IS 〜夢のような旅路〜   作:フレイア

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 確信を持てました


#13 これはデキてますね

 <天照>改め、相川のカミングアウトから落ち着きを取り戻した皆の興味はやはり彼女に注がれていた。

 あっという間に群衆に取り囲まれた相川はしどろもどろになりながらも自分にぶつけられる質問に対応しているところだ。

 

「あぱーひと仕事終えた後のラーメン美味しい〜」

「この漬け物旨いわね、お酒が進むこと進むこと」

「本音…、ツッコミどころしかない…」

 

 相川とは対照的で、遅れてやってきた本音と緑葉は自分達に注がれる目線を気にする事なく食堂の食事に舌を鳴らしている。メンタル強すぎるのではないかこの人達。

 幼少期から本音の友達であった簪はそんな彼女に若干呆れている側で鈴が口を開いた。

 

「で、よ」

 

 鈴は睨みを利かして緑葉を見る。

 

「分かってるよ。悪かったって思ってるよ試合中にカチコミして」

「なんであたし達と戦うことになったのよ」

「ウチらだって予想外やったわ」

 

 龍驤は箸で味噌汁を混ぜる。その横で藤川が話し始める。

 

「いきなり言い出してびっくりしたぞ」

 

 どうなら藤川や龍驤にとっては寝耳に水だったらしい。

 

「1つ質問なのだが、あの動きは偶然できたのか?」

 

 今度はラウラが緑葉に質問をぶつける。質問をぶつけられた緑葉は苦笑いを浮かべテーブルに肘をつける。

 

「狙ってできるやつじゃないし虚をついたからこその善戦だと思ってるから」

「ところで、緑葉さん達はどのくらいの適性値が出たのだ?」

 

 緑葉と戦った箒が訊ねる。

 IS適性が高ければ高いほど機体を使いこなせられる。

 元々の素質だけでなく、訓練や経験などで適性幅は上下するが基本的には元の素質が関わっているケースが殆ど。平均はC〜Bであり一夏のIS適性はB、セシリアなどの代表候補生はAである。

 ごくたまにDクラスがいるがそのレベルになるとISを扱うのは難しくなる。都市伝説では更に下のEがあるとかないとか。

 

「うーん、前にやったシミュレーターだと確か龍驤が」

「ウチはBやったな、で緑葉が」

「なんかAって出たな」

「え…凄い」

 

 周囲の反応とは裏腹に龍驤と緑葉は随分とあっさりした様子である。緑葉はISのこと知らないのに上から命じられてここにきた、と言っていたからもしかして適性Aの凄さにどうもピンときていないのかもしれない。

 周囲の反応に顔を渋らせた緑葉が1番ビックリしているであろうセシリアに訊ねる。

 

「そんなに凄いの?」

「A適性ということはわたくしと同じ数値ですわ」

「代表候補生や国家代表の多くが、A適性だからね」

 

 セシリアの横からシャルロットがフォローする形で解説する。緑葉は「おぉ……」と感嘆の声を漏らす。

 

「それにしても、何故こんな大それたことをしたのだ?そしてあの機体はどこから持ってきたのだ。考えたのは緑葉さんか?それともまた別の奴か?」

 

 緑葉を見るラウラの目つきが変わる。その鋭利な刃物のような鋭さに緑葉が怯んでいる時だった。

 

「それはこのバカとそこにいる大バカが説明するさ」

「織斑先生、……と、南井先生?」

「相川さんも?」

 

 相川と南井の首根っこをがっしりと掴んだ千冬が立っていた。大雑把に手を離すと南井は床に倒れ込み「ごふ」と潰れた声を出す。さすがに怪我を負っている相川に荒っぽい真似はしなかったが。

 起き上がった相川と南井、そして息をついた緑葉は事の顛末を語り始めた——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡りおよそ1週間前、ハプニングを起こした緑葉が藤川と龍驤に叱られていた時のことだ。

 驚愕から抜けきれず唖然としている2人を他所に、緑葉はカレンダーを見据えた。

 

