未だに喧騒が絶えない面々の中、ただ1人だけ周りを伺っていた緑葉は相川の様子がおかしいことに気づいた。
数馬だけでなく、一夏や鈴達にも絶対零度の眼差しで睨みつけ、身体をワナワナと震えさせ今にも怒りが爆発しそうになっている。
秋がフォローを入れているが、それでも彼女の怒りの沸点が下がることはない。
「あの〜相川さん?非常に申し訳ないんだけれども、1つ聞いていい?」
相川は黙ったままだ。肯定、と見ていいだろう。周りの皆も緑葉に注目する中、緑葉は恐る恐る訊ねる。
「あの、いやねぇ、あくまでその〜推測の域だけど、そっちの…彼氏さん?確かえー、っと、秋くんは…まぁそっちの事情…はよく知らないけど今非常に困っていると見ていいね?」
「え?あ、ハイまぁ…」
戸惑いながらも秋は肯定。緑葉は探り探りで言葉を繋げる。
「まぁその〜アレだ。そっちからしたら我々は味方なのか分からないけど少なくとも君の考えでは、そこの青年と我々は違うと見ている」
再び秋が頷き、数馬の精神ダメージも少しずつ蓄積されていく。
「でも…でもね…。相川さんがこっちに向けている眼差しはとても我々を味方としては見ていない。むしろ…敵として見ているよね」
「…………」
苦笑しながら緑葉が相川の方へ目を向けると相変わらず黙ったままだ。
「というか多分、そこで追い詰めているのか追い詰められているのか分からない彼と我々は同等に見られている」
「さすがにそれは心外ですわ!」
「私は決してそんな不躾なことはしない!」
「俺のハートにコラテラルダメージッ!」
セシリアと箒の痛烈な言葉に数馬は胸を抑えながら膝から崩れこむ。その憐れな姿に思わず数馬をよく知る弾と一夏、鈴は心の中で「ドンマイ数馬」と囁いた。
「セシリアさん、そうは言ってもこんな神がかり的なタイミングでね、全員一気に1箇所に集合したら疑いたくなるでしょ」
実際その通りで、相川は緑葉達のことを味方だとは見ていない。何なら数馬や弾とグルだとも思っている。
だがこの時はまた別のところに意識を向けていたのだが、それには誰も気付かずにいた。
「くっ、なんかいつの間にか俺が悪役になってる気がする」
「そりゃそーだろ今気付いたのか」
数馬がそうボソを噛むと一夏のすごいシンプルにして的を得たツッコミが返ってくる。
そんなやりとりを眺めていた鈴が溜め息をつく。
「数馬、アンタ今の状況分かってんの?悪いことは言わないわ。大人しく降伏でもしなさい。今ならまだ悪いようにはしないから」
「俺は立てこもりの強盗犯か!」
「諦めろ数馬。もうお前の計画は潰えたんだ」
蘭と龍驤以外のこの場にいる女子全員IS持ちである。そのうち1人は国家代表。知力でも運動神経でもどう足掻いても数馬が勝てる相手ではない。
ちなみにその国家代表さんは『自首』と書いてある扇子を広げている。一体いくつレパートリーあるんだろうかあの扇子は。
そんなやりとりを少し離れた位置から眺めていた簪はこの場から離れようと思案していた。何気なく相川と秋を見やった時、ほんの些細な変化に気付いた。
劣勢に立たされていた私と秋くんの前に突然現れた緑葉さんやセシリアさん達。
ぶっちゃけてしまうと私はセシリアさん達のことを敵だと捉えていた。だってあまりにも登場するタイミングが良すぎたからね。織斑君とか実際敵だったし。
ただセシリアさんや篠ノ之さんが明確に否定してくれたから、私も多少気を取り直すことができた。
数馬君は未だに抵抗の意を見せているけど状況は明らかに向こうが劣勢。私はこの状況を打開する一世一代のある考えを胸に秘め、その時を待っていた。
「僕は……」
(秋くん…?)
