ドラえもんとのび太の二人は、遺跡で見たムーの第三の掟の内容を国王やテラに伝えようと城門前まで来ていた。高くそびえ立つ城門の両端には衛兵が不審者を寄せ付けぬよう目を光らせている。そんな中、息せき切って城門に向かった二人は、当然のように衛兵たちに囲まれるのだった。
『止まれ! 何者だ!』
『あわわわ!』
突然目の前に槍の矛先を突きつけられたドラえもんたちは驚きの声と共に急停止した。
「あ、怪しいものではありません!」
「そうです! どうしても王様にお伝えしなければならないことが!」
「王様に? 怪しいな、どこの街のものだ?」
「ま、街? えー……と、テラが何か言ってたような……」
「自分の住んでる街がわからないだと? いよいよ怪しい!」
「連行する! 大人しくしろ!」
「わー! 待ってください! テラに……せめてテラ王女に会わせてください!」
「テラ王女にだと!? 馬鹿言え! そんなこと叶うわけ無いだろう。よくもぬけぬけとそんなことが言えるもんだ。ほら! 来い!」
「待ってください! 本当に怪しいものじゃないんです!」
「何事ですか!? 騒々しい!」
城門の騒ぎをピタリと止めたその声は、鋭さがあり、それでいて規律の正しさを伺わせる凛としたものであった。
『ミヨイさん!』
衛兵の後ろには一糸乱れぬ姿勢で立つミヨイの姿があった。
「ドラえもん様にのび太様? この騒ぎは一体……どうなされたのですか?」
「ミ、ミヨイ様のお知り合いでおられますか?」
「テラ王女のご友人で、イスタ街から来られている商人の方です」
唖然とする衛兵に拘束を解くようにとミヨイは軽く頷いた。衛兵たちは急いでドラえもんたちの縄を解き、ミヨイの両脇で待機の姿勢をとった。
「ありがとうございます!」
「助かりました!」
「いえ、それよりもどんなご要件でしょうか?」
「はい。実はムーの掟のことで急ぎ王様にお伝えしたいことがありまして」
「掟……ですか?」
「はい。第三の掟のことです」
「第三の……それはどこで知ったのですか?」
ミヨイは全く動じずにドラえもんたちに聞き返した。
「城の裏手にある遺跡です」
そう聞いたミヨイはしばらくの沈黙の後、意を決するようにドラえもんたちに答えた。
「わかりました。国王様にお取り次ぎ致しましょう」
「ミヨイ様!」
「よろしいのですか?」
「あなたたち。ここでの件は一切他言無用です。よろしいですね?」
『ハハッ!』
踵を返し衛兵たちにそう告げたミヨイは二人を城へといざなうように城門横の通用門に向かって歩き始めた。衛兵たちは敬礼の姿勢を保ったままミヨイとその後を追う二人を見送った。
◇
ドラえもんとのび太は国王の部屋と思われる扉の前まで案内された。木製で三メートルほどの高さがあるその扉の表面には見事な彫り物が施されていた。
随所には金と思われるもので象られた装飾も見られる。まさしく王道の「王の元へ通じる扉」という雰囲気である。
「お二人はここでしばらくお持ちください」
ミヨイはそう言って扉に着いているドアノッカーをせわしくない間隔でコンコン、コンコンと計四回叩いた。すると扉の向こうから国王と思われる男性の声が返ってきた。
「誰か?」
「ミヨイです」
「何用か?」
「至急、お伝えしたいことがございます」
「わかった。入れ」
「失礼致します」
ミヨイは大きな扉を人ひとり入れる程度に開けた後、その姿勢を殆んど崩さずにスッと身体を部屋の中へと運んだ。扉を閉める際にドラえもんとのび太の方に「お待ちください」というように軽く視線を流した。
ドラえもんたちが部屋の外で待機してからニ分程経過した後、その大きな扉が再び開いた。
「どうぞお入りください」
ミヨイは二人が入室するに十分な程度に扉を開け待機していた。扉の向こうには玉座ではなく、おそらく公務をするであろう豪華な社長の席のようなものがあった。
国王はその席に座っており、こちらを伺うような眼差しを向けていた。ミヨイからの報告によるものなのか、その眼は鋭く光っているように思えた。ドラえもんとのび太はやや恐縮しながら国王の部屋へと入って行った。
『失礼します……』
入室の挨拶をしながら二人は国王の前まで歩を進めた。ミヨイも扉を閉めた後、二人に続いて進み、国王の右手後方に辿り着くと二人の方に向きを変えて控えめな待機の姿勢をとった。
「さて……ミヨイから話は聞いた。ムーの掟について話があるとのことだが?」
「はい! ムーの第三の掟のことです!」
「城の裏にある遺跡で見つけました!」
