ミヨイに連れられ迎賓館に案内されたドラえもんたちは、晩餐会用の正装が用意されるまでの間、とある一室で待機するように言われた。その部屋は中世ヨーロッパを彷彿させるようなデザインで、大きな窓にカーテンやテーブル、ソファーにキュリオケースなどから文化の高さが伺えた。
「すごい部屋だなぁ……」
「ほんとね……現代と殆ど変わらないわ」
みんなは一通り部屋を観察したあと、ここまでの疲れを取るべくひとまずソファーに座りくつろいだ。
「しっかし、テラが王女様だとはなぁ……」
「ほんと驚いたよね」
「タミアラさん、ミヨイさんがリーダーのような感じだったね」
「二人共ここの執事か何かじゃないかしら」
「執事かぁ……流石のぼくも執事までは雇えないな」
「まぁ、スネオさんたら」
これだけのスケールの豪邸を見たにもかかわらず、敢えて張り合おうとしたスネオの言葉は、みんなの肩の力を抜くにはとても効果的だった。のび太たちは安らかな気持ちと共に普段の笑顔を取り戻していった。
「それにしても……とても一万二千年前とは思えないところだ」
気持ちが落ち着いたところでドラえもんがこの島の存在に対する考えを改めて口にした。
「街並みから考えると数百年前ってところよね」
「ってことは……江戸時代?」
「日本ではその頃になるわね」
「ふーん……それだけ高度な文明を持っているということか」
「テラはここをムーと呼んでた。ってことは、やっぱりここがムー大陸なのかな?」
スネオとしずかの会話をまとめるようにのび太は言った。
「ここの文明は明らかに他の大陸よりも進んでいるからね。まずムー大陸と思って間違いないんじゃないかな」
「そっか〜。でも思ったより文明も普通な感じだね」
「あぁ。ちょっと拍子抜けだよな」
「ほんとほんと」
「いや! そんなことはない!」
皆の発言を否定するようにドラえもんはソファーから立ち上がり強く言った。
「たしかに生活面においてはそう思えるけど、ぼくたちは見たじゃないか! この島全体を隠していた高度な技術を!」
みんなは島を発見した時のことを思い出し、ゴクリとツバを飲みこんだ。
「島を隠すあの技術は、現代の技術を遥かに凌駕している。むしろぼくがいた未来の世界に匹敵するものだ。それだけの技術がありながら、なぜこの島の暮らしがこのレベルの文明で留まっているのか……真相はわからないけど、この後、何が起きてもおかしくないよ。油断はできない!」
ドラえもんの真剣な言葉を聞いて、みんなは気を引き締めてうなずいた。
「それにしても……」
少し沈黙を挟んでからしずかが話し始めた。
「時折、テラが悲しい顔をしたのが気になるわ」
『え! そうなの!?』
ドラえもんもしずかと同じ考えだったのでうなずいて応えたが、他の三人は全く気づかなかったようだ。
「でも……何となく直接聞ける雰囲気じゃなかったし……わたしの勘違いかもしれないわ」
「しずかちゃんになら、そのうち話してくれるかもしれないよ」
「ありがとうのび太さん」
「それにしても……」
ドラえもんは少し腑に落ちない感情を込めて、一つの違和感を伝えた。
「ぼくが道具を出した時、あまり驚いてるようには見えなかったなぁ。どこか他でも見たことがあるような感じで」
「たしかに……ぼくたちがドラえもんの道具に麻痺しているだけで、普通は驚くよね?」
「う〜ん……ここにもひみつ道具のような不思議な力を持つ何かがあるのかも知れない」
「あ、不思議といえば……」
「どうしたの? しずかちゃん」
「うん。ここがムーだとすると、滅んでしまったという歴史が不思議で……」
「たしかに、これだけの科学力があるのに……何でだろ?」
「この時代の人間がムーを脅かす存在とはとても思えないしね」
「悪いやつとかがいるのかな?」
