#29 ブラック・ハウンド・ハウンズ
「何、こいつ…!?スペックはこっちの方が上なはず…!」
「機体の性能が、全てを決めるわけじゃないんだよ!!」
横浜市内、その中心地を舞台にアシェリーと緑葉の戦闘が繰り広げられていた。
2人は大通りを滑空しながらそれぞれビームサーベルとヒートホークで組み伏せる。
ここまで緑葉が優位に立っており、機体性能では上な<ユングフラウ>を駆るアシェリーは焦りとある種の恐怖を覚えていた。
第2世代と第3世代の性能差を全く感じさせない力を発揮する<瑞雲>と、パイロットである緑葉から発せられる気迫とプレッシャーにアシェリーは押し負けていた。
「ぐっ…!ぐぅぅ…………!」
アシェリーは苦悶の表情を見せる。対照的に緑葉はバイザー越しにニヤリを笑みを浮かべる。
「見たことない機体…そしてこのパワー…」
「この……ッ!ガァッ!?」
反撃に打って出ようとアシェリーが動いた途端、背中に強い衝撃が走る。ビルに叩きつけられたのだ。
「戦果としては、申し分ない!!」
緑葉は左手に<打鉄>のブレードを持ち、牙突の構えを作る。咄嗟に身を起こしたアシェリーは勢いそのままに緑葉へとタックル。体勢を崩した緑葉の<瑞雲>から距離を取る。
「アシェリー!くっ…!」
ヘレン達が援護に向かおうとするも、そこへ薙刀を振るう龍驤が割り込む。
「リーヴァ2は牽制を!ウチはナ……大佐を止める!」
「らじゃー!」
リーヴァ2もとい本音が両手にブレードを構える。本音を1対2という構図に置いてしまったことは
「大佐!街での戦闘は御法度や!」
しかし龍驤の言葉は届かない。意に介さない緑葉は道路スレスレを滑空しながら<ユングフラウ>を追う。
緑葉と龍驤、本音の3人はバイザー、変声機などをつけ極力身元を隠して戦闘を行なっている。しかしそういつまでも市街地で戦闘行動を取るわけにもいかない。亡国機業側も同様だ。
「アシェリー!機体を上昇させろ!そのままでは被害が…!」
ヘレンが叫ぶところへ本音が斬りかかる。
「やらせない!」
「オパールか!?助かる!」
「むっ、もう1機!」
オパールの援護に本音は一旦退く。
「せめてこいつだけでも海側へ陽動する!飛び道具は使わない!やれる!?」
「やるしかないでしょ!」
もはやどっちが悪役なのか分からない。
ヘレンとオパールは連携攻撃を展開しながら本音の<打鉄>を翻弄していく。
「むー、おびき出そうとしてるねー」
左手に持っていたブレードを仕舞いながら2機の動きを探っていた本音が微笑みを作る。こういう場面での彼女の勘というのは侮れない。
「大佐と龍驤さんは大丈夫だとして、私はどうしようか…」
秋の学年別トーナメント戦においての緑葉と龍驤の腕前は本音も知っている。何しろある意味1番近くで見ていたのは他でもない彼女だから。
「海の方に私を追い込もうとしてる辺り、向こうもこっちと同じかな?」
チラリと、本音は眼下に広がる街の風景を見やる。普段は多数のサラリーマン達が闊歩している駅前や大通りも突然始まった戦闘にパニック状態になっている。
街への被害は最小限に、絶対に出すな。という命令は亡国機業の方も厳しく言われているみたいだ。街中で戦闘などしたくないし、学園をテロリストに攻め込まれた被害者であるこちらが街に被害を出す加害者になるなど以ての外。
本音はバーニアを吹かし、2機の<ラファール>の後を追っていった。
打開策を探すアシェリーとそれを追う緑葉が鉄道の真上を通る陸橋に差し掛かる。
「やるしかない…!この出力なら…!」
機体を後退させながらパネルをタッチし武装の設定を急ぐ。その武装とは<ユングフラウ>を象徴するファンネル。彼女は迫る緑葉に気を張りながらファンネルの出力調整を行なっていた。
ファンネルの元々の威力はそこまで高くないが、それでも街中では脅威になる。そこでアシェリーはファンネルの出力を最低値に設定し牽制を計ることに。