「ふむ……石版には掟が二つしか書かれていなかったと思うが?」
「はい。その石版の後ろの床に地下室への入り口を見つけたんです!」
「そこで第三の掟のことを知りました!」
「地下室に!? 入れたというのか!?」
突然の思わぬ報告にやや前に身を乗り出した国王は、しばらくして我に返り、ゆっくりと身体を後ろに倒すと椅子に深く腰掛けなおした。
「……あそこは王族でも極一部の者しか存在を知らない場所だ。それにしても、床が開くことはないはずだがどうやって……」
やや下を向いて腕を組みながらそう呟いていた国王は、改めてドラえもんたちに視線を戻した。
「いや、仮にその先の地下室に入ったとしても何もなかったはずだ。明かりさえ届かないあの部屋は、先祖の墓のようなものだからな」
そう言って良い答えに辿り着けず眉間をつまみ悩んでいる国王を見て、二人はなんだか申し訳ない気持ちになり、その辺はドラえもんの道具で解決したという旨を伝えた。
「なるほど、そんな道具が……しかし、きみの道具はこの島から発掘される道具の域を超えているな」
『あははは……』
苦笑いをする二人を見て、国王は何かに気付いたかのようにフッと軽く笑った。
「話を戻そう。それで第三の掟にはなんと?」
あ! と思い出したようにのび太とドラえもんは慌てて話し始めた。
「はい。第三の掟は……島の行く末に大きく関わることでした」
「と言うと?」
「第一、第二の掟が侵された場合、この島は消滅する、と」
「!?」
「ムーの祖先がなぜこんな掟を作ったのかはわかりませんが……十分に警戒する必要があると思い王様にお伝えに来ました」
「ふーむ……」
目を閉じてしばらく考え込んだ後、国王はゆっくりと目を開き二人の方を見つめながら語り始めた。
「警戒とは……アポロンのことだな?」
『……はい』
国王はため息を一つつき、姿勢を正すべくハンドレストに手を掛けゆっくりとその上体を起こした。
「国王様、私は席を外したほうがよろしいでしょうか?」
ミヨイの問いかけに国王は軽く手を掲げ、その必要はない、と小さく首を振った。国王の瞳はどこか遠くを見つめるような、それでいて確固たる決意を秘めているような雰囲気を醸し出していた。
ドラえもんとのび太も、国王のその真剣な眼差しを感じ取っていた。
「さて、ここから先を話す前に君たちに問いたい。君たちは一体何者だ?」
『え!? あ、あの……その……』
国王からの突然の鋭い問いかけに二人は激しく動揺した。しかしのび太は重要な内容だということを信じてもらうためにも、ここはごまかさずに素直に話そう? とドラえもんに同意を求めるのだった。ドラえもんもそうするしか信じてもらえないだろうと考え、のび太の提案に賛成した。
「まずぼくたちは、この島の住人ではありません。今まで隠していて……」
『すみませんでした!』
二人は深々と頭を下げ誠意をもって謝罪した。
「よい。それはわかっておったことだ。問題はない」
『え!? なんで……?』
驚く二人の顔を見て、国王は大したことではない、と小さく笑いながら言った。
「晩餐会の時、君たちは『地震』という言葉を使っただろう。地面が揺れたから地震だと」
「はい」
「この島の外の世界では頻繁に起きている現象だろうが、そもそもこの島には地震という現象そのものがないのだ」
「あ!? (そうだ! 島は浮遊していたんだ)」
「当然民はそんな言葉も知らない。にもかかわらず君たちはその言葉を知っていた。だから島の外からの来訪者だとわかったわけだ」
二人は国王の洞察力に唖然とした。
「すごい……ってぼくたち簡単にボロを出してたんですね……なんか、せっかく庇ってくれたテラに申し訳ないな……」
「ははは。あの子は優しい子だからな。きっと牢屋に投獄されないようにするための配慮じゃろうて」
テラの動向までも見抜くあたりは流石に親だなぁ、と二人は感心した。
「だが、それだけではないだろう?」
再び国王は鋭い眼差しを二人に向ける。
「先に言ったように、君たちの持つ道具はここの、いや、この世界の技術をも超越しているものだ。性質はこの島のものととても似ているようだが……なぜだ?」
これだけ洞察力が高い人を前に隠すことはできないと観念した二人は、正直に本当のことを伝えるべきだと考えた。その方が真実味は増すだろうというのも大きな理由だが、その消滅装置がいつ作動するかわからない状況にあるため、事を急ぐ必要があったというのが本音でもある。
「実は……ぼくたちは未来から来ました」
「なんと!?」
(!?)
