お昼休憩中、緑葉は職員室のホワイトボードに書かれていた『とある行事』を表す文字をジーっと眺めていた。
その行事とは、学校生活で一二を争うであろう思い出イベント、修学旅行であった。
修学旅行の4文字を見つめながら緑葉はもうそんな季節か、と懐かしむ。夏前に行く学校もあるらしいが、個人的な考えで言えば修学旅行はやはり秋の京都だ。そしてIS学園も修学旅行は京都に行くそうな。
「しかしこれは……」
修学旅行も気にはなっていたが、それより数日前の日付に書かれている文字列が、一般生活に慣れ浸しんだ緑葉にとっては不可解そのものだった。
緑葉がホワイトボードを眺めていると、そこへ書類を数式携えた真耶が入室してきた。緑葉の姿を認めた真耶はニコニコと笑みを浮かべながら緑葉の元へ歩み寄る。
「あ、緑葉さんお久しぶりです。どうでしたか?伊豆旅行」
「え?あーどうも山田先生、お久しぶりです。旅行の話はまぁ後々。…ところでこれなんですが」
「ふふふ、残念ながら緑葉さんは参加出来ませんよ。参加するなら自腹で—」
「いやそうじゃなくてですね、あのコレですよコレ。なんですコレ」
緑葉がホワイトボードを指差した先には『京都修学旅行予定地 視察 参加者 専用機持ち生徒ならび一部教員』の文字が。
これには真耶もあーとかうーとか言いながら冷や汗を流して目を背ける。アンタ隠し事下手か。
確かに緑葉の時も前もって先生が現地視察とかしていたし(それが発覚して教室中からずりーとか言われるまでがテンプレ)、それ自体は不思議ではない。だが専用機持ちの生徒も参加とは一体なにゆえ、と。
「百歩譲って山田先生あたりが現地に行ってくるのは分かりますけど、なんで生徒まで」
「いやー、それは、そのー」
「それは機密、とでも答えておこうか」
返答に困っている真耶の横から千冬が顔を覗かせる。
「企業機密ならぬ学園機密と」
「そうだ。だからこれ以上首を突っ込んでくれるな」
「首を突っ込んできたらその首撥ねるぞ」と脅し文句を付け加えながら千冬は自分の席に座る。
この人なら本気でやりかねない、と本能的に察知した緑葉はこれ以上の追求をやめホワイトボードの所から離れる。
ソファーに座った緑葉は既にお湯を注ぎテーブルに置いておいたカップ麺の蓋を開ける。
「あ、そうだ」
緑葉は徐ろに紙袋の中からタッパーに入れられたとある食べ物を取り出す。数個取り出したタッパーの中には同じような食材がギッシリと詰め込まれていた。
「全く、そこは来賓用のテーブルだと何度言えば……。む、それは」
「織斑先生も、一口どうです?」
タッパーを開けた緑葉は、ニコッと笑みを作った。
昼下がり、一夏達はいつものメンバーで集まりながら各々弁当を取り出す。主に食堂で食べるが、今日のように天気の良い日はこうして日の下で弁当を並べて食べている。
例によって今日も一夏に箒、ラウラ、鈴、シャルロット、簪といつものメンバーが集まっているが、一夏はここで1人足りない事に気付いた。
「あれ、今日はセシリアは不在か?」
「セシリアは織斑先生に用があるって言ってたよ」
「そうか、ならセシリアには悪いけど先に食べちまうか」
セシリアを待っていて食べる時間が無くなってしまっては元も子もない。仕方ない、と一夏達は弁当箱を開こうと蓋に手をつけた時だった。
突如、学園中に大音量で悲鳴が響き渡る。これには一夏達も驚いて蓋から手を放す。
「今のはセシリアの声だな」
「セシリアのところへ行くわよ!」
「ああ!!」
何があったかは分からないが、セシリアの身に何かがあったのは間違いない。
慌てて弁当を仕舞い込んだ一夏達はダッシュで階段を駆け下りる。向かう先は、セシリアがいるはずの職員室だ。
「セシリア!アンタ大丈夫……って、え?なにこの状況」
「失礼しますぐらい言えんのかお前は」
「あだっ!?」
職員室の戸を思い切り開けた鈴が開口一番叫ぶ。が、内部の状況を見た瞬間ポカンと佇んでしまった。そこへ追い討ちをかけるように千冬の出席簿アタックがヒット。不意打ちの一撃に鈴は頭を抱えながら座り込む。
追いついた一夏達も「し、失礼しま〜す」と恐る恐る職員室の中へと入室。そこにはかなりシュールな光景が広がっていた。
出席簿アタックを食らって頭を抑える鈴はさて置いて、まずはセシリアだ。幸い彼女はすぐに見つかったがどうも様子がおかしい。
セシリアは腰が砕けたのか尻餅をついているわ、彼女の目線の先にいる緑葉は目を白黒させているわ、他の先生なども困惑した様子で2人の方へ視線を送っている。
「いやマジでどういう状況だコレ」
