「第一戦闘配置!各員持ち場につけ!ハッチを開けろ!」
「対空兵装用意、本艦はこの場で待機!」
「進路クリアー。マクガイア隊、ブラシウ隊、発進準備よろし!」
艦橋に怒号が飛び交う中、<シェアーフィンス>の両舷ハッチが開く。開いたハッチの目の前には晴天の空と青い海が広がる。
アラートが鳴り、やがてハッチから<ラファール・リヴァイヴ>を始めとしたIS隊が飛び立っていく。
「出るぞ、<シェアーフィンス>は動くなよ」
『単機で宜しいのですか』
「援護があると、かえって動きにくい」
言い切り、レイナは愛機を発進させる。
レイナが駆るのは<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>。シャルロット機と装備はほぼ同一だがシャルロット機のカラーリングがオレンジなのに対し、レイナ機はパープル色に纏められている。
編隊の前に出たレイナの<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>は背部に装着されたブースターを使い、編隊と距離を離す。元々単独行動を命じられていたレイナにはおあつらえの展開になった。
途端に警告音が耳をつんざく。遥か彼方から2機の<打鉄>が自分へ迫ってきているのが見えた。恐らくこちらの動きを察知し警戒に当たっていた学園の機体だろう。
「さすがに展開が早い」
直後、<打鉄>が攻撃を開始。レイナは機体を翻し砲弾の間を縫うようにして急接近、瞬く間に距離を詰められた<打鉄>を嘲笑うかのようにレイナはガルムと呼ばれるアサルトカノンを右手に展開させ発砲。
ガルムの砲火を浴びた2機の<打鉄>は次々と被弾。これ以上は危険だと判断したのか撤退していく。
「やれやれ」
レイナの一方的かつ鮮やかな戦闘を艦橋のモニターで観戦していたマサラッキは苦笑する他なかった。
「小崎機、団野機帰投します!損傷を負っているようです!」
「くそッ!始まったか!」
第1アリーナの管制室にて戦闘開始の第一報を聞いた菅野はコンソールを叩く。
「BフィールドにIS隊接近!数5!いずれも<ラファール>タイプです!」
「Sフィールドにも3機きます!うち1機はデータにない機体です!」
「8機も!?」
「新型も出てくるか…」
次々ともたらされる報告にフランシィは狼狽する。
ISは1機で軍隊に対抗しうる。それ故に外交や契約のカードに使われることも多い。彼女達はIS学園の教師。ISの恐ろしさはよく知っているし、それが8機も、さらに新型もいる意味もまたよく分かった。
「総力戦、ってワケか」
菅野は独りごちる。すでにアリーナのカタパルトでは教師部隊が待機し、出撃命令を待っている。
「私も出る。フランシィ、ここは頼むぞ」
踵を返しエレベーターへと向かう菅野にフランシィは「わかったわ」と一言かけた。
第6アリーナには、緑葉の他に相川や鷹月、南井を始めとした一部の生徒や職員らも揃っている。
そんな彼女らの間をひっきりなしに動き回っている人影が1つ。緑葉らのISの機付長として鶴屋グループから派遣された明石だ。
「緑葉さんは思い切りはいいですけどまだ機体に慣れていないんですから、あまり無理はしないでくださいよ」
「分かってるって」
明石からの説明を受けた緑葉はハンガーにかけられた愛機、<瑞雲>に乗り込み、カタパルトへと向かう。
緑葉の専用機<瑞雲>は鶴屋重工が開発した第2世代型に当たるISだ。緑色をパーソナルカラーとした本機は卓越した安定性を誇り、長距離、中距離、近距離戦に対応できるバランス型。
第2世代型ではあるが、時期的に第3世代の機体と同時期に開発が始められたため、第3世代機にも引けを取らない実力を発揮できる高性能も持ち合わせている。
一方でジェネレーター出力の関係上、密かに開発が進められていた携帯型ビーム兵器は使用することは出来ない。もっとも、実弾武装でも充分圧倒できるため緑葉からしたら些細な問題なのだが。
「大佐、ご武運を!」
「あいよ!」
「え、大佐??」
「深く考えんでええで。サバゲーでついた愛称やから」
相川達に一瞥したのち、緑葉は射出ユニットへ両足を置き、身を屈み叫ぶ。
