「いよいよ明日出発ね」
「言っとくけど、観光がメインじゃないからな」
「何言ってるのよ!当たり前でしょ!」
放課後の時間を使って明日へ向けて練習に励んでいた一夏と鈴は2人で帰り道を歩いていた。
久しぶりに一夏と2人きりというシチュエーションに鈴は舞い上がったが、一夏の一言で瞬時に意識は明日に向けられる。
かねてより計画されてきた専用機持ちと一部教員らによる京都への事前視察。表向きはそう通っているが真の目的は別にある。
真の目的とは、亡国機業の掃討作戦。
学園祭やキャノンボール・ファストでは学園側が奇襲を食らった形となったが、今度は真っ向からの作戦。かなり前から生徒会や学園上層部らによる緻密な計画がなされていたようで、日取りから何まで全てがスケジュール通りに進んでいる。
鈴やセシリアなど亡国機業に手痛い目に遭わされた面々は当然気合が入っているが、それ以上に秋の京都という立地が恋麗し乙女達の火をつけていた。
一夏との距離を狭められる絶好の舞台でもある今回の京都視察は、別の意味でも京を戦場へと変える勢いであった。
「ん?鈴、どうかしたか?」
「え!?いやいやいやいやなんでもないわよ!?」
「そうか?ならいいんだが」
深くは詮索してこない一夏にホッと胸を撫で下ろしていた鈴の耳に、ワイワイと話し声が聞こえてきた。
一夏にも聞こえたようで、2人して周囲を見渡していると、話し声の出所である人だかりを発見。人だかりができている駐車場の一角に近づいていくと一際目立つ高笑いが響く。
「やっぱり緑葉さんだ」
「あれ、一夏君」
案の定というか、高笑いの正体は緑葉。その周辺には数人の生徒が集まり、中には2年生の姿も。
と、1台のカブの横でしゃがみこんでいた女性が一夏と鈴の姿に気付き立ち上がる。年齢は千冬とほぼ同年代。セシリアやシャルとはまた違う染めあげた金髪をなびかせたその姿は昔のスケバンを思わせる風格だ。
「おっ、織斑君に鈴さん。訓練は終わりか?」
「あ、菅野先生こんにちは」
「ハハ、こんにちは」
一夏が挨拶すると、菅野先生と呼ばれた女性はニッと笑う。
菅野華奈は2組の副担任を務めており、元々2組にいた鈴とは今もよく廊下で会っては会話している。
授業の方は受け持っておらず、主に体育など体力仕事の方で駆り出されている。
ISの実力もA級で、教師部隊の中でも随一の腕をもっている彼女は今回の京都視察には不参加だが、有事に備えてIS学園の守りを任されている。
そんな菅野だが、教師部隊の中で唯一自分専用に充てがわれた機体を所持している。その機体こそ<ラファール・リヴァイヴ>ではあるが、とある事情があった。
まずこの機体はデュノア社がフランス軍のある特殊部隊のために少数生産された特務仕様機で、かなり希少な機体である。その数は僅か1機。つまりその1機を菅野が所持しているのだ。
なんでそんな機体をIS学園の教師である菅野が所持しているのかだが、これには色々と複雑な事情があった。
配備3カ月前に突然フランス軍が諸事情どうこうで受領をドタキャン。慌てて配備元やパイロットを探したデュノア社であったが、当時すでにデュノア社は第3世代機の開発に成功していたイギリスやイタリア、ドイツなどに押されはじめ社の経営が傾きはじめていた時期であった。
各国の実業家達は『今のデュノア社と組んでも損だ』と機体受領の要望を拒否、オマケに特務仕様という特殊な機体だったのも災いし中々乗り手の都合がつかなかった。
最終的にはデュノア社社長であるアルベールの実娘であるシャルロットに充てがう計画が浮上するほど迷走しかけていたが、ある日本人女性に白羽の矢が立った。その日本人女性こそ、菅野だったのである。
当時の菅野は日本の代表候補生ではなかったが、それでもかなりの実力を持っていた。しかし彼女にはある問題があった。
現在菅野が駆る<ラファール>の左肩には6つの星マークが描かれているのだが、これは勝利の証の星ではない。実際には『自分自身の機体を6機壊した』という証を表した星マークである。
屈指の腕を持つ一方で操縦が非常に荒く、過去何度も乗り込んだ<打鉄>や<ラファール>を動作不良へと追い込んでいる。
