今回は完全にお遊び回なので、生温かい目で見てもらえたら幸いです。
「♪〜〜♪〜〜」
口笛で某怪談番組のメインテーマを口ずさんでいる鈴に、セシリアが不愉快そうな眼差しを向ける。
「鈴さん、その口笛やめてもらっていいですか?気味が悪いですわ」
「なんでよ、折角ムード出てるのに」
「鈴、あんまりこういう時にふざけるとヤバいって話聞くぞ」
「ちょっとやめてよそんな話!」
これから『ある場所』に向かうとは思えない一行に緑葉が静かに溜め息をつくと、隣に座っていた女性が一夏達の方へと振り返る。
「あの、もう録画始まってるんですけど」
「あ、そうなんですか?」
ショートヘアーの女性に指摘され、各々咳払いなど身支度を整え、緑葉が自分達を映しているビデオカメラの位置を微調整する。
「どうも!毎度お馴染み飛龍です!どんな苦境でも戦えます!」
「お久しぶりです緑葉でございます」
慣れた様子で挨拶を行なう飛龍と名乗る女性と緑葉を見ながら、しどろもどろになりながらも一夏と鈴はそれぞれ「えっと、織斑一夏です」「凰鈴音です…」とペコリと頭を下げる。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
こういう場面でも腕を組んだまま名乗るラウラは最早安定。
「皆さん初めまして、わたくしはセシリア・オルコットと言いますわ。イギリスの代表候補生にして、入試しゅs———」
「ごめん、そこまで言わなくていいから」
呆気なく飛龍に自己紹介をカットされるセシリア。ドンマイ。
「ちょっと待ってくださいな!まだ自己紹介が——」
「でも大丈夫セシリアさん、ツカみは抜群だから」
「あら、そうですの?なら今の無礼も許してあげますわ」
緑葉のコメントを貰いあっさり立ち直るセシリア。チョロい。
「あははっ、緑葉さんから聞いてた通りですね。面白いなぁ」
笑いながら彼らにカメラを向けているショートヘアーの女性、飛龍は都心の大学に通う学生なのだが、動画投稿者としての一面も持っている。主にゲーム実況中心で、その持ち前の明るいキャラクターで相方の蒼龍と共に人気を博している。
「飛龍さんって何キッカケで緑葉さんと知り合ったんですか?」
一夏からの質問に飛龍と緑葉は顔を見合わせる。
「えーっと、確か緑葉さんの妹繋がりかな」
「そうね、妹が飛龍達を紹介してくれて、もう2年くらいの付き合いかな」
緑葉ナツと出会ったキッカケは彼の妹のフユ繋がりだ。フユは飛龍と蒼龍が通う大学に通っており、フユの方が後輩である。話も合い仲良くなるのに時間はかからなかった。
緑葉も妹と仲良くしている友達が実況者というところに興味を持ち、いざ会ってみるともの凄く意気投合。彼女達を気に入った緑葉が「たまに自分も出させて」という条件付きで編集ソフトや撮影機材の提供などのサポートを惜しみなく行い、今ではすっかり最有力支援者の1人である。
「ところで、どうですか?恐らく初めてであろうユーチューブは」
今度は飛龍からの質問。一夏は「そうですね…」と一拍置く。
「やっぱり緊張します」
「え?そうなの?個人的にはコレの比じゃないぐらいの緊張と緊迫感を毎日味わってそうな感じするけど」
「飛龍の言う通り、そこら辺気になってる人意外と多いよ一夏君」
「あー…もう慣れちゃって」
「慣れ………」
飛龍はポカンと呆気を取られながらも相槌を返す。
「えー、全国の男子高校生諸君。コレはあくまで個人の意見ですのであまり鵜呑みにはしないように」
緑葉がそう締めると、どこからか笑いを吹き出す声が漏れた。
「あーーーー憂鬱」
「さっきまでほ◯怖のBGM口ずさんでたヤツの言うことじゃねーな」
後部座席にて鈴がガックリと項垂れる。
