ドラえもん「のび太のムー大陸伝説」   作:ノンちょろた

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◆第二十七章 『師弟』

 ビシッ! 

 ガラガラ! 

 ズズズ……

 

 みんなが重い悲しみに囚われている中、容赦なく島の崩壊が進み始めた。天井のひび割れがかなりの範囲に広がり、いつ崩れ始めてもおかしくない雰囲気が洞窟内に漂っていた。

 

「みなさま! 急いで脱出を!」

 

 ミヨイは、ドラえもんたちが冷静な判断ができない状況とみると、喝を入れるべくこの場の全員に強く言い放った。その言葉にいち早くテラが反応した。

 

「お父様をこのままにはできないわ! こんな……ここに置いていくなんて……」

 

 そう言うとテラは横たわる国王の胸にうつ向き、かすかに残る父親の温もりを抱くように泣き伏せった。ミヨイはその横にゆっくりとしゃがみテラを説得するのだった。

 

「テラ様……お気持ちは分かりますが、どうかお聞き入れください」

「いやよ!」

「国王様の願いは、アポロン様、テラ様にムーの未来を紡いでもらうことです。どうか……」

 

 そこまでミヨイが言いかけると、テラはバッと身体を起こし、ミヨイの胸に顔をうずめるように飛び込んだ。

 

「……お父様は……このままなの?」

「テラ様……」

「ごめんなさい……わがままなことを言ってるのはわかってるの……だけど……これではあんまりにも……」

 

 ミヨイはテラが懸命に感情を抑えようとしている姿を見て微笑み、大丈夫です、と伝えながらテラの両肩に手をかけ、そっと身体を離した。

 

「ご安心ください。みなさまが無事に脱出された後に、私、ミヨイとタミアラで必ずや国王様を丁重に埋葬致します」

「脱出の後って? ……ミヨイ! あなたはどうするの!?」

 

 質問と同時にテラの目に、ミヨイの左胸上にある赤いランプが飛び込んできた。それはテラが今までに見たことのない色をしており、いつ消えてもおかしくないほど弱々しく揺らぐように点灯していた。

 テラは動揺した。そしてすぐにタミアラにも目を向けた。予想はしていたが、やはりタミアラの胸のランプもミヨイと同じ色をしていた。テラの悲壮な瞳に見つめられているのに気付いたタミアラは、そっと目を閉じ軽く頭を下げた。

 

「そんな……急いでエネルギーを!」

 

 懸命に何とかしようとするテラに、ミヨイは肩においた手の力を少し強め、ゆっくりと首を横に振った。

 

「すでに遺跡は審判を下し、島の殆どが崩壊しております。この星で私たちがエネルギーを補給できる場所はもうありません」

「……ぃゃ……」

「テラ様。どうか私たちの最後のご奉公をお受け入れください。お願いします」

「……いや……」

 

 ドドーンッ!! 

 ドンドン……ドドドド……

 

 脱出を急がせるように崩壊の音が洞窟内に響き渡る。明らかに時間のない状況になったと判断したミヨイは、テラからの返事を待たず、国王の願いを叶えるために行動を開始した。

 

「さぁ、みなさま! こちらです。急いでください!」

 

 父親との別れをまだ受け入れられていないうちに、ミヨイとタミアラの行く末までも知り、茫然とするテラにアポロンが優しく声をかけた。

 

「行こう。ぼくたち兄妹が生き延びることが父上の供養となる。父上がくれたこの命、決して無駄にはしない。一緒に生きよう! テラ!」

「……兄様……」

 

 焦点の定まらないテラは、激しい起伏の感情に流されるまま情報を整理することもできず、ただその場で呆然としていた。

 そんなテラにジャイアンは何か声をかけてやりたかったが、どうにも良い言葉を見つけられずに固まっていた。それはドラえもんたちも同じだった。ムクも近寄り難い雰囲気を感じてか、悲しそうな顔をしてお座りの姿勢を保ちながらテラを見つめていた。

 

 ドドドド……ガガガガ!! 

 

 崩壊もかなり進行し、いよいよこの洞窟内も危険と感じさせるほどの轟音を聞いたしずかは、キッと鋭い眼つきをしてテラの前に走り寄った。ややうつむき加減のテラの前に立つや否や両手で二の腕を掴み、その身体を激しく前後に揺らした。

 

「しっかりして! 脱出するのよテラ!」

「……しずかさん……わたし……」

 

 パンッ! 