「いけ!ファンネル!」
<ユングフラウ>の4枚ある羽のうちの1枚から三角形の物体が3つ飛び出す。
このファンネルはブルーティアーズの流れを汲む兵装だが、セシリアのケースとは違いファンネルを動かす時に機体を動かせなくなることはない。亡国機業側の技術力と、アシェリーの機体適性が成せる業だ。
ファンネルはそれぞれが意思を持ったように緑葉の周囲に散らばる。そして3つのファンネルから熱線が放たれ、うち1つが<瑞雲>の左腕に命中する。
「ッ!ファンネルって武装か…!」
ファンネルの存在に気付いた緑葉が機体を右へ左へ揺らす。なるべくファンネルの射線上に入らないための動きだ。
「こんなオモチャで私に勝てると思っているのか!!」
緑葉は半ば無理矢理と言った具合に機体を操る。偶然にも1つのファンネルを引っ掴み、思い切り握りしめる。
握り締められたファンネルはメキメキと嫌な音を立てる。やがてベキッと握り潰され小さな爆発を起こす。
「なんなのよコイツは!?」
目の前で自分のファンネルをひっ掴み、握り潰した緑葉に対しアシェリーは戦慄する。
(コイツは他の雑魚とは違う!)
アシェリーは機体を旋回させ、<瑞雲>のワイヤー攻撃を躱す。
いつのまにか他のファンネルのシグナルも消滅していた。3基全て落とされたのだ。言うまでもなく、あの機体に。
「その機体、じっくり調べさせてもらおうかな?」
「ちょっ!?それこっちの台詞!」
「こっちだって事情があるんだ…よっ」
「キャアッ!」
緑葉が振るったヒートホークが<ユングフラウ>の装甲を切り裂く。絶対防御があるにも関わらず、超高温まで加熱されたヒートホークは容易く頑強な装甲を溶かす。
機体を持ち直したアシェリーが急上昇。緑葉も後を追った。
京都から東京へ向かう新幹線の中で、全ての作戦を終えた一夏達は疲労からぐったりと席に沈み込んでいた。
「疲れたわね」
「あぁ…」
それきり、鈴とラウラも口を閉じ、車窓をジッと眺めたまま。セシリアや簪、箒はすっかり寝息を立てている。
その様子を見守っていたシャルロットが沈痛な心境を感じながら空席になっている2つの席を見る。本来そこに座るはずだったダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアはもういない。
両名の裏切り、<白式>の暴走、協力体制を敷いていたイタリア国家代表もまた亡国機業に寝返ったという話だ。
色々あった。せめて今だけでも、ゆっくり休んでいたい。
「…?」
不意に千冬の携帯電話が鳴る。うつらうつらしていた千冬は重たい動作でポケットから携帯を取り出す。
「フランシィからか…?」
「んぅ…?織斑先生、どうかしましたか?」
「あぁ山田先生。起こしてしまいましたか」
「それは大丈夫ですけど…何かあったんですか?」
「学園から電話が入ってきたので、少し失礼します」
千冬は席を立ち、デッキへと移動する。寝起きの真耶は千冬の後ろ姿を目を擦りながら見送る。
数分後、千冬が席へと戻ってくる。しかしどこか険しい表情を浮かべている。一夏やシャルロットも妙に不安な面持ちになる。
「寝ている者を今すぐ起こせ」
「え?」
唐突に言われた言葉に一夏達はキョトンと固まる。言われるがまま一夏とシャルロットら起きている面々は困惑しながら寝ていたセシリア達を起こす。
「なんですの一夏さん…まだ終点ではありませんのでしょう?」
未だ夢と現実の境目にいるセシリアが一夏に訊ねる。しかし一夏も分からないという具合で首を捻る。
「いや、俺も何がなんだか…。織斑先生から今すぐ全員起こせって言われて」
「織斑先生がか?」
「あぁ。さっき電話があったらしくて、でも電話し終えてからなんか様子が変でさ」
箒もまた怪訝な面持ちを浮かべる。
