「王様!」
「おお、きみたち……そしてテラ、よく無事で」
「お父様! お身体は大丈夫なのですか?」
「ああ……ドラえもんくんのおかげでな」
「待っててください。お医者さんカバンを出します」
国王はお医者さんカバンの効果で再び全快した。
「おお! ありがとう! しかし本当に素晴らしいな君の道具は」
「でも……薬はこれで最後なんです」
「そうか……それは何ともすまないことをした。私のために二度も使わせてしまった」
「いえそんな! ……こちらこそすみませんでした。さっきの攻撃の殆どを王様が受けてくださっていたと……タミアラさんから聞きました」
「ふっふっ。若者を守るのは老いぼれの役目じゃからのぉ」
国王は笑いながら腰を上げゆっくりと立ち上がった。
「王様、単刀直入に聞きます! アポロンさんへの効果的な攻撃はありませんか?」
「……あると言えばある」
『えっ!?』
意外とも取れる国王の言葉に一同は驚いた。
『本当ですか!?』
「それはどんな?」
「シンプルなものだ。ミヨイやタミアラのように肉弾戦を仕掛け、ダメージを直接与える方法じゃ」
「あ、あの武術の達人のアポロンに?」
「直接!?」
「無茶だよ〜……」
のび太はガクッと肩を落としてため息をついた。
「地味で単純だが、それが最も効果的なんじゃ。あの王家の正装は発掘道具に対抗するための機能が備わっている。きみらの道具の性質は発掘道具に類するようじゃな。そのせいで無効化されてしまうんじゃろう」
わかっていてもかなり難しい方法だなぁ、とドラえもんは苦悩の表情を浮かべた。
「だが王家の正装は、こと物理防御力に関しては特別な効果はない」
「そうなると……ミヨイさん、タミアラさんに頼るしかないのか……」
「うむ。あの二人をうまく援護するしかないんじゃが、あの速さではフォローのタイミングも難しくてな……年はとりたくないもんじゃて……」
「復元光線でのフォローにも限界があるし……」
「そうなると、結局さっきのようにドラえもんを狙ってくるだろうね」
「ドラえもんさんは私が守ります!」
盾を構えたテラが珍しく興奮気味に答えた。
「でも……何とかして元の優しい兄に戻せると良いのですが……」
「うん……」
「アポロンさん……」
しずかは花畑での優しいアポロンの顔を思い浮かべながら、その時譲り受けたペンダントをギュッと握りしめた。
「!? そのペンダントは?」
「あ、これ……アポロンさんから頂いたんです」
「アポロンが? きみに渡したのか!?」
「? は、はい」
「そうか……」
目を細めた国王の顔は、どことなく嬉しそうだった。
「ならば、アポロンを救うのはきみかもしれんな」
「え?」
ギギーン!!