その時、これまでずっと寄り添ってくれていた秋くんが不意に私の正面に出る。
「護るから」
「え?」
彼は小さな声でそう呟く。
「僕は、君を護る。何がなんでも、例え生贄になってでも…僕は絶対に、相川さんを……清香を護ってみせるから!!」
自分でも気が付かないうちに声を大きくして叫んでしまった秋くんは「あっ……」と口を塞ぎ、壊れたブリキ人形のような動きで言い争いをしていた織斑君達を見る。
案の定、皆ポカーンとした顔でこちらを見ている。ラウラさんは「おー」とかどう捉えていいのか分からない反応を見せているが。周りの客すら食事の手を止め、テラスにはたちまちなんとも言えない静寂が流れる。
そんな中、緑葉さんが唐突に「プッ」と破顔させると腹を抱えこんで静寂をぶち破るような高笑いを上げた。
「あっははははははははは!!いやぁ凄い!凄いなぁ秋くんは!」
掌でテーブルをバシバシ叩きながら緑葉さんは腹がよじれるくらいに大爆笑。褒められているのか貶されているのかよく分からないが、事情を知っている緑葉さん的にはきっと前者の意味を込めてのことだろう。
秋くんから発せられた突然の台詞に今の私はまさしく茹で蛸のように顔を紅潮させ、目には一筋の涙を浮かべる。これで泣かない子はいないって…
私は慌てて袖で涙を拭い、周囲の様子を見回す。よくよく周りを見ると実に十人十色といったご様子。
「リア充め」と敵視する人もいれば、マンガやドラマのような告白に思わず顔を赤らめる人、ニヤニヤと続き早よと言わんばかりにしている人、相変わらず戸惑いを隠せない人に高笑いをする人(緑葉)も。
そして、こんな私達に向け何故か妙齢の女性が拍手を送っていた。
「素晴らしい愛の力、見せてもらったわよ」
見ず知らずの人にそんなこと言われても「はぁ…」と曖昧な返事しか返せない。緑葉さん達も「誰?」って目で見てるし。
それにしてもこのおばさん、どこかで見たことある気がする。それも最近。
「……あっ」
思い出した。ホントに最近も最近、というかついさっきすれ違ってた。レゾナンスに入る時に私達のやり取りを遠巻きから見ていたあのおばさん軍団のうちの1人だ。確か名前は大野さんと言ったはず。
その大野さんはマダム特有の気品というか貫禄か知らないが「うふふ」と余裕を醸し出している。
「貴方の勇気、なかなかだったわ」
「は、はぁ…」
「彼女さん、いいカレシ持ったわね。大事になさい」
なんだかよく分からないけれど、マダムなおばさんからエールを送られてしまった。そして相変わらず緑葉さんは「誰だ……」って呟いている。
「……ハイ!」
でもって私はなんだか自信を与えられたような気がしたので、自然と返事に力が入ってしまった。
おばさんは満足げに微笑み、緑葉さんは「ハイじゃないよ誰だよその人」とまだ困惑してる。
(今しかない!)