そうのび太が答えた瞬間、後ろの扉からドアノッカーが当たる音が聞こえた。その音は意図的に叩こうとして鳴るものではなく、驚いて手を離してしまったが故に生じた音だった。国王は誰がそこに居るのかがわかっているように目を細め、入りなさい、と扉の向うに立つ人物に入室の許可を出した。ゆっくりと開いた扉の先には、申し訳なさそうにやや顔を伏せ、上目遣いでこちらの様子を伺うテラが立っていた。
「今の話を聞いていたね?」
「はい……申し訳ございません……お父様……」
「全く……行儀の悪い子だ」
そう言って国王はこちらへ来るようにゆっくりと手招きをした。テラは恐縮しながら国王の前まで進み、横に立つのび太の方に顔を向けた。
「盗み聞きしてごめんなさい」
「そんな、こっちこそ……ずっと黙っててごめんね」
謝るテラにドラえもんとのび太も謝り返す格好となった。
「テラよ。どのみちお前には伝えるつもりであった。また今は状況が状況なだけに今回の盗み聞きの件は不問とする」
国王はチラとミヨイの方を伺う。ミヨイは、国王様の望むがままに、と軽くお辞儀をし、その裁定を受け入れた。
「話を戻そう。第三の掟に関してだが、本来これは王族内でのみ語り継がれてきたものだ。この島の民が知った場合は問題だったが、今回は君たちのような外界の、そして心の優しいものたちが知るに留まっている。この点は本当に幸運だった」
そう国王に言ってもらえて喜ぶ二人だったが、少し気になる点があった。
「あのう……一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだね?」
「はい。第三の掟がもし発動した場合、とても不幸な結果になるのはみんなが理解できると思うんです。だったら第三の掟は隠さない方が、第一、第二の掟をみんな一生懸命守ろうとするのではないでしょうか?」
こののび太の意見にはテラも賛同し頷いた。
「そうかも知れない」
「ではどうして?」
「そうならないかもしれないからじゃ」
「え!?」
「どういうことでしょうか? お父様」
「人は善人だけではない、ということだ」
そう言って国王は皆の顔を今一度見回した。
「君たちはこの第三の掟がどのようにして実行されるか想像がつくかね?」
「多分……あの遺跡に何らかの装置があるんだと思います」
「そのとおりだ。この島で未知のものとは遺跡のものと同義じゃからな。では、その遺跡を破壊したらどうなるかね?」
『あ!?』
「そうじゃ。きっと第三の掟は発動しなくなるじゃろう。そして第一、第二の掟が邪魔だと感じる連中は、きっと遺跡を破壊しようとするだろう」
「……」
「第三の掟はそういった連中を外界に出さないための……この星の未来を守るための隠された抑止力なんじゃ」
「この星の未来を守るため……」
第三の掟が隠されていた真の狙いが明かされたことで場はしばし沈黙が続いた。そんな中、最初に口を開いたのはのび太であった。
「でもそれって……ここのムーの人たちが外の世界に侵攻しようとした場合、遺跡は……ううん、ムーの祖先たちはムー一族の滅亡を選ぶということですよね?」
「……その通りだ」
「そんな!?」
国王が躊躇なく肯定したことに驚き、テラは思わず手で口を塞いだ。
「なぜなんですか? お父様! なぜ祖先はそうも頑なに外界との接触を禁じるのですか?」
「落ち着きなさいテラ。……のび太くんとドラえもんくんだったか?」
『はい』
「君たちは未来から来たとのこと。ならばなぜそうしなければならないかも知っているのではないかな?」
テラは答えを求めるようにのび太たちの方を見た。
「……歴史が大きく変わってしまう恐れがあるからです」
「そのとおりだ。良い方向に導ける場合もあるが、その逆もまた大いにある。科学力は均衡していればそこまで大きな問題にはならないが、大きな差があると得てして悪い方向に行きやすいのだ」
「『科学』……ですか?」
テラは不思議そうに国王に聞き返した。
「テラには馴染みない言葉だったな。すまない。科学とはドラえもんくんの道具のようなものを指すのだよ」
「あの不思議な力ですね」
「そうだ。ここムーでも王族のみが持つ不思議な力だ。お前のペンダントもそうだな」