国王の意味深な発言と共に、ミヨイとタミアラの戦況に変化が起こった。ドラえもんたちが激しい金属音の鳴る方へ視線を移すと、二人の武器はアポロンによって弾き飛ばされ宙に舞っていた。
「なかなか楽しい余興だったが、そろそろ終いといこうか」
右拳を思いきり握り脇を締め構えるミヨイとタミアラを見て、いよいよこちらも行動を開始しなければならない、とドラえもんは決断した。
「作戦らしい作戦が立てられないけど、僕たちはミヨイさんとタミアラさんをフォローする役割に徹しよう! そこから活路を……」
消極的ではあるが、現状では最も良策であろう提案を皆に言い聞かせている時、ジャイアンが割って入ってきた。
「おれがアポロンをぶん殴る!」
『ジャイアン!?』
「たけしさん?」
頼もしいその一言に一同は一瞬時が止まった。が、すぐにドラえもんが劣化の如く怒り始めた。
「またそんな無茶言って! 絶対にダメ! 安全カバーも安全ガスもあの剣の前には効果ないんだから!」
「あぁ、わかってる」
「だったら!」
「それでもだ!!」
「……」
ドラえもんは一人でもアポロンを止めに行こうとした時と同等の確固たる意志をジャイアンに感じ、じっと瞳の奥を覗き込んだ。
「……ぼくは、ただやられるだけとわかっている行動を認めるわけにはいかない」
「ああ」
「その目……何か考えがあるんだね?」
そう問われたジャイアンはニヤっと笑って自信ありげに答えた。
「おれはガキ大将だ。だがのび太とドラえもんには何だかんだでよくとっちめられたよな?」
「え? う、うん」
「まぁ……」
「だからよ。おまえらにどういう風にやられたかはよく覚えてたりするわけよ。これは俺じゃなきゃわかんねえだろ?」
「……たしかに」
ジャイアンが自分たちにやられたことを自信ありげに話す姿に妙な違和感を覚えながらも、ドラえもんとのび太は黙って聞いていた。
「で、今はアポロンがガキ大将の立場なわけだ。まぁ、おっかなすぎるガキ大将だがよ」
そう言ってジャイアンは、本当に厄介な奴だぜ、という感情を込めてアポロンの方に目をやった。
「ただまぁ、力の弱いほうがやることは変わらねえ……ない頭で考えて挑むだけだ。ドラえもん、アレを出してくれ」
「アレ?」
ジャイアンは自分の考えた作戦をドラえもんに伝えた。テラや国王はドラえもんの道具のことをよく知らないため、どういう内容なのか詳細はつかめないまま二人の会話を聞いていた。
「どうだ?」
「……あの剣に向っていく以上、危険なのは変わりないけど……確かにかなりの確率で成功するとは思う……」
「だろ?」
ジャイアンは右腕で力こぶを作りガッツポーズをとり、どんなもんだ! とアピールした。
「待ってな、テラ。おれがあのバカ兄貴をぶん殴って必ず連れて戻って来るからよ」
ジャイアンは心配そうな顔をしているテラの方を向き決死の約束をするのだった。力の込められた「連れて戻る」というジャイアンの言葉にテラは目を潤ませずにはいられなかった。
「兄をどうか……お願いします……」
「おう!」
テラのか細くも強い願いの込められた返事にジャイアンはニカッと笑い力強く答えた。
「なら、ぼくたちも援護の準備をしないとね」
「うん!」
「ええ!」
「……」
長い付き合いからなのか、スネオはその場にいる誰よりもジャイアンのことを心配していた。
(一口にサポートと言ってもそのタイミングが難しい……みんなは「攻撃を成功させるための」サポートを行うだろう。ならぼくは……)
「スネオくん?」
「ん? あぁ、大丈夫、大丈夫、わかってるって。サポートでしょ?」
「おい、大丈夫かよ? スネオ?」
「大丈夫だって。ジャイアンこそ、またぼくが助けなきゃいけない状況をつくらないようにしっかりやってよ?」
「何だとこの……!?」
ジャイアンは軽く小突くつもりで拳を振り上げた。が、そこには心配する気持ちがひしひしと伝わってくるスネオの顔があった。
「……へっ! このげんこつは戻ってきてからお見舞いしてやるよ」
「はぁ……成功の報酬がゲンコツか……やれやれ」
「たけしさん、スネオさん……」
二人ならではの独特のやりとりをしばし眺めていたテラは、彼らの間にある妙な絆が垣間見えた気がした。そして心の中で二人の友情にそっと感謝するのだった。
「愚かな息子のためにキミたちを危険に巻き込んでしまい申し訳ない……」
「王様……」
「ぼくたちも……元の優しいアポロンさんに戻って欲しいんです」
「ありがとう……」
国王の元に集まっていたみんなは、互いの意思を確認するように頷いた後、一斉に戦闘中のアポロンたちの方を向いた。
「じゃ、みんないいね!」
「おう!」
「うん!」
「ええ!」
「はい!」
「オーケー!」
「ワン!」
「では最終決戦と行くかの! ミヨイ! タミアラ! そこから離れよ!!」
国王の叫びが響き渡り、戦闘を行っていた三人は素早くその場から離脱した。
「雷獣咆哮!!」
ズドド──ン!!