現在一行は『ある場所』へ向かうため、緑葉が所有する車に乗り込み移動している最中である。ちなみに座席順は前から緑葉、一夏。後部座席にラウラ、飛龍、そして3列目に鈴とセシリアとなっている。
一夏に小言を言われながらも鈴のグチは続く。
「ユーチューブは昔から観てたし、楽しそうだなやってみたいなって思った時はあるし、今まさに出てることには感動は覚えてはいるけど、なんでよりによって心霊スポットに向かわなきゃならないのよ…」
車内の空気が一層重くなっていく。
今回緑葉達が向かう『ある場所』というのは所謂心霊スポットとして名高い場所だ。
「そこって結構ヤバいの?」
「俺たちの地元じゃ結構有名です」
「あそこはヤバいって………」
一夏と鈴が戦々恐々とする心霊スポットは人気のない坂道にある電話ボックス。その坂道の先には廃屋があり、特に廃屋周辺で不穏な目撃情報が絶えないという。
緑葉と飛龍が調べたところ、関東地方でも屈指の曰く付きスポットらしく、『あそこはヤバい』『ガチで女の人の姿見た』などの声が多く、地元の人ですら近寄らない場所なのだと言う。
そしてこの一夏、鈴、セシリア、ラウラのメンツなのだが、緑葉からしたらここに箒も連れてきたかったのだ。神社の娘で、いざとなれば頼れるであろうと真っ先に声をかけたら真っ先に断られた。
曰く、箒自身もそこの噂は知っており、彼女自身も少なからず霊感はあるらしい。しかし彼女は「だからこそ行きたくない」と言い切った。
緑葉が切り札として取っておいた一夏というカードを出したにも関わらず「行きたくない」の一点張りだった事実が緑葉達を震え上がらせた。
「あの箒があそこまで嫌がるのだから相当だな………」
怖いのが苦手な蒼龍、シャルロットと簪は当然拒否。他の学園生徒に声をかけても誰も首を縦に振らなかった。
「そもそもなんでそんな場所に行くことになりましたの?」
後部座席に座るセシリアがラウラの方を見る。実は今回の案件を提案してきたのが他でもないラウラなのだ。
「そうか。セシリアは知らないのだったな」
「あれは数日前の話だ——」と回想に入り始める。
曰く、その日ラウラはユーチューブで心霊ものの動画を観ていたという。そこへ鈴がやってきて、やがて口論になっていった。内容は実に単純で霊はいるかいないかで、ラウラがいる派で、鈴はいない派とくっきり分かれた。ちなみにシャルロットはいる派。
問題はここからで、互いに口論がヒートアップしていった時に
「じゃあ証明してみなさいよ!幽霊は本当にいるってことを!」
「いいだろう!見せてやる!」
と勢い余って口走ったこのセリフ。その日はそれで終了。次の日にもなるとそんな口論をしてたことも話題に上がることもなくなっていた。
回想終了。セシリアと一夏の視線がラウラから鈴へとシフトされる。ただしその目は死んでいる。
「………………鈴さん?」
「いやっだってさ!本当にやるなんて思ってないじゃん!」
「ラウラさんはこういうことをしてくるってことは身をもって経験してるはずですわ!」
「早食いと心霊スポットじゃレベルが違うわよ!!」
結局のところ、鈴はあくまでその場の勢いから出た冗談だと受け取り、本気にしなかった。しかし誤算があった、それは『ラウラは本気』で画策してきたという点だった。
鈴が口論のことをすっかり忘れていた間、ラウラはネットや緑葉の情報筋を駆使して特にヤバいと噂される心霊スポットを洗い出していた。その過程の中で飛龍と知り合い、今回の動画撮影の計画が浮上。今宵実行へ移したのだった。
「ユーチューブへの出演、心霊スポット巡り、機材の調達、その他お祓いなどの根回し、全てお前のためにやったんだぞ」
「そこまで本気にならなくてよくない…?」
この日のためにカメラもライトも最新鋭のものを揃えてきた。さらにはお清め用の塩まで持参してきていた。
