一夏とアシェリーからの通信にラウラとオータムは目を丸くさせる。通信から聞こえる2人の声からして何かあったのは明らかであった。
「どうした一夏よ、何があった!」
「アシェリーどうした!てかなんでこっちの通信であのガキの声が聞こえんだ!今そっちどういう状況なんだ!」
ラウラとオータムがそれぞれ聞き返すと、アシェリーが上ずった声で返す。
『とにかくこっちへ戻ってきてください!私の方じゃ対処出来ません!』
ア シェリーに続き一夏も叫ぶ。
『俺の方からも頼む!ラウラ早く来てくれ!もうオータム連れたままでいいから!』
「待てどういうことだ。何が起きている」
『いいから来てくれ!もうこれ以上は耐えられねぇ!』
そのまま共に通信が切れ、ラウラとオータムは揃って顔を見合わせ困惑する。
やがてオータムがハァ、と溜め息をつく。
「しゃーねぇ、こうなったら一時休戦だ。こっちも相方が気になるしな」
「了解した。私も一夏が心配だ」
ラウラも同意した後、2人はアシェリーと一夏が乗るトラックの元へ機体を急行させる。
煽り運転って知ってるか?
最近はテレビなどでも定期的に特集が組まれたり大々的に報道されていて、今や社会問題の1つに数えられてるほどだ。
ネットやSNSが普及している現代社会の今、様々なところで車載動画とかがアップされていてそれらを見る機会も多い。以前千冬姉が運転する車に同乗した時、「私も気をつけなくてな」と言っていたが本当に気をつけてほしい。そんなことで大切な姉に何かあったら悔やんでも悔やみきれない。
だけどまさか、こんな状況でそれを思い知るとは思ってなかったが。
「もう勘弁して……」
運転席でアシェリーが眼に涙を浮かべ悲痛な声を漏らす。しかしトラックの前を行く軽自動車は何処吹く風と言った様子で減速や増速を繰り返してくる。
事が起きたのは数分前。一夏とアシェリーが言い争いをしている最中、後ろからクラクションが鳴った。アシェリーがミラーを見て確認するとそこに一台の軽自動車がおり、その軽自動車がクラクションを鳴らしていたのが分かった。
アシェリーが車線を譲り、軽自動車はトラックを追い越していったのだが今度は何を思ったかこちら側へ車線変更し、いきなり減速してきたのだ。
こちらが車線を変更し軽自動車を抜かそうとしたら相手も速度を上げこちらの車線に無理矢理割り込んでくる。減速したら相手も減速し車間距離を詰めてくる。
そんな状況がかれこれ十数分続き、次第に恐怖を覚えた一夏とアシェリーは共にラウラとオータムへ救援を要請したのだ。
「いっそ、俺が白式で脅しかけてもいいんだが…」
「やめた方がいいと思いますよ。ああいう手合いはマトモな人ではありません。ここはオータムさん任せるしか…」
「ですよね……」
アシェリーと一夏は共に走行を妨害してくる軽自動車を見つめる。
先程少しだけではあるが軽自動車の運転席が見えた。運転していたのは50代半ばの中年男性だ。
外見で判断するのはアレではあるが、アシェリーの言う通り話が通じるとは思えなかった。そもそもこんな馬鹿なことしてる人に常識など通用しないし弁えていないのだが。
一夏とアシェリーは共にISを所持しているため、最悪ISを使い脱出することは可能ではある。しかしその場合に無人となったこのトラックが新たな事故を引き起こさないとも限らない。ISを使っての脱出は本当に最後の手段だと決めていた。
ラウラに通信を入れてから数分経った後、白式のレーダーが反応し、<シュヴァルツェア・レーゲン>と<ラファール・リヴァイヴ>の接近を告げる。
やっと来てくれた。そう安堵した瞬間、前をゆく軽自動車の屋根の上に何かが勢いよく落ちてきたのが見えた。
アシェリーと一夏が乗るトラックの上空で機体を滞空させるラウラとオータムの目に、トラックの周りで減速したり増速したり、車線を行ったり来たりしている軽自動車の行動は奇異なものであった。
一夏らが自分達を呼んだ『ワケ』を察した2人は機体を駆り軽自動車目掛けて急降下。数秒もしないうちにオータムの<ラファール>が軽自動車の屋根の上に思いっきり着地した。
