IS 〜夢のような旅路〜   作:フレイア

38 / 51
#37 そのアドバイス実用性あります?

 

 

 東京湾に面した港、仮に某所とでも呼称しておこう。いくつも点在する倉庫のうちの1つ、人の気配など全くないに等しいこの場所に安易に足を踏み入れる者は居ない。

 夜中の港なんてのは、だいたい裏取引の舞台だとか、怪しい話が数多く生まれるが所詮ドラマやフィクションの世界。

 だが、こうして実際に来てみると案外フィクションでもなさそうだ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを考えながら加賀は歩を進める。

 こんな場所へこんな時間に歩く者がいるのなら確実に警察なり警備員のご厄介に遭うだろう。ましてやそれが女性であるのなら。

 しかし加賀にその心配はない。今彼女が歩いている倉庫群を管理運営しているのは鶴屋グループ、そして加賀は鶴屋グループの関係者だ。

 

 厚手の上着を羽織り、倉庫群の中を歩き続けていくと夜間警備の警備員と遭遇する。

 加賀のことを知っている、あるいは事前に上司から聞かされているのか、30代半ばの無精ひげを蓄えた警備員は加賀へ対し「こんばんわ」と挨拶をし、加賀も「こんばんわ」と返す。

 警備員とすれ違いさらに歩を進めていくうちに目の前にコンビナートの灯りに照らされる漆黒の海が現れる。

 

 昼間に見る海というのは至って普通なのだが、夜に見る海というのは少し奇妙な恐怖を感じる。夜の海を見ていると「引き込まれるような感覚に陥る」なんて話を聞いたことがある。

 夜中に海岸を歩いていると海から魔物が現れて海中へ連れ去ってしまう。という怪談話を小さい頃に曾祖母から聞かされたな、と思い返しながら加賀は目的の倉庫がある場所まで歩く。

 

 煌びやかなコンビナートの夜景を横目に見ながら歩いていくうちに、目的の倉庫がある場所まで辿り着く。その倉庫からはうっすらと灯りが漏れ、物音も聞こえてくる。

 

 重厚な扉のノブを捻り、倉庫の内部へ入った加賀の目にまず写ったのは壁に背を預けるように鎮座する3機のIS。

 1機は鶴屋重工が開発した<瑞雲>。緑葉機がグリーンを基調としていたのに対し、こちらは青色のカラーリングが施されている。

 

 その隣にいるISは<瑞雲>と似通ったフォルムをしているが、若干コンパクトな印象を受ける機体である。

 機体の名は<紫電改>、実を言うとこちらの方がISとしてのキャリアは<瑞雲>より先輩に当たる。緑葉が動かしている<瑞雲>は<紫電改>の強化型と言った方がいいだろう。

 <紫電改>はその汎用性の高さを売りにしている。例えば<ラファール・リヴァイヴ>の右腕のパーツで補強するなんてのは造作もないしアメリカ製のライフルも扱える。

 

 武装もマシンガンやバズーカなどはもちろん、パンツァーファウストやガトリング砲、クラッカーと呼ばれる投擲型爆弾などバリエーションは豊富すぎると。開発に携わった明石曰く「ザクⅡのようなポジション」だと言っていた。

 

 そんな<紫電改>を眺めている加賀の姿に気付いた作業員の1人が駆け寄ってくる。恐らくこの場の責任者であろう女性は安全帽を取り加賀へ挨拶をする。

 

「夜分遅くに恐縮です、加賀さん」

「そうですね。そちらもご苦労さまです」

「いえ、このくらいは」

 

 苦笑いを見せる女性——夕張は照れ隠しのように作業帽を深く被る。

 鶴屋重工に所属するエンジニアである夕張は明石と共に<紫電改>や<瑞雲>などの開発に携わり、重工の未来を担うとまで期待される才女だ。

 夕張は元々高貴な家の出で将来は安泰とまで言われていたお嬢様であった。しかし幼少期の工場見学を境に機械などに魅せられ流れるままに工業の道へ、今ではすっかり作業着が似合うきっぷのいい娘へとなっていた。

 

「<瑞雲>の方は、緑葉さんのデータのおかげで改良の目処も立っています。加賀さんに乗ってもらう機体にはそのデータを先行して取り付けてあります」

 

 緑葉達をIS学園へ送り込んだ理由の1つに『自社製ISのテスト』も含まれていた。元々この役目は龍驤が行うはずだったのだが、女体化した緑葉が問題なくISを起動できる上に適性も高いことが判明したため、緑葉がその役割を担うこととなった。

 そうして過去数回の戦闘で取られたデータは一分の取りこぼしもなく鶴屋重工へ送られ、これからロールアウトされる機体の改良や新たに開発される新型機に大きな影響を与えていた。

 

 加賀が乗り込む<瑞雲>もそのデータの恩恵を受けている機体である。緑葉が乗っている方を先行量産型と表現するならば、加賀や他のパイロットが乗る方は正式な量産型と表現されることとなる。