 

『!?』

 

 迷ったりしている時間など既にないであろうこの危機的状況の中、なおもまだ生気の戻らないテラの頬をしずかは思いっきり引っぱたいた。その展開にドラえもんたちは驚きのあまり一瞬身体がピシッと固まった。

 

「しずかさん……」

「文句なら後で聞くわ。あたしはアポロンさんと王様に救ってもらったこの命を無駄にしたくないの!」

「……」

「そして……王様の願いであるあなたも失いたくないの! わかった?」

 

 しずかは目を潤ませながら有無を言わさずテラの腕を強引に引っ張り、脱出口の方へと歩き出した。やっと動き出した場の流れに、ドラえもんたちも慌てて付いていく格好となった。

 

(しずかさま。あなたは本当に王妃様によく似ておられる……テラ様への激励、感謝致します)

 

 先頭でみんなを先導しているミヨイは、しずかに対して感謝の意を心で述べた。

 

「ほら! しっかり歩く! あなたはまだ自分で歩けるだけの力があるでしょ!」

「は、はい……」

 

 強引な手引きではあったが、そのおかげでテラの瞳に生気が戻りつつあった。テラは強く腕を引っ張られながら後方に横たわる国王の方に顔を向け、最後の別れを心で呟くのだった。

 

(さようなら……お父様……)

 

 ドドド……ズズズ……

 

 崩壊の音が止む気配はなく、皆の不安を煽るかのように地鳴りの重低音が身体の芯に響いていた。

 アポロンはタミアラに肩を貸してもらいながら移動していた。そのため移動の速度は遅く、テラたちの後ろに懸命につけるのが精一杯だった。その後にドラえもんたちが殿を務めるように周囲を警戒しながら続いていた。

 ドラえもんたちの移動速度もアポロンと同様に遅いものだったが、その理由は殿という役割によるものよりかは、むしろひみつ道具の一切が使えない恐怖による萎縮のためというのが正直なところだった。

 

「タミアラ……ぼくのせいで……すまない……」

「何を謝ることがありましょうか。私たちは王族を守ることが使命でございます。例えその過程がどのようなものであろうと、アポロン様とテラ様さえ無事に脱出できるのであれば本望でございます」

「タミアラ……」

「さぁ、もう少しでございます。急ぎましょう」

 

 脱出艇のある秘密の船着き場に続く通路の入り口にミヨイが立っていた。その通路の壁や天井は岩肌ではなく金属でできているため、その通路の中に到達できれば、ひとまずすぐに崩れるような心配は無さそうだった。

 

「みなさま! 早く通路の中へ!」

 

 ミヨイのかけ声と共に最初にしずかとテラが中に入り、続いて追いかけるようにムクが飛び込んだ。ムクはススっとテラの元に歩み寄り、元気付けるようにテラの頬を舐めた。

 

「ありがとう、ムク。心配かけてごめんね」

 

 テラの気持ちが大分落ち着いた頃、アポロンがタミアラに支えられながら通路に辿り着いた。

 

「アポロンさん!」

「しずか様、アポロン様を頼みます」

 

 タミアラはしすかにアポロンを預けると、後続のドラえもんたちを迎え入れるために外に出た。

 

「しずかさん……さっきはテラのこと、ありがとう」

「え? さっき……!?」

 

 アポロンのお礼の意味を理解したしずかは、感情が高ぶった自分の行動を思い出し赤面した。

 テラは自分の心の弱さがみんなに迷惑をかけてしまったこと、さらには辛い行動をとらせてしまったしずかに深々と頭を下げた。

 

「しずかさん。わたしのせいでご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「や、やめてよ! あたし……その……引っぱたいちゃったのに……」

 

 最後の方はゴニョゴニョとバツの悪そうに答えたしずかにテラは小さく顔を横に振って答えた。

 

「そうしてもらえたおかげで、わたしは今こうしてここに立っていられます。ありがとう、しずかさん」

 

 自分より遥かに辛い心境にあるであろうテラから許しの言葉を聞いたしずかは、その寛容さに胸を打たれ思わず抱きついた。

 

「しずかさん……?」

「ごめんなさい……テラの方がいっぱい辛いはずなのに……叩いたりして……ごめんなさい……」

「……ありがとう……しずかさん」

 

 抱き合う二人を囲うように身体を廻らせたムクは、二人の頬を優しく舐め始めた。その様子を伺っていたアポロンの口元は自然と緩んでいった。

 

 ドゴーン!! 

 ビシビシッ!! 

 

 明らかに今までとは違う激しく岩が裂ける音が大音量で鳴り響いた。大きなひび割れが天井を走り、一気にドラえもんたちを追い抜いて脱出通路の上に到達した。

 

「みなさま! 早くこちらへ!」

 

 タミアラの叫びを聞き、最後の力を振り絞ってドラえもん、ジャイアン、スネオ、のび太の四人は通路に向かって走りに走った。

 

「あともう少しよ!」

「みんな頑張って!」

 

 しずかとテラの呼びかけに答えるようにドラえもんたちは走るペースを上げた。しかし、タケコプターが使えないためにその運動神経の低さが露呈したのび太だけが、ふらふらと身体を揺らしながら懸命に進んでいた。

 

「みなさま! 早く中へ!」

 

 タミアラの掛け声を聞き、ドラえもん、ジャイアン、スネオが次々と通路に滑り込んだ。のび太もみんなに続くべく飛び込もうとしたが、足がもつれてその場でうつ伏せに転んでしまった。

 

「のび太! 大丈夫か!?」

「いてて……だ、大丈夫……」

 

 ドドーン!! 

