。
ガウルルルッ!
ガァァァッ!
その素早く通り過ぎた銀髪の獣は、クマの喉元に喰らいついた。たまらないクマは仰け反りながらもその獣を振り払おうと暴れ出した。
「ムク!?」
「へ!?」
ムクはクマの攻撃をかわして着地した。ニ匹の獣は互いの間合いギリギリのところで対峙し睨みを利かせていた。しばらくしてクマは分が悪いと踏んだのか、諦めて森の奥へと静かに消えていった。
「ムク、おまえ……俺たちを覚えているのか?」
ジャイアンの言葉に反応したムクは、クルッと振り向き二人の元へと走り寄ってきた。二人の匂いを嗅いだムクは、ジャイアンとスネオの頬を交互に舐め始め、尻尾を愛らしく揺らした。
「わかった! わかったから!」
さすがのジャイアンも大きな身体のムクに甘えられ、少々たじろいだ。
「まったく……身体のデカさといい甘え方といい、うちのムクとは偉い違いだな……」
「でも、助かったよムク。ありがとう」
スネオの素直な感謝の気持ちに喜んだのか、ムクはスネオの顔に頬を擦り寄せた。
「ははは、くすぐったいよ。……しかし……きびだんごの効果は切れてる……ということは、これはムクの素の性格として定着したということか……」
ムクの喉元を優しく撫でながらスネオはつぶやいた。
「ああ、そういやそんなことをドラえもんが言ってたかもな」
「道具が効いたり、効かなかったり……ONとOFFか……」
「さっきのクマには全然効かなかったのにな!」
ええい! とかんしゃくを起こしたように、ジャイアンはその場にあぐらをかいて座り、地面を軽く殴った。
ドズ──ン……。
スーパーてぶくろの効果によって、軽い地震が起きたように地面が揺れた。スネオとムクが軽く地面から浮き上がり、その出来事にムクは目をパチクリしてジャイアンの方を見た。
「あ? 何だ?」
ジャイアンは突然効果を発揮したスーパーてぶくろを見ながら疑惑の視線を送った。
「ということは!?」
何かに気付いたのか、スネオは真横にある木に向けて突然ショックガンを撃った。
ビビッ! ピシャン!
スネオの放ったショックガンは、軽く木の幹の表面の皮を剥ぎ、焼き焦げたあとを残した。
「なんだ? お前のも治ったのか?」
「やっぱり……」
スネオはショックガンを見つめて何かに気付いた様子だった。
「やっぱりって? どういうことだ、スネオ」
「うん、多分だけどこれは……」
スネオがそう言いかけた時、ムクが何かに反応し、上空に向かって威嚇し始めた。
グルルル……。
「どうしたの? ムク」
スネオはムクの睨む先に人影を確認した。この島でまだ空を飛べる人間は見ていない。嫌な予感がしたスネオは咄嗟に叫んで指示を出した。
「隠れて!」
そう言っていち早く草藪の中に隠れたスネオは。はやくはやく、というように手招きをした。ジャイアンとムクは、訳もわからぬままその指示にただ従い一緒に草藪に駆け込んだ。
「おい! どういうことだよ!」
「シーッ! あれを見て!」
スネオが指指す先には、高貴な王族の正装を身にまとったアポロンの姿があった。アポロンは空中を移動してきたのか、上空から現れフワッと着地した。
「アポロンじゃねえか! こんなところで何やってんだ?」
そう言って話しかけに行こうと草藪から身を出したジャイアンの腕をスネオは慌てて掴んだ。
「ダメだって、ジャイアン!」
「なんでだよ?」
「よく見てよ、あのアポロンはもう一人の人格の方だよ」
「え? そうか?」
目を凝らして見ると、確かに目つきの鋭さや立ち振る舞いに鋭利な雰囲気を感じる。それに正装をまとっているせいか、ただならぬ風格も漂ってくる。その独特のオーラを感じ取ったジャイアンは、すぐに元の草藪の中に身を隠した。
「たしかにそんな感じだな。どこかに向かってるのか?」
「さぁ……あ、ここって砦の近くだったんだ」
スネオの言葉に反応してジャイアンが周囲を見回すと、確かに百メートル程先に、自分たちが昼前に訪れた砦の入り口が見えた。道を外れてきたつもりが逃げ回った結果、元の道に戻るように移動していたらしい。
「あれ? アポロンは砦に向かってるんじゃないのか?」
着地したアポロンはそこから砦には向かわず、逆に少し離れた崖の方に向かっていった。そしておもむろにその崖から飛び降りた。その柔らかな動作からはむしろ「舞い降りた」という方が適切かもしれない。
「なんだ? 今少しこう……フワッとしなかったか?」
「したね。少しだけどフワッとした」
二人はアポロンが飛び降りた崖の場所まで急いで進み、ゆっくりとその崖下を覗いてみた。その後を続くようにヒョッコリとムクも顔を出す。
「ムク、目立つから」
スネオはムクの腕をポンポンと叩き、見つからないよう身を低くするように言った。
「おい、スネオ! あれは!?」
「ん? レムリアさんだね。……アポロンさんを迎え入れてる?」
崖下にはレムリアも居た。アポロンと何やら話した後、どうぞこちらへ、と迎え入れるように手を差し伸べアポロンを導き、その後に続くように歩いていった。その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「……笑ってた?」
「ああ、そう見えたな」
「レムリアさんも外界侵攻を考えているアポロンさんには反対してたよね?」
「だな。よくわからねぇ人だな」
「立場的にそう振る舞う必要があるのはわかるけど……どうも嫌々やっているようには見えなかったな」
「あの二人はどこに行ったんだ?」
「さあ、降りてみないことには……」
そう言って崖下に降りる場所を探そうとジャイアンたちが動き出した時、ドラえもんから通信が入った。