「ただいまー」
「おかえりー」
朝早い時間帯、緑葉は重たい荷物を両手に持ち肩に担ぎ背中に背負いながら玄関の扉を蹴って開けた。
現在はIS学園に滞在している緑葉だが、時々自宅や実家に帰る日がある。今日は月に1度の実家に帰る日だ。
緑葉の実家は茨城県は水戸市にある一軒家で、30分も歩けば偕楽園に着く。
「あーしんどいったらありゃしないったらもー」
どさりと荷物を玄関に置き、居間へと向かう。居間では母と妹がくつろいでいるのかテレビの音が漏れ聞こえてくる。父は放浪の旅に出たとか言っていた。
緑葉はやれやれと思いながら襖を開ける。
「全く、お酒買ってきたからつまみ作って食べまし」
「動くな」
緑葉の言葉は突如突きつけられたスタンガンによって遮られる。殺意こそ感じないものの鋭利な刃物のような鋭さは感じた。
緑葉が恐る恐るスタンガンを向ける人物の方へ目をやると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
「ラウラさん?」
緑葉にスタンガンを向けているのはラウラだった。その鋭い眼光は真っ直ぐ緑葉を貫いている……のだが、口に咥えているシガレットにはツッコまない方がいいのだろうか。カッコいいと思っているのだろうか。
「私達もいるわよ」
さらに聞き覚えのある声がそこかしこに響き辺りを見渡すとキッチンからシャルロットと楯無、押し入れから相川と本音も登場する。
それにしても、なんでみんないちいち口にシガレットを咥えているのか。朝っぱらから人ん家で何してんのか。ツッコミ待ちなのか流行っているのかは知らないが、気にしたら負けだと緑葉は気持ちを切り替え、まず1番聞きたいことを訊ねた。
「なんでウチの実家知ってるの?」
「私の情報網を舐めないでもらいたいわ!」
「あっはい」
バッと『全てお見通し』と書かれた扇子を掲げドヤる楯無へ妹のフユが「いよっ」と声援を送っている。
緑葉はギクリとなるわけでも終わったと絶望するわけでもなく、そうかーと淡々と事実を受け入れた。となれば鶴屋にも聞いたはずだ。自分の秘密も。
現実逃避したいが、目の前のラウラがそれをさせてくれない。下手したら電撃を食らうことになる。クタクタの身体にそれはキツいから大人しく彼女達に従うことにした。
「えーと、まず聞きたいんだけど私のどこまでを知ってるの?」
とりあえず掘り炬燵の中へ足を入れて座った緑葉は苦笑しながら楯無へ伺う。
「そうね、まぁおおよそは」
「私がその……本当は男性でしたー、というのも?」
「それが1番びっくりしたわね」
緑葉がタンスの上に飾られている写真立てに目を向ける。実家で飼っている犬と戯れている緑葉の姿が映っているのだが、そこにいるのは男。この男性こそが緑葉ナツの本当の姿である。
「なんでそうなったのかは鶴屋会長から全て聞いたわ。貴方も大変ね…」
「変な同情された件について」
「それにしても、だ」
ラウラはスタンガンを仕舞うと手持ち無沙汰になった右手を伸ばし、緑葉の胸を力一杯掴む。
「ッ!?」
「その反応を見ると、やはり作り物ではないらしいな」
「あら、ラウラちゃん大胆ね♡」
「わたしもやる〜〜」
「えちょっ待っ」
ラウラの行動を見ていた楯無と本音まで参戦してきた。本音はわき腹を掴んでは離し、掴んでは離しを繰り返し、その度に「おぉー」と漏らしている。なんだこの光景。
相川は自分の胸と緑葉の胸を見比べ、シャルロットも乱入し髪の毛を触ってきている。もう1回言う、なんだこの光景。
「誰か止めてよ!ねぇお母ちゃんなんでスマホ向けてんの?なんで撮ってんの?」
緑葉が助けを求めた母に至っては楽しそうにスマホを向けて撮影していた、動画で。