グッと拳に力を込め、覚悟を決めた私は腕を伸ばして秋くんの手を握る。
「えっ、相川さん!?」
「なんだぁ!?」
「まさか!」
秋くんだけでなく、周りの人達も私の身体に起こっている異変に気付く。
私は<天照>を左腕だけ部分展開。そうして左手を秋くんの腰に回す。
「えっちょっ!?」
力を入れ、私は思い切り肩に乗せるようにして秋くんを担ぎ上げる。女の子に軽々と担がれている男の子というすごいシュールな光景が作り出されているが、まだ終わらない。
キッと私が見据えた先はテラスに設置された柵、私は秋くんを担いだままジャンプし、欄干へと足をつける。
言っておくとここは3階、真下は多分駐車場か通路か、どのみちコンクリートの地面なのは間違いない。
「ちょっとあの子何する気!?」
「止めさせなさいよ!何考えてるの!?」
当然大パニック。だってこれ何も対策してなかったらただ心中、自殺だもの。
だが生憎、しっかりと『対策』はある。そんな私の『対策』ないし秘策を悟った秋くんは私をジッと見つめたまま微笑んだ。
「僕のためにこんな無茶しちゃダメだよ」
「それ、今の私には褒め言葉だから」
互いに笑い合い、私は欄干から控えめに跳び何もない空中へと身を投げ出す。
後ろからはかなりの人物の悲鳴が、その中には緑葉さんの高笑いもある。多分、否、確信して言えるが、緑葉さんは私の秘策を初めから見破っていると思う。
それにしても、緑葉さんの高笑いはここ数週間ですっかり学園の名物になった。多分あの高笑いは藤川さんっていうヒゲのおじさんの影響だと思う。
1つタイミングを間違えたら私と秋くんは一瞬で肉塊になる。うわぁグロい。覚悟を決めて私はすぅ、と息を吸い上げ叫んだ。
「飛んで!!<天照>!!」
私の身体と秋くんを紫電が包み込む。部分展開していた左腕以外の場所も次々と装甲が現れ、背中には絢爛な羽が生える。
地面につくかつかないかというスレスレでバーニアを一斉解放。私を中心として周囲に衝撃風が吹き荒れ、土煙が宙を舞う。あとビニール袋と50代おばさんのミニスカートなんかも。
<天照>を纏った私は秋くんをお姫様抱っこするような格好で3階より少し高い位置まで一気に上昇。
バイザー越しにテラス席を見下ろすとそこにはあんぐりとみっともなく口を開けて茫然としている数馬君と驚きを隠せていないセシリアさんや鈴さん達が。そしてヒューヒューと指笛を吹く緑葉さんや楯無会長を始めとしたマダム軍団が喝采を送ってきている。
これ以上ここにいると恥ずかしさやら何やらで色々とマズい、私は秋くんを抱き抱えたまま踵を返し<天照>を飛翔させ、レゾナンスを後にした。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
<天照>離脱後から暫く経った3階テラス席に段々といつもの空気が戻りかけている頃、未だにあんぐりと口を開いている数馬に弾と一夏、鈴は冷ややかな目線を送っていた。
「数馬……」
「言うな一夏、何も言うな」
一夏が口を開くと数馬は薄い笑みを浮かべて答える。
いつの間にか相川と秋のリアル愛の逃避行の片棒を担いでしまった数馬の心境はそれはそれは複雑なものであった。
セシリアとシャルロット、箒とラウラ、更識姉妹は一緒に行動すると居なくなり、緑葉と龍驤の姿もない。
そんな中、これでも俺達友達だからと弾と一夏、そして鈴の3人は最後まで数馬の側に残っていた。
この後一緒にガ◯トのドリンクバーで飲みあかそうやと弾が言おうとした瞬間、澄み通るような女性の声が4人の耳に入る。
「全くお前らは何をしてるんだ何を」
あまりに聞き覚えのある声にギクッと4人の背筋が凍る。
恐る恐る、ガタガタ身体を震わせながら振り返るとそこには紙袋を携えたスーツ姿の千冬が立っていた。そしてその表情はどこか呆れ返っていた。
一夏は勿論、中学時代から千冬と交流してきた弾、数馬、鈴の3人もまた彼女の恐ろしさは身をもって知っていた。
「ち…千冬姉……」
「千冬さん……いつから…?」
「お前らがバカみたいに追いかけっこをしているから、なんとなくついてきたらこれだ」
「ち、ちちちちち千冬姉待ってくれ俺は違うんだ俺はその…」
「分かっている。お前が進んでこんなことするヤツじゃないのは私が1番知っている。さすがに私もそこまで理不尽ではない、が…」
