IS学園には『寿司デー』というものがある。簡単に言えば、その日の夕食は寿司一色になるというやつだ。
元々楯無より数期前の生徒会長が言い出したことで、1度施行してみたら好評だったので以後不定期で寿司デーが設けられている。余談だが、楯無曰くこの生徒会長はアメリカ人だったそうな。
そして11月某日、一部生徒教師が心待ちにしていた寿司デーの日がやってきた。前回から5か月ぶりらしい。
「勝負だ、セシリア・オルコット」
「…………はぁ」
そんな好機を、ラウラ・ボーデヴィッヒは決して見逃さない。お茶を啜っていた鈴とセシリアは若干うんざりしている。
「アンタ普通に寿司を食べるっていう選択肢ないの?」
「無いな」
キッパリと断言するラウラ。
「てか最早甘い物でもないけど」
「寿司はサイズ的にも早食いには丁度良かろう」
どういう理論だ、そんなツッコミを抑えながら鈴は頭を掻く。
「私は忘れないぞ。あの屈辱の敗戦を」
「どっちかっていうとソフトクリームはアンタ達の自滅ではあるけど」
かき氷、ソフトクリームと連敗を喫したのは相当ショックな様子。特に2戦目の対決で直接の敗因と言われた簪はあの後元気をなくして体調を崩した。
「だが今回は寿司だ。寿司なら私も簪も好物だ」
「わたくしも寿司は大好きですわ」
「あたしも好きよ、ただ1つを除けばね」
この場にいる4人、寿司は好きだ。セシリアとラウラは臨海学校の夕食で食べて以来、寿司はお気に入りの食べ物になっている。
「前みたいなリレー形式ではなく真っ向からの早食い、いい勝負が出来そうだ」
不敵に笑うラウラの横で簪も力強く頷く。
「……あれ、これ寿司やる流れに入った?」
「ではシャルロットよ、頼む」
苦笑する鈴のところへシャルロットがやってくる。両手に乗せられた大皿にはそれぞれ寿司が20貫、計40貫乗せられている。
「これ、全部わたくしが!?」
「そんな訳ないだろう」
大将と副将2人でだ。とラウラが付け加えるとセシリアはホッと胸を撫で下ろす。その傍で鈴が少し怪訝な表情を見せたことにセシリアは気付かなかった。
これがのちに、とんでもない事態になるとも知らず。
「さて、そろそろ今回のルールを説明していこうか。シャルロット」
ラウラに呼ばれたシャルロットがセシリアと鈴の前に立つ。
「まず最初に副将の人、鈴と簪さんがそれぞれ5貫ずつ食べて、最後まで完食したところで大将戦、大将には15貫食べてもらうよ」
シャルロットの説明を聞きながら4人は大皿に乗せられたネタに目を移す。
「寿司ネタはイクラ、雲丹、鯵、マグロ、サーモン、たまご、つぶ貝、タコ、イカ、鰯、ねぎとろ、穴子、カンパチ、ホタテ、くるまえび、中トロ、ホッケ、フジツボ、アンコウ、そしてアオヤギの20種類」
聞き慣れない寿司ネタにギャラリーが唸る。ホッケ、フジツボ、アンコウは関東では中々食べれないレアネタで、IS学園でこれらが食べられると知られた時関東の寿司マニアはビックリしたらしい。
そしてこれらのネタの多くは、築地を始めとした市場や漁港から直接学園に仕入れられているだけあって新鮮度は抜群。ホッケなどの特定の地域でしか食べれないネタは味が落ちないうちに産地直送されてくるので大変貴重な一品である。
下手な寿司屋で食べるよりも豪華絢爛な寿司の数々にみんな涎を垂らしている。そんな中で鈴だけは妙に浮かない表情のままだ。
「これ、誰がどのネタを食べるかは決まってるの?」
「既に抽選で決めてある」
「あぁ…」
鈴はそっか、と言う。なお抽選の結果、4人が食べる寿司ネタはそれぞれ
更識簪
【ホタテ、ホッケ、ねぎとろ、サーモン、雲丹】
ラウラ・ボーデヴィッヒ
【上記の5種類以外の全て15貫】
凰鈴音
【マグロ、フジツボ、雲丹、穴子、イクラ】
セシリア・オルコット
【上記の5種類以外の全て15貫】
となった。鈴の表情がさらに暗くなった。
「あとこの味噌汁は全員分あるから、副将は寿司全部食べても味噌汁も食べ終わらないと大将にバトンタッチ出来ないから気をつけてね。あ、それと自分の寿司とパートナーの寿司を交換するのもダメだからね」
そう言ってシャルロットが味噌汁をテーブルに置く。こちらは緑葉の実家で作られた味噌を使っており、試しに使ってみたところ絶品だとたちまち評判になった。
ついでに言うと緑葉は現在兄夫妻の家にお世話になっている。そのためこの場には不在である。
「あの、あたしじt」
「では一夏よ。合図の方を頼むぞ」
「俺かよ」
「ところで今鈴さんが何か言いかけましたが」
「気のせいじゃない?」
「いや気のs」
「じゃあいくぞー」
ついに鈴の顔から生気が無くなる。
両チーム共に席につき、一夏はふぅ、と息を吐いた。
「えーと、これ何戦目なんだ?」
「3戦目だな」
「3戦目か。じゃあ3戦目寿司早食い対決…よーい、スタート!」
一夏の合図と共に、鈴がマグロ、簪がサーモンに食らいつく。
「お、美味しい…!」
寿司ネタの定番であるサーモン、それがこんなに美味しいものだと思いもしなかった簪は目を輝かせている。