「これまで何度か君には無茶振りをしろと言ってきたけど今回は悪いことは言わないよ。やめといた方がいいって」

「そうや、『秋の学年別トーナメントに私達も飛び入り参加しよう』とか出席簿アタックどころの話ちゃうで」

 

 緑葉が2人に提案した案、それは『1週間後の学年別トーナメントに自分達もISを駆って参戦する』という突拍子もない案だった。

 

「機体はどっから調達するのさ!」

「鶴屋会長に頼めばいいよ」

「第一ウチら参加する資格ないやろ」

「だから飛び入りだって言ってるんだ。それに、協力者もいる」

「協力者って、学園のかい?」

「そうそう。おっと、来たみたいだね」

 

 ノックの音が聞こえ、緑葉は扉の方へ向かう。藤川と龍驤がその様子を見ていると3人の女性が入室してきた。1人は先程緑葉達の案内を受け持ってくれた本音だ。本音の隣にはこちらも1組の教室で見た事がある生徒が1人、確か相川さんと言ったか。そしてあとの1人はどうやら学園に在籍する教員のようであった。

 

「この人達が協力者かい?」

「そう。のほほんさんと、相川さんと南井先生」

 

 「よろしくねー」と一言挨拶をする本音に習って相川も南井も軽い挨拶を行う。

 

「でもなんで協力してくれるんや?こんなアホみたいなことに」

「簡単に言えば、利害が一致したからでしょうか」

「利害?」

 

 龍驤の質問に対し南井は利害の一致と答えた。疑問符を浮かべる龍驤に、緑葉が笑みを浮かべて答える。

 

「南井先生は凄い人だよ。ご自身でISの開発を行なっているんだって、まぁさすがに1人では無理だから人手を貸してもらってらしいけど。それを相川さんやのほほんさんが時間を見つけて手伝っている。でいいんでしたっけ?」

「は、はい」

 

 南井は照れるように頭を掻く。

 その後も南井が自分でISを開発することになった経緯、そして何故緑葉がそれを知り南井らにコンタクトを取ったかなどを簡潔に説明された龍驤は感心の声を上げる。

 

「私達の素性よりも愛機のデビュー戦選んだからねこの先生は」

 

 教職として痛いところを突かれた南井は含み笑いをする。横で話を聞いていた藤川がズレた眼鏡をかけ直し問う。

 

「で、その機体とはどのような」

「良かったら、見にきます?」

「他の先生や生徒にも言えへん機密なんやろ?ええんか?」

「はい。どのみちどこかで見せる手はずでしたし」

 

 何故か南井ではなく相川が言った。その表情はどこか誇らしげだ。開発半ば辺りから手伝っていたと言っていたから、やはりそれなりの思い入れと誇りがあるのだろう。

 

「出来るなら今すぐ見てみたいけど、もう7時なるし準備した方がいいんじゃない?」

 

 緑葉が指差した先にある時計の針は7の部分を指していた。緑葉達はまだしも相川達は今日も授業がある。

 

「そうですね。ここで一旦解散しましょうか」

 

 南井は相川と本音を促し立ち上がる。

 

「集合する時間は夜の8時くらいが丁度いいかな?場所はまたここね」

「なっちーご飯行こ〜」

「分かったから袖を引っ張らないで」

 

 集合時間と場所を南井に確認する緑葉の腕を本音が引っ張る。ちなみに『なっちー』とは緑葉のことらしい。下のナツからもじってなっちー。うん、分からん。

 

「私の方も資料を纏める作業がありますのでこれで、2人とも授業に遅れないようにね」

「「はーい」」

 

 南井から微笑みを向けられた相川と本音は元気よく返事をする。南井と分かれた緑葉達は本音に促されるまま食堂に直行した。

 

 

 

 

 授業が終わりすっかり日も沈み切った午後8時過ぎ。緑葉、龍驤、藤川、そして新たに今日から合流した西園寺は車に乗り込んで前方を走る車を追走する。

 前方を走る車は南井が運転を行なっており、そちらに相川と本音は同乗している。しっかり彼女達には外出許可が降りているらしい。

 

「なんかごめんね西園寺君。忙しいのにわざわざきてくれて助かったよ」

「大丈夫です、お気になさらず。自分もISには興味をもっていたので」

 

