実習が終わった後、千冬の出席簿アタックを1発食らった緑葉はそのまま轡木十蔵が待つ理事長室へと連行、もとい連れて行かれる。途中何人かの生徒達とすれ違ったがその度に奇異の目線で見られて少しつらかった。
千冬が緑葉の首根っこを掴みながら理事長室に入ると、そこには轡木の他に2人の男女がソファーに座りコーヒーを飲んでいた。
「あれ、藤川くんと龍驤まだここにいたん?」
「キミを待ってたんだよ!!」
彼らの面識があるのか緑葉は藤川なる人物に話しかける。すると藤川は呆れながらソファーから立ち上がり緑葉の方へ身体を向ける。
「一体どこまでいったんだと思ってボカァとっても心配したんだぞ。龍驤がもう行方不明届出そうやって言ってたんだからな!」
「いやぁこっちも色々あってね」
「うん見れば分かるな、色々あったなキミもな、何したのか知らないけど、絶対ロクなことやってないな」
千冬に首根っこを掴まれてる緑葉を見ておおよそ彼女が何をしたのか察した藤川は再びソファーに腰掛ける。
「彼らは?」
「視察にきた藤川さんと龍驤さんだ。そして君が掴んでる彼女は緑葉さん、先日話をした人達ですよ」
藤川と龍驤は千冬へ向けペコリとお辞儀をすると千冬も軽くお辞儀をして緑葉の方を見やる。
「お前は何か挨拶はないのか?」
と問いかけると緑葉はプク〜とほっぺたを膨らませる。千冬が溜め息をつき緑葉を掴んでいた手を離すと緑葉はそのまま地面に叩きつけられた。
「この学園で1年1組の担任をしている織斑千冬です」
織斑千冬の名を聞き藤川と龍驤は驚きながら千冬の顔を見る。
現役時代の彼女はまさに無敵の存在でISといえば織斑千冬、織斑千冬といえばIS。例えISについて知らなくても千冬の名前は知っている、それくらい有名なスターであった。
藤川や龍驤の反応とは対照的に緑葉はそこまで驚きはしなかった。代表候補生同様に事前に調べていたため名前は勿論容姿も知っていた。
そもそも千冬クラスのスターにもなれば検索エンジンで『インフィニットストラトス 織斑千冬』とかけたらもの凄い量の情報が出てくるし、実際に検索したらわんさか情報や画像が出てきた。
軽く3人と会釈を交わした千冬は理事の元へと歩み寄る。
「それで理事、話とは」
「あぁ、実はね…………」
轡木は千冬にまず緑葉達のことや彼らがきた理由と目的を大まかに説明している。
数分経った時、話が終わったのか千冬は轡木へ向け「分かりました」と答え彼の元を後にする。なんとも面倒そうな顔つきだったのは言うまでもない。
「事情は分かった。分かったのだが1つだけ聞いておきたいが、お前達がここにくる意味はあるのか?」
「「「多分ない」」」
千冬の言う正論に3人も完全同意。
会長曰く、なんでも鶴屋家の研究者がくるまでの繋ぎとは言われたけどそもそも繋ぎが必要なのか分からない上にその研究者がいつ来てくれるのかも緑葉達は聞いていない。なんなんだろうこの仕事。
しかしIS学園という普段入りたくても入れない場所に入れて至近距離でIS同士の対戦が観戦出来ると考えたらそれはそれでお得な気がする。ポジティブに考えなければ損だ。
「まず1組の連中だけにもお前達のことは話しておく。後で変に騒がれても面倒なことになるだけだ」
廊下を歩きながら千冬はそう伝える。
確かに誰かの保護者とかでもない見知らぬ3人組が校内をうろついてたら普通に一大事である。確実に通報コースだ。
「お前達は学園が呼んだ客員ということにしておく。異論はないな?」
「無いです」
千冬からの確認に3人とも首を縦に振る。ふと1番後ろを歩いてた緑葉が千冬に
「そういえば、時間帯的にもそろそろ帰りのSHRですよね?」
「あぁ。だからお前達はSHRが終わるまでは職員室n」
「SHRついていっていいですか?」
「……」
またもや千冬の口から溜め息が漏れる。もう何度目の溜め息か忘れてしまった千冬は頭を掻き毟りながら緑葉を目を見る。