「鈴さん、ふざけて心霊スポットに向かうやつは馬鹿だ。それで酷い目に遭ってきた奴らを何人も知ってる。だからこういう時は万全を喫さないとダメだ」
この中で1番そういった経験がある緑葉の言葉は重い。これから向かうところは、黄泉へ誘う場所、決して軽はずみな気持ちで向かう場所ではないのだ。
それにこんなおふざけをして万が一洒落にならない事態が発生し、未来あるIS操縦者、ましてや専用機持ちや世界でただ1人の男性操縦者に何かあったら緑葉と飛龍はただでは済まない。間違いなく社会的に死ぬ。
「セシリアさんや一夏君は、幽霊って信じてるの?」
重い空気を変えようと、飛龍が2人に質問をする。
「うーん、フィフティーフィフティーってところですかね」
「わたくしはラウラさんと同意見ですわ」
「え?セシリアあんた幽霊信じてるの?」
「わたくしは見たことありませんが、友達がそういったものを見たり感じたりしたというお話はよく聞きましたので」
「そういえばイギリスは幽霊大国だって聞いたな」
一夏が言及したが、イギリス人は無類の幽霊好きで、自宅に霊が出るのを自慢し合ったり幽霊を見るための見学ツアーなるものもあるほどだ。そういったものを忌み嫌う日本とは真逆である。
「緑葉さん達は信じてますの?」
「信じてる信じてないの前に見てるからねこっちは」
さらっと飛び出した物騒な台詞に皆黙り込んでしまう。
やがて車は脇道へと逸れる。坂道とは聞いていたが、思った以上に木々が鬱蒼としている。街灯もまばらになり、何より雰囲気が違う。何が違う、のか説明や形容がしがたいほどに『違う』のだ。
「話に聞くのと実際に来るのとじゃ全然違うな…」
「でもまだここじゃないんでしょ…?」
「もう少し先のとこで車停めれるかな?」
前方を注視していた緑葉が「あれ?」と目を凝らす。
「何アレ?車?」
「あ、本当だ」
「マジで?」
たちまち車内に緊迫感が立ち込める。前方に見える開けた場所に停車する1台の車をライトがうっすらと照らしていた。この時間帯この場所、普通の人が来るところではない。
「やばいやばいやばいやばい引き返して引き返して引き返して」
「ここは道が狭いから引き返せませんわ!」
「というか凰が1番慌てているではないか」
「こっちだって幽霊より人間が怖いパターンは望んでないんだって!」
「落ち着け!落ち着け!」
もしかしたら何か事件に巻き込まれるかもしれない。大混乱に陥りかけた車内においてただ1人冷静さを保っている緑葉は前方に停まる車を見てポツリと呟く。
「同業者かもしれん」
そう言って緑葉は、車外へと出る。
「待って!待って置いてかないで!」
「我々もいくぞ」
「嘘でしょ!?」
カメラ係の飛龍とライトを持ったラウラも緑葉の後に続く。
「わたくしも出るしかありませんわ……って座席が!」
「一夏!ちょっと座席なんとかして!」
一夏に手伝ってもらい、鈴とセシリアも車外へと出る。
外へ出て改めて分かる異様な雰囲気。霊感など無くてもここはヤバいと解る。今にも何か起こりそうな中、鈴とセシリアは重苦しい足取りで歩く。
一方先頭を往く緑葉と飛龍、ラウラの3人は車へと近寄る。あちらもこちらに気付いているのか、車内からは複数人の話し声が聞こえる。
「すみませーん」
緑葉は運転席側のドアをノック。その直後窓が開き、奇抜に髪を染めている男性達は安堵の息をついていた。
「普通に人だったああああああ!!!!」
「あぁーーよかった!マジでよかった!」
「俺ガチで『あ、終わった』って思ったもん!」
「え?え?てかなんでこんなところいるし」
何せこんな時間にこんな場所にいるのだ、彼らが驚くのも無理はない。
(どこかで見たことあるなぁこの人達。誰だっけ?)