国王はテラの胸に輝くペンダントを指しながら言った。テラは改めて自分のペンダントを手に取り、目を凝らして眺めてみた。
「この島ではたまにこういった道具が発掘される。それらは全て王族に託すというのがこの島の決まりとなっているのだ」
「隠したりする人はいないんですか?」
のび太から投げかけられた問には、国王に代わってミヨイが答えた。
「国王様より報奨金が授けられますので、それを目当てに納めに来るという風習になっております」
「そうだな……しかしのび太くんの言うとおり、中にはそうする者もいるかもしれないな。ただそれでも大きな問題にはならない」
「なぜですか?」
「先のテラのように、ムーの人々は王族以外「科学」というものの知識を持たないためだ。これは祖先が意図的にそうしてきたようだ」
「それも外界への接触を防ぐためですか?」
「おそらくはそうだろう。そのため、道具の効果を予想することができない。また何よりその使い方を解明することが難しい。結果、ただの置物として扱われるのが関の山だろう。ならば金銭にしよう……と。表向きはこういう流れを期待しての政策じゃ」
国王が淡々と説明をする姿にテラは納得がいかなかった。
(外界との誤った接触が一族の消滅につながるかも知れないなんて……私達ムーの一族とは一体なんの為に存在しているのか)
そんな疑問が頭によぎった。
「お父様! 外界の人たちと共存する道はないのですか?」
「テラ……」
「そうですよ!」
「きっと道はありますよ!」
ドラえもんとのび太はテラを励ますように擁護した。だが国王の表情は暗かった。
「たしかに……あるかもしれない」
「じゃあ!」
「だが、それは今ではない。外界の文明や科学が同程度になるまで待つ必要があるのだ。それがアレスの一件で感じたことだ……」
「アレスって……確かアポロンさんが慕ってた……」
「はい、そうです。とてもやさしく、そして強い御方でした……」
右手でゆっくりと髭を細めるしぐさを繰り返しながら国王は浅く長いため息をついた。
「友好関係を築こうとするならば、強者は弱者の取る行動に寛容であり続けなければならない。しかし人には感情というものがある。ゆえに、それはとても難しいことなのだ」
国王は両の手を組み合わせ、机の上に両肘を付き話を続けた。
「アレスは最後まで私の、いや、このムーの思いを……その精神を貫いてくれた。だがその結果、アポロンのもう一つの人格を生んでしまった。アレスを外界への調査にやったのは時期尚早だったのだ……これは私のミスだ。彼には本当に申し訳ないことをした」
「……アレス兄さんが外界へ出向いたのは文明の調査が目的だったのですね……そしてお父様も共存の道をお考えに……」
「テラよ、その意思をお前が持ってくれていて父は嬉しく思うぞ」
そう言われてテラの哀しみに覆われていた表情が少し明るくなった。
「でも……それでもこの掟は何かおかしいと思う」
何かに納得のいかない表情ののび太に国王が問いかけた。
「……なぜ、そう思うのかね?」
「だって……あまりにも自分たちに厳しすぎるじゃないですか! 王様のような素晴らしい人がいて、その時期を待てるんだったら、こんな掟なんていらないじゃないですか!」
のび太は興奮気味に言った。感情が先走っていたためか、自分でも驚く位に饒舌になっていた。
「なのに……守れなかったら滅亡だなんて……わざわざ島を沈める装置まで造って……そんなの……何かおかしいよ!」
国王は真っ直ぐなのび太の物言いに驚き、聞き終わると共にゆっくりと深呼吸をした。そして目が潤んでいるのび太に向かって諭すように話し始めた。
「きみは本当にやさしい子だね。テラ、良い友人を持ったね」
「はい!」
のび太のムー一族への思いやりのある言葉を聞いて潤んでいた目を拭いながら、テラは元気よく答えた。
「では、その問に答えるとしよう」
『え!?』
「なぜ、そこまで我々一族は、自らを戒める掟を作らなければならなかったのかを」
そう言って国王は席をたち、ゆっくりと背後にある窓の方に向かって歩いた。窓に手を掛け懐かしむように外の景色を見渡したあと、ドラえもんたちの方に振り返った。
「まず、我々ムー一族は、この星の住人ではない。別の惑星から来た異星人なのだ」
「!?」
(やっぱり……)