緑葉は決して千冬を困らせるためにこんな無茶ぶりを言っているわけではなく純粋な好奇心で言ってきている、それがまた厄介であった。
「…分かった。どのみち後で知らせることでもあるからな。ただし軽く自己紹介くらいはしろ。あと邪魔だけはするな」
「やった!」
観念したように千冬がそう言うと緑葉はニカっと屈託のない笑顔になる。本当に純粋な好奇心のそれだったのでさすがに無下には出来なかったのもあるし、どのみち生徒達には緑葉達については伝える。それが早まっただけのことだ。
藤川と龍驤は千冬に向け申し訳ないと苦笑いを浮かべた。
「へぇ〜そんな事があったのか」
「そうそう、ホントすごかったんだよ」
いつの時代もSHRが始まるまでの僅かな時間帯は10代の学生にとっては大事なおしゃべりタイムだ。皆今日この後どうするか、他愛もない会話が盛り上がる。
そしてそれは所謂専用機持ちも例外ではない。一夏、セシリア、ラウラ、箒の他数名の女子生徒がシャルロットの周りを囲み、シャルロットの話に耳を傾けていた。
「さっきの模擬戦の結果も凄く褒めてくれたし僕の<ラファール・リヴァイヴ>のことも評価してくれたんだ」
緑葉の話を続けるシャルロットの表情は明るく、未だ一区切りつく気配がない。
「それにしても聞けば聞くほど不思議な人ですわね。かえって怪しく感じてしまいますわ」
「あ、ちなみにセシリアの<ブルーティアーズ>は評価低めだったよ」
「なっ!何故ですの!?」
「うん、なんか扱いにくそうで嫌だってバッサリ言ってた」
「あーなんか言ってたなそんなこと」
シャルロットと一夏が思い返す中、見知らぬ人に愛機をディスられてショックを受けたセシリア。
「ばっ…バッサリ…」
「うむ、遠からず当たっていると思うな」
「ラウラさんまでそのようなことを言いますの……?」
しくしくとオノマトペが聞こえそうなほど落ち込みながらセシリアはふらふらと自分の席へと戻っていく。
一夏達がシャルロットの話の続きを聞こうとしたが教室の扉が開き真耶と千冬が入室してくる。
それを見た生徒達は急いで自分の席へと戻る。少しでもぼやぼやしていたら出席簿の嵐が吹き荒れることを1組の生徒は身をもって知っているので、全員が5秒も経たぬうちに自分の席についた。
先に教壇に立った真耶がゆる〜い雰囲気を醸し出しながら伝達事項を簡単に伝える。そして普段ならここでクラス代表である一夏がいつも通り起立、礼の号令をかければ1日のカリキュラムは終わり、放課後の自由時間が与えられるわけなのだが、今日は少し事情が違った。
千冬が真耶に一声かけると真耶は千冬へ場所を譲る。
「今日も1日ご苦労だった。前置きしておくがこれから私が言うことは決して説教の類いではない。だが、決して聞き流すことの無いように」
千冬の言葉は教室中によく透り、生徒達は一言も発さずに千冬の方を注目する。
「お前達も知っていると思うが、午後の実習の時の件について私から簡単に話しておくことがある。
——おい、入ってこい」
千冬の視線が扉の方へ向けられるとそれに倣うように生徒達や真耶も教室の扉の方を見やる。最前列の一夏も肘を机に置きながら身を乗り出し扉へ顔を向ける。
すると扉の隅からひょっこりとツインテールの片っぽが飛び出る。生徒達が怪訝な表情を見せていると1人の女性がニコニコと両手を振りながら教室の中へ入ってきて千冬の横へ立つ。
生徒や真耶が千冬の横に立つ女性の方へ注目している中、シャルロットだけは歓喜を含んだ表情を見せていた。
「コイツらのことを言っておかなければ後々面倒な事態になるから紹介しておく。こちらは学園が招いた客員の」
「緑葉ナツと言います。しばらくの間、こちらで厄介になります」
千冬に続き緑葉はペコリとお辞儀をする。それを見て何故か真耶も緑葉に対してお辞儀をするのがなんか可愛かった。
お辞儀を終えた緑葉が左手で手招きするとまた2人の男女が入室してくる。入室してきた2人も緑葉に続きながら手短に挨拶を終えたところで再び千冬が話し始める。