三人がいた場所の地面から勢いよく間欠泉の如く雷の束が吹き出した。弾け飛ぶ小石や岩。天井を破壊したことによる岩の雨。
これらに対する耐性がアポロンにはない。それを証明するかのように、アポロンはいち早くそのエリアから離脱するように行動していた。
「チッ! また全快していやがる! おのれラ・ムー!!」
「アポロンよ、そろそろ幕引きといこうじゃないか……」
しばらくして破砕した石や岩の攻撃もおとなしくなり、アポロンは音もなく悠々と地面に着地した。国王と向かい合うアポロンのその顔には余裕の笑みがあった。
「ふ、未来人たちの力はムーの力には及ばなかった。ならばラ・ムーよ。貴様を倒せば俺の勝ちということだ!」
「ふっふっ……そう、うまくいくかな?」
「たしかにな。確実な勝利のために……まずはあの未来のアンドロイドを倒さなければならんか」
アポロンはドラえもんの方を見てニヤリと笑った。
「まぁ、そうなるよね。えへへ……」
「ドラちゃんさんは私が守ります!」
困り顔で苦笑いしていたドラえもんの横に、盾を構えたテラとムクが勇ましく立っていた。
「王様は私が!」
そう言ってしずかもヒラリマントを手に国王を防御する構えを見せた。
「いくぞ! 未来人!」
「みんな、行くよ! 攻撃開始!」
アポロンとドラえもんの掛け声により決戦の火蓋が切って落とされた。
「ヌエイッ!!」
国王の雷撃一閃! しかしアポロンは軽くかわす。
(良い。わしの目的はアポロンのバランスを崩すことにある。体勢を立て直す時間をつくれぬように、移動の先へ先へと雷撃を置いていくんじゃ)
「ふ……こんな攻撃、避けながらでも反撃できるぞ! 雷光!!」
バシュシュッ!!
二つの雷光がそれぞれドラえもんと国王に向かう。国王は自らの雷撃にて相殺し、ドラえもんへの攻撃はテラが防いだ。本来ならば反射した雷光がそのままこちらの攻撃に変換されるのだが、戦闘に不向きなテラに反射の精度を求められるはずもなく、跳ね返した雷光はあさっての方向に飛んでいった。
盾を使いこなせていない未熟なテラの腕をあざ笑うかのようにアポロンは嘲笑した。
「今度はこっちの番だ! 空気砲! ドカン! ドカン! ドカン!!」
ドラえもんの放った空気砲はアポロンに当たることなく全て天井に着弾した。
「ははは! どこを狙って……!?」
アポロンはドラえもんの攻撃の意味をすぐに理解した。砕け剥がれた天井が巨大な岩となって降り注がれた。回避しなければならないだけの大きさと量が頭上に迫り、アポロンは不本意ながらも回避と防御行動に専念させられた。
ドラえもんは回避されることは予想していた。そのため、アポロンにダメージを与えられなかったことなど微塵も気にせずに、大きな岩にさらに空気砲をあてて細かく分断していった。それは最初からそれを狙っていたかのように冷静に行われていった。
「こしゃくなマネを! だが、その程度の落下物を避けるなど造作もない……!?」
アポロンはそう言い終えようとした時、降り注ぐ岩の向こうに空中で両腕をこちらに向けて構えているのび太に気がついた。
「バババババン! バンバン! ババン!」
のび太の叫び声とも取れる銃声の擬音が鳴り響く。その直後アポロンは後方から飛んでくる石礫によるダメージを受けた。
(後ろから!?)
振り向くアポロンにまた後ろから、向きを変えればまた死角から……アポロンはのび太の弾き飛ばした小石や岩の立体反射攻撃によって少しづつ確実にダメージを負っていった。
(こいつ!! どうやって!?)