千冬は一瞬窓の外を見ると、すぐに一夏達へ目を向け、こう言い放った。
「お前達、今すぐ降りる準備をしろ」
「へ?」
思わず誰かが素っ頓狂な声をあげる。
「次の駅で降りる」
「おっ、織斑先生!?」
千冬から放たれたまさかの発言に真耶もさすがに面食らっている。
「理由は降りてから話す」
「学園に何かあったのですか?まさか!?」
ある1つの結論に至ったセシリアに対し、千冬は沈黙で答えてみせる。
やがて次の停車駅、ほぼ全ての列車が止まるため何気に知名度がある新横浜駅へと到着する。一夏達は新幹線から降り、ロータリーへと出る。近くの公園に集まり、人がいないことを確認して千冬が語り始める。
「先程フランシィから連絡が入った。学園にも亡国機業が襲撃してきたとのことだ」
「!?」
千冬と楯無以外の全員から血の気が引く。
「やってくれるわね…」
「お姉ちゃん…」
楯無は苦虫を噛み潰したような表情を作る。自分達がいない隙を突いての攻撃、グッと拳に力がこもる。
「しかし、そちらの方はひとまず大丈夫らしい」
「どういうことですか、教官」
「IS部隊は教師部隊によって撃破され、亡国機業の主力部隊は撤退した」
その言葉に専用機持ちは気を取り直す。少なくとも、学園に大きな被害はなさそうだ。
「だが、それでもこちら側は2機が中破された。また地下区画にも1機侵入を許し、現在そちらの対処をしているとのことだ」
「つまり我々はここから学園の支援、または後処理の手伝いに迎えと言うことですね」
ラウラの言葉に、千冬は「うむ」と頷く。しかし千冬の表情は重いままだ。
自分が不在の時に攻撃を許したというところに思うところはあるのだろう。だが次に発せられた台詞から察するに、どうやらそういう訳ではないらしい。
「しかしまだ…まぁ、ある意味1番厄介な問題があってな…」
「厄介な問題?」
一夏が眉をひそめた時、どこからか若者の話し声が聞こえてきた。
「え、マジで?」
「マジだって!タカシが見たんだって!街中のど真ん中でISが戦ってたんだってよ!!」
皆の表情が一様に変わる。
耳を澄まして会話を聞いている中、シャルロットが若者2人組へと駆け寄る。
「あの!その話詳しく聞かせてもらえませんか!?」
「え?あ、あぁ……」
「いいけどよ…」
シャルロットから詰められてた2人組は戸惑いながらも端的に語り始める。
「っていってもオレらも知ったのさっきだからよく分かんねーんだけどさ。おい、タカシのヤローどこで見たつってた?」
「横浜だよ、それも中心地でよ!あっちはパニックらしいぜ!」
「しかもさっきまでタカシと通じてた電話がいきなり使えなくなったしよー」
「なんかめちゃくちゃ大規模な通信障害が起きてるらしいぜ」
「アイツ死んでねーよな?なんつーか、流れ弾とかそーゆーのに当たってあの世とか…」
「んな不吉なこと言うなって」
友人であるタカシの安否を心配してか、2人組は不安な面持ちになる。
「それで、その人何か他に言ってませんでしたか?機体の特徴とか…」
「あー、そーいやなんか変わってたつーか見たことねーヤツだって言ってたな」
「見たことないヤツ?」
シャルロットは首を傾げる。世間一般にも知られている<打鉄>や<ラファール・リヴァイヴ>の類いではないのか?
「あぁ。タカシのヤロー目の前で見て興奮したのかそこだけは無駄にしゃべりまくっててよ。4枚羽のやつと緑色の一つ目が揉みくちゃになりながらビルの壁壊してて、それで危なくなって逃げたって」
「4枚羽…一つ目…!織斑先生!」
シャルロットが千冬の元へ振り返る。
「え…?織斑って…」
「つか、この子の服装…」
ここにきてシャルロット達の正体に勘付いたのか2人組は目を見開く。
緑色の一つ目に心当たりがありすぎる一夏達は引きつり笑いを作る。
そんな周りを他所に、千冬は頭を抱えながら溜め息を吐いた。
「改めて厄介な存在だな……緑葉め」