母と妹の前で年下のJKに胸を揉まれるというシュールすぎる光景が繰り広げられる。
「いやぁだって楽しそうだから」
「これのどこが楽しそうって……ひっ!?」
「ふふふ、ナツちゃんはここがイイのかしら?おりゃおりゃ〜」
「待って待って待って待ってあひゃひゃひゃひゃひゃひゃくすぐった……ぁん!」
この後もスキンシップという名の何かは続き、最終的には絵ヅラ的に色々とアウトなことに気付いたシャルロットとフユが止めに入り、事なきを得た。
緑葉は誰も見たことがないほどにしおらしくなってしまい、何も事なきを得ていないのだが。さっきなど「ふにゃぁ…」という普段なら絶対に出さない声をあげ床にへたり込む始末だった。
なお母とラウラが撮っていた動画だが、後半あまりにエロすぎたため消された。
『いただきまーす!!』
「どうぞ召し上がれ」
「いただきますって何この空間」
現在夜7時、緑葉家の食卓にて。緑葉はポカンとしている。
食卓を囲んでいるのは緑葉家の面々、ナツに妹のフユ、母と兄の家族、ラウラ楯無シャルロット本音相川と混沌を極めていた。ちなみに夕飯は鍋だ。
「いや、ちゃっかり夕飯食べてるけど君達帰らないの???」
鍋をつっつく楯無達へ緑葉はツッコミを入れる。
結局緑葉について楯無達が協議したところ学園には報告せずここにいる5人だけの秘密ということで結論づいた。その判断に感謝した緑葉はお礼と言って妹と一緒に地元を案内。偕楽園に行ってはお土産ショップで楯無とラウラがはしゃぎまくるなど和気藹々と時間は過ぎていった。
夕方になり、兄夫妻が帰省。緑葉が楯無へ「そろそろ帰るん?」と訊ねたところナツ以外の緑葉家ファミリー全員が
「折角だし夕飯食べていけば?」
と言うものだから5人は大喜びで頷いた。
結果掘りごたつに緑葉、フユ、母、兄のハルと妻の遥さん。隣り合うように用意したちゃぶ台に楯無、ラウラ、シャルロット、本音が座っている。え、相川さんはどこかって?相川さんは———
「あの、なんで私こっちなんですか?」
緑葉ファミリーに囲まれて縮こまっていた。ちなみに右にナツ、左にフユ兄妹。
「ごめんねーゆうくんが懐いちゃって」
詫びを入れるのはハルの妻である遥さん。実は兄夫妻の息子である裕(生後8ヶ月)が相川に懐いて離れようとしなくなってしまい、それならと遥の目からも見れる掘りごたつ側へと招集されたわけだ。
「私には全く懐かなかったのに」
「会長の危ない気配を感じ取ったんじゃないですか?」
「シャルロットちゃんそれどういう意味?」
笑い声が起き、楯無はムスッと顰めながら白菜を口の中に放り入れる。
「で、楯無さん達は何時頃の電車で帰るの?この時間帯上りはあんまないから学園の方に戻るには8時がギリギリだよ」
緑葉がご飯をかき込みながら時計を見やる。
緑葉家がある水戸から東京へ向かうと特急を使っても1時間以上、普通列車ならほぼ2時間はかかる。20時台に出て最速で東京へ向かうにも着くのは22時前だ。
緑葉が冷蔵庫に貼られている時刻表を持ってきて楯無達へ見せているとフユが会話に割り込んでくる。
「ナツ兄さんが車で送ってあげればいいじゃん」
「出来るならそうするけど5人は乗せれないって」
緑葉の車は基本4人乗り。後部座席に詰めて3人乗せれるが、どのみち1人は弾かれてしまう。すると時刻表を見ていたラウラの目が楯無へとスライド、楯無は「え?」と自身を指差す。
「楯無会長」
「いやいやいやいや」
つまりラウラはこう言いたいのだ、『会長1人電車で学園に戻れ』と。
「そこはジャンケンで決めない!?」
楯無以外の面々の表情が渋る。
「いや、ここは年長者が…」
「学園で1番強いんだから大丈夫ですよ」
「たっちゃんがんばって」