「バンバン……ババン! バン! バンバン!」
「クッ!」
アポロンが必死に攻撃をかわしている時、スネオは空中で正確な反射射撃を行うのび太を下から見上げていた。
「は〜……あの反射予測はぼくでも到底できる技じゃないな。ほんと天才かよ。……いや、天才通り越してバカの領域だな。あれ? じゃあやっぱバカなのか?」
地上でそんな余裕の素振りを見せるスネオとは対照的に、アポロンは只々回避に専念していた。だがこれだけ回避に専念しても完全にかわすことはできず、微量ながらも確実に自分に傷を負わせる強敵を前にアポロンは苛立ちを隠せなかった。
「この! 調子に乗るなよ! 飛針雷光!」
たくさんの細かな針のような雷の矢がアポロンの身体から全周に針のように放出された。のび太の攻撃の元となっていた周囲の岩、小石のほとんどがそれら雷の矢によって撃ち抜かれ砕かれた。アポロンの周囲は粉砕した結果生じた粉塵によって視界が遮られた。
「ハァハァ……見たか!」
術の無理な行使による影響が出たのか、アポロンは肩で息をしていた。想定外の苦戦を強いられている現状を思い返しながらもアポロンは、その原因を生んでいる道具を持つドラえもんとその仲間たちの戦いぶりに対して心の内で称賛していた。
「……見事だ。見たところ武術も何も学んでいない……にもかかわらず、道具だけで俺と対等以上に渡り合うとはな……」
『え?』
確かにひみつ道具キャンセラーの存在は大きかったが、それでも戦い方を工夫することで善戦はできた。でもぼくたちだけじゃこう上手くはいかなかっただろうな、とドラえもんは思っていた。
「やはり、俺の考えは正しかったわけだ。外界のやつらはいずれそれだけの力を手に入れると」
負傷しながらも不敵な笑いを浮かべ、自論の正しさを訴えるアポロンにドラえもんは即座に反論した。
「この力は人々を脅かすためのものじゃない! 人々の生活を豊かにするためのものだ!」
「ふっ、何を言うか……。現に今、俺を攻撃しているではないか……豊かにするだと? 聞いてあきれる」
「それは外界が攻撃を受けるのを見過ごすわけにはいかないからだ! 守るべきものがあるなら人は戦う。そして守るためには力がいるんだ!」
「それは己に危害を加えるものを倒すことは正義だと言うことか?」
「え!?」
「ならば、なぜ俺を否定する? 外界のやつらはいずれ力を蓄えて我々に危害を加えるだろう。そうなる前にやつらを倒すことの何が悪い!!」
「そ、それは……」
「お前らの道具は俺の武器を超越している。現在の状況を見ても俺にとってお前たちは強者だ。つまりこの戦いは、強者がいずれ脅威となるであろう弱者を排除しようとしていることになるのではないか?」
「うっ……」
「それがお前たちの正義だと言うのであれば、なぜ俺の行動を咎める。俺がこれからやろうとしていることは、お前たちで言うところの正義ではないのか! 答えろ! 未来人!」
「ぐぅ〜……言い返せない……」
「アポロンよ、それは……」
「それは違うわ!!」
しずかは一連の論理に対して答えようとする国王よりも早くアポロンの言葉を否定した。ハッキリと断言したその言葉が洞窟内に響き渡ると、みんなの動きが一斉に止まった。
「しずかちゃん……」
ドラえもんを始め全員がしずかの方に視線を集め、その動向に注目した。
「おまえか……いったい何が違うと?」
「力のある人は、力のない人の間違いを辛抱強く見守り続けることができるのよ!」
「……なに?」
「相手がまだ実際に危害を加えてきてもないのに、勝手に危害を加えるものと決めつけてはいけないわ!」
「なんだと! アレス兄さんは殺されたんだぞ! これが危害ではなく何なのだ!」
アポロンはアレスの話を引き合いに出したと同時にさっきまで戦っていた時と同様の攻撃的な邪気を発した。ドラえもんたちはその様に慌てふためいたが、しずかはその威圧にも臆することなく、キッとアポロンを見つめ強い意思を込めて言葉を発した。
