「…………」
緑葉は思わず声にならない悲鳴で喉を枯らし、あんぐり開け声にならない声を発している。
(どうしてこうなった)
事の発端はつい数分前、藤川と龍驤と共に学園の職員玄関へ向かっていた緑葉だったが、草むらからぴょこんと現れた猫に気を取られた結果2人とはぐれてしまった。
緑葉が当てもなく彷徨っていると開けた場所が見えてきた。近くの茂みから伺ってみたらそこは校庭で少女達が授業に励んでいた。
そこまでは良かったのだが、ついその光景に目を奪われている間に周囲を囲まれてしまった、というわけである。言ってしまえば『しくじった』のだ。
「おい」
目の前で仁王立ちする6人のうちの1人が緑葉に話しかけてくる。しかし呆然としていた緑葉はすぐに反応できなかった。
「おい、と言っているんだ」
「あ、あぁ、ええっと……」
「誰だ貴様は、ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
呆れながら少女は言う。ようやく冷静さを取り戻した緑葉は改めて自分に問いかける物体を見る。
よくよく見てみるとそれは10代の女の子で、長い銀髪に赤い目。左目には眼帯を付けている。
そして何より目を引くのは彼女の風貌だ。彼女が着込んでいる灰色のスク水みたい(というかまんま学校で着るようなスク水)なのもそうだが、黒い図体に右肩には大きな砲のようなものも備え付けられている。
圧倒されうろたえるフリをしながら周りの5機を流し目で確かめる。
(これが『IS』……)
ISを生で、それもこんな間近で実物を見れるのは男心という性分がくすぐられる。やっぱり男子はメカに弱い。
と言っても今はそれどころではない。
「聞いているのか。貴様はここで何をしていた。返答次第によっては、こちらにも考えがあるぞ」
そう言い銀髪の少女は冷徹な眼つきを背けず右肩の砲身を緑葉へと向ける。自他共に強メンタルと言われるさすがの緑葉も頭を軽く吹っ飛ばせる威力を持つであろうカノン砲を突きつけられてはたじろくしかない。
「まぁ待ってよラウラ。まずはこの人の話聞いた方がいいんじゃないかな」
「む。し、しかしだなシャルロット…」
そこへオレンジ色のISを纏った別の少女が近づいてくる。ラウラと呼ばれた子はなんとも言えない困った様子でモジモジしている。
こんな状況で思うべきじゃない事かも知れないけど、なんというかアレですね。普段キツい性格をした子が特定の人だけに見せる可愛い面というか、そーいうギャップの差に萌えますね、ハイ(小並感)。
「そうだぞラウラ、それにこの人敵って訳じゃなさそうだぞ?」
敵ってなんぞやというツッコミはさて置いて、緑葉は声を発した第三者の男子の方へと顔を向ける。
彼もまた白いISを纏っており右手には大きな剣を持っている。彼こそが話題の男性唯一のIS操縦者である織斑一夏本人で間違いないだろう。
「アンタね、まだあれからひと月も経ってないのよ。それでいてこの人達は怪しくないって言われても信じられないわよ」
また新たな声が聞こえてきたのでそちらに目を向ける。
赤と黒のカラーが入った機体で、横の羽らしき所には砲口らしきものも確認できた。両手には青龍刀のような刃物を持っている。格闘戦に特化した機体である事は何となくの雰囲気で分かった。
車での移動の最中、学園のホームページなどを駆使し事前にISの機体名、操縦者の名前など前もって仕入れていた。記憶に間違いがなければ、このマゼンタの機体は<甲龍>、搭乗者は中国の代表候補生である凰鈴音。
一般の生徒を検索するのは難しいが、専用機持ち、所謂代表候補生と呼ばれる生徒などは雑誌などにも度々載っていたり一種の有名人のような扱いを受けている。売れない芸人よりネームヴァリューがある彼女らの情報を調べるのは存外容易いことだった。
しかしただ1人、燃えるような紅い機体に乗る黒髪の子のことは何処を調べても分からなかった。まさに大和撫子を往く出で立ちに緑葉は思わず心の中で感嘆の声を漏らす。
見ると鈴と一夏、そしてシャルルが我々をどうするか揉めていた。鈴は先生らに突き出した方がいいと言い、一夏とシャルルは無害そうだから注意に留めて帰すと言っている。