「うぐぐ…」
徐々に追い詰められていく楯無はどうにか1人寂しく電車で帰るのを回避するために脳をフル回転させて妙案を引き出そうとする。
「あっ、そうよなら電車組を2人にしましょう!そうすれば緑葉さんの車組もぎゅうぎゅう詰めにならずに済むし!」
「楯無さん、早く食べないと27分発間に合わないから」
フユにそう言われ、ガックリと肩を落とす楯無。
「つーかどんだけ1人で電車乗るの嫌なんよ」
「うう…ところでその27分発?は何時頃東京に着くのかしら…?」
緑葉はスマホを開いて調べる。
「えーと、品川に10時前」
「ぐふっ」
「そっから乗り換え含めて学園には…そうだねー11時は確実に回ると思った方が」
楯無は「あはは…」と哀しく笑う。つまり3時間は1人ぼっちということになる。
「たっちゃん、あのモノレールさ、あれ最終上下ともに10時半には終わるから…」
さらに本音が絶望的な事実を畳みかけ、楯無は力なく項垂れる。そこへ緑葉がポツリと囁く。
「楯無さん、もう貴女飛ぶしかないよ」
「あっはっはっはっはっはっは………」
その後、結局押し切られた楯無が1人電車で学園まで帰ることになった。
食事も終わり、のんびりと団らんな時間を過ごしていると、緑葉母がふと微笑みを浮かべる。
「それにしても、変な光景ね」
しくしくと荷物を纏めている楯無以外の全員がテレビを囲っている。相川と一緒に裕をあやしている緑葉が「何を今更」とボヤく。
「ナツ、覚えてない?」
「何が?」
「前もそうやって赤ちゃん抱っこしてたの」
「フユのことならそりゃあるでしょ」
ナツとフユは9つ違い、緑葉も産まれたばかりのフユを世話していた記憶はある。緑葉母は裕を抱き抱えている相川の横に座り、そっと頭を撫でる。
「ふぇ?なんですか?」
「母ちゃん、相川さんもうそんなトシじゃないって」
「ふふ、懐かしいなぁって思っちゃって」
『???』
意味深なことを呟く緑葉母に皆首を傾げている。当然緑葉も相川も。
「覚えてないかぁ、まだ赤ん坊だったものね」
「な、何のことですか?」
「知らない?清香ちゃん昔私達と会ったことあるのよ?」
『えっ』
緑葉母の言葉に緑葉が反応、ただいきなり大きな声を出してしまったせいで裕がぐずっていまい慌てて「あーよしよし」とあやしている。
ハル夫妻にフユ、楯無達も興味があるのか緑葉母の方を向いて聞き耳を立てる。
「え、いつ?」
「清香ちゃんが産まれたばっかの時だからナツが中学の時かしら」
ヒントを貰った緑葉はう〜んと頭を傾げながら記憶を引っ張り出す。
「あ……!」
そしてついに思い出したのか、緑葉は目を見開いて頭を上げる。
「……琢真叔父さんの結婚式じゃない?」
緑葉母がにっこりと頷く。正解だ。
「フユにいいなって言われながら赤ん坊抱っこしたよ私…!」
全てが繋がった緑葉は掌を叩いて人差し指を立てる。
「あぁーーっ!いた!確かにいた!抱っこしてたよ!!」
「え、マジ!?あん時の!?」
「え?え?」
ハルとフユが興奮状態になるが、相川を始めラウラもシャルロットも本音もあまりの超展開にポカンと困惑する。
「ナツには琢真叔父さんっていう親戚が居るんだけどね、—————」
緑葉母がこうなった事情を1つずつ語り始める。
緑葉の父には琢真という弟がおり、緑葉からみたら叔父にあたる。そんな叔父が結婚したのが15年前、当時中学生だった緑葉も小学校に上がったばかりのフユと一緒に結婚式に参列した。
その合間に親戚や叔父の友人達と会って緑葉も話をしていた。そんな時にフユが「赤ちゃんだ!」と言って緑葉の手から離れてしまった。慌てて追いかけて行った先にフユがいて、フユが目を輝かせて眺めていたのが女性が赤ん坊をあやす光景だった。