「アレスさんのお話は聞きました。確かにとても悲しい事件だと思います……」
「ならば!」
「でも……それは既にアレスさんが自分で解決していると思います!」
「アレス兄さんが……自分で?」
そのしずかの言葉を受け、アポロンの興奮が少し弱まった。
「はい。アポロンさん……それだけの力を持つあなたが尊敬するアレスさんなら、大勢の人が襲ってきても簡単に倒すことができたんじゃないですか?」
「……」
「アレスさんはそれこそとてもお強い方だったと聞いています。でも強者だからこそ、何とか戦わずにすむ方法を考えていたのではないでしょうか」
「……黙れ」
「そしてアポロンさん……あなた自信もこの答えに辿り着いていたんじゃないですか?」
「黙れ!!」
「確かに人は大きな力を手に入れると、その力を間違った方向に使ってしまうかも知れない。でも、そういう人が全てじゃないわ。大きな力を平和のために使おうとする人はたくさんいるのよ!」
「ぬ……ぐぅ……」
「だからお願い! 目を覚ましてアポロンさん!」
「ぐ、ぐぐ……うぅ……」
しずかの言葉がアポロンの頭に重く大きく響き渡ると、脳裏の奥底から閉じ込められた何かが現れ別の声が聞こえてきた。
(お前だって本当はわかっていたはずだ。認めたくなかっただけなんだろう?)
「黙れ!! 出てくるなー!」
その叫び声と同時にアポロンが身に纏っていたオーラが爆発的に膨れ上がった。その余波により周囲の空気が張り詰め、一瞬ではあったが暴風が通り過ぎて行く感覚を全員が体感した。
「キャァッ!!」
『うわーっ!』
両手で頭を抱え突然叫びだしたアポロンを見て、ミヨイとタミアラは警戒体勢をとった。
「この力は……!?」
「アポロン様……」
ゆっくりと両手を下げながらあらわになっていくアポロンのその眼光は以前よりも鋭さを増し、身体の周囲はより一層濃い負のオーラに覆われた。その重厚かつ冷酷な視線は、しばらくの間しずかに向けて固定されていた。
「お前の声は……俺を惑わす」
「え?」
「今の俺は、お前らの道具よりもお前の存在の方が脅威と感じている……だからまず……お前から消させてもらう!!」
そう言い終わるや否やアポロンは直接攻撃を仕掛けるべく、しずかに向かって空中から突進した。
「!?」
「アポロン様!」
「しずかちゃん! 逃げて!」
アポロンの速さは以前よりも増しており、ミヨイ、タミアラの能力をもってしても到底間に合うタイミングではなかった。しずかは逃げることも叶わないと悟り、被弾を覚悟したその時、一つの影が目の前に割り込んできた。
ガッ! キ──ンッ!!
「……ほう」
そこにはムクの背にまたがり盾を構えてアポロンの剣を必死に受けているテラの姿があった。
「テラ、このような獣を手なずけているとは、さすがに少し驚いたぞ」
「兄さん……剣を引いてはもらえませんか?」
「それはできぬと言ったはずだ。止めたければ己の力で俺を止めてみよ!」
アポロンはそう言い放つと己の腕の力を増し、剣で盾もろともテラを押し飛ばした。
「くっ!」
ムクはテラを守るべくクッションの役割を果たすために共に吹き飛び、背中に乗るテラの姿勢が崩れぬようにその大きな身体を器用に制御し華麗に着地した。
グルルル……
先のアポロンの飛針雷光により、地面付近は背丈ほどの土煙が広範囲に漂っていた。嗅覚も使い、かろうじてアポロンの居場所を特定できているムクは、その敵意溢れるオーラの方向に威嚇を行っていた。
その隙にしずかは、周囲の土煙に紛れてアポロンから離れるように移動した。
(チッ! これでは状況がわからん。一旦上空に上がるか)
周囲の索敵を行おうと噴煙の中から瞬時に空中に飛び上がったアポロンは、自らの身体で一筋の煙の帯を引いた。そのタイミングを待っていたかの如く、二つの影が間髪入れずその帯の先に向かって飛び出した。
「なに!?」
土煙の中から現れたのはミヨイとタミアラであった。
『遊びは無しです! アポロン様!』
「クッ! きさまらー!」
ドッ! ドッ!