そうのび太が言ったすぐ後に部屋の扉をノックする音が鳴り、扉が開いた。
「お待たせ致しました。お召し物のご用意ができました」
扉にはミヨイが立っていた。会話が聞かれたかな? と少し不安なのび太だったが、ミヨイはそんな素振りを見せず微動だにしなかった。
「ここで着替えるの……着替えるんですか?」
「いえ、こちらはお控えしていただく部屋となっております。お着替えをして頂く部屋は、こことは別に個室をご用意致しております」
そう言ってミヨイは何かを選別するかのようにドラえもんたち全員にゆっくりと視線を流し、しずかのところでその視線を止めた。
「最初はそちらのお嬢様からお着替えの方をお手伝いさせていただきます。どうぞこちらへ」
ミヨイはスッとしずかに近づき、自分の手を優しくしずかの腰元に添えて部屋の外までいざなった。
「他の皆さまは、しばらくここでお待ちくださるようお願いします」
ミヨイは振り返りドラえもんたちにそう伝えた後、扉の外で待機していたメイドに紅茶の用意をするよう指示し扉を閉めた。
ドラえもんたちはソファーに座り、メイドが用意してくれた紅茶を飲んでミヨイを待った。程なくしてミヨイと着替えを終えたしずかが部屋に戻ってきた。
「うわぁ──すごいドレス!」
しずかのドレス姿を見てみんなは感嘆の声をあげた。
「しずかちゃんはやっぱりかわいいなぁ」
「ほんと。とっても似合ってるよ」
「ジャイ子にも着せてやりてぇな」
みんなにベタ褒めされたしずかは、さすがに頬を赤らめて照れた。
「みんなありがとう。すごいドレス。夢みたい……」
クルリとその身を一回転させると、ドレスのスカートが柔らかく宙に舞う。しずかはちょっとしたお姫様気分に浸っていた。
「さ、次は殿方たちの番です。どうぞこちらへ」
どうやら男性陣は全員一緒に着替えるらしい。まぁ、そりゃそうか、とみんな素直に納得してミヨイに続いて部屋を出た。
しずかはみんなの着替えが終わるまで部屋で待機していた。部屋にはしずかの他にはメイドが一人いるだけだった。しずかはメイドに話しかけようとしたが、その内容のどれもが異国から来た人間と疑われそうで、今はまだ疑われるようなことはしない方が良い、と思いとどまった。メイドはしずかに話しかけてくることはなく、お茶を注いだ後は扉の傍に立ち待機していた。沈黙がしばらく続いた後、徐々に廊下のほうが賑やかになり、みんなが部屋に戻ってきた。
「えへへ」
「なんかくすぐったいね……」
「ふふん、ぼくは慣れてるからね」
「なんかスースーする……はっはっハックション!」
みんなは白いタキシードを着ていた。さすがスネオは着慣れているようで様になっていた。
「みんなステキよ、とっても」
しずかに褒められ、こそばゆくクネクネと身をよじらせ照れているドラえもんたち。
「い、いやー……そんな」
「ええ。本当にみなさんステキですよ」
そう言いながら扉の向こうからドレス姿のテラが現れた。
「わたしの思ったとおり! みなさん、とてもステキです!」
『テラ!?』
ドラえもんたちは王女の品格漂うテラの姿を見てしばらく呆けた。同性のしずかもテラの持つ高貴なオーラに目を奪われ、ただお姫様に憧れる普通の女の子の姿になっていた。
「今夜はみなさんにせめてものお礼としてお食事のご用意をさせていただきました。どうぞグレートホールの方へ」
ドラえもんたちはミヨイとテラの案内によりグレートホールに向かって歩みを進めた。しずかはテラと並んで歩いていたが、廊下を歩いてしばらくすると、テラがこっそりとしずかに耳打ちをした。
「みなさんは"山向こうのイスタ街の住人"と伝えてあります。みなさんにもお伝えください」
姿勢を崩さず先頭を歩くミヨイの眉がほんの僅かに歪んだ。