「緑葉ナツ、<瑞雲>抜錨するよ!!」
ターン、というアラート音と共に緑葉は弾かれるように<瑞雲>を発進させる。
<天照>と同等のバイザーを装着すると、不気味な音を立ててモノアイが妖しく光った。
IS学園の教師陣が設定したSフィールド付近には、<シェアーフィンス>より出撃した3機のISが学園に向け接近してきていた。
3機のうち2機は通常タイプの<ラファール・リヴァイヴ>だが、あとの1機、アシェリーが駆る<ユングフラウ>は他の機体とは一線を画している。
<ユングフラウ>は、各国のIS技術を盗み出してきた亡国機業が独自に開発した機体だ。カラーリングは水浅葱色と、細部には藍色が塗られている。
カスタムウィングはそれぞれ両肩に2基、計4基装備し、大出力かつ高機動という特性を確保。武装は両手にシングスピールと呼ばれるビーム砲を手首袖口に内蔵。腰部には剣がマウントされている。
そして本機にはある特殊な兵装も試験的に実装されていた。この<ユングフラウ>最大の武装になりうるビット兵装だ。イギリスの<ブルーティアーズ>との差別化を図るために、このビットにはファンネルという新しい名称が授けられた。
このファンネル、<ブルーティアーズ>のそれとは違いかなりの小型化が図られており、丁度手を大きく開いたサイズとほぼ同じ。
また搭載数も大幅に増やされ、前者が6基なのに対し後者である<ユングフラウ>のファンネルは計24基装備可能であり、それぞれ6基ずつ両肩のカスタムウィング内に収納することができる。
威力は<ブルーティアーズ>のよりは格段に落ちるが、数によって翻弄できるという意味ではある意味脅威は増した、と考えてもいいだろう。
「どうアシェリー、新型の乗り心地は」
「大丈夫です。問題ありません」
今のところトラブルはない。後はこのまま学園へ向けて進軍するだけ。
のはずだった。
「——ッ!?」
突如アシェリーを頭痛が襲う。その場で機体を急停止させると頭を抑えつける。
「どうしたのアシェリー!?」
『第2小隊!動きが止まったぞ、どうした!?』
「アシェリーがいきなり頭が痛いって…」
『何!?』
<シェアーフィンス>からの応答に護衛機のパイロットが返す。
こちら側の異変に気付いた<シェアーフィンス>の方にもたちまちどよめきが起こる。
(この身体全体に突き刺さるような、ゾワゾワとした感覚は……)
アシェリーは悪寒を感じ、感覚が指し示す場所を探す。
投影型パネルを操作し、マップを表示。血まなこになりながらマップを見やっている中で彼女は見つけた。奇妙な感覚の出所を。
「こっち!」
「アシェリー!?」
頭痛から立ち直ったと思ったら、今度は何を思ったか学園とは真反対の方向に機体を翻したアシェリー。
これには護衛に付いていた2人も困惑する他ない。しかもアシェリーは全速力で飛び去っていった。呼びかけを行なう<シェアーフィンス>に一言二言残し、護衛機もまたアシェリーの<ユングフラウ>から遅れないように後に続いた。
もう随分とIS学園から離れ、眼下には市街地が広がっている。アシェリーの護衛についているヘレン・トロイが位置を確認すると横浜市の中心街だということが分かった。
「そろそろ見えてもおかしくはないけど」
ここへ向かう途中、レーダーに敵のでも味方のでもない反応が確認された。そしてその反応は今まさに自分達がいる横浜の中心街上空を示していた。
アシェリーが気にしていた事象と同一だと判断したが、その反応を示すものは未だに見えない。
「ヘレン!」
「何ッ!?レーダージャミングか!」
レーダーが使えなくなり、ヘレンの感覚が一気に研ぎ澄まされる。これ以上深入りするのはマズい。本能がそう叫ぶ。
「アシェリー!!」
先行していたアシェリーへむけて叫ぶが、返事が返ってこない。返事ができないのだ。
「……………………!」
ヘレン達より更に数百メートル進んだ場所にて、震える身体を両腕で抑えつけながら、アシェリーは1機のISと対峙していた。
眼前にいるのはデータにない緑色の機体。
単眼がギロリとアシェリーを捉え、彼女は唾を飲んだ。
「見たことない機体……あちらさんの新型か…?」