 申し訳なさそうに後部座席からハンドルを握る西園寺に声をかける緑葉だが、当の本人は気にしていない様子だ。

 

「しかしまぁ、本当に見せてくれるんですよね?って聞いたらまさかの『ここにない』には驚きましたな」

「最終調整は別のところで、らしいよ」

 

 例の新型である<天照>は現在最終調整に入っており、調整は学園内ではなくまた別の場所で行われているらしい。調整といっても後はちょっとした調整だけでほぼロールアウトできる状態なんだとか。

 

「でもこれは……どこまで行くんだい。もうだいぶ学園からは離れたけど」

 

 段々と家々の間隔も広くなってきた頃、南井が運転する車が駐車場へと入る。後を追って駐車場へと入るとすでに南井は車を止めていた。

 

「着いた?」

「みたいやけど…」

 

 停車した車から降り立った緑葉と龍驤が辺りを見渡す。

 周囲は田んぼが広がり、遠くには市街地の明かりが見える。田舎なのか都市近郊なのか、至って普通の住宅地だ。

 しばらく街灯が照らす夜道を歩き、数分経っただろうか、南井達が歩くのを止める。

 

「着きました。ここです」

「え?ここ?」

 

 いきなりの発言にキョトンとした緑葉がここという場所を確認する。工房に隣接している家はこの辺りの農家の家らしく敷地は広いのだが、肝心の工房はこれまたどこにでもあるような、緑葉の地元である水戸にだってある至ってありふれた工房だ。

 

 はっきり言ってここでISの調整ができるとは思えない。というか緑葉を始めとした4人は本気で場所を勘違いしているのでは?と不安げにお互い顔を見合わせる。

 

 そんな一同の思惑を他所に、相川が緑葉達を伴って言う。

 

「ここが、<天照>の生まれ故郷である『成田工房』です」

 

 

 

 

 <打鉄>や<白式>などを開発してきた倉持技研の名を知らぬ者はIS業界にはいない。そんな倉持技研も当然大元のスポンサー、親企業があるのだがそれはさておき。

 倉持技研単独でIS開発を引き受けるパターンが殆どなのだが、パーツの納入などのスケジュールがカツカツな時は外部の契約を結んでいるいくつかの工房とも連携して機体を仕上げるケースが存在する。その1つを担う工房というのがここ成田工房なんだとか。

 

「がはははは!いやよくぞこんな夜分遅くに来てくださった!」

「こちらこそ、お忙しい中すみません」

 

 南井達を出迎えてくれたのは質実剛健元気ハツラツ、髭を蓄えた如何にも豪快そうな老人であった。彼こそが成田工房の創始者である成田源一郎だ。

 

「おお?そちらはまた初めて見るお方、もしや彼らが」

「はい。電話でもお話しした緑葉さんです」

「ほお!彼女がですか!お話は聞いておりますぞ!!」

「ああああああああヒゲぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!」

「呼んだかい?」

「そっちじゃないッ!」

 

 源一郎からの熱いハグを頂いた緑葉は悶絶しながら叫ぶ。

 

「いやいや普通ここ握手じゃないの!?なんでハグ!?」

「ひいおじいちゃんは米軍の捕虜になって数年間アメリカに行ってたことがあるんですよ。ハグはその時身につけたんだって」

「こう見えて戦闘機の整備士でな!空母『赤城』で九六艦戦を整備しとったわ!」

「すげぇ」

「その後はまた南方の島に行ってな、そこで捕虜になってしまったんじゃよ」

「その話めちゃくちゃ聞きたいんだけどまずハグを解いてくれませんか。あとそこの君誰?」

 

 源一郎のハグから脱した緑葉は肩で息を吹き返している。緑葉からしても相当なモノであったのは間違いない。

 

「ち…ちなみにですが…、戦闘機の整備士してたってことは今お幾つで?」

「今年の夏でめでたく94じゃ!」

「94歳の元気じゃない……」

 

 源一郎の年齢を聞いた緑葉一同は半分呆れかえる。緑葉の祖父も80代にして「x◯ideoの閲覧方法を教えてくれ」とか言うある意味健在な人物だが、こちらも大概元気という言葉が似合うご老人である。