ビュッ!
ガッ!
達人同士の空中戦には、他者の割り込みを許す隙など微塵もなかった。余計な介入は、むしろミヨイとタミアラの連携を止めることになる……ドラえもんたちはそう考え、その成り行きをただ見守るしかない状態だった。
戦況は五分の状態でしばらくは続いていたが、空中での戦闘バリエーションには限界があった。徐々にミヨイ、タミアラの攻撃パターンが読まれ始めると、形勢はアポロンが押し始めた。
「どうした? そろそろ限界か? 次は斜め後方からの攻撃だろう? ハァッ!」
余裕からか、アポロンは二人からの攻撃予測を声に出しながら雷光を放った。
バリバリ!!
雷光の直撃を受けたミヨイは空中でバランスを崩し、そのまま地面に向かって落ちていった。
「ミヨイ!!」
そのまま地面に激突するかと思われたミヨイの下に、テラの思いが届いたかのようにクッションが一つ滑り込んだ。ミヨイを柔らかく弾き背に乗せたそのクッションは、先程までテラを背負っていたムクだった。
「ムク!」
「すごいや! ムク!」
「……あなたは、テラ王女の傍にいた?」
「ワウッ」
ムクの背に乗り何かを閃いたミヨイは、すかさずテラに対して願いを申し出た。
「テラ王女。しばらくムク殿をお貸し願えますでしょうか?」
「え!?」
ミヨイからの要望なんて珍しい、と一瞬戸惑ったテラであったが、何かしらの確信を得ているミヨイの態度をみて、すぐに全てを委ねる判断に至った。
「ムク! ミヨイの力になってあげて!」
「ありがとうございますテラ王女。ムク殿、ご協力をお願いします!」
「ワンッ!」
ムクに跨るミヨイは再びアポロンを見上げた。
「ふっ、そんな獣風情が増えたところで一体何ができるというのか。失望させるなよミヨイ!」
「ご心配ありがとうございます、アポロン様。ですがご安心ください。その期待を裏切るようなことにはならないことをお約束致します。タミアラ!」
「承知!」
「来い!」
再びアポロンへの攻撃を試みるミヨイとタミアラ。ミヨイはムクの背から飛び立ち、ニ体のアンドロイドが空中で素早い軌道変更を行い始めた。
「芸のない! もうそのパターンは効かんと言ったろう! そこだ!!」
行動を予測したアポロンが雷光を放ったその先にはタミアラの姿があった。予想通り、という満面の笑みを浮かべていたアポロンの眉は、次の瞬間に険しく歪んだ。
バシュ!
「なに!?」
タミアラの軌道が雷光が当たる直前に変わった。その様子に驚いた直後、アポロンは背後から背中に強烈なミヨイの蹴りを受けた。
「グッ! ばかな!?」
「まだまだこれからですよ、アポロン様」
「くっ! この!」
王家の剣を振り向こうとするアポロンの右腕。スピードを殺すように伸びきる前の右肘を踏み台にし、ミヨイはその場を離脱した。振りぬく力を失ったアポロンに、休む間も与えずにタミアラのボディブローが左わき腹に刺さる。
「グッ!」
タミアラはそのボディブローの反動を利用してそのまま後退。退いたタミアラに向かってアポロンはすかさず雷光を発射するも、今度も当たる直前に回避されるのだった。
「くっ! ……なるほど、あの獣のせいか」
ミヨイとタミアラはムクをもう一つの空中足場として空中戦術に取り込んでいた。二人の類まれな戦術センスもあるが、それ以上にこれだけのコンビネーションにいきなり合わせられるムクにミヨイとタミアラも驚いていた。
三人と一匹による達人同士の空中戦は、互いにダメージを負いながら継続された。
しかし、新たなコンビネーションとそのバリエーションを読み切れないアポロンが次第に押されていくのが周りからも伺えた。
「おのれ! 舐めるな──ーっ!」
ドッ!!
