休み間の終わりを告げる本鈴が鳴り授業が始まる。
今日行われるのはISを使った1組と2組合同の実習だ。1組担任の織斑千冬は相変わらず会話に勤しむ生徒数人の頭に出席簿の角を用いた制裁を与える。
それは代表候補生(専用機持ち)も例外ではなく、何故か心ここに在らず状態だった箒にも出席簿の魔の手が炸裂した。ついでにそれを見てニヤニヤ笑っていた鈴にも。
休み時間の時に客人がくるから対面しておいてほしいと理事長に言われたが、時間が無い上にうち1人が迷子になったと聞かされ後で対面することになった。
そして恐らく、その迷子になった客人を一夏達が発見し、理事長が連れていったということも聞かされた。
(一夏は『悪い人には見えなかった』とは言っていたがな)
弟である一夏の人を見る目は確かだということは姉である千冬も保証済み。自分の考えが杞憂に終わればそれでいい。現状何も起きてこそいないものの亡国機業の襲撃からまだ1カ月も経っていない。学園は水面下で警戒を強めている。
一通りの挨拶を終え、何か質問はあるか?と生徒に訊ねるとセシリアが手を挙げた。
「織斑先生、見たところ布仏さん達がいませんが」
「それなら心配いらん。アイツらには先に訓練機を取りに行ってもらっている」
授業時間は有限だ。ISを校庭まで持ってくる時間すら惜しい。そこで数名の生徒に授業が始まる前にISを持ってきておいてほしいと副担任である山田真耶の口から伝えておいた。
布仏本音。通称のほほんさんはその名の通りのほほんとしている彼女だが成績は優秀。
生徒会にも所属しているのだが、のほほんとした性格から彼女を初めて見た時は『本当に大丈夫なのか』と心配になった。しかし謙虚に働くため先生からの信頼も厚いが生徒会ではほとんど仕事をしていないらしい、曰く自分がやるとむしろ仕事が増えるとか。本当に大丈夫なのか。
そんな彼女に取りに行かせたのだがまだ帰ってこない。本音以外にもクラスメートの相川や鷹月ら数人にも行かせたがいずれも未だに帰ってきていない。千冬は出席簿の面を手に当てながらISを置いてある倉庫の方角を向く。
オロオロしながら山田先生は千冬へ向け生徒に聞こえない声量で耳打ちする。もしかしたら何かあったのでは、と。
千冬も顎に手を当てながらトラブルを想定していると、遠くの方からガシンガシンとISが歩く駆動音が聞こえてくる。
「アーループースーいちまんじゃーくー♪こーやーりーのうーえで♪アールーペンおーどーりをおーどーりましょー♪」
呑気に歌を口ずさみながら<打鉄>を纏う本音の姿を見て、本気で心配していた山田先生はホッとしている。
千冬も呆れながら頭を抱えるがすぐに本音が抱えている人物に気付き表情を険しくする。そして千冬が険しい表情を見せたのと同じタイミングで専用機持ちの顔つきも変わる。
「むふふ〜、これで逃げられないよー。そりゃーたかいたかーい」
「あっ降ろっ、降ろして、揺らすな!高い高いすな!せめてちゃん、ちゃんと持って!」
本音が抱えていた人物。緑葉は<打鉄>にお姫様抱っこされるような形になっていたが、時折の本音が高い高いをして空に放り投げている。
緑葉は色々と荒い本音に不満をぶつけているが当の本人は聞こえないフリでもしているのかまた緑葉を放り投げる。<打鉄>や<ラファール・リヴァイヴ>を乗せた台車を運ぶ相川達は思わず苦笑いを作っている。
布仏が手を離すと緑葉はそのまま背中から地面にダイブし「あでっ」と声をあげる。横からISを運んできた鷹月が千冬の前に立ち、頭を下げた。
「織斑先生、遅れてしまって申し訳ございませんでした」
「あぁ、問題ない。列に戻れ。それより布仏に聞きたいことがある」
鷹月の脇を通り千冬は件の人物である緑葉の前に立つ。背中をさする緑葉は千冬の存在に気づいて「あっ……」と血の気が引いた笑みを浮かべる。
「そいつは誰だ?」
「えーと、確かミーちゃんだったような」
「真面目に答えろ」
普段はどんな相手にものほほんとマイペースな彼女も千冬の前に立つとさすがに緊張するのか無意識に背筋を正している。