 

「あきくんこんばんわ〜〜」

「こ、こんばんわ」

 

 本音にあきくんと呼ばれた少年はペコリとお辞儀をする。恐らく相川や本音と同い年だろう。

 

「ひ孫の秋じゃ、自慢のひ孫じゃわい!」

 

 秋の頭をがっしりと掴んだ源一郎はまたまた豪快な笑い声を出す。おじいちゃん、もう夜の8時回ってますよ。

 しかしそんなひ孫は豪快な源一郎とは似ても似つかない、緑葉は秋に大人しげな、落ち着いた雰囲気を感じた。

 

「立ち話もなんですので、ささ、上がってください」

 

 我先にと先を進む源一郎に促されるままに靴を脱ぎ廊下を歩いていく。招かれた一室では40代くらいの男女、夫婦だろうか?座布団に座りながら緑葉達を待っていた。

 

「私は現在成田工房の社長を務めている成田貴紀と申します。貴方達の話は南井先生から聞いています。お会いできて光栄です」

「妻の叶です」

「どうも…」

 

 またハグがくるか!と身構えていた緑葉だったが普通の握手を求められた時は少しホッとした。

 

「あまりここで話していてもなんですし、工房の場所まで案内します」

 

 緑葉達が簡単な挨拶を終えた後、成田夫妻は南井を連れて部屋を出る。どうやらついに<天照>を見せてくれるらしい。

 源一郎の方はどうやら同行せず、部屋の中で晩酌をするみたいだ。

 

「緑葉君、ここまで来たんだから当然、見るよね?」

「いやそうしたいのは山々なんだけどねぇ個人的にはさっきの話の続きが聞きたくなっちゃってさ」

「さっきの整備士云々のかい?」

「もうちょっと深く話を掘り起こしてみたいなと」

 

 ここにきて緑葉は本来の目的である<天照>の視察ではなく、源一郎が先程少し話した戦時中の話が聞きたくなった。

 

 今の時代、戦時中の話などそう聞けるものではない。戦後70年が過ぎ戦時中を体験した人はどんどん鬼籍に入っている。中国へと出征していた緑葉の曽祖父もまた亡くなっている。そんな中でまだ元気な、しかも戦闘機の整備士をしていた人の話を生で聞ける機会などもう二度とないかもしれない。

 どのみち<天照>を見れる機会は遠からず訪れる。なら今ここで聞ける話を聞いておいて損はない。緑葉からすれば思わぬ副産物、むしろ徳であった。

 

「なんだ嬢ちゃん!ワシの話が聞きたいのか!物好きだなぁ気に入った!」

 

 当の源一郎も酒が入っているのか随分と乗り気であった。

 

「仕方あらへんな。ほならウチらで見にいってくるわ」

「いってらー」

 

 源一郎と対面するように座り出された酌に焼酎を注ぎ始めた緑葉は工房へと向かう藤川らを見送る。しかし相川だけは秋と一緒に別方向へと歩いていた。

 

「あれ?相川さん見に行かなくていいの?」

「え、あ、大丈夫です。私は別の用があるから…ごゆっくり…」

 

 「ほーん」と一杯やる緑葉に作り笑いを浮かべた相川と秋はそそくさと去っていく。無関心を装ってこそはいたが、緑葉もソレが分からないほど子供ではない。

 心の中で2人を茶化すような笑みを作りまた一杯飲む。

 

「いい飲みっぷりだなぁ嬢ちゃん。そうだイイコト教えてやる、実はあの2人なゴニョゴニョ…」

「あ、やっぱり?青春だねぇ〜〜」

「秋のやつはなんとか悟られないようにしてるらしいがの、息子や孫夫妻の目は誤魔化せてもワシの目は誤魔化せんわい!」

 

 大仰に笑いながら緑葉と源一郎は乾杯を交わす。

 

「嬢ちゃんワシの話が聞きたいんだって?何が聞きたいんじゃ」

「話せる限りでいいのでさっき少し喋ってくれた話を聞きたいですね」

「整備士時代のか。そうじゃのう、あれはワシが17の時じゃったわ——」

 


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