◆エピローグ:壱 『現代』篇
冒険から帰ったのび太たちは夏休みも終わりいつもの日常に戻っていた。普段同様、気の抜けた状態で社会の授業を受けていたのび太は、鼻と上唇で横になった鉛筆を支えながら窓の外を見ていた。
「では、この人物のことを誰かに説明してもらおうか……えー……野比……野比! 聞いてるのか!」
「え!? あ! はいはい! ……え……と……なんでしょう?」
そののび太の慌てっぷりを見てクラス全体がドッと笑いを起こした。
「くーっ! 六十四ページ!! その人物の説明をしなさい!」
「あーはいはい! えーっと六十四ページ、と。天照大御神という人物は太陽の神として言い伝えられており、いわゆる天気の神とも言わ……れ……?」
「……野比? どうした? 続けなさい」
先生にそう言われたにもかかわらず、のび太はジーッと食い入るように教科書を眺め沈黙を続けた。
「このペンダント……テラだっ!!」
「何? 何を言っとるんだ? 野比」
「あれから無事、この日本に辿り着いたんだ!!」
「ええっ!?」
「まさか!」
「ホントかのび太!」
のび太の言葉に反応し、しずか、スネオ、ジャイアンも教科書を凝視しだした。
「骨川! 剛田! 源くんまで……一体何を言ってるんだ?」
「わーい! わーい! あれ? こっちのこの剣って……王家の剣!?」
「え!? じゃあこれは……アポロンさん!?」
「す、須佐之男ー!?」
「ぬぬぬ……野比! 骨川! 剛田! 源! 四人共廊下に立ってなさーい!!」
◆エピローグ:弐 『過去』篇
果てしなく続くと思われた水平線は思いの外早くに途切れ、二人の目の前には大きな大陸がその姿を見せていた。アポロンは船を崖の洞窟に隠すように操縦し鮮やかに接岸してみせた。
「さて、しばらくの間の住居はこの船としても、食料の調達はしなければいけないな。テラ、危険だからここで待ってて……」
そう言いかけたアポロンの腕を掴んだテラは首を大きく左右に振った。
「わたしも行きます」
「しかし、どんな危険があるか……」
「覚悟の上です。でもこの地で今の兄さんが危険に晒されることはないと思います」
「だったら……」
「心配しているのはその逆です」
「逆?」
「はい。兄さんがわたしを守るためにこの地のものへ攻撃してしまう可能性を危惧しています」
「……」
「ですから兄さんが好戦的になったと感じたら、わたしが兄さんを引っ張ってそこから逃げます。これは一緒にいないとできませんので」
「……かなわないな……わかったよ。ぼくの監視をテラにお願いしよう」
「はい! 任せてください!」
テラは軽くガッツポーズをとって答えた。ムクもテラの意気込みに呼応するように元気に返事をした。
アポロンはフッと笑い船から降り、テラに手を差し伸べ未知なる島へと上陸した。二人とムクは岩場から近くに存在が確認できた森の方へと歩みを進めた。
「雰囲気はムーの森と変わらないな……」
「そうですね」
奥へと歩を進めていたその時、少し先の方から男性らしき人の悲鳴が聞こえた。
「人か!?」
アポロンは素早く身構え、王家の剣に手をやった。
「何かに襲われてるようです! 行きましょう!」
「おい! テラ!」
(全く……いつからこんな行動的になったんだ?)
アポロンは見慣れぬテラの行動に驚きを隠せなかった。ムクはテラを守るべくしっかりと離れずに並走していた。
「確かこっちの方から……」
「テラ! こっちだ!」
アポロンは複数のオオカミに襲われている男の姿を見つけ駆け寄っていった。
「おい! 大丈夫か!?」
「!?」
茂みから突如現れたアポロンにオオカミ達と男が反応した。男は腰を抜かして立てない様子だった。オオカミ達は狩りの邪魔をされて腹が立ったのか、標的をアポロンに変えて一斉に襲いかかってきた。
「来るか! 受けて立つ! 雷……」
「兄さん! ダメです!」
そう言ってテラがアポロンの前に立ちはだかり雷光による攻撃を制止した。
「なぜだ!?」
「ここで雷光を撃っては、あの人にわたしたちは脅威と見なされます!」
「ならば直接剣で!」
「それもダメです! 力は彼らにとって脅威として映ります!」
「では、どうしろと!?」
ムクもテラに危害を加えようとするオオカミ達に対して威嚇を行おうとしたが、すぐにテラに止められた。
「ここはわたしに任せてください。ムクも大人しくしててね」
オオカミ達の距離が徐々に近づいているにもかかわらず、テラは冷静な態度で懐からある袋を取り出し、その中に手を入れた。
「お食べなさい!」
叫ぶテラの手から放られた丸い形状の固形物が、それぞれオオカミの口の中へと収まっていった。
モグモグごくん!