本音の答えにならない答えを聞き呆れながら千冬は溜め息をつく。
「あっ!やっぱりアンタさっきの!」
そんな時である、千冬直々の取り調べを敢行しようとした瞬間鈴が叫ぶ。
「知っているやつか?」
「この人です!私達が見かけたやつ!」
「間違いありませんわ」
千冬が鈴に問うと、鈴が緑葉に指を指しながら肯定し、セシリアも首を縦に頷く。
ということはこの人が一夏達が報告してきた例の人物ということになる。
(また厄介なことになったな)
内心そう愚痴をこぼしながらさてどうしたものかと腰に手を当てて悩む。大事な授業の時間をこれ以上無駄にはしたくない。
やがて静かに息を吐くと、千冬はその場にいる生徒達と真耶に命じた。
「イレギュラーな事態となったが、授業はいつも通り進行する。まずは専用機持ちに模擬戦を行なってもらおうか」
その決定に千冬以外の全員が「え?」という反応を見せ、困惑の表情を浮かべながら千冬の顔を伺う。
「他の者達は模擬戦の邪魔にならないところで観戦だ」
「あの…、先生?」
「おっと、まだメンバーを言っていなかったな。今日はまずデュノアとオルコットにやってもらおう」
「それは分かりましたが…、あの人については…?」
テキパキと指示をしていく千冬に対し疑問をぶつけたのはシャルロットだ。シャルロットの疑問は至極もっともで当の緑葉本人も意外そうな顔をしながら千冬を眺めている。
「それについては心配いらん。こいつは私自ら監視しておく」
一瞬の静寂。砂利を踏む音すら聞こえない静寂。風が吹く音が聞こえるほどの静寂。
そしてそれを聞いた生徒の超のつく安心したような納得したような表情。『織斑先生がそう言うのなら大丈夫だな』とかそーいう反応である。
それなら仕方ないと言わんばかりにシャルロットとセシリアは愛機を展開し雲一つない空へ飛翔する。緑葉も地面に座りながら2機のISを見つめる。
2機のIS、<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>と<ブルーティアーズ>がそれぞれの持ち場につき滞空を続ける。
山田先生の合図を皮切りに模擬戦を開始した。
2機のISは踊るような旋回を見せ生徒達を魅了する。わぁっ、と歓声をあげる生徒もいれば、彼女達の技術を少しでも盗もうとジっと見つめる生徒もいる。
シャルロットが駆る<ラファール>が右手に持ったアサルトライフルを構え動き回るセシリアへ偏差射撃を行う。一方のセシリアは華麗な動きでシャルロットが放った全弾を交わしきると負けじと大型ライフルを向け、その銃口からレーザーが放たれる。
射撃を見切っていたシャルロットはレーザーを軽々と交わし連撃を続ける。観戦する生徒から再度歓声が漏れる中、緑葉も模擬戦から目を逸らさずに2機のISをジッと見つめていた。
一夏と箒はそんな緑葉の様子を横目に見ながらシャルロットとセシリアの模擬戦を眺めていると、不意に緑葉がポツリと呟いた。
「乗るなら<ラファール>かな」
「え?」
一夏はつい緑葉の独り言に反応し、箒も緑葉の方へ見やる。2人の視線に気づいた緑葉は一瞬だけ2人のもとへ目をやるがすぐに模擬戦の方へ戻す。
「<ラファール・リヴァイヴ>ってのは、フランス製の量産型なんでしょう?で、アレはそのカスタムチューンってところか。元々が量産型なら扱いやすさも上かなって。どんなに性能よくても動かせなかったら意味ないからねぇ」
緑葉の言葉を聞いていた千冬は僅かに驚いたとばかりのリアクションを見せる。一夏と箒もまた緑葉の解説に目を丸くさせる中、今度は千冬が緑葉に問いかける。
「ではこちらからも質問をしよう、<ブルーティアーズ>はどう見るんだ?」
「ん?<ブルーティアーズ>ねぇ〜……。正直あまり乗りたくはないかな。というか乗りたくない」
「随分バッサリいくじゃないか。オルコットが聞いたら怒りそうだが」
「さっきも言ったけど結局扱いやすさが重要になってくるわけだし、あの機体は相当な慣れがいるだろうし。あのオールレンジ攻撃もなんかねぇ〜」