「うぉああああ!?」
軽自動車の運転席で50代半ばの中年男が突然の衝撃に声を荒げる。オータムが着地した屋根は見事なまでに凹んでいた。
「なんだゴラァ!何しやが……ひぃっ!?」
中年男が窓を下ろし屋根の上を見た途端に顔を真っ青にさせる。
「なんだゴラァはこっちのセリフなんだよクソジジイ!」
そりゃあ、自分の車の屋根の上にマシンガンの銃口を向けたISがいたらそうなりますよね。
オータムはマシンガンを発砲、中年男に当たらないように配慮こそしているが銃弾は車のフレーム、助手席のシート、ダッシュボードなど機器類を易々と貫く。
そこにラウラも参戦。喚きまくる中年男を他所に出力を抑えたプラズマ手刀でボンネットを貫き、ついでに内部のエンジンも貫く。
やがてエンジンを貫かれたボンネットから火が上がり、パニックに陥った中年男はハンドル操作もおぼつかず2車線の間を右往左往する。そして軽自動車を避けようとするトラックもその影響で横揺れが激しくなる。
「うわっ!ちょっ、これ以上揺らしちゃ荷台が!」
一夏はグリップを握り横揺れに耐える。そして左へ大きく揺れた時、荷台の中から何が飛び出す。それをサイドミラーで確認した一夏が叫ぶ。
「! 出た!おじちゃん出てきた!」
「え?おじちゃん?」
「あ、いやこっちの話です」
事情を知らないアシェリーを誤魔化し一夏はサイドミラーを使いおじちゃんの姿を確認する。幸い身体に傷はないみたいだが、いつずり落ちてもおかしくない。
(今しかない!)
ラウラとオータムは共に前で火を噴く軽自動車の対処をしており、アシェリーは突き出たおじちゃんに気付いていない。
ドアノブに手をかけた一夏はアシェリーの方へ顔を向ける。
「ちょっとやること出来たのでこの辺で失礼します」
「え?」
頭上ではてなマークを浮かべるアシェリーの横で一夏は思い切りドアを開け、風圧でドアが閉められないように部分展開させた白式の左腕で抑える。
「え?え?え?ちょっと?」
「揺らさないでくださいよ!」
一夏はドアから手を放しトラックの外へ放り出される。右手を伸ばしおじちゃんの身体を掴むことに成功する。
「よし!掴んだ!ラウラぁ!おじちゃん確保!」
『何!?本当か!』
「本当だぜ!」
後は白式を展開して離脱するだけ、その時トラックの異変に気付いたオータムが一夏の姿を捉えた。
「テメェ何してやがる!」
マガジンを装填しながらオータムは機体を一夏の傍へ滑空させる。しかしオータムは一夏の状況に呆気をとられてしまう。
「え?は?いや待てなんだこの状況」
生身の一夏が掴んでいるものが老人の遺体だということに気づいたオータムは素っ頓狂な声を上げる。
そこへラウラもやってきてオータムの肩を掴む。先程まで煽り運転をしていた軽自動車は路肩で炎上(物理)し、その傍らで中年男が呆然と突っ伏していた。
「お前は何も見ていない。OK?」
「OKじゃねえよ!なんなんだよそれはよ!なんでジーさんの死体がウチのトラックの中にあんだよ!」
「我々の恩人に対し『それ』呼ばわりは許さん!」
「知らねーよ!!」
「ここは私が抑える、一夏は早くおじちゃんを!」
「ああ!」
ラウラとオータムが揉みくちゃになりながら上昇していく。後は一夏がおじちゃんを救出し、ラウラが上手い具合にオータムを振り切れば作戦成功である。
今度こそISを展開しようとした時、がくんとトラックが揺れた。
その拍子におじちゃんの身体がシートを破り、外へと放り出される。IS展開が間に合わなかった一夏も共に。
「へ?」
一夏はある種の浮遊感を感じながら、自分が置かれている状況を理解する。
トラックが揺れた時、おじちゃんの身体は外へ放り出された。それに気づいた時には自分の身体も宙を舞っており、まだ白式も展開出来ていなかった。そしてもう、間に合いそうもない。
「一夏ぁぁぁぁぁぁあ!!」
ラウラの叫び声が耳に入る。ラウラの距離からでは間に合わない。このまま地面に叩きつけられる事を覚悟した一夏は目を瞑った。
だが、不意に何かに首元を掴まれると、そのまま一夏とおじちゃんの身体はゆっくりと地面に降ろされ、一夏はへたりと座り込む形になった。