男性達に引っかかりを覚えながらも、とりあえず緑葉は隣にいる飛龍を紹介し、自分達が何者か、ここにきた目的を話す。
「あ、じゃあ俺らと同じじゃね?」
「だな」
男性達の反応に緑葉はやはりな、と確信した。一夏と鈴、セシリアも合流した時、ふとラウラが運転手の男性を見る。すると何か思い出したのか「あ」と声を上げた。
「どうしたの?」
「いや、この人達だ」
「どゆこと?」
鈴が聞き返す。
「あぁ。ここにくる発端となった口論、その時に観てた動画こそ、この人達のやつだ」
緑葉が車を持ってきたところで、男性グループと顔合わせということになった。
彼らも車から出てきて、運転席にいた人物が緑葉の前に立つ。
「ども、KSスタジオリーダーのリュージです。こんなんですけど会社とか経営したりしてます」
リュージと名乗った男性に続き、残りのメンバーもそれぞれジン、ゲンキ、フーマ、ユーイチ、コーヘイと自己紹介を行なう。
皆それぞれかなり個性的というか独特な容姿をしており、髪を緑に染めたり金髪だったり、マゼンタもいたりと十人十色、服装もおちゃらけた感じだ。
KSスタジオの名は、緑葉も飛龍もよく知っていた。歴史は浅いが動画配信者としての地位を着実に上げてきている人気ユーチューバーグループで、緑葉も彼らの動画を視聴したことがある。チャンネル登録者は現在約50万人、弱小実況者飛龍とは格が違う。
この2役は同じ動画配信者でもタイプが異なる。飛龍は主にゲーム実況を主戦場としているが彼らは『◯◯をやってみた』などの企画を行なう所謂チャレンジ系。
また、前者は顔出ししない(さらに言うと今回の動画が初めての顔出し配信である)が、後者はほぼ全ての動画が顔出し配信となっている。
「こんなとこでリスナーに出会える奇跡」
「俺たち今日やばくね?」
「やべぇなんか変なテンションになってきたわ」
彼らも動画撮影中に視聴者と会うことはあるが、今回は場所が場所なだけに特に興奮している様子。
ワイワイ騒ぐKSスタジオのメンバー、正確に言えばユーチューバーのノリに鈴とセシリアがついていけなくなってきていた時、一夏に気付いたコーヘイが眼の色を変えた。
「え、てかさ、キミ織斑一夏じゃね?」
「え?そうですけど…」
「は?え!?マジじゃん!!」
「やべぇ!今日ガチで神ってる!」
一瞬で一夏の方に注目が集まる。以前緑葉が言っていた「一夏君は下手なタレントや芸人よりも知名度が高い」の意味を一夏は改めて実感した。
「真面目になんで?貴方達何者なんですか」
困惑するリュージに、まだ自己紹介していないことに気付いた緑葉がセシリア達に目をやる。
「私とこの飛龍はなんてことはないんですけど、彼女達はそれぞれIS学園の子です」
「は!?IS学園ってアレじゃん!ホラ!アレだよ!」
「どれだよ!」
「アレです。で、左からイギリス、中国、ドイツの代表候補生です」
セシリア、鈴、ラウラが自己紹介する間、KSスタジオのメンバー全員呆気を取られていた。
まさかこんなところで人と出会えるばかりかそのうちの1人が視聴者で、自分達の動画を観て心霊スポットに向かうことを決めてここに来た。オマケに異国からきた文句なしの美少女&世界でただ1人の男性操縦者である織斑一夏ときたのだ。情報量が多すぎるといったらない。
リュージとラウラががっしりと握手を交わしたその時、急に一夏が明後日の方向を向きキョロキョロ辺りを見回す。
「セシリア、今お前俺に話しかけたか?」
「? いえ、何も言っていませんが…」
「は?いやフッって………え?」
途端に一夏の表情は凍りつき、現場の空気が急激に冷える。そして次に異変を感じ取ったのはゲンキだった。
「聞いた?」
「何が?」
「待って、音した、音した」
「待て待て落ち着け落ち着け」
パニックになりかけているメンバーをリーダーのリュージが上手く落ち着かせる。
「え、だってここまだ違うでしょ?」
「違う、この先の電話ボックスと廃屋」
緑葉が前方を懐中電灯で照らす。目的の電話ボックスまでまだかなり距離がある。
「ここからはみんなで行きません?」
「むしろめっちゃウェルカムなんですが」
飛龍の提案に反対する者は誰一人としておらず、ここからはKSスタジオのメンバーと行動を共にすることになった。
先頭を行く緑葉が、後に続くコーヘイに訊ねる。
「どうなんですか?やっぱりこういうのって結構あるものなんですか?」
「そうっすね、まぁまずほぼ100%の確率で起こります」
「100%………」
コーヘイが口にした数値に鈴がドン引きをしていると、セシリアとフーマが何かを振り払うように腕を振る。
「どしたの?」
「いえ、何か蜘蛛の巣らしきものが引っかかったようでして…」