 

 夕張の説明を顔色を変えず、しかし内心では満足げに聞いていた加賀はふとコンテナの傍に立つ少女に目がいった。

 その銀髪の少女は十代の半ば、加賀から見て12、3歳だろうか。目を閉じたままこちらを見つめている様子はどこかミステリアスな雰囲気を纏っている。少なくとも、鶴屋の者でなかった。

 

「貴女がそうなのかしら?」

 

 遠回しに加賀が聞くと、銀髪の少女がこくりと頷く。

 

「クロエ・クロニクルと申します。以後お見知りおきを」

 

 クロエと名乗った少女はスカートの裾を掴みながら恭しく頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「技術提供の件は以降機会を減らす、そっちでもうなんとかなるレベルにきてるでしょ?と伝言を頂いています。それでよろしいですか?」

「そうね、それでよろしく」

「それで決行日は…」

「候補に挙がっているのは2月14日。バレンタインよ」

「そうですか。来年はチョコレート渡せませんね」

「大丈夫よ。渡したい男はいないから」

 

 装甲を黄色に塗装されていく<紫電改>を眺めたままクロエと加賀は話を続ける。一体なんの話をしているのか今の時点では知るよしもない。これが明らかになるのはもっと先のことになる。

 

「それにしても不思議ね」

 

 加賀が感慨深げに呟く。

 

「何がです?」

「私の聞く限りでは博士は極度の人間嫌いだと聞いたわ。一部の人、自身と近しい人としかまともにコミュニケーションを取らない。そんな博士がなぜ鶴屋家のIS開発に姿は見せずとも一部分とはいえ協力してくれたのか」

 

 加賀の言葉にクロエは考え込む素ぶりを見せる。しばらくしてクロエが口を開く。

 

「…………束様は言っていました。彼は私の発明を笑わなかった、と」

 

 正直、クロエは束の名前を出すのを迷っていた。どうやって探ったのかは定かではないが加賀はこちらの素性をおおよそ把握していると踏んだので敢えて明かすことにした。

 

 10年前、束がインフィニット・ストラトスを発表した際、世界中から浴びせられたのは賞賛や喝采とは程遠い中傷だった。

 机上の空論だの、馬鹿げているだの、呆れ果てた、嘲りを含む凡人達の声。

 故に束は絶望し、失望した。何も分からない、知ろうともしない、ただそこいらの草花を食べる羊の群れ。

 

 しかしそんな凡人の群れの中に、1匹だけ異端児がいた。当時鶴屋グループの副会長を務めていた鶴屋竜司がそれであった。

 彼は決してISを、束の努力を嗤いはしなかった。それよりもむしろ、素晴らしいとまで言ってくれた。その時の世論や風潮の中では極めて異端な発言であった。

 

 白騎士事件以降、ISの需要は急速に拡大し、束が思い描いていた空想とはまた違った形でISは受け入れられた。鶴屋重工もその特需に乗ろうと画策したが波に乗れずにいたのは記した通り。

 そんな鶴屋を見て、何をやっているんだと行動を起こしたのが他でもない束だった。直接的な援助は1度もなかったが、ここ最近は間接的にクロエという仲介者を介しての技術提供は時折行なってきていた。束から送られたデータの中には第4世代機<紅椿>のデータも入っていたとも言われている。

 

 当然この話は極秘事項、鶴屋グループ内でも鶴屋会長や今ここでクロエの話を聞いている加賀を始めほんの一握りの人物しか知らない。緑葉ですら知らない。

 

「…そう。ならその期待に応えなければいけないわね」

 

 身に余る光栄、とはこのことだろう。

 天才と謳われる束からある程度の評価を受けているのだから。もっとも彼女からしたらピーマン嫌いな子供がピーマン全部食べきった、レベルの評価の仕方かもしれないが。兎も角『凡人』である加賀は甘んじてその評価を光栄に思うだけだ。

 

 その時、倉庫の外から車が急ブレーキを踏むような甲高い音が聞こえてきた。続いてドアを閉める音と足音、扉が思い切り開かれる音が響き渡る。

 

「加賀君!こんなところで一体何をしているのだね!!」

 

 加賀は咄嗟にクロエを物陰に潜ませ、自分の名を叫ぶ太っちょの男へ身体を向ける。

 

「これは千田部長。こんな夜分遅くに、ご苦労様です」

「そんな挨拶はいい!それよりなんだこの騒ぎは!勝手に我が社のIS、武器弾薬をここへ持ってきたそうじゃないか!」

 

 至って普通の調子で返す加賀に対し、千田は頭に血が上っているのか興奮したまま早口でまくし立てる。

 

「君は私の秘書だ!秘書は秘書らしく私の手伝いをしていればいいのだ!!」

 

 秘書、のフレーズをわざわざ強調する辺り図々しい。加賀は鼻で笑ってみせる。

 

