「撤退、しましたの?」
「みたいだね…」
般若女らの撤退にセシリアとシャルロットは肩の力が抜けるのを感じた。
観客席へ目を移せば、現在観客は教師の指示に従いながら外へと向かっている。
そこへラウラが近寄り、2人にぬる目のミネラルウォーターを手渡す。
「恐らく、向こうもおおよその目的は達成したのだろう。となれば、ここで無駄に戦闘を続ける意味はない」
ラウラはISを解除し、ミネラルウォーターの蓋を開ける。セシリアもラウラに見習ってミネラルウォーターに口をつける。緊張で水分を欲していたからか、ぬる目の水がいつもよりも遥かに美味しく感じられた。
「戦闘中はあの2機のデータ採取も行なったが、最低限しか取れなかった」
あの2機とは言わずもがな<天照>と般若女の機体だろう。
「あの意匠は、恐らく日本の機体だ」
「やっぱりラウラもそう感じた?」
「簪さんは、何か知ってまして?」
セシリアは通信を開き、簪へと繋げる。
『ううん…あの機体は初めて見た』
簪も思い当たる節がないらしい。
「とにかく、この分では暫くトーナメントは出来まい。あるいは中止だろう」
「そうだね。報告もあるし戻ろっか」
シャルロットは機体を翻しピットへと戻っていく。セシリアとラウラもシャルロットの後を追っていった。
「分かった。また後日詳しく聞くことがあるかもしれんが、今日はゆっくり休め」
一夏達からの報告を一通り確認し終えた千冬は一言それだけ言う。「わかりました」とお辞儀をして退室する一同を見届けた千冬は机に突っ伏し盛大に溜め息をついた。
「織斑先生もそんな溜め息つくんですね」
「さすがの私でも疲れは感じますよ、山田先生。私はサイボーグではありません」
「あはは…お疲れ様です」
苦笑いを見せる真耶もまた疲れ切っているのか椅子に座ると深く腰を沈める。
般若女の撤退後、学園は<天照>と般若女達のことを『学園側が極秘に用意したデモンストレーション』という説明を行い1時間遅れでトーナメントを再開。結局終了予定時刻を大幅に過ぎたがなんとか最後まで終わらせることが出来た。
そして千冬達は来校していた企業や政府などの来賓らに頭を下げて回った。
1学期からここまで、何かイベントがあると洒落にならないハプニングが起こることは千冬ら教員の頭痛のタネになっていた。
「あまりこれ以上騒ぎは起きてほしくないですね」
千冬は報告書を纏める作業に入る。
自分の机で趣味の盆栽に勤しんでいた数学担当の教員エドワース・フランシィも、そんな千冬達に同情する。
「このぶんだと体育祭や修学旅行も襲われてパァになっちゃうかもしれないわね」
「冗談でもやめて下さいシャレになりませんから…」
「だけどねぇ……、どっちかがパァになるかもに私は200円賭けるわ」
「なら私はどちらも無事に終える、に1万円賭けます!」
やいのやいのと言い争うフランシィと真耶の様子を眺めていた千冬は
「少し風に当たってきます」
とだけ告げ、屋上へと向かった。
屋上に辿り着いた千冬はベンチに腰掛け、自販機で購入したお茶に口をつける。地平線に沈んでいく夕日はなんとも幻想的ではあるが、疲労が勝る今の彼女は何も感じずただただベンチで黄昏れる。
一夏と箒以外には絶対見せられない黄昏れ方をしていた千冬だったが、屋上と階段を隔てる扉が開く音が聞こえた瞬間何事もなかったかのように背筋を伸ばし、いつもの清ました表情を作る。
「少し、お話…良いですか…?」
自分に声をかけた人物に顔を向けると、その人物はどこかおじおじをした様子で千冬の横で立っていた。
「今日のこと、なんですけど…………」