「だが、そんな蜘蛛の巣があるような場所など通ってないぞ?」
ラウラが今来た道を確認する。道幅もそれなりに広く、特に草木が生い茂っている場所も見受けられず、蜘蛛の巣があるとは考えにくい。
そんなセシリアに苦笑いを向ける人物が2名、緑葉とリュージだ。ちなみにフーマは察しているのか、勘弁してくれと言わんばかりに顔を顰めている。
「あの、何か…?」
「昔からよく言うんだけど、こういう場所で蜘蛛の巣に引っかかるのって、幽霊に触れた感覚だって言われてるのよ」
「えっ」
セシリアの顔から血の気が消える。
「うわもうまたしたよ」
「今ガサガサって言ったの何?」
「もう帰りた—————」
フッ
明らかに誰のものでもない女性の声を聞いた瞬間、全員の歩が止まった。
「え待って全員聞いた今の?」
「女の声だよな?」
「わたくしではありませんわ」
「フッってやつでしょ?あたしじゃないわよ」
「マジでここまずいんじゃないか…?」
実はここまで、全員はっきりと聞き取れる音や声は1つもなかった。これまでも数多くの音や声の類いなどを聞いていたが、いずれも2、3人感じるだけであった。
段々と近づいてくる我々に痺れを切らした霊の警告なのか、今のは誰一人として聞き逃さなかった。
「緑葉さん緑葉さん」
ここまで黙りこくっていた懐中電灯係の一夏が緑葉の肩を突く。
「え?」
「アレ……」
「あっ、終わった」
不吉な台詞を漏らすリュージと緑葉達の視線の先に、この心霊スポットにおいて1番ヤバいと言われている電話ボックスはあった。
街灯も何もない一本道の途中でポツンと佇んでいるその雰囲気は、まさに不気味そのもの。
「うわ絶対アカンやつじゃん…」
「もう見た瞬間逃げたくなったわ」
ジンが電話ボックスへスマホを向けた瞬間、緑葉が突然後ろへ振り向き後ずさる。
「今誰か触った?」
「すまん、私だ」
「ぶっ飛ばすよ???」
絶対零度の目つきで睨まれたラウラはさすがにやりすぎた、と潔く謝る。
緑葉に度が過ぎた冗談をふっかけると、まず確実に怒られる。状況が状況なだけに怒られて当然ではあるが。
一方でKSスタジオはあの電話ボックスの中に誰が入るかをジャンケンで決めることになっていた。そして運命の一戦、結果はリュージがグーを出し、それ以外全員パーを出すという結末に着陸した。
「リュージ弱すぎね?」
「俺自身なんで弱いのか不思議だわ」
フーマからライトを受け取ったリュージが電話ボックスの中に入る。外観から見た限りでは、特徴のない至って普通の電話ボックスだが、果たしてどうなるか。
緑葉達も固唾を飲んで見守る中、リュージは電話ボックスの中でスマホを持ちながら3周回転する。噂によると、あの方法で霊が映るのだとか。
一通りのことを終えたリュージが戻ってくる。外から見た感じでは、特に変化や異変などは確認できなかった。
「どうだった?」
コーヘイが訊ねると、リュージは何とも言えなさそうな面持ちになる。
「うーん、いやなんかさぁ、脚のここらへんがすっげぇ冷たいんだよ」
脚の脛の部分を触るリュージに皆訝しむ。
「寒いからくる冷たいじゃなくて?」
「そう。なんか直接肌にくる感じ」
「マジぃ?」
再び不穏な空気が漂い始め、緑葉サイドは最早動画撮影のことなど二の次になり始めていたが、そこは意地がある。カメラ役の飛龍からスマホを譲り受けたラウラが、鈴の掌にスマホを乗せる。
「鈴」
「バカじゃないの???」
「お前が証明しなくてはここに来た意味がないんだ」
「そうですわ。わたくし達はある意味鈴さんのために頑張っていましてよ?」
「ちょっと待って?おかしくない?元はと言えばラウラの暴走が発端でしょ?それに考えてみなさいよ。あたしより一夏の方が撮れ高あるわよ」
「あ、それもそっか」
「ちょっ…!?」
ニヤリ、と飛龍のしたり顔が一夏へ向けられる。
「待て待て!俺は嫌だぞ!」
「KSスタジオ的にも、それは魅力」
「えちょ…!?」
「では、一夏さんと鈴さんのジャンケンですわね」
「〜〜〜〜ッ!仕方ないわね、いくわよ一夏!」
逃げ場がないことを悟った鈴は乱暴に頭を掻く。
「くそっ、こうなりゃヤケだ!」
生か死か、はさすがに大袈裟な決戦。その結果は———
「俺かよ…」
一切の妥協なしガチンコ対決の結果、電話ボックス行きは俺に決定した。
うわー行きたくねぇ。できることなら今すぐ回れ右したい。でもこうなった以上仕方ないと割り切って俺は電話ボックスへ歩を進める。こうしている間も何かしらの音が聞こえているのだが、気にしてたら負けだ。
チラリと後ろに振り返れば、めちゃくちゃホッとしている鈴がいる。くそ、あそこでパーを出していれば…!