テラはその真実に驚いた様子だったが、のび太たちは既にその事実を遺跡で知っていたため、大きく戸惑うこともなく素直に受け入れられた。
「ムー一族は、とても優れた科学力を持つ一族だった。だが、長い年月をかけて培われたその科学力は、あるちょっとしたきっかけで悪しき方向に使われた。なんの事はない。この星でも争いは起きるだろう?」
のび太たちは一瞬考えたが、すぐにその答えがわかった。
「そう、戦争だ。ただし、科学力を用いた大規模の……だ」
ドラえもんやのび太にはどういった内容のものかはすぐにわかった。その反面、テラは想像するのが難しそうな表情を見せていた。
「たぶん……一瞬でこの島が吹き飛んじゃうような、それくらいの大きな戦争だと思うよ」
「そんな!?」
国王はその発言に頷き、テラはその壮絶な内容に驚いた。のび太はやさしい言葉遣いで説明したつもりだったが、衝撃を与えないように伝えるのはやはり難しかった。
「無益な戦いにもかかわらず、愚かにもその戦いを続けたムーの祖先たちの人口は半分にまで減った。それでも互いを殺し合うことを止めはせず、むしろエスカレートしていったとのことだ」
「そんなことが……なぜ」
テラの問に国王は人は愚かであるとしか答えられなかった。そして、欲望というものは際限なく、時に人を狂気に走らせるものである、と付け加えた。
「資源の奪い合いから始まったその戦争は、母星の残り少ない資源を使って行うという思慮のかけらもない愚かな行為だった。結果、資源は無駄な浪費を続け当然ながら枯渇した。我々の祖先は、母星そのものの寿命を伸ばす道を自ら閉ざし、寿命を短くし破壊する道を選んだのだ」
ドラえもんとのび太はその話を聞きながら、自分たちの住む地球が辿るかもしれない一つの未来の印象を受けた。
「そんな中、科学者の中にいた平和主義者を筆頭に数百人が母星から脱出した。何十、何百のワープを重ね、ようやくこの惑星に辿り着いたのだ。そして二度と同じ過ちを犯してはならない、という厳格な意思を込めて、この三つの掟を造ったのだ」
そこまで話した国王は、自分の指輪を口元付近まで持っていき、まるでマイクに何かを吹き込むように合言葉らしきことをつぶやいた。すると指輪の中から一冊の本が空中に現れ、国王はその本を手に取った。
「その本は……?」
「先祖代々、王族に継承されているムーの掟が記されている教典じゃ。先程までの歴史も記されておる。我々が紡いでいくべき意思の結晶とでも言うのかのぉ……」
そう言って国王は本は開き、ムーの掟一つ一つの真意を語っていった。
■
一)我々は、この惑星が本来迎えるべき未来に対して決して干渉してはならない
この惑星は本来、先住している生物たちのものであり、外部から来た我々が、その歴史、生物の進化に影響を与えることは、先住生物たちの従来の進化を阻害してしまう行為である。
今、我々が彼ら現住生物よりも遥かに優れているとしても、長い歴史の後もそのままとは限らない。我々が進化を経て獲得した今日の幸福を得る権利は、現住生物にも平等に存在している。
そのため、余計な干渉、ましてや支配により、それら生物の進化を妨げることは、知識を高めることによりくらしの豊かさ求める知的生物の行う行為として最も愚かなことである。この先我々が、この惑星の現住生物が進化した後に生み出す知識の恩恵を授かる可能性は十分にあり得るのだから。
二)我々は、この惑星に「住まわせてもらっている」立場であることを決して忘れてはならない
現住生物にとって我々は所詮、外部から来た知識を有した厄介者である。惑星の持つ生命、そこから生まれた生物、及びその未来というものはそれだけ尊いものである。ゆえに我々は、自分たちの立場を常に自覚する必要があり、決して第一項を犯すような愚行に及んではならない。
三)我々がこの惑星の生物進化に影響を与える行為を及ぼした場合、またはそうと判断された場合、今、我々が住んでいるムー大陸全土は消滅する。
この第三項は王族以外に公にすることを固く禁ずる。これは、遺跡の破壊を未然に阻止するのと同時に、この惑星の尊い未来を守るためである。
■
王様の読み上げた掟に関する情報をのび太たちは黙って聞いていた。それは、自分たちの母星だけではなく、他所の惑星までも滅ぼしてしまうという最大の愚行を侵さぬように造られた、とても厳しい掟であった。