日もすっかり沈みお腹も空いた時間帯、珍しく1人だった一夏は食堂へ足を運び券売機で食券を買う。いつもは誰かしら付いてきていたので1人というのはどこか新鮮に感じる。
定食を乗せたトレーを持ち歩きながら席を探していると、途端に何人もの生徒から熱視線を送られた。
「一夏君お疲れ!」
「今日も大活躍だったんでしょ?武勇伝を是非!」
「噂に上がってる新型ISのこと聞かせて!戦ってどうだった!?」
「私も聞きたーい!」
あっという間にこんな状況だ。返事を困っている一夏の視界に「こっちにこい」と手招きをするラウラの姿が見えた。
「ごめん、その話はまた今度!」
「えー!?今聞きたいのに!」
「いいじゃーん」
「話を聞くまであたしはこっから離れません!」
いや食堂閉まる時は離れなさいよ。
周りの視線が痛いからか半ば逃げるようにラウラが座る席に向かう。見るとすでにいつものメンバーが揃っており、各々食事を摂っている最中だった。
「あたしの時もあんな感じだったわ」
「みんなも聞かれたのか」
セシリアの隣で鈴がラーメンを啜る。水に口をつけていたシャルロットも苦笑いを浮かべる。
「ラウラに感謝だね」
「まあね、でもなんでアンタは何も聞かれな……、あ」
鈴が最後まで言いかけたところで何かに察し、ラウラから目を逸らす。ラウラのことをよく知る一夏とシャルロットも鈴と同じことを思ったのか押し黙る。
「ん?どうした、そこで切られるとかえって気になって仕方ないのだが」
「いや、うん、アンタも色んな意味で大変だったなーって」
鈴の曖昧な返答にはてなマークを頭の上に浮かべながらも「まぁいい」と詮索せずにラウラは味噌汁を飲み干す。そしてトレーにお椀を置き、ポツリと言った。
「私に聞きにくるやつがいると思うか?」
「ブッ!?」
鈴は思わず吹いてしまった。一夏達もラウラの台詞がおかしかったのか笑いを堪えるのに必死だ。
「アンタ…自覚あったのね…」
「当たり前だ。ここにきて何ヶ月経ったと思っている」
そうは言っているラウラだが心なしかどこか悟った表情をしているのを、ラウラを1番よく知っているシャルロットは見逃さなかった。
食事も一通り終えたところで、ハンカチで手を拭く簪が口を開く。
「実際、どうだったの?戦ってみて…」
管制室にいた簪はこの中で唯一<天照>らとの戦闘には直接加わっていない。
「そうねぇ、<天照>の方は確かに強かったっちゃ強かったけど、正直機体の性能に助けられてた感じはあったわ」
「私も感じた。恐らくだが、まだあの機体に慣れていなかったのだろう。手探りで動かしていたように見えた」
鈴とラウラはそう断じる。
一夏もまた<天照>との格闘戦にもつれ込んだ際に似たような感覚を覚えていた。
「なんつーか、悪い言い方したら普通ではあったなぁ」
「それ以上にクソ緑よ。あいつ只者じゃないわ」
昼間の戦闘を思い出してか鈴は歯ぎしりさせる。鈴の言うクソ緑とは言わずもがな般若女のことであろう。
ここで一旦<天照>の話題は置いておいて、一同は般若女の件に触れ始めた。
「上から見てたけど…動きが凄まじかった」
「相当な腕の持ち主であることは間違いないな」
「とにかく、次あのクソ緑に出会ったら絶対にぶっ潰すわ」
「鈴さん、ずっと言いたかったのですがその卑猥な言葉を慎んでくださいまし。その…はしたないですわ」
各々が談義に花を咲かせていると、周りの生徒達のどよめきが大きくなっていることに気付く。そのどよめきが気になりそちらに振り向いた一夏は、そこにいた人物の姿を認めた瞬間大きく目を見開いた。
「切り傷に打撲、あー髪の毛もちょっと焦げちゃってるねぇ。酷いものだ」
「あはは…」