緑葉とフユの視線に気付いた女性は
「良かったら抱っこする?」
と聞いてきた。フユは大喜びしていたがまだ小学生だから危なっかしいということで緑葉が赤ん坊を抱っこした。フユをあやしていた経験からか慣れた様子であやしていたらすっかり寝ついてしまった。
結局その親子とはそれっきりで、結婚式の中の一幕だったこともあって緑葉もフユもボンヤリとしか覚えていなかった。
「————というわけなのよ。あぁそれとね〜」
「まだあんの!?」
食い入るように緑葉母の話を聞いていた緑葉がツッコミを入れる。
「これだけでも充分アンビリバボーなのにまだ!まだこれより衝撃的な事実があると…」
まさかの繋がりに緑葉と相川も、周りの面々も驚きを隠せない。緑葉自身十数年前に抱っこした名も知らない赤ん坊に再会できるなど、それもIS学園という特異な場所で会えるとは夢にも思ってもいなかった。
「いや、いやでももうそこまで衝撃は受けないはず。それこそ『実は私と相川さんは血が繋がった親戚同士』くらいのやつじゃないと驚かないね」
すると緑葉母は一転黙りこくる。しばらく沈黙が続いた時、何かに勘付いた緑葉はハッと表情が綻ぶ。
「………………………マジで?マジでぇ!?」
最初は冗談で言ったつもりだった。しかし母の沈黙=何気なく呟いた冗談へ対する肯定だと分かってしまった緑葉は思わず相川の両肩を引っ掴んだ。
緑葉が言った冗談は嘘でもなんでもなくドンピシャの事実であった。何でも緑葉から見て母方の曾祖母のトキ、その妹であるケイが相川のひいおばあちゃんなのだとか。なお姉のトキは緑葉が5歳の時に、妹ケイは相川が産まれる2年前にそれぞれ鬼籍に入っている。
「そんな奇跡ある?」
「相川さんも知らなかったの?」
「産まれる前に亡くなったひいおばあちゃんの話とか全然……」
緑葉母の話を聞いていた面々は想像以上の奇跡に思わず唸る。
「じゃあ私と相川さんは従兄妹になるの?」
「そうなるんじゃないかしら」
「すごい偶然ね……」
楯無の言葉に全員頷く他なかった。
「会長、時間大丈夫ですか?そろそろ行かないと」
「えっ?あっ」
シャルロットに促され時計を見た楯無の顔が渋る。特急列車の発車まであと40分、緑葉家から駅まで徒歩で15分ぐらいなので、そろそろ出発しなくてはならなかった。
「あーもうこんな時間か。なら私も帰るよ」
「えーナツ兄さん泊まっていかないの?」
「そうよ緑葉さん泊まっていけばいいんじゃないかしら?そうすれば私達みんなで電車に乗って帰r」
「泊まりの用意してきてないから」
「ぐすん」
残念だったなたっちゃん。日帰り想定で来たんだから仕方ないでしょう。
「じゃ、また今度は年末辺りに来るよ」
そう言いながら緑葉は荷物を持って立ち上がる。
「身体には気をつけるのよ」
「はいよ。ラウラさん達もホラ挨拶」
「お、お世話になりました」
ぎこちなくお辞儀をするラウラ達へ緑葉母はそっと微笑みを返す。
「良かったらまたいらっしゃい。今度は泊まりでね」
母の提案にフユが「いいね」と言いラウラも「いいのですか?」と期待の眼差しを向けている。そんな3人に苦笑しながら緑葉は車のキーをシャルロットに渡し、「鍵頼んでもいいかな」と伝える。
シャルロットは「分かりました」と一言言って一足早く外へ出る。続くようにラウラと本音も玄関の戸を開けて車へと向かう。
「清香ちゃんも機会があったらまた来てね」
「はい!」
満面の笑顔を浮かべる相川に緑葉母もご満悦と言った様子。全員外へ出たことを確認した緑葉が靴を履いているところに兄夫妻がやってくる。
「ナツ」
「ん、何?」
「学園に戻るんだろ?」
「そうだけど」
「1つ頼み事があるんだけど」