疲れがピークであろうにもかかわらず、アポロンは攻撃の要となっているムクに執念の蹴りを叩き込んだ。
「キャウンッ!!」
「ムクッ!」
アポロンの直接攻撃により安全ガスは無効化され、ムクは悲痛な鳴き声と共に吹き飛ばされ壁に激突した。
『アポロン様っ!』
「ウオォ──ッ!!」
ドドッ!!
その直後、同時攻撃を仕掛けてきたミヨイ、タミアラ両者の腹部に時間差で蹴りを打ち込み、強烈な勢いで二人を吹き飛ばした。
そのまま壁に激突した二人に対して、アポロンは容赦なく即座に雷光を連続で打ち込んだ。
ドドーン……ガラガラ……
「ミヨイ! タミアラ!」
雷光によって崩れた壁は、二人の上に積み重なるように落ち、その姿を覆い隠していった。さっきまで優勢だった戦況は一瞬にして逆転し、ミヨイ、タミアラ、そしてムクも動く気配はなかった。
「ハァ……ハァ……」
二人との距離が離れたことでアポロンは荒ぶる呼吸を整えようと深く深呼吸をしようと息を吸った。しかし、その隙を逃さないと言わんばかりに正面から近づく別の影に気付き、呼吸を止めて臨戦態勢へと切り替えた。その影は、拳を振り上げたジャイアンであった。
「なに!?」
「うお──!」
タイミングは今しかない。体勢が崩れているアポロンへの決死の一撃が今、打ち込まれようとしていた。
「バカめ! きさまらの道具は俺には効かな!?」
そう言いかけたアポロンは驚愕した。ジャイアンが殴ろうとして振り上げている右の拳にはスーパーてぶくろは無かった。素の拳ならアポロンへダメージを与えることができる。それがジャイアンの出した単純な結論だった。
「なかなかやる。だが残念だったな。貴様ごとき凡人など剣で一突きだ」
「ジャイアン!」
「ジャイアンッ!」
「たけしさん!」
「終わりだ!」
そう言うとアポロンは、バカ正直に真正面から向かってくるジャイアンに対して、ほらよ、と軽く剣を突き出した。
ビシュッ!!
「な!?」
当たらぬはずがない。自信有りげにアポロンが突き出した王家の剣は、あろうことかジャイアンの身体を通り抜けていた。
(なんだ? 何が起きている?)
凄まじい速さで思考を巡らせたアポロンにはゆっくりとした時が流れていた。そんな中、ジャイアンの身体は突如アポロンの右方向へと向きを変えた。
(右? ……右に何が?)
「こんのバカ兄貴が──っ!!」
ドガッ!!
つられて右を向いたアポロンの顔面に、なんと逆方向の左から鉄拳が飛んできた。ジャイアンの渾身の一撃が、ついにアポロンの顔面に決まった。
(バカな!? なぜ……逆方向から……?)
そんな考えを抱いていた時、目の前にあったジャイアンの姿が歪んで消えた。アポロンに触れたことでジャイアンにかけられていた「いないいないシャワー」の効果が無効化されたのだ。
(幻影……!?)