普通に考えたら後者の方がいいのだろうが生憎残念ながら普通じゃない。議論がヒートアップしていくなか、頃合いを見て緑葉が動いた。
「えーっと、私道に迷ってここに来ちゃって。ここの責任者と話がしたいんだけど、なんとかならないかな?」
「道に迷ったぁ?」
緑葉の要件を聞いた彼らは顔を見合わせている。鈴の方はやはり怪しいと此方を睨みつけている。
「どうする?織斑先生に報告する」
「え、本当に報告するの?確かに先生に言うって言ったのはあたしだけど。というより織斑先生はどこよ」
「なんか、大事な用事があるって言って席を外してたよ」
「しかしここは教官に任せる他あるまい」
「織斑先生に任せるのであれば、わたくしも賛成いたしますわ」
どうやらラウラの方は同意したようだ。彼女に続くように鈴以外の面々もうんうんと頷く。鈴の方は「でもねぇ…」と賛成半分反対半分と言った様子で頭を掻く。
自分で言うのもなんだがこんな得体の知れないヤツなんて怪しいに決まってる。
そして場所が場所なだけに判断を間違えるとりかえしのつかないことになる。他の人が別に怪しくないし話だけでも聞こうぜと言ったところで素性も知らない目的も知らない(さっき聞かれたばっかりだからちゃんと要点纏めて話せる気がしない)なんて信じれませんわな。
「よろしければ、私がこの人達を案内しますよ」
議論もヒートアップしていたところにまた違う声が入る。
見ると両手に清掃用具を持った初老の男性がこちらへ歩み寄ってくる。見た限りでは学園の清掃員、用務員で間違いないだろう。
「君達はまだ授業がありますし、山田先生も困っています。織斑先生は勿論、他の先生方には私からお伝えしておきますよ」
「なら、お願いしてもいいですか?」
用務員のおじさんにそう言われ、少し思案したのち一夏は緑葉の対応を任せることにした。反対の声こそ出なかったものの緑葉達を疑っている鈴は大丈夫なのか?という怪訝な表情を変えずにいた。
「では、こちらへ。学園まで案内します」
そう手招きされ、緑葉は用務員のおじさんに付いていく。緑葉が後ろを振り向くとさっきのISが一斉に飛び去っていくのが見えた。
そういえば、龍驤はまだしも自分はISに乗れるのだろうか。確かに今は女性の身体になってしまっているが緑葉ナツは男性だ。そんな厄介なネタを身体に秘めている自分に女性しか扱えないISは扱えるのだろうか。
正直な事を言ってしまえば乗りたい。そりゃそうでしょ?空飛べるのだから、ライフルとかミサイルとか撃って空中戦出来るとなれば夢だ。ミリタリーにも多少の造詣があるから尚更だ。
「おお、まだ自己紹介をしておりませんでしたね。私は学園の理事長を務めている轡木十蔵と申します」
「ふぁっ!?」
前を行く用務員のおじさんが歩くのを止め唐突に自己紹介をしてきたと思ったらなんか今理事長とかいうワードが。
マジか、と思っていると轡木十蔵なる人物が1枚の名刺を緑葉に渡す。見ると確かに『IS学園理事長 轡木十蔵』と書いてある。改めて言おう、マジか。
「よく驚かれますよ」
そりゃ初見はねぇ、という言葉を心の中でキメて緑葉の目線は名刺と轡木の容姿を行ったり来たりさせる。
理事長に会うっていうのは何というか確定みたいな感じではあったが、まさかこんな形で会うのは想定外だった。
緑葉から見た理事長なんていうのは普通は厳かな雰囲気の部屋でお高めの椅子に座っているイメージだ。それがどこにでもいそうな用務員さんの姿で出てきて「そうです。私が理事長さんです」とカミングアウトしてくるのだから驚きだ。
「あの、じゃあ今ここで我々のこと話した方が良いですかね…」
相手はIS学園の理事長。緑葉は萎縮しながら改めて轡木に問う。
「貴方達のことは、しっかりと鶴屋様から聞いておりますよ」
その言葉を聞いた時の安堵感と言ったらもう。緑葉は「よかった…」とただ一言だけ発し胸を撫で下ろす。
「いや本当によかったですよ。ビクビクしながら歩いてたもので心臓バクバクで…。このまま学園の裏側で表に出ることなく裁かれてしまうんじゃないかと…」
「いえいえ、そんな物騒なものはありませんからご安心ください」
安堵感から本音が漏れる緑葉を見て轡木がニッコリと笑う。轡木さんが柔和そうな人で良かった。