カオスな光景を目の当たりにして状況が把握できない一夏がそう呟く。しかしまぁ、まずはセシリア第一だ。
「お、おい。セシリア大丈夫か?」
「あひゃ…あひゃ…あひゃあ……」
一夏がポンポンとセシリアの肩を叩くが呂律が回らない上に目線も上の空。漫画的に例えるなら渦巻き目のあんな感じだ。
シャルロットもセシリアの様子を気遣っていると、箒はキッとこの状況を引き起こした元凶であろう緑葉を睨みつける。
「貴方は一体何をやったんです」
「ふざけた事言うんじゃないよ何もしてないって!!」
しかし当の緑葉はそれは冤罪だと箒の追求を全力で否定。
声を荒げながらテーブルに拳を思い切り叩きつけ紙コップを投げつける。誰がどう見ても本気で怒っているため、緑葉がとても嘘を言っているとは思えない。あまりの剣幕に気丈な箒もおずおずと引き気味になっている。
と、一夏はテーブルの上に置かれていたタッパーの存在に気付き、緑葉に訊ねる。
「あれ、それってもしかして佃煮ですか?」
「そうだよ佃煮だよ。なんなら一夏君も一口どうよ」
一夏とラウラがテーブルに置かれたタッパーの中身を覗き込む。そこにはギッチリとアサリや小魚などの佃煮が詰められていた。
緑葉の了承をもらい一夏がアサリの佃煮に一口頂く。
「美味しい」
「でしょ?」
一夏の素直な感想に緑葉は先程の剣幕から一転笑顔を作る。箒も手にとって食べると「おお」と感嘆の声を発する。
佃煮といえば日本においては白飯の頼もしい味方である。この独特の甘みがまた美味しさを引き立たせてくれるものだ。
恐らくだが、イギリス出身のセシリアはジャパニーズ佃煮を知らなかったのだろう。ただそれだけであんな風になるだろうか?
その答えは割とすぐに見つかった。ラウラが1つのタッパーに手に取って中に入った佃煮を摘む。
「む、これは…虫か?」
「えっ?」
ラウラの一言で今度はシャルロットが凍りつく。恐る恐るラウラの肩から顔を覗かせたシャルロットが「うわっ」と声を上げる。
「これは見たところバッタか?」
「正確に言えばイナゴね。まぁバッタといえばバッタ、なのかな?」
「い…イナゴ…?」
そのタッパーの中にはイナゴ、蜂の子などが所狭しと詰め込まれていた。と、同時に一夏と箒はどこか腑に落ちたように「あー」と声を出し納得の表情を浮かべる。
真相はこうだ。千冬に用があったセシリアが職員室へ入室し、用件を伝えたのち何気なく緑葉の姿を見やる。緑葉はすでに食事中であり、ふとした好奇心から何を食べているのか気になったセシリアが背後から近づく。
セシリアに気付いた緑葉が
「セシリアさん、佃煮食べたことないでしょ?一回食べてみる?」
「ツクダニ?」
と佃煮が入ったタッパーをセシリアへ差し出す。タッパーを手に取ろうとした瞬間視界に1つのタッパーが入る。それこそがイナゴ&蜂の子(クロスズメバチの幼虫)の佃煮が詰まったタッパーであった。
それを見た、というか見てしまったセシリアはたちまち仰天。で、こういうことになったと。
一部始終を真耶が語り終えると一夏と箒、鈴は改めて「あー……」と息をつく。
「私は佃煮の魔力に取り憑かれたかもしれません。イナゴ美味しいです」
「うむ、やはり旨いな。緑葉、後で小分けにしてくれないか?酒の肴にしたい」
「ガッテン承知の助よ。ラウラさんもどんどん食べてね」
「ヤー」
そんな3人の横で千冬とラウラは佃煮を食べ続けている。特にラウラは相当気に入ったのかご満悦の笑みをこぼしている。
「シャルロット」
「ふぇっ!?」
「何を怖気づいている。貴重なタンパク源だ食ってみろ。旨いぞ」
「えちょっ」
ラウラは1匹のイナゴを摘むとそれをシャルロットの掌に乗せる。イナゴ丸々1匹がほぼ原型を留めているだけあって、これを初見で食えるかと問われれば多分ノーだ。かといってラウラの好意を無下にするわけにもいかない板挟みの状態に置かれたシャルロットは今にも泣きそうな顔になっている。
「大丈夫だって。1回食べてみれば後は気にならないし。かく言うあたしも最初はビビったけど今じゃこの通りよ」
そう言いながら鈴もまたイナゴと蜂の子の佃煮を摘むとそれを口の中に放り込む。もっとも中国にはイナゴの佃煮なんて可愛く思えるくらいのゲテモノ料理があるなんてのは此処じゃ禁句よ。
「う、うーん…でもなぁ」
ここでやっぱりいいや、と言うのは簡単だ。だがシャルロットは気付いていた。ラウラと緑葉の視線に、食べてくれるんだよね?という視線に。特にラウラの目が心なしかキラキラしているのがまたつらい。
(ええい!ままよ!)