「えーと、電話ボックスの中に入りました」
一応報告。動画撮影なのだから黙りこくっていてはまずい。飛龍さんや緑葉さんの努力が報われない。
「にしても、寒いな………」
電話ボックスに入ってまず感じたのは、異様な寒気だ。今の時期、夜は特に冷え込むがそういう寒さじゃない。リュージさんの言う通り『寒い』というよりも『冷たい』のだ。
(…早めに済ませよう)
電話ボックスに中で3周回るんだったな。
俺はスマホを向けながらグルグルとその場で3回回る。まだ肌に直接くるような冷たさは感じない。
「周り終わりました。特に変化はありませんが………」
何が起きてもいいように身構えてたが結果的には何も起こらなかった。いや、起こっても困るのだが。
そういえば最近の小学生って公衆電話を知らないって話を聞いたな。俺が子供の頃はまだ色んなところにあったけど、最近はスマホの普及の影響でみんな撤去された。俺自身長らく公衆電話は使っていない、そのうちテレカとか死語になりそうだな。
俺は何気なく受話器を手に取っていた。本来ならここで出てきても良かったと後になって思う。だけどこの時の俺は、霊を見てみたいというちょっとした好奇心に駆られていたのかもしれない。
「公衆電話の受話器を取ってみたんですが特に何も起こら———」
「一夏さん、大丈夫でしょうか…」
外で待機しているセシリアは心配そうに呟く。
「さっきからちょくちょくなんか音するんだよねぇ」
「お、受話器取るのかな?」
KSスタジオのメンバーと緑葉達全員の視線が一夏のいる電話ボックスに向けられた瞬間、それは起きた。
ガタン!ガタガタ!バァン!!
『!!??』
受話器を耳に近づけた一夏が突然中で暴れ出し、受話器を掛けることも忘れ、電話ボックスの扉を蹴破り脱出。何か起きたのは間違いない。
あまりの事態に皆騒然としていると、顔面蒼白な一夏が戻ってくる。しかも目にはうっすらと涙がにじみ出ている。
「どうした!?」
「一夏さん!?何がありましたの!?」
「あ…足、足……」
「足、何よ!?」
「足掴まれた…」
「なっ……!?」
信じがたい内容に絶句する。
一夏が言うには、受話器を取ってみたが何も起きず、出ようとした瞬間、急にひんやりとした冷気を足元に覚えた。その直後、足を直接掴まれる感覚に襲われた。あまりにも怖すぎて、受話器をかけるのも忘れて出てきたという。
パニックになりながらも一応ギリギリのところで冷静さを保っているリュージが「落ち着けみんな落ち着け」と声をかける。
「ヤバいな。ちょっとこれ以上進まない方がいいかもしれない」
まだこの先に廃屋があるのだが、これ以上先に進むと本当に洒落にならないことが起きそうな気がする。その時、ふと電話ボックスの裏手にある林に目を向けた鈴がビクッと身構える。
「今、女の人がこっち見てた」
「は?」
「こっち睨んでた…」
「えちょヤバいヤバいヤバいヤバい」
「今のは!?」
「無理無理無理無理無理無理無理!!」
これ以上留まるのはマズい。身の危険を感じて元来た道を走り始める。全力疾走で坂を駆け下り、なんとか車まで辿り着く。
「はぁ…はぁ…」
「あー…キツい」
「全員いる?」
「いなかったらマジで怖いから」
息切れしながら全員いることを確認。
その後すぐに現場から離れることにした緑葉達は一時的に協力してくれたKSスタジオのメンバーにお礼を言い、車に乗り込んだ。
「もう…精神的にキツい」
「飛龍、早く締めに入ろう」
「は、ハイ」
まずはお互い1番怖かったところを話していく。一夏はもちろん電話ボックス内での出来事を話した。しかし、あれだけ怖い思いを味わったにも関わらずまだ先に廃屋があると考えると、ゾッとするしかない。