荒々しい操縦をする菅野に専用機所有の誘いなどくるはずない、くる方がおかしい。と誰もが断言していたが、前述の通り菅野に目をつけたデュノア社がコンタクトを取った結果、誰も予想しなかった<ラファール>受領が実現した。
特務仕様機だけあって現行の機体よりもタフな仕上がりとなっていた本機を菅野は大層気に入り、晴れて菅野は異例の専用機持ちということになった。
旧知の仲であった真耶と菅野が<ラファール>を受領された際の会話では
「これまで何機ダメにしたっけ」
「えーと…、確か5機か6機……」
「じゃあ、六斗星だな」
と言ったそばからペンキがたっぷり入ったバケツをいくつも持ってきて、受領されたばかりの機体の左肩に6つの星マークをペイントしたのは語り草らしい。
またこの<ラファール>特務仕様機は隠密性に重点を置いた機体なので、当然カラーリングは焦茶色と地味の王道を征く色合いだったのだが一目見た菅野は一言
「ダサい」
とバッサリ断言。左肩に星マークを塗ったついで感覚で機体全体の塗装を一新。焦茶色から黒のラインが入った黄色のストライプ模様にフルチェンジしました。やったぜ。
そして彼女は『菅野デストロイヤー』というありがたい渾名を友人である山田真耶から賜った。黄色のストライプ模様のカラーリングもその友人が提案したものである。
余談だが、当の菅野自身もその渾名は気に入っている。
ついでに言うと、スケバンのような、と言ったがかつての菅野はまごうことなき女番長であった。地元では菅野華奈の名を知らない者は居ないとまで言われその名は県外にまで知れ渡っている。
得物を持った大男を倒した、市外にも計300人の手下がいる、全面抗争の末表舞台から姿を消したなどなど、嘘かホントか分からない武勇伝がいくつもあるので話のネタにこと欠かさない。ちなみに表舞台から姿を消した理由は菅野が勉学に励むためで、グループ総長からの実質的な引退であった。
成績もかなり優秀で、クラスでは常にトップにつけるほどで、図書館では文学小説を読み漁ったり、前述の武勇伝からは想像できないほどの才女っぷりである。そこ、いつ勉強してんねんとか言わない。
カリスマ性もピカイチで、毎年誕生日になるとグループの子やはたまた他校の男子生徒からも誕生日プレゼントやら手紙やらを渡されるなんてことも。
IS学園の教師という道を進んでいる現在でも当時の仲間達を大事にしており、かつての仲間が妊娠して悩んでいる時は親身になって相談にのったりなど、着実に武勇伝を築き上げている。
菅野は一夏と鈴をまじまじと見つめている。やがてキョトンとしていた一夏の肩を叩き、駐車してあるカブの方を見る。
「どうだ?乗ってみるか?」
「え!?」
突然の台詞に一夏は思わず目を見開く。
「大丈夫大丈夫、私有地だし。サポートすっからさ」
「そういう問題じゃなくてですね!」
教職として限りなくアウトに近いグレーな言葉すら飛び出してくる始末。
一夏は原付の免許など持っていない。ちなみに原付の免許は16歳から取れるので既に16歳になっている一夏も取ろうと思えば取れるのだが、それとこれとは別だ。何しろ乗ったらそれ=無免許運転になる。
一夏はアウトだと反論したが、抵抗虚しく菅野に押し切られ、渋々といった表情を見せながらカブのシートに座らされる。
「そういえば菅野先生はなんで原付持ってるんですか?確か車ありますよね?」
鈴が素朴な疑問を浮かべると、菅野は「あー」と苦笑いを見せる。
「このカブは学園内の移動用なんだよね。ホラ、ここ広いからさ、場所が場所だといちいち歩いていくの大変なんだよね。かと言ってIS引っ張り出すわけにもいかないし」
もはやIS学園の広大さを語る必要もないだろうが、まぁとにかく広いわけ。端から端まで数キロはあるとかないとか言われているほど広い。
生徒もその広さに苦労させられることは多々あるがそれは先生達も同様。学園内では有事以外ISを展開することは基本禁止。だから遠くのアリーナや施設に向かうためにわざわざ自転車を召喚する人もいる。菅野もまたこうして原付を実家から引っ張り出してきて学園の整備区画で修繕したのだ。
「いつか一緒にカブ乗って、東京から札幌まで行きたいらしいよ」
「もちろん3日でね」
チェックが終わらせた菅野が座れとシートをポンと叩く。