「簪早食いだぞ!」
「わ、分かってる…」
ラウラに叱咤され簪はサーモンをお茶で流し込む。その間に鈴は2つ目の穴子に食らいつき、味噌汁に口をつけ——
「あっつ!!」
「鈴さん焦らないで!勝ってますから!」
「ちょっと味噌汁冷まそ…」
味噌汁を置いた鈴は穴子を完食しイクラを口の中に入れる。
「簪いけ!おぉ味噌汁を攻めている!」
簪は味噌汁を流し込む、熱さに苦戦した鈴とは反対に簪は一気に味噌汁を半分まで食べ切った。
「鈴さん!追いつかれてしまいますわ!」
セシリアがエールを送る。意外なことにここまで鈴と簪はほぼ横一線。寿司でこそリードしている鈴だが味噌汁には口をつけていない。
一方の簪は味噌汁をほぼ完食、鈴のすぐ後を追う展開になっている。
「簪頑張れ!勝てるぞ!勝つぞ!」
「う、うん…!」
簪にしても、前回のソフトクリームでの失態を汚名返上すべく働きを見せている。一夏をはじめとしたギャラリーも簪がここまでやるとは思っていなかったのか少なからず驚きを隠せないでいた。
簪が2貫目のホタテを食べ終わった時、鈴はすでに4貫目のフジツボを撃破、残っているのは雲丹のみ。
しかし、ここにきてなんと鈴の手が止まった。あまりに急激な失速にセシリアは困惑を隠せない。
「鈴さん!?どうしましたの?」
鈴の表情に暗雲が立ち込める。明らかに異変が起きている。セシリアが水を渡そうとすると、鈴は弱々しく呟いた。
「あたし雲丹ダメなの……」
「はい!?」
「なっ!?」
「えっ…!?」
ここにきて発覚した衝撃的な事実にセシリアはもちろん、敵チームであるラウラと簪ですら一瞬その手が止まる。
「鈴さん今なんて!?」
「だから雲丹ダメなのよ!あの感触が小学校の頃からトラウマになっちゃって食べれないの!」
「なんでそれを言わなかったのですか!?」
「言うヒマがなかったのよ!!」
ギャーギャー揉めているセシリアチームを尻目に、ラウラから「チャンスだ!」と激励を飛ばされた簪が4貫目の雲丹にターゲットを絞る。
「簪、聞いておくが雲丹は平気なのか」
「問題ない」
「よし!」
不敵に笑んだ簪は醤油をつけて雲丹を口に放り入れる。ラウラがガッツポーズを作り勝利へ確かな手応えを掴む。
「ラウラ!」
「よし!」
ラストのねぎとろを食べ終わった簪はラウラの掌を叩く。バトンを受け取ったラウラはあっという間に2貫食べ終える。
ラウラの圧倒的なスピードにセシリアは焦りを覚えるが、鈴はまだ雲丹に取り掛かることができていない。
「味噌汁と一緒に食べれば大丈夫ですわ!」
「さっき食べ切ったわよ」
「…っ!ラウラさん!鈴さんと雲丹とわたくしの寿司の交換を要求しますわ!」
「ダメだ」
冷徹なまでに言い切るラウラにセシリアと鈴はがっくりと肩を落とす。その間にもラウラチームの寿司は着実に減っていく。
「あぁ…っ!もう!」
覚悟を決めた鈴は雲丹を無理矢理口の中にねじ込み、水で一気に流し込む。トラウマになっている雲丹の感触に頭を上へ下へと揺らしたり悶えていたが、最後はしっかり飲み込んだ。
「セシリアぁ!」
鈴からバトンを受け取ったセシリアがくるまえびを口に入れる。と、突然セシリアが俯いて悶え始める。
「おーっとセシリアどうした!?悶えている!これは恐らくわさびでしょうか!?わさびのストレートを食らっている!」
いつのまにかギャラリーに紛れ込んでいた薫子の実況もヒートアップする。
セシリアは慌てて水を飲み込み、たまごとつぶ貝を食べ終える。その間にラウラはすでに11貫目を完食。そろそろ勝敗が見え始めてきた。
「セシリアも!セシリアもよく追い上げてきているけど、これはもうちょっと追いつけそうもない!今ラウラさんは悠々と中トロを食した!」
「はい!」
ラウラが叫ぶ。完食した、の意味合いを持つテレマークだ。つまり——
「ラウラチームの勝ちーーーー!」
3戦目、寿司20貫早食い対決はセシリアチームに13貫差をつける圧勝を魅せたラウラチームに軍配が上がった。
「ごめんなさい…セシリアごめん…」
開口一番、鈴は恥も外聞も気にせずセシリアに土下座をして詫びた。
今回の惨敗の原因は間違いなく鈴の雲丹嫌いだろう。仮に鈴が雲丹を食べれていたとしてもセシリアがラウラとの真っ向勝負を制することは出来なかっただろうが、少なくとももう少し着差は詰められていた。
「本当にごめんなさい……」
眉間を地面に擦り付ける精一杯の土下座を前にして、セシリアはやれやれとかぶりを振った。
「大丈夫ですわ鈴さん、お顔をあげてください」
セシリアは優しく微笑む。
「今回は負けてしまいましたけど、また次がありますわ。その時また、勝てばよいのですわ」
「うん…なんかちょっと違うと思うんだけどそこには触れない方がいいよね」
「今度はラウラさんか簪さんが嫌いな食べ物で勝負しましょう」
「待ってこっちから仕掛けるつもりなの?」
セシリアがニッと笑う。鈴はこれ以上は突っ込まない方がいいなと決心した。