テラは複雑な心境ではあったが、祖先がこの厳格な掟を造った気持ちには少なからず共感していた。
「しかし人間の思考や感情というものはそんなにうまく統率の取れるものではない。それで祖先たちは遺跡に「ある機能」を備えたのじゃ」
「ある機能ですか?」
「洗脳装置じゃよ」
『え!?』
「遺跡には、脳波に対しての洗脳操作(送信)と同時に、各ムー人の脳波の管理(受信)も行っている。そのため、先のような侵略思想を民が抱いていると遺跡のマザーコンピュータが判断した場合、大陸消滅プログラムが動作するようになっている」
「穏やかな気性にするために全国民を脳波コントロールしてたということですか!?」
「そういうことじゃ。また、こうも記されておる」
・惑星を脱出できる程の推進力に関する科学技術
・ワープ技術
・破壊兵器の製造技術
これらに関する技術を伝承することを禁じる。これは「惑星が滅びるならば、脱出して新たな惑星を探せば良い」という安易な考えを子孫に持たせないためである。その惑星の環境を大切にし、共に生きていくという思想を持つことが、ムー人が真に健全に繁栄していくためには必要なのだ、と。
そう語り国王は本を閉じた。その本をポンと軽く空中に放ると、指輪の中に再び吸い込まれていった。
「これがムー一族の秘密であり真実だ」
のび太たちは得られた情報を整理しているせいで一言も発することができず、王室にはしばし静寂の時が続いた。だが、その静けさを消し飛ばすように王室の扉が突然大きな音を立てて開かれた。
「何事だ!」
「タミアラ!?」
王室内の全員が扉の方を見ると、そこには重症を負ったタミアラの姿があった。左腕、左足を負傷しているようだが、その服には一切血は付いていなかった。
「アポロン様が王家の宝具を持ち出されました」
「何だと!」
負傷しているにもかかわらず、タミアラの声は平常心そのもので、言葉からは疲労感のかけらも感じなかった。ただ、ややかすれている声のように聞こえた。
「危惧していたことが……やはり外界侵攻の準備を整えておったのか。この星のため、ムーのためにもアポロンを止めなければならぬ。ミヨイ! ワシの宝具を準備させい!」
「はっ!」
「あ! あの! 早くタミアラさんの手当を!」
国王やテラ、ミヨイがあまりにもタミアラへの配慮が希薄すぎており、のび太はこらえきれずに声を上げた。
「ん? おぉ、そうだな。ミヨイ、あとは頼むぞ」
「承知しました」
「え!? そ、それだけですか!?」
「だってあんなにケガをしてますよ!」
「ケガ? なるほど、そういうことか。案ずるでない。タミアラは人間ではない。アンドロイドじゃ」
『ええー!!』
「動くのは困難かもしれんが痛みはない。そして、そこのミヨイもな」
『ええー!?』
驚きを継続したままドラえもんとのび太はミヨイの方へ顔を向けた。廊下のメイドへ指示出しを終えたミヨイは二人の視線に気付き、国王の言を肯定するようにお辞儀をした。
「驚くことでもなかろう? ドラえもんくんだってそうではないか。この王城内のメイドたちもそうじゃ。王城内で王族以外の人間はレムリアしかおらぬ」
(たしかに国王やテラはドラえもんを初めて見たときでも驚かなかったな、普通なら青ダヌキだ何だとイジられるのに……)
「国王さま、王家の杖のご用意が整いました」
「うむ。では行くとするか」
『ぼくたちも行きます!』
国王はのび太の申し出を背で聞き、少し迷う素振りを見せた。だがすぐにのび太の方を振り返り丁重に断るのだった。
「君たちの気持ちはありがたいが、今回は危険過ぎる。そのような場所に大切な客人を赴かせるわけにはいかん」
「でも!」
国王は食い下がるのび太の肩に手を置き、奥のテラの方に顔を向けた。
「君たちにはテラをお願いしたい。頼まれてくれるか?」
そう言われたのび太は国王の視線の先にいるテラの方を振り返った。テラは様々な思考を巡らせ迷っているようだった。兄であるアポロンを助けたいが、非戦闘要員である自分が足手まといになることも理解している、そんな様子だった。
「さて、愚かな息子を止めに行くとするかの」
国王はそう言いながらのび太の肩から手を離し、いざアポロン討伐へと出陣していった。