パネルを投影させ識別信号を調べるが、いずれの機体にも該当しない。そしてそれはアシェリーも同じであった。
「データにない機体?一体どこの…」
互いに緊張が走る。それぞれ一定の距離を保ちながら、相手の出方を伺う。
やがて牽制が解かれる。ニヤリと口元に笑みを浮かべ先に動いたのは緑葉。
「こいつ!?」
ヒートホークを抜き肉薄する緑葉を間一髪で交わしたアシェリーは機体を上昇させる。
しかしアシェリーは自分の目を疑う。相手の機体の右手にはロングバレルのライフル。
「まさか…!」
アシェリーの背筋に寒気が走り、緑葉が吼えた。
「この角度なら問題ないでしょ!!」
直後、緑葉は引き金を引く。放たれた熱線はアシェリーの傍スレスレを通過し、空に一閃の光線を作る。
緑葉が装備している試作型ビームライフルはライフル自体に外部ジェネレーターが取り付けられているため、ビーム兵器が使用できない<瑞雲>でも運用できるように仕上げられている。その代わり弾数は4発だ。
緑葉が放った光線を目撃したヘレンらも一瞬うろたえる。
「レーザー攻撃!?」
亡国機業サイドにも街中での戦闘は避けろと通達されていた。それは恐らく向こうも同じだっただろう。
しかしまさかレーザー兵器を使うとは思っていなかった。街に着弾しないようにアシェリーが上昇したところを狙ったあたり、街への被害は最小限にとどめたいと見て取れる。
「ヘレン!こっちに敵機が向かってる!」
「くっ…!」
ヘレンは同僚のオパール・モルニと共に戦闘態勢に入る。
一方、緑葉の護衛についていた龍驤と本音も亡国機業のIS部隊を目視で確認。念の為にとライフルとシールドを携える。
「敵やとぉ?できるだけ交戦は避けたかったんやけどな…」
「でもミドリん大佐もう戦ってる〜」
「ぐぅ〜しゃーないなぁ」
学園への回線を開こうとする龍驤は戦闘に入った緑葉に対し悪態をつく。ちなみに本音の言うミドリん大佐は緑葉のことである。
「こ、これがイエローファイター……」
「格が違いすぎる…」
「どうしたぁその程度かァ!」
亡国機業側の<ラファール・リヴァイヴ>が菅野の銃撃を浴びて機体に小規模な爆発がおきる。
校庭上空にて戦闘状態に入っていた亡国機業とIS学園の戦いは地の利と経験を活かした学園側が優位に進めていた。
「イスパー機中破!」
「そんな!まだ始まって5分も経っていないわよ!?」
「これじゃあ足止めもできないよ!」
そもそもIS学園の教師は生徒達にISのイロハを教えることが主。搭乗時間や知識、経験は軍に所属するISパイロットよりも豊富だ。教師の中にはかつて代表候補生や国家代表などに近しい地位にいた腕利きもいる。
一方で亡国機業側、スコールやレイナ、オータムなど腕の立つ人はいるが、正直他のパイロットのレベルはそこまで高くない。言ってしまえばどんぐりの背比べ状態なのだ。
「キャアッ!」
「リャスナ!?ぐぎゃが!?」
「体勢を!体勢を立て直さな……ギャッ!」
このように、菅野を始めとした教師部隊に押されまくり前線はほぼ崩壊。実戦経験も乏しいため指揮系統も混乱してしまっている。
「ハァアアアアアアアッ!!」
「キャアアアアアアア!!?」
そしてもう1つ、学園側が優位に立っていられるのは相川が駆る<天照>とサポートに回っている鷹月の存在が大きい。
この場において最も性能が上かつ、照合データにない<天照>の攻撃パターンに対処できず脱落し離脱していく機体も出ている。
「くそっ!なんだあの機体は!」
「専用機持ちは全員出払っているはずじゃなかったの!?」
そう悪態を吐くのも無理はない。亡国機業の下っ端兵に言わせてみれば専用機持ちは全員京都に行っている、と聞かされている。そのためまず<天照>ないし新手の新型の登場はほとんど予測できていなかったのだ。
「実戦てのはな、生き物なんだよ!!」
「「ギャアアアアアアアアア!!??」」
相川と菅野の猛攻をもろに浴びた2機の<ラファール>はギリギリのところで旋回させそのまま離脱。残っていた機体も顔を青ざめさせながら撤退していった。
撤退していくIS部隊を見送っていた菅野は首を鳴らした。
「なんだあっけない。もっとホネのあるやつはいねーのか」