恐怖から身体を震わせている3人に一瞥した千冬はへたり込んでしまっている数馬の肩にそっと手を置いた。もっとも数馬にとってそれは刑務官から「今日お前死刑だから」と宣告されたようなものであるのだが。
「久しぶりだなぁ〜御手洗。ん?先月の一夏の誕生日パーティーの時は出会えなかったからお前が私と会うのは確か中学の文化祭以来だったか?」
「お…オヒサシブリデス、チフユサン……」
「はっはっはっはっはっ、久しぶりの再会なのだからそう固くなるな。さて、ここで立ち話もあれだから、どこかの店で一回話でもするかな」
「え”」
数馬だけでなく、まさか千冬がそんなこと言うと思ってなかった一夏や鈴もそんな声を出しかけたが慌てて口を塞ぐ。
そして察した、あぁこれは楽しんでいると。
「どうせお前らも御手洗の慰め会みたいなのをしようとしていたのだろう?安心しろ、今日は私の奢りだから」
「「「い…イエッサー」」」
どこも安心できる要素などないが、逆らったらそれはそれで命が危うくなる。完全にひれ伏した一夏らは千冬の後へと続くが、その足取りは鉛のように重い。
そして今回の騒動の元凶であり、現在死刑執行人に肩を掴まれている数馬はこれまで以上に爽やかな笑顔でこう言った。
「よーし、生きて帰ろう」
この直後、千冬直々のチョップが頭部にクリーンヒットしたのは言うまでもない。
「ここまでくれば大丈夫かな…?」
「う、うん…。さすがにここまでは追ってこれないでしょ」
人目につかない場所に<天照>を着地させた私はずっと抱き抱えていた秋くんをゆっくりと降ろす。
私も<天照>を解除し地面の上に降り立ったが不意に足元がおぼつかなくなり倒れかけてしまう。だけど秋くんが私を上手く押さえてくれたお陰で地面に倒れることはなかった。
「あ…ありが……とう」
「どういたしまして」
顔を紅く染めあげる私はそーっと秋くんの手を握る。秋くんもまた若干照れながらも握り返してくる。お互いの手の感触、暖かさで幸せな気分になってしまうがとりあえず今は現状確認。
大通りへ通じる、人通りの少ない一本道に出て現在地を調べる。思っていた以上にレゾナンスからは離れた場所に辿り着いていたが幸いIS学園へのアクセスは容易なことが判明して一安心したが、同時にある想いが込み上げてくる。
「今日はもう、帰ろうか。相川さんも疲れちゃったでしょ…?」
秋くんは純粋に私のことを心配して言っているのだろう。このまま学園に帰って眠りにつきたい思いはある。しかし今の私にとってそれは些細な問題だ。
お恥ずかしい話、今の私はとってもとっても秋くんを欲していたから。
駅の方へと向かおうとしていた秋くんの袖を引っ張ると、彼は戸惑いながら私を見る。
「…………相川さん?」
「……まだ帰りたくない」
「え?でも、門限があるって……」
「いい、破っても。それより私は…秋くんと居たいの」
IS学園には門限というのが設定されていて日曜日なら17時までに学園内に居ないと学園から閉め出されてしまう。
だがそれこそ些細な問題、それこそ帰って寝たい以上にどうでもいい問題。
「私ね…ホントは恐かったの」
「……!」
「恐くて、恐くて、でもそんなところ見せるのがイヤだったから…。だからあえて吹っ切れるように駆け回って————」
そこから先の言葉は秋くんの唇に遮られてしまう。不意打ちのキスに私の理性は焼き切れそうになってしまうが、人に見られているかもしれないからギリギリのところで持ち堪える。
「清香…………んっ」
「ん……!」
だけど秋くんの蹂躙は留まるところを知らない。ついには私の舌と秋くんの舌が互いに触れ合い、脳に電流が走る。気持ちいい、ずっと、ずっとこうしていたい。
本当に人が居なくてよかった、けどいつまでもこうしてはいられない。名残惜しげに秋くんの唇が私から離れると舌と舌を繋ぐように唾液がアーチが作り出す。
「…ごめん。今日、抑えられないかも」
「今日も、じゃないの?まぁ…私もだけどね」
秋くんの腕が私の腰へと回る。私もまた秋くんに寄り添いながら手を繋ぐ。
私と秋くんの目線の先には神様の思召しなのかヤラセを疑うほど丁度いい場所に爛々と装飾が輝く一件のホテルが。
「じゃあ…その…」
「うん…いこっか」
顔から火が出そうになるほど顔が紅くなってしまっている中、私達はホテルの中へと消えていき、その数分後には、熱いひとときをベッドの上で迎えていた。
ちなみに数馬君の最後のセリフには元ネタがあります。探してみよう