「よーし、じゃあいってみよう」
「は、はぁ…」
もはや色々と諦めた一夏はしっかりとヘルメットを被ってシートに座る。緑葉に促されるままエンジンをかけ、スロットルグリップを開ける。
「お?おお〜…」
カブはゆっくりと動き出し、一夏の口から声が漏れる。一夏はバランスを取るのに精一杯だが、その間にもカブは着実に前へと動いていく。
一夏を乗せたカブは駐車場全体をノロノロと走行。途中危なっかしい場面も見られたがなんとか転倒せずに、円を書くように1周したところで菅野が声をかけ、一夏はカブを停車させる。
「どうだった?」
「どうもこうもないですよ」
カブから降りた一夏はキッパリ言って脱いだヘルメットを菅野に返す。
「俺のことはもういいですけど、これ以上はやめた方がいいですよ。織斑先生に見つかったらただじゃすみませんよ」
「よーしじゃあ次は誰がやる」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
まだまだ誰か乗せるつもりな菅野を慌てて一夏が止める。
「先生俺言いましたよね。やめた方がいいって」
「大丈夫だって。ホラやってみてーやつはいるかー?」
「その自信はどこから…」
一夏が呆れる横で菅野は周りにいる生徒へ呼びかけるが、誰も動かない。白昼堂々と無免許運転をすることになるのだから当然といえば当然だが。
「あたしがやってみようか?」
そんな中、ただ1人だけ自信に満ちた返事でカブに乗ると言ってきた。一夏と緑葉がその人物を見るとなんと意外にも鈴だった。
「鈴、なんでまた」
「免許の方は?」
「そこら辺は心配ないわよ」
鈴は財布の中から1枚の長方形のカードを取り出す。見るとそれは運転免許証だった。一夏は意外そうな表情を浮かべて鈴を見やる。
「鈴、お前免許持ってたのか」
「夏休み中に取ったのよ」
「なるほどねぇ〜。よしじゃあアレだな。なんの問題もなく」
「まっかせなさい。経験者は違うのよ!」
緑葉からカブのキーを貰った鈴は意気揚々とカブへと向かう。鼻歌を口ずさんでいたその表情はどこか浮ついている。
トコトコと近づいてきた本音が小声で緑葉に耳打ちしてきた。
「明らか気合入ってるー」
「私は見たことないね。カブ乗るってんであそこまでイレこむ人は」
シートに座った鈴はキーを回してブレーキレバーを握る。慣れた手つきでスターターボタンを押しエンジンをかける。
「おっ、さすがに免許あると違うね」
菅野がその手際の良さを褒めていると、鈴は一夏の方へ1度顔を向けたのち、ヘルメットを被り前方を見据える。
周りのギャラリーは固唾と飲んで見守っていたが緑葉の表情は少し曇っていた。
「さぁ鈴選手、気合が入ってます。入ってるんですがねぇ…。ちょっと私は今、少し胸騒ぎの方が…」
緑葉が一抹の不安を感じている中、鈴は自らカウントダウンを開始。
5、4、3、2、1とカウントしていき、ギャラリーのボルテージは最高潮に達した瞬間、鈴は叫び、スロットルを全開にした。
「GO!」
ーーガコンッ!
次の瞬間、鈴を乗せたカブは荒馬の如く天高く嘶き、前輪が宙に浮いたまま蛇行。なすすべもなく『安全第一』と書かれた柵に激突した。
あまりの事態に一夏や他のギャラリー、菅野まで声を失う。
「ちょっと待ってちょっと待って」
「…………」プルプル
緑葉だけは口元を抑えながら笑いを堪えている。見ると隣の本音も緑葉に釣られて笑いそうになってしまい身体が小刻みに震えているがなんとか辛抱している。
一方、渦中の人物である鈴はなんとか持ち直し、足を使ってカブをバックさせる。笑いを抑えきれそうにない緑葉を他所に一夏は鈴の様子を心配そうに見つめる。
「鈴!大丈夫か!?怪我してないか!?」
「え?なにが?」
一夏の心配を一蹴するように鈴はいつも通りの調子で返す。
「えいやだって、えらい勢いで…」
「だ、大丈夫なの鈴さん…?」
「何?何が大丈夫なのよ。あたしはこの通りピンピンしてるわよ」
周りのギャラリーからも心配の声が聞こえるが鈴は快活な調子を崩さない。しかしその様子はどこか白々しい。
そんな鈴に対して本音が声をかけたが、その声もまたどこか上ずっていた。
「ろ…ロデオのようだったよ〜」