オオカミ達は思わぬエサを得たことで少し戸惑ったが、すぐに我に返り再びテラの方に走り出した。
「おすわり!」
テラの命令が響き渡るとたちまちオオカミ達はその場に座り、尻尾をパタパタと振り始めた。テラはニコリと笑い、オオカミ達に近づいて頭を撫でてやるのだった。
「これは……一体?」
「ドラちゃんさんからもらった道具よ。このお団子を食べた動物はおとなしくなって何でも言うことを聞くようになるって言ってたわ。ムクともこれで仲良くなったのよ」
アポロンは唖然としてテラを眺めていた。その堂々とした振る舞い、迷わない決断と優しい作戦……自分の兄としての威厳はどこえやら……と。
(全く……どれだけの影響をテラに与えんだ……なぁ? たけしくん)
そう思いながら、にこやかにオオカミ達と戯れるテラの元へムクと共に歩み寄っていった。
「あ、あの人に自己紹介しなきゃね。仲良くなれると良いんだけど……」
「そうだね」
テラはオオカミ達に二度と人を襲わないように言い聞かせ森に逃した。二人はオオカミに襲われていた一人の男の元へと近づき、害はないという意味を込めて会釈をした。
テラは自分の胸に手をやり、わたしはテラと言います、と目の前の男に伝えた。
「I'm Terra」
「? なんじゃて? あまてら……さんだか? 妙な名前じゃのお」
二人は男の返答を聞いて驚いた。
「たけしさん達と同じ言葉!」
「じゃあ、この大陸は彼らの!」
男は落ち着きを取り戻し、ゆっくりと立ち上がり尻の土を払った。
「いやー、助かったでよ。あんがとなぁ。しかしお前さんは凄えのお。オオカミ達をあない風に手懐けるなんて初めて見たぞ。あんたーあれか? 獣の神様か何かか? はっはっはっ!」
獣の神様というフレーズがあまりにも自分にそぐわない思いから、ついテラは吹き出して笑ってしまった。
「自分のことなのにな~に笑っとるんじゃ? それよりも弟くん! 姉ちゃんに頼ってばっかじゃ男が廃るぞ!」
「え!?」
ぼくのこと? と疑問をいだきながら自分で自分の顔に指差すアポロンを見て、テラは後ろを向いて顔を隠しながら肩を震わせ必死に笑いをこらえていた。
「やれやれ……ま、この際、弟でもいいか。双子なんだし」
「ふふ、それもおもしろいですね」
「おれっちの村にはよぉ、ツクヨミさんっていう、そりゃあすんごく強いお人がいてな。弟くんもおらと一緒に稽古つけてもらうといいべさ」
「け、稽古ですか?」
「んだ」
さすがに稽古をつけてもらえと言われるとは思いもしなかったアポロンは、つい驚いた高い声で返事をした。
それを横で聞いていたテラは、達人級の兄への稽古勧誘がよほど可笑しかったのか、またもや顔を横に向け笑いをこらえていた。
(やれやれ……しかし、それで仲良くなれるのならいいか)
笑いをこらえるテラの方を見ながらアポロンは小さく笑った。
「ほれ! 助けてくれた礼ばすっから、うちの村さ来い! しっかし面白い名前だんべな~「あまてら」さんか~」
「あ、そのことなんですけど……」
それは正式な名前ではない、とテラが否定の言葉をかけようとした時、遠くから別の男の声が聞こえてきた。
「おーい! どこだ〜? 大丈夫か〜?」
「お! ツクヨミさんだべ。おお〜い! ここにいるだ〜!」
草藪を掻き分けてアポロンたちの目の前に現れたのは、二メートル程の背丈の大男だった。助けた男の言うとおり、確かに武術の達人のようで身体つきはガッシリしており、大抵の獣は太刀打ちできないであろうオーラをその風貌から醸し出していた。ボサボサの長髪は肩付近まで伸び、その前髪が目を覆い隠していた。そのため「どういう人物か判断し辛いな」とアポロンは少し警戒心を強めた。