「オラオララッシュの最中にエネルギー切れでモロに食らって…よく骨折れてないよ」
渡された診断書を読みながら2人の女性——緑葉と相川は互いの顔を見て苦笑する。
「大体きみがねぇ、わざわざあんなにノらなきゃそんな傷負ってないわけで」
「それは言わないでくださいよ…」
普段通り制服を着込んでいる相川であったがところどころに湿布や絆創膏が貼られ、至るところに包帯が巻かれている。松葉杖をつき、打撲で左腹部が痛む箇所を手で押さえながら歩く様は痛々しかった。
「ん…?」
ふと緑葉は周囲から感じる視線を感じ、診断書から目を離す。
「「………………」」
『……………………』
周りには人、人、人。緑葉&相川、バッと後ろへ振り返る。立てかけられた看板には食堂の二文字。よし。
「あ、今日は部屋で自炊の気分だった。良かったら相川さんも食べる?」
「いいですね〜お付き合いしますよ」
『いやいやいやいやいやいやいや!!』
回れ右をして帰ろうとする2人へ食堂にいる全員が待ったをかける。
「ちょっと待ってその怪我なに!?」
「てかさっきの話は一体どういう意味!?」
「えっ怪我?話?ナンノコトカナーあ痛っ!」
「全然ごまかせてないもん!めっちゃ痛がってるもん!」
「見たらわかる絶対なんかあったよこれ」
たちまち緑葉と相川の周りには人だかりが出来る。揉みくちゃにされながら脱出した2人は偶然一夏達が座っていたテーブルの前へと出る。
「あっ」
相川は気まずげに顔を逸らす。
「何、どしたの?」
「相川さん大丈夫?その怪我どうしたの?」
シャルロットが心配そうに相川を見つめていると、横に立っていた緑葉が一夏の方を向きポツリと呟き始めた。
「…痛かったってさ」
「………………………………………は?」
なんのことだ?一夏の顔が呆ける。
「だから、痛かったんだってさ。生まれて初めてだって、お腹殴られたの。声には出さなかったけど…心の中では…プクッ痛い痛いって…クククク…言って…ふふっ、それで…こっちも大変でプクククク……」
「ちょっと待って下さい何の話ですか!?あと笑える話じゃないですし完全にわざと意味深な言葉で言ってますよねそれ!!」
本当に何のことを言っているのか心当たりがない一夏の背後から冷たい気配が無数。
「一夏…アンタ…」
「僕達に隠れて…」
「相川さんを……」
『うわぁ…………』
「オレは無実だ!!」
軽蔑の視線を向けるギャラリーへ一夏は自分は何もしていないと弁解する。そんな光景に耐えきれずついに緑葉と相川は大爆笑を起こす。
「あはははははははは!ゴメンね一夏君。私も悪かったと思ってるし」
「いや本当になんの話だ…?あと緑葉さんそろそろ黙ってくれませんかね」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」と腹を抱えて笑い転げる緑葉は無視される運命。
「うーん、まだ気付かないかぁ。まぁ変声器使ってたし仕方ないか」
すると相川はポケットの中から1つの御守り袋を取り出す。常磐神社と書かれた御守りをギュッと握り、目を瞑る。
「きて、<天照>」
御守りを握った腕が閃光を放つ。眩しさから閉じていた目を開くと、相川の左腕には赤い装甲が纏い、大鏡状のシールドが装備されている。
一夏も、鈴も、食堂にいる皆が唖然とする中、床から起き上がった緑葉がニヤリと笑った。
「今日の学年別トーナメントで一夏君と鈴さんが戦ったIS、その名も<天照>。その<天照>の搭乗者として任されたのが彼女だよ」
「…………え?」
『ええええええええええええええええええええええええええ!!!?』
今日1番の叫びが食堂に響き渡った。