アポロンはトリックを見破ったことで飛びかけていた意識をなんとかつなぎとめた。
「うっ! こいつ! まだ意識が!?」
「ジャイアン! 早く離れて!」
「遅い!」
アポロンは残りの力を振り絞ってジャイアンの実体の方に身体をひねりながら剣を振った。
(ダメだ! 避けきれねえ!)
『ジャイアン!!』
諦めかけていたその時、ジャイアンの目の前を物体が三つ高速で通り抜けて行った。
ドドドッ!!?
その高速の物体は、剣を持つアポロンの右手首に正確に連続で追突した。その追突された衝撃でアポロンの腕の軌道は変わり、握っていた王家の剣も手から離れ地面へと落ちていった。その三つの物体は、スネオがコントロールしていたラジコンねんどで作られた飛行機だった。
「スネオくん!」
「スネオさん!」
「おお! 心の友よ!」
「まったく……何で誰も攻撃後のサポートを考えてないのかね。世話がやけるったら」
力の抜けたアポロンはドラえもんたちの会話を聞きながら空中を落下していた。薄れゆく意識の中、かすかにスネオの姿が目に映り、また……あいつか……とポツリと呟き、意識を失い地面に落ちた。
「アポロンさん!」
傷ついたアポロンが気がかりなしずかは、考えるよりも早く飛び出していた。
「いけません、しずかさん! まだ危険です!」
テラのその声を聞き状況を察したみんなは、しずかを止めようと一斉に走り始めた。そんなしずかの行動を最初に止めに入ったのは、驚くことにさっきまでアポロンの攻撃によるダメージで倒れていたムクだった。ムクはテラの叫び声に反応して気を取り戻し、急ぎ主人の望む行動に出たのだった。
「ムク!」
無言で行き先を阻むムクの登場にしずかは驚いた。だがそのおかげで冷静な気持ちを取り戻すこともできた。走るのを止めたしずかの元に、次々とみんなが集まってきた。
「しずかちゃん!」
「しずかちゃんの気持ちはわかるけど、まだアポロンさんには近づかない方がいいよ」
「わたしも……そう思います」
「そうね……みんな、迷惑をかけてごめんなさい」
しずかはみんなに謝りながら、少し先に横たわっているアポロンの姿をそっと見た。アポロンはピクリとも動かなかったが、王家の正装による浮遊能力のおかげか落下によるダメージは少なそうに見え、しずかは安堵した。
「!? ミヨイさんたちは!?」
「そうだ!」
『ミヨイさーん! タミアラさーん!』
みんなが二人の名前を呼ぶと、互いに距離の離れた二つの岩崩れの中からゆっくりと二人が立ち上がった。
「ミヨイ、タミアラ……」
二人はみんなが集まっていることに気付くと、すぐにそこへと向かっていった。だがその足取りは重く、お世辞にも速いとは言えない速度であった。また、意図的に解除したのか、自然とそうなったのかは定かではないが、二人の戦闘モードは解除されていた。
「無事だったのね、良かった」
「テラ王女こそ、ご無事で何よりです。しかし……どなたがアポロン様を?」
「たけしさんです。たけしさんが兄さんを止めてくださいました」
「!? あ……いや、その……はい……」
テラに話題を振られたジャイアンは、内心ドキッとして思わずシドロモドロな返答をした。
「す、すいません!!」
そう言ってジャイアンはテラやミヨイに深々と頭を下げた。ミヨイたちは互いに向き合い不思議がったが、その意味が王子であるアポロンを殴ってしまったことに対する謝罪なのだとすぐに悟った。
「たけしさん。謝る必要なんてどこにもありませんよ?」
「テラ王女の言うとおりです。むしろ、あの状態のアポロン様をよくぞ止めてくださいました」
「貴方様に感服すると共に心より御礼申し上げます」
自分なんかよりも確実に格上の実力者であるミヨイとタミアラに感謝の言葉を受けたジャイアンは、返す良い言葉も見つからず只々恐縮していた。
戦闘が一区切りし平穏な空気が漂っている中、突然ムクが何かに反応した。