菅野からすれば、とんだ肩透かしである。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「これが…実戦……」
しかしまだまだ余裕が見られる菅野とは対照的に『明確な敵戦力との初の実戦』を経験した相川と鷹月の顔には精神的疲労が見られていた。
屈強な兵士でも初の実戦ではプレッシャーと緊張、恐怖で押し潰され、最悪その後精神を崩壊させ使い物にならなくなるという話は古今東西よく聞かれる。そう考えると初の実戦であれだけの働きをした相川と鷹月がかなり頑張っているのは一目瞭然である。
「大丈夫か?」
当然それに気付いている菅野は2人を気遣う。相川と鷹月は「なんとか…」「大丈夫です…」と返し、ピットへ戻る。
管制室にて戦闘の様子を見ていたフランシィを始めとした面々にも安堵の表情が見て取れた。
「これで一応はなんとかなったかしら」
「一時はどうなるかと思いましたけどね…」
「相手側の練度が低かったのは、なんというか幸いでしたね」
「あとは事後処理して、夜にはゆっくりディナーが食べれるかしら」
「あ、お付き合いしていいですか?」
「ウフフ、いいわよ」
管制室に和やかな空気が流れ始めた時、それを切り捨てるようにアラートが鳴り響く。
「地下区画に機影確認!数1!」
「照合データ確認…、これは<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>です!」
座っていた椅子から立ち上がったフランシィはモニターを見やる。そこには地下区画に設置された警備システムを破壊しながら区画内の通路を直進する<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>の姿が確認できた。
「報告にあった機体ね。でも、どこから入り込んだのかしら」
「恐らく下水道かと。地下区画から下水道へ続く地下通路の扉が破壊されているのを発見しました」
この<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>こそ、哨戒中に中破させられた団野先生から報告にあった機体と同一機だろう。瞬く間に<打鉄>2機を中破に追い込み、迷いなく下水道から学園の地下区画へと続く道を発見したこのパイロット、只者ではない。
「でも、地下区画に何の用があるのかしらねぇ…」
学園の地下区画に入るには、『レベル4』以上の権限が必要になる。
IS学園の主要施設には必ずレベル別で入室できる設定がなされている。大体の施設はレベル1なため権限とかは気にする必要はない。
しかし一部施設にはレベル3など高めの設定がされており、一般の生徒は入れないようになっている。
余談だが、緑葉達が居座っている第6アリーナはレベル3に分類される。
レベル4の設定がされている地下区画は生徒はおろかフランシィを始めとした教師らも立ち入りが禁じられているエリア。レベル4の権限を持つ人物は千冬、真耶などほんの一握りの教師、生徒に至っては生徒会長に就いている楯無のみが入室を許されている。
「非常時ってことでなんとか出来ない?」
「今からですか?」
千冬、真耶、楯無不在の中、IS学園にいる人物でレベル4の権限を持つ者はいない。こちらは侵入者の討伐に向かう以前にそもそも地下区画に入れない、かたや侵入者は楽々地下区画に侵入。厳重な警備システムが聞いて呆れる、なんともお間抜けな話である。
「フランシィ先生!」
そこへ1人の生徒が声を上げる。レーダー監視を任されていた3年生の子だ。
「どうしたの?」とフランシィが訊ねる。
「市街上空で、戦闘の光と思しきモノを捉えたと…」
「なんですって!?」
「龍驤さんから通信です!『ワレラ、敵機ト遭遇セリ。緑葉機、新型ト思シキ機体ト戦闘状態ニ入ル』!」
「照合データ確認。<打鉄>2、<瑞雲>1、<ラファール・リヴァイヴ>2!それと例の新型が1機!」
一難去ってまた一難。しかも飛び切り厄介な案件がもたらされた。
恐らく夜のディナーには行けそうもない。そして千冬からは叱責を受けるだろう。フランシィは内心で溜め息をついた。