「お言葉ですが、私はもう部長の秘書ではありません。会長命令で、今日付けで部長のいる部署から異動になりました。そもそも貴方が勝手に言い始めたのでしょう?部長が秘書をつけられるとお思いですか?」

「何ぃ……!?貴様ぁ……!」

「それにこれも会長命令です。会長が私に任せてくれました」

 

 淡々とクールに告げる加賀に、わなわなと身体を震わせる千田。果たして立場が上なのはどちらなのか分からなくなってくる。

 息を荒げていた千田は1度深呼吸をして、気分を落ち着かせる。

 

「……まぁいい。とにかく話は後でじっくりと聞こうじゃないか。私の家の寝室で…な」

「…………」

 

 千田の顔が歪み、その手が加賀の頬へと伸びる。しかし加賀はその手を拒絶もしなければ突っぱねもしない。

 千田の右手が今まさに加賀の唇へ触れようかとした時……

 

 

 

 

 加賀は千田の右手、その人差し指へ思い切り噛み付いた。

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??」

 

 千田の苦痛に耐えかねた悲鳴が倉庫に木霊する。普段の加賀からは考えられない行動に遠巻きに様子を見ていた作業員の手も止まり、クロエも物陰から唖然としている。

 

「かっ…加賀ァ!離せえええ!!」

 

 このままでは食いちぎられると本能的に感じた千田は目に涙を浮かべながら離せと加賀へ懇願する。加賀も指を食いちぎるというグロテスクな真似をするつもりは到底なく、歯を開けて指を離す。

 

 歯形がくっきり現れた人差し指は充血し、血も流れている。

 人差し指を抑える千田を見下ろした加賀の表情はなんら変わりのない、いつものクールイズビューティーのそれだった。

 

「すみません。ヤバい人に絡まれたらこちらもヤバい人だと思われるようにしろと知人に言われたので」

 

 この時、周りの人達全員そんなアドバイスをする人間が1番ヤバいと思ったという。

 鞄から取り出したミネラルウォーターで口を濯ぎ、側溝へと吐き捨てる。5回ほど繰り返したのち、口元をタオルで拭う。

 

「…狂っている。貴様も、ここにいる貴様ら全員クビにしてやる!…………もういい、連れて行け」

 

 千田の合図に両脇に控えていた黒服の男性が「分かりました」と答える。黒服は加賀へと近づき————はせず、千田の腕を目一杯に抑えつける。

 

「な…っ!おい貴様ら!なんの真似だ!私ではなく加賀を——」

 

 黒服はポケットから無針注射器を取り出し、それを千田の首元へ押し付ける。

 プシュッと音が鳴った瞬間、千田の四肢はだらんと垂れ、目も虚ろになり頭も下を向く。

 

「か………き……なに…を……!」

 

 それ以降、千田の意識は遠のき、目を覚ますことはなかった。あ、死んだわけではないのでご安心を。

 黒服が打ったのは睡眠薬だ。効果はおよそ10時間。人畜無害、使用する前の記憶も数十分吹き飛ぶという些か出来すぎているオマケつき。

 

「家のベッドまで送っていってあげて。奥様には、酔いつぶれたからここまで運んできたとでも言い分は立つわ。どうせ当の本人は何も覚えていないから」

「分かりました。では、ご武運を」

 

 加賀へ辞儀をした黒服は千田を担ぎながら倉庫を出る。車が走り去る音が聞こえたのと同時に物陰へ隠れていたクロエが顔を出す。

 

「なんともまぁ……流石ですね」

「そうかしら?これで博士へはまた1つ貸しが出来たわね」

「先程の流れは、どこからかモニターしているはずですので。一応私からも報告しておきます。効果は絶大だったと」

「頼むわね」

 

 ふと加賀がクロエの顔を見ると、口元が緩み、目も少し見開いて微笑んでいた。一点の曇りもない金色の瞼だ。

 

「では、私はこれで。またお会いできる日がありましたら……」

 

 そう言いクロエは暗闇の中へ身を翻す。加賀を始めとした面々はその姿を追おうとはしない。何故なら次の瞬間にはクロエの姿は最初から居なかったかのように消え失せているからだ。事前に聞かされていたがやはり生で見ると目を疑いたくなる。

 

 やれやれと加賀は改めてメンテナンスが行われている3機のISを見る。この機体達の出番はもう少し後になる。

 近くにいた夕張に今日はこれで失礼する旨を伝え、扉へと向かう。

 未だ機体のメンテナンスは続いている、徹夜で仕上げる気なのだろう。彼らの迷惑にならないように端を歩きドアノブに手をかける。

 

 扉を開き、外に出ると海風が吹き、加賀の身体を襲う。加賀は身を震わせながら空を見上げ、小さな声量で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達の”異変”を、ジャマされるわけにはいかない」

 

 曇天に隠された夜空からは、うっすらと星の光が見え隠れしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。