「……えっ?」
一体何が起こったのか。一夏は辺りを見回すもそこには誰もおらず、一夏とおじちゃんの遺体が無傷であるだけだ。不思議なことと言えば、車が上下線共に一台も通っていないことぐらいだろう。
一夏の位置から少し離れた場所ではアシェリーがトラックを止め、ドアを開け外へ出てくる。
ラウラとオータムも戦闘を止め、道路へ着地する。
「大丈夫か、怪我は…?」
「あぁ、なんとか」
ラウラに寄り添われながら一夏はふらふらと立ち上がる。オータムの方もアシェリーの元へ駆け寄り話し込んでいる。
——やっぱり、君たちは面白い子達だ——
「「!」」
ふと聞こえた声に一夏とラウラは驚きに包まれる。
どこか優しい、聞き慣れてきた老人の声。おじちゃんのものだということは直ぐに分かった。
——ありがとう、涙も引っ込むような賑やかな葬式を——
オータム達にもおじちゃんの声が聞こえているのか、彼女達も周囲を見渡している。
一夏達からしたらありがとうと言われることなどしていない。むしろ最後の別れを無茶苦茶にしてしまったのに。
——これで安心して、あっちにいける——
安らかな、おじちゃんからの最後のメッセージ。気付けば一夏もラウラも寂しげな表情を浮かべていた。
おじちゃんを回収し、亡国機業とも別れた後無事に葬式会場へ戻った一夏とラウラは2人の帰りを待っていたチエさんらに出迎えられた。
チエさんに労いの言葉をかけられた後、一夏は箒達のもとへ向かった。箒達は会場の隣に位置する別室で2人を待っていた。
一夏とラウラの姿を見た途端に、「どこへ行っていたんだ」の質問攻め。セシリアはまだショック状態から脱していなかった。
一夏とラウラがそれとなく箒達に葬式中盤以降のことを聞いてみると、皆口を揃えて「全然覚えてない」「全く記憶にない」と答え、魂を抜き取られた時のことは覚えていなかった。
中断されていた葬式も再開、簡略化こそされたが無事に出棺を終えることができた。一夏達は火葬まで見届け、様々なドタバタがありながら、葬式を終えることができた。
年が明けた1月某日。
年末年始など大忙しの冬休みが怒涛の勢いで過ぎ去り3学期もスタートして暫く経ったある日の放課後、丁度1人で暇を持て余していた一夏はふとおじちゃんの葬式のことを思い出した。
おじちゃんと話した他愛のない世間話などを懐かしい気分で思い返していくと、段々とおじちゃんが作ってくれた料理を食べたくなってきた。
当然、おじちゃんは既に亡くなっているため料理なんて作れない。それなら、自分で作ってはどうだろう。
一夏は自室からエプロンを引っ張り出し、近くにいた先生に食堂使用の許可を得て食堂へと入る。放課後だからか食堂にいる人も疎らだ。
食堂にある食材も使って良いと言われたので食材を用意し調理に取り掛かる。作るのはおじちゃんの十八番、カレイの煮付けだ。
「うーん、なんか違うな」
味付けの仕込みの際、一夏は何度か小皿に注ぎ味を確かめたが、納得できる味にはなっていない。一夏が首を捻っているとカウンターの方から声がした。
「何をしている」
「ん?おお、ラウラか」
カウンターに肘をつけラウラはグツグツ煮込まれている鍋に見入っている。
「自炊か?」
「いや実はな…」
一夏は事の経緯を説明しながら再度味付けを確かめる。しかしまだおじちゃんの作る味に近づいていない。するとラウラが調理場へと入り鍋の前に立つ。
そのまま鍋の中に人差し指を入れ、僅かに付いたタレを舐める。しばらくしてラウラがおもむろに口を開く。
「味はもう少し濃い」
「えっ?」
「おじちゃんの作る煮付けはもう少し味付けが濃いと言ったんだ」
思わぬラウラから助言に、一夏はつい笑みを浮かべた。
ラウラの助言を受けながら味付けを試行錯誤しながら、ようやくおじちゃんの味に限りなく近づけた煮付けが完成した。
一夏は自分の分とラウラの分を盛り付け、ラウラが待つテーブルまで料理を持っていき皿を置いた。
「「いただきます!」」
天国にいるおじちゃんに感謝して、一夏とラウラはカレイの身に箸を入れた。