 

 その時、倒れたのび太の真上にある通路入り口の天井が轟音と共に崩れ落ちてきた。

 

「うわぁ──っ!?」

「のび太くん!」

「のび太さん!」

 

 ジャイアンは急いでのび太に向かって手を伸ばした。のび太は上から迫りくる岩盤を見た恐怖から、伏せたまま必死に頭を抱えた。

 

 ドドーン…………

 

 天井が落ちたことにより生じた土煙のせいで周囲の視界が一時的に悪くなった。そんな中、のび太は自分の無事を確認し不思議に思うのだった。

 

「……あれ? ぼく生きてる? 良かった〜」

 

 そう言って立ち上がろうと上半身を起こした途端、すぐに後頭部が何かにぶつかり、再びうつ伏せでダウンした。

 

「痛っ! なんで天井がこんなに低くいんだよ、も~」

 

 のび太が後頭部を抑えながら見上げようとすると突然誰かに腕を引っ張られた。

 

「え!? いたたたっ!」

 

 身体が地面を擦る痛さでのび太は思わず声を上げた。ヘッドスライディングのような格好で岩盤の下から引っ張り出されたのび太の目の前に居たのは、腕を引いてくれていたジャイアンだった。

 

「ジャイアン! ありがとう。助かったよ〜」

「……」

「どうしたの?」

 

 ジャイアンは何も言わなかった。後ろのドラえもんたちも何かに驚くような表情で全員固まっていた。事態がつかめずキョトンと座っているのび太の横を、悲壮な表情のテラが急いで通り過ぎていった。

 

「ミヨイ! タミアラ!」

 

 のび太は嫌な考えが頭をよぎった。見たくはないという思いを懸命に振り切り、のび太は自分が居た場所を確認するため振り返った。

 

「!?」

 

 そこには落ちてきた天井と思われる大きな岩盤を支えるミヨイとタミアラの姿があった。二人共膝より下は折れて破損していた。そのため片腕を地面に付き三脚のような体勢を取り強固な土台を作っていた。

 落ちてきた岩盤は、残った片腕と首、そして肩を使って受け止めていた。身体の随所から火花が弾け飛び、関節のきしむ音が鈍く小さく鳴っていた。

 

「ミヨイさん! タミアラさん!」

「……無事でしたか、のび太様……何よりです」

「ぼくが……ぼくがドジなばっかりに……」

「これが……わたしたちの使命でございます……お気にやむことはありませぬ……」

「テラ様を……アポロン様を……どうか……頼みます」

 

 別れが来るとは覚悟していたが、このような酷な状況になるとは考えてもいなかったテラは、少し開いた口を小刻みに揺らし、声が微塵も出ないほどに悲しみ泣いていた。

 アポロンはそんなテラの頭を撫でてから、落ち込むのび太の肩に手をのせた。のび太に何かを告げることはなく、ただ優しく肩を掴んだあと、アポロンは神妙な顔つきで泣いているテラの手を引き二人の前へと歩いていった。

 薄れゆく視界の中にアポロンとテラの姿を見たミヨイとタミアラは、本当に嬉しそうな笑顔へと表情を変えた。

 

「アポロン様、テラ様……ご無事で何よりです」

「ミヨイ、タミアラ。これまでの忠義、大儀であった。礼を言う」

「アポロン様……勿体なきお言葉」

「見に余る光栄でございます」

 

 アポロンはやや俯きながら奥歯を強く噛み締め、涙を溜めながら続けた。

 

「そしてこれは……一弟子として……二人の師範に敬意を込めて……」

 

 アポロンは目を見開き、ミヨイとタミアラの最後の勇姿を焼き付けた後、その場で深々とお辞儀をした。

 

「不出来な弟子を! ……ぼくを止めてくれて……救ってくれて……ありがとうございました!」

 

 嗚咽混じりの言葉を発しアポロンの身は震えた。とめどなく流れる涙と共に深々と頭を下げるアポロンを見て二人は安堵した。

 

「本当に強くなられましたなぁ……ぼっちゃん」

 

 これが最後だということを認めたくなかったテラも、アポロンに続いてお辞儀をしながら自分の想いを二人に告げた。

 

「ミヨイ、タミアラ……今まで一緒に居てくれて……育ててくれて……あり……がとう……」

「今日まで……ミヨイはとても楽しゅうございました……テラ様」

「テラ様。国王様の……ムーの意思を……頼みます」

 

 二人がそう言い終えるとミヨイは片目をキッと細めた。その瞬間、秘密の通路の扉が素早く閉じ、ミヨイたちへと繋がる道が完全に遮断された。僅かな時間をおいて、二人が抱えていた岩盤が地面に着いたであろう大きな振動が、壁や地面を通してみんなに伝わってきた。

 

 ズズゥゥン……。

 

「ミヨイ! タミアラー!」

 

 アポロンは泣いた。テラもアポロンの腕にしがみつき一緒に泣いた。

 のび太たちもミヨイ、タミアラに対して敬意と感謝を込め、大きな声で泣くのだった。

 

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