覚悟を決めたシャルロットはイナゴの佃煮を口の中へと放る。あえて一口一口よく噛んで味わっているが、やはりその顔はまだ苦悶の表情を浮かべている。
周りのギャラリーが固唾をのんで見守る中シャルロットは噛み砕いたイナゴの佃煮を飲み込んだ。
「どう?お味は……」
俯いたままのシャルロットに恐る恐る緑葉が問いかける。が、結果としてその心配は杞憂に終わる。
「美味しいね、これ!」
満面の笑み、とまではいかないが笑顔を浮かべたシャルロットの姿に、緑葉は心の底で抱いていた不安を払拭し僅かながら安堵。周囲からは何故か拍手喝采が巻き起こった。
「先程は非常にお見苦しいところを見せてしまいました……」
場所は変わって食堂、気絶から目覚めたセシリアは緑葉へと謝罪の言葉を述べて頭を下げる。
「それだけでなく、緑葉さんの気分を著しく害してしまいましたことも心より謝罪申し上げますわ…」
「あーうん、そうだね、まぁ、故意じゃないのは分かってたから。こっちも少し大人げなかったのもあるし」
当の緑葉本人はあまり気にしておらず、むしろ怒鳴った自分の方も悪いと言う。
ある意味今回の騒動の元凶になったイナゴや蜂の子の佃煮だが、実際に食べてみたセシリアは絶賛してくれた。もっとも最初のうちは口に入れるのを躊躇していたが。
まだ弁当を食べていなかった一夏達にしてみても緑葉が持参してきた佃煮はおかずとして非常に優秀な力を発揮。いつも以上の満腹感を与え、あっという間に佃煮は半分以上胃袋の中へと消え去っていった。
あっという間に消えていく佃煮に苦笑いを浮かべた緑葉はふと、そういえばコイツら専用機持ちだったな、思い出しあの話題に触れこむことにした。
「まぁそれはそれとして、折角君達がいることだし聞きたいことあるんだけど」
「なんですか?」
「あそこのカレンダーに修学旅行の事前視察に君らも参加って書いてあったからそれについて聞いてみたくてさ。何すんの?」
そう切り出した途端、彼女達の表情が険しいものへと変わる。
「え?修学旅行関連でそんな顔なる?」と困惑している緑葉へラウラが一言応えた。
「済まないが、私の口からは何も言えない」
「?」
千冬の時もそうであったが、頑として教えないという突き放しっぷりにますます困惑の色を強める。
シャルロット、鈴、一夏、箒、セシリア、簪など他の面々からも曖昧な返答だけが返ってくるだけだ。
「いや、え?そんなガチめな箝口令出されるレベルなの?」
「レベルなんですハイ」
「言ったら…消される…」
「えぇ…」
こうなってくるとますます内容が気になってしまうのが人間の心理というもの。だが緑葉はこれ以上の追求を避けることにした。
学園来たばかりの時にも言及したが、変に業界の闇に巻き込まれるのはご勘弁願いたいのだ。え?秋の学年別トーナメント?なんのことやら。
ぐぬぬ、と緑葉はこの中で最も簡単にポロっと有らぬこと言ってしまうであろう人ナンバーワン(緑葉評)の一夏に顔を向ける。
「じゃあせめてだ、せめて帰ってきた時の土産話くらいはできるでしょ?」
「うーん…それならまぁ、多分ギリ…」
相変わらず歯切れの悪い返事である。
いや真面目にどんな現地視察なのよ。生徒が参加するってだけで興味深いのにこうもはぐらかされてはますます興味が出てしまう。
と、このタイミングでお昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。午後の授業へと向かう一同を見送ったのち、緑葉はテーブルの上にある佃煮が入ったタッパーを片付け始めた。
この話は作者本人も結構お気に入りだったりします。せっしーに佃煮食わせたから他の国のキャラにも色々日本食食べさせてみたい。鈴には家系ラーメンは候補ですかね