「ただやはり貴方達のことも知りたいので、改めて色々お話は聞かせてもらいます」
「あ、ハイ。それはもちろん」
「そう固くならなくても大丈夫ですよ」
柔和な笑みを崩さない轡木を見て、この人めっちゃ良い人だと確信を得た緑葉は職員玄関を通り、下駄箱で靴から用意されたスリッパへと履き替えIS学園校舎へと足を踏み入れた。
「迷った」
道無き道を往きながら、緑葉は一言それだけ言い残してまた歩く。正確に言えばちゃんとIS学園内の通路ないし廊下をテクテク歩いているのだが、それは比喩というやつだ。
思わぬ形で理事長さんに会った緑葉は、あの後理事長室に行き、そこで理事長夫人とも顔を合わせて、既に理事長室へ通されていた藤川と龍驤からはありがたいお叱りを頂いた。
なんでも夫人の方は表向きの理事長なんだとか、やっぱりそこそこ闇深いじゃないのという話は置いといて。
そこからは軽く話をしたりしていたんだけど、私は言い知れぬ緊張感のせいで腹痛を訴えた。元来そこまで緊張するタイプじゃないし、自他共に認めてるんだけどあの謎の緊張感には敵わなかった。
そんなわけで理事長夫妻への応対は龍驤と藤川に任せてトイレへ行き無事に痛みから脱出した。そこまでは良かったのだが好奇心で適当にぶらついていたら今度は道が分からなくなって詰んだ。あと女子校だから仕方ないといえば仕方ないけど男子トイレが無かった。彼が急な便意に襲われたら多分詰む。
「あの人誰?来賓?」
「えー、誰かの保護者とか?」
丁度休み時間に入ったということもあり通路には多数の生徒の姿が。
とにかく視線が痛い。悪意ある目線ではないんだろうけど、奇異なモノを見る目で見られてるのがつらい。あとヒソヒソ声が地味にまた堪える。
耳を立てて聞くと自分のことを来賓の方とか誰かの保護者なんじゃないかとか言ってるのが聞こえる。まぁ来賓っちゃ来賓なんだけどなって思いながら歩く緑葉の足取りは重い。
「こんなんなるならどこに何があるかもしっかり調べとけばよかった……」
IS学園は呆れるくらい広い。それはもう地図を見たら頭がクラクラするくらい。おまけに案内板の1つくらいあってもいいのに未だに見つからない。ISの事や操縦者のこと調べる前にまずこっちを調べておけばよかったと今更ながら後悔する。
「なんで人工物の中で遭難しなくちゃならないんよ…。とりあえず藤川辺りに連r」
どこともなく彷徨っている時に浮かんだ妙案、むしろなんで今まで思いつかなかったのか。緑葉が携帯を取り出し電源ボタンを押すも反応がない。ホームボタンを押しても以下同文。
すると現れたのは充電切れを表す画面。あんまりだ、無慈悲だ、自分が一体何したって言うんだ。
ある種の悟りに至りそうな緑葉の足取りは更に重くなる。気がつくと周りの生徒達は皆いなくなり、心なしか電気も途切れ途切れにしか点いていない。
いよいよもって誰かに訊ねるという最終手段がほぼ消えた現状、無闇に歩き続けるのもいい判断ではないと踏み、緑葉は歩くのをやめ近くの壁に寄りかかるように座り込む。
(これからどうしよ…)
はぁ〜、と溜め息をついていると、ふと自分が寄りかかっている壁に違和感を覚える。確かにイヤにゴツゴツとした壁だなと思っていた。しかしどうにも違和感を感じ、立ち上がって自身が寄りかかっていた壁をよく見てみる。
「うん?これは…」
周囲が暗いため目が慣れるのに時間がかかったが、すぐに目が暗さに慣れてきてようやく壁の正体を知ることが出来た。
銀灰色のカラーリング、両肩の盾のような形状をした翼、それに脚部と、それが何であるかすぐに察することが出来た。
「これ、もしかしてIS?」
それは<打鉄>と呼ばれる純日本製の第2世代IS。そのうちの1機だった。
周りを見渡してみるとそこには何機もの<打鉄>が置かれている。どうやら訓練用のISを置いておくための倉庫らしい。正直ここがそういうところだとは全く気がつかなかった。それくらい何も考えずに彷徨っていたのか私。
というかそういう大事な場所なら戸締まりしっかりしときなさいよ。なんで開いていたんだ………………うん?開いてた?
「お〜〜ば〜〜け〜〜だ〜〜ぞ〜〜」
時すでにお寿司とはこのこと。ここから出ようとした瞬間、緑葉の背中にはずしりと重みを感じ誰かに抱きつかれていた。