緑葉が見上げているとセシリアはビットを放ち、ビットから放たれるレーザーがシャルロットの脇を掠める。一夏と箒も緑葉の解説に耳を傾けていると、緑葉はニッと笑う。
「何の予備知識も無しにこんな所来やしないし、あともう1つ言うと<ブルーティアーズ>は多分負ける」
IS学園に来る途中の車内で緑葉は学園や企業などで行われた模擬戦や公式戦、訓練などを記録がある限り動画を探し出してはその動画を時間がある時に藤川が所有しているタブレットでチェックしていた。通信料かかるからそれ以上動画観るのはやめてくれと言われたが「うるせぇ!」と黙らせた。
機体性能や操縦者のことはもちろん、その機体や操縦者が持つ癖、機体制動の傾向、武装の展開パターンなど分かる限りで自分なりに分析していた。
そうこうしているうちに試合が動く。シャルロットがセシリアへ急接近をかけ、左手にマウントされているシールドの先端部に取り付けられたパイルバンカーをセシリアに突きつける。
「くっ…!」
「もらった!」
間一髪で交わすもバランスを崩したセシリアへシャルロットは畳み掛けるように両手に携えたライフルを連射、連射をまともに食らった<ブルーティアーズ>はごりごりとシールドエネルギーが削られていき、結果残り数パーセントというところでセシリアは両手を挙げ降参の意を示した。
「ほらやっぱり」
緑葉は予想が当たったことに満足し右手で控えめなガッツポーズを作る。
自分が置かれている状況を分かっているのか分かっていないのか。校庭に着地するシャルロットとセシリアの姿を見ながら笑みを絶やさない緑葉だが、ある意味千冬からの警戒は更に強まる結果ともなった。
「模擬戦も終わったところで実習訓練を始める。では、いつものように専用機持ちをリーダーとしたグループを作れ」
『はい!!』
千冬は手を叩き模擬戦に夢中になっていた生徒達の意識を自分へ向け、指示を伝える。生徒達もみな気合の入った返事をしてそれぞれグループが形成された。
一夏やセシリアなどを始めとした専用機持ちがリーダーとなり、それぞれグループに分かれたところで実習が始まる。
グループリーダーを眺めていると、彼女らがどんな風に他の生徒達にアドバイスを教えているのか傾向が分かる。
例えばセシリアやラウラは持ち前の知識で高度な技術を教授しているが、難解な解説に頭を混乱させる生徒がチラホラ。
逆に鈴は感覚で覚えろと単純かつ分かりやすいアドバイスを教えているが、あまりにも抽象的なためセシリアの場合とはまた違った意味で頭を混乱させる生徒が。
箒もまた専用機持ちであり、愛機の<紅椿>は最新鋭の第四世代機という超スペックを誇る機体である。箒自身も剣道の大会では全国一にも輝いたこともあるし、機体性能のお陰というのもあるが彼女も他の専用機持ちと引けを取らない実力を持っている。
のだが、一時期彼女をグループリーダーにするのはどうなのかと一部で議論になった事がある。理由は当の箒の教え方が「ずがーんといけ」とか「ぐぉーんとやれ」とか、つまるところ要するに『アレ』なのだ。
千冬が確認を取ったところ「やります」と即答で答えたため箒もグループリーダーとなったのだが、やはり鈴以上に超抽象的な表現が生徒達には伝わりにくい時もある。
そんな実習風景を見つめながら、横で座っているであろう緑葉に千冬は語りかける。
「…………お前がどういった理由でここにやってきたのかは知らん。だが妙な動きを見せた時はその時はその時だ。織斑は貴様を悪いやつではないと言っていたがな」
「あの…、織斑先生、誰に話してかけているんですか?」
千冬が喋っているところに真耶がやってきて困惑しながら問う。
千冬が真耶の方を見やると、真耶も真耶で怯えたような困ったようななんとも言えない表現を浮かべている。
そして千冬が緑葉がいるであろう場所へ顔を向けると、そこに緑葉はもうすでにいなかった。
「……山田先生、さっきのことは忘れてもらってもいいですか」
「え…?はぁ…、はっハイ!分かりました!山田真耶!忘れます!」
千冬のぼやきに曖昧な返事をした真耶だったが千冬の無に等しい顔を見るとすぐさま背筋を正し、記憶を消し去るために頭をポカポカと叩き始めた。