「あれ? アポロンにアルテミスか?」
『!?』
突然自分たちの名前を言い当てたその男に対し、二人は瞬時に警戒体勢をとった。ムクも二人のオーラを感じ取り、低い唸り声を上げて警戒した。
「ははは! 俺だよ! 俺!」
そう言ってその大男は左手で前髪を上げておデコを見せるようなポーズをとり、その顔をあらわにした。
「アレス兄さん!?」
「アレス兄様!」
「おう!」
ニカッと歯を見せ満面の笑みを浮かべるアレス。二人の頭には様々な想いが怒涛のように押し寄せ、しばらく身体が硬直していた。
徐々にアレスが生きていたという事実を実感し始めた二人の目には、想いのこもった大粒の涙が溢れ始めた。
「ん? どうした二人共。まさか俺を忘れちまった……うわっ!!」
アレスが話している途中に二人は勢いよくアレスの身体に飛んで抱きついた。さすがのアレスも二人がかりのタックルには驚いた様子で、その場で押し倒される格好となった。
二人はその絶対的な安心感から心が緩み、ただひたすら、アレスの大きな胸の中で思いっきり泣いた。
「アレス兄さん……生きてた……良かった……」
「アレス兄様……良かったです。本当に……」
泣きながら抱きつく二人を見てアレスは少し戸惑っていた。
「なんでぇ、ツクヨミさんの知り合いだったんけ。道理で強いはずだ」
「まぁ、知り合いではあるんだが……おいおい、お前たち! ちと大袈裟ではないか? まるで俺が死んでたみたいだぞ?」
アレスの戸惑いの言葉を聞いた二人は、涙で濡れた互いの顔を見合い、今度は笑いながらアレスに抱きつくのだった。
「お、おい……なんなんだ? まったく……」
「レムリアが嘘つきで良かったですね、兄さん」
「ああ」
自分が犯してしまった罪は消えることはない。でも今はこの訪れた奇跡的な幸福に素直に感謝し、さらに前に進もうと堅く心に誓うアポロンであった。
「何があったかはわからんが……とにかく村に行こう。話はそこで聞く」
『はい』
「……あの大きい狼は?」
「あ、あの子はムクといって、わたしを守ってくれる騎士です」
ワウッ!
大人しくお座りの姿勢を保っていたムクは、テラから自分に話題が振られたと知ると、嬉しそうに尻尾を振りながら元気よく返事をした。
「騎士!? ……驚いたな。アルテミス、いつの間にそんな特技を?」
「もう! その名前で呼ばないでくださいって言ったでしょ!」
「何だ、まだこだわってんのか? いい名前だと思うぞ?」
「だって……あんまり女の子らしくないんだもの……」
「そうか? ……しかし、しばらく見ないうちに何かこう、強くなったな、テラ。恋でもしたのか?」
アレスの直球な質問に不意をつかれたテラは一瞬で顔が真っ赤になった。
「あれ? なんだ、当たりか」
テラはあまりの恥ずかしさに声も出ず、ただひたすらアレスの身体をゲンコツで叩きまくった。
「ははは! よし! 再会を祝して今夜は宴だな!」
「それがいいべ!」
「アポロン。お前もずいぶんと鍛えたみたいだな」
「いえ、アレス兄さん程ではありません」
「ははっ! 相変わらず固っ苦しいな、お前は!」
そう言うとアレスは両脇にアポロン、テラを抱きかかえるように腕を回し、元気よく村のある方向に歩き始めた。
二人の顔に木漏れ日が落ちる。アレスの温もりに癒やされたアポロンとテラの顔には、未来ある笑顔が戻りつつあった。