「またそのうち再チャレンジとか…」
「2度としたくありません」
「怖いと思ったら、チャンネル登録よろしくお願いします…」
飛龍には、まだ撮影した動画を編集する作業が残っている。現地にいた時には感じなかった声や音、現象などが入り込んでいる可能性は充分あるだけに、後々を考えるとしんどくなってくる。
「どうだ凰、幽霊はいるだろう?」
「アンタはアンタでなんでしたり顔してるの?」
「それでどうなのだ?」
「…あんなことがあったんじゃ信じるしかないでしょ」
「ふっ、そうかそうか」
「だからなんでいちいちしたり顔なのよ」
と、後部座席に座っていたセシリアが隣に座っていた鈴を見る。
「鈴さん、今の見えました?」
「何が?」
「えっ…?今、わたくしの視界の端を何か白いものがスーッと下から上に…」
「ちょっと待ってよ…」
セシリアが指し示す方向は鈴が座っている席側の窓。見えたのは恐らくオーブ、霊の魂だと言われているものだ。
「てかセシリア、お前すげー何かを感じてるよな」
事実、この撮影中に起きた不可解な現象の大半をセシリアは感じ取っている。もしかしたらそういう資質でもあるのかもしれない。
「鈴さん、セシリアさんの背中叩いてあげて」
鈴はセシリアの背中を思い切り叩く。こうすることで取り憑いた霊が出ていくのだと言う。
「緑葉さん、早く車を発進させてください。これ以上ここにいたくありませんわ」
「分かった。いやホントにチャンネル登録お願いします、切実です」
最後に皆で「我々は関係ありません、我々には何もできません」と霊に言い聞かせるように掌を合わせる。
霊は救いを求めるために取り憑くと言われている。取り憑かれないためにも非情ではあるが、『何もやれることはない』と言う他ないのだ。
出来ることは全て終えた。言い知れぬ雰囲気を背中に感じ取りながら緑葉は車を発進させた。
「やれやれ…やっと行きましたか」
緑葉達とKSスタジオが逃げ帰った数分後、電話ボックスの前に1人の少女が現れる。
「どうだったくーちゃん、アイツら怖がってた?」
「はい。それはもう」
くーちゃん——クロエが頷くと、暗闇の中からまた1人ヘラヘラと笑う女性——束が音も立てずに現れる。
「いやー本当に馬鹿だよねぇ。この科学技術が発達したこのご時世にユーレイなんてもの信じるとか。ユーレイなんかいないのに」
幽霊という存在を全く信じていない束にとって、そんなまやかしに恐怖しパニック状態になっていた彼らの姿はまさしく滑稽だった。
「束様も趣味が悪いです。怖がらせるためのトラップを用意するとは」
「暇つぶしには丁度良かったでしょ?」
相変わらずヘラヘラ笑みを絶やさない束にクロエは苦笑を向ける。
先程まで緑葉達を恐怖のドン底に陥れていた不可解な音や声、その大半は束が用意したトラップだった。その口実が『暇つぶし』なのがいやらしい。
ただし、この場所が関東屈指の心霊スポットである事実は変わらないが………。
「でも、いっくんのアレはなんだったのかなー?虫でもひっつい———」
ガサッ
バンッ
………!
「…?束様、まだトラップが動いているようですが」
「え?もう全部切って回収したよ?」
「え?」
「え?」
……!!………!
ガタッ
ガンッ
「………………」
「………………」
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!
…………フフ
「くーちゃんごめん束さんちょっと用事思い出した後のことお願いねバイバイ!」
「束様!?待ってください!置いていかないでください!束様ああああああああ!!」
KSスタジオの元ネタは某ユーチューバーです