「いや…そこの安全第一って書かれたところに…なんか吸い込まれるように突っ込んでいったけど……。大丈夫だった?」
後半から笑いが出てきてしまっていた緑葉がそう訊ねると、これまで白々しく平静を装っていた鈴はついに観念したのか破顔。
全てを諦めた鈴は何がおかしいのか「あはははは」と笑った後、緑葉を見て一喝した。
「大丈夫じゃないわよ!!めちゃくちゃ恐かったんだから!!!!」
マジで恐かったのか、ヘルメットを取った鈴の目はうっすらと涙目になっていた。
ここで、今私達の目の前で起きた『鈴音ウィリー事件』を検証してみよう。解説は私、緑葉がお届けします。
カブのシートに座ったその瞬間、鈴さんの脳裏には本能的な闘争心が沸き起こったに違いない。そしてそれは、ある種の対抗心でもあったはずである
(一夏に、いいところを見せなくては……)
この心理的状況を表すかのように、彼女は自らカウントダウンを始めた
「GO!」と言った時点で、彼女の闘争心は頂点に達していた。それを煽るかのような一夏の期待の眼差し「誠に遺憾である」
そして彼女は、スロットルを全開にした。彼女の右手の動きが、それを物語っている。
しかし、バイクは発進しなかった。実はこの時、彼女のギアがニュートラルに入っていたのだ
一夏の眼差しはこちらへ向けられたまま
(このままではマズい…)
焦る凰鈴音。そして彼女はこの瞬間、スロットル全開のまま1速にギアをチェンジしてしまったのである!!
1速に入った瞬間の急激なショックが、衝撃となって鈴さんの身体を揺さぶる
そして彼女のバイクは荒馬となって天高く嘶き、それでも必死に乗りこなそうとした鈴さんの抵抗もむなしく、激突を余儀なくされてしまったのである
では、もう1度この『鈴音ウィリーじk「もういいっての!!!!」
「死ぬかと思ったわよ!たっくもう!!」
自棄気味に叫ぶ鈴はカブを停車させヘルメットを苦笑を浮かべる菅野に返す。
「いやぁ〜〜いやいやいやいや」
「笑いごとじゃないわよ!」
「確かにこれは笑いごとじゃないね」
爆笑している緑葉の頭を叩いた鈴の表情もまた改めて自分のしでかしたことのおかしさを感じ、引きつり笑いを浮かべていた。
「あたしこのなりで怪我してないの奇跡よ」
自分の服装を改めてまじまじと見た鈴が思わずそんな言葉を口にする。
今の鈴の格好はいつもの制服姿である。特に下半身はミニスカートだから脚は露出した状態。なのに見たところ特に外傷を負った形跡は皆無。とてもウィリーして柵に激突した直後には見えない。
「ちなみにあの、ISに乗って制御不能になって墜落した時とこっち、どっちが恐かった?」
1人の生徒がそう訊ねると、鈴は至極当然という反応を見せる。
「こっちの方が断然で恐かったわよ」
鈴自身、ISに乗りたての頃は制御不能になって地面に墜落したことは多々ある。それがトラウマとなってIS乗りから身をひく人もいるほどだ。
しかし彼女は持ち前のタフさとド根性で墜落の恐怖を克服し、僅か1年で中国の代表候補生になった生粋の叩き上げである。その鈴をして今回のウィリーの方が「なまらこわかった」と言ったのだ。その意味を理解した緑葉は再び大口を開け、大爆笑をしたのであった。
一夏の危惧通り、結局この直後あっさり今回の出来事はバレた。
事故を起こした鈴と、免許もないのにカブに乗った一夏、そして全ての元凶である菅野はただでさえ明日に備えてピリピリしていた千冬や楯無などから大層なお叱りを受け、それぞれ反省文と始末書を書く羽目になってしまった。
ただし一夏の場合は菅野に半ば無理矢理乗せられたという証拠があるため、他の2人よりは罰は軽かったりする。というか菅野の罰が突き抜けて重いのだが。
なお緑葉は今回あくまで傍観者だったというのもあってか、罰は受けなかった。
出席簿アタックを食らわそうとした瞬間に思わず楯無がストップをかけたのはまた別の話。
「あのね、鈴さんいつのまにかニュートラル入れてたっぽいのよ。
そしてそれ知らないでセカンド発進だと思ってスロットル回してたんだけどね、
動かないからアレって思って
ギアいじったっけ
ロー入っちゃって
もうその瞬間ウィリーよ」
「………………………………」
「今……織斑先生笑いましたよね」
「気のせいだ」