「明日にでも他のクラスにも彼らのことは伝えておくので、皆不用意に騒ぎすぎるな。以上だ。おい、クラス代表」
「え?あ、起立、礼!」
いつの間にか自分にお鉢が回ってきていたことに気付いた一夏は慌てて号令をかける。一夏の号令と同時に他のクラスメイトも礼をして今日の授業が終わりを迎えた。
千冬と真耶が教室から出ていき、ある生徒はあらかたの後片付けを終えて足早に部活動へと向かう。またある生徒はISを用いたトレーニングを行うためアリーナの使用許可申請を作成している。
各人それぞれの時間が訪れるなか、やはり大多数の生徒の注目を浴びているのは未だに教室に佇む緑葉一行であった。実のところ今日これから緑葉達が特にアレをやれと強調されているものは無い。本格的な用件はIS学園に到着した翌日以降に伝えられると連絡が入っていた。
だから藤川も龍驤もこれからどうしようかと考えている中、緑葉は持ち前の明るさを用いて積極的に生徒達と交流を深めようとしている真っ最中であった。現に今彼女は端末を操っているラウラの横から細かい文章が書かれた端末の画面を覗き込んでいる。
「これは何をしているの?」
「アリーナの使用許可を申請している。これが無いと我々専用機持ちでもアリーナは使えん」
「ふむふむ、<打鉄>に<ラファール>ねぇ…」
電子端末を眺めながら緑葉はラウラに対してここは〜〜なのかとか、あーなのかとか色んな質問を投げかけている。
1組の生徒達はと言うと緑葉が臆せずラウラへ話しかけ、ラウラも快く接していることに驚いていた。
少し前までは何人も近づけようとしない雰囲気を纏っていたラウラだが今ではみんなとフランクに接することができている。しかしそれでも転入当初の印象があるのか中々話しかけに行きづらいことが多い。
端末の方へ目がいっていた緑葉だったが、ふと見るとラウラがこちらへむけて機嫌良さげに笑みを浮かべている。
「そういえば、緑葉ナツと言ったか?貴様のことはシャルロットから聞いている。なんでもオルコットの<ブルーティアーズ>を酷評したらしいな?」
「あー、そんなこと言った気がする」
見ると窓際に立っていたシャルロットとセシリアがこちらを見ていたことに気づいた。
実習の際に多少会話を交わしたシャルロットはすっかり緑葉のことを信用しているのか警戒心は薄まりニッコリと笑っている。
逆に自分の愛機を貶されたセシリアは不機嫌そうに緑葉を睨みつけ「フンっ」とそっぽ向かれた。
「良い機体なのは間違いないよ。自分には合わないだろうなーってだけで」
そう言いながら緑葉は端末の画面を指で左右にスクロールさせる。
「あのビットを展開してる時自分が動けないってのが嫌なんだよねぇ」
「ちょっとお待ちになってくださいな!」
さらりと緑葉の口から出た台詞にセシリアは驚愕し、慌てて緑葉のもとへ詰め寄る。
セシリアが駆る<ブルーティアーズ>だが、ある欠点がある。『ブルーティアーズと呼ばれるビットを展開している時、自分は動くことが出来ない』のだ。
BT兵器と呼ばれるビットを展開する際、基本的に意識はそちらへ向けられる。つまりビットを射出している時はそれを操ることだけで手一杯となり、IS本体を動かす余裕が無くなってしまうのだ。
ちなみにビットを展開している時は自身が無防備になるだけではなく他武装も使用出来なくなる。緑葉が<ブルーティアーズ>に乗りたくないとバッサリ言った理由の1つでもある。
セシリアもそれが敗因となった試合をいくつか経験していたため、弱点を露呈させないようにしつつ自分自身でも対策を練りながら戦闘をしていた。だがまさかほぼ初見で<ブルーティアーズ>の戦いを見た緑葉に見破られるとは思っていなかった。
「いつ見破りましたの?」
「忘れた」
「わたくしを貶すのも大概にしてください」
「別に貶してるわけではないけど…、その顔ストップ意外と恐い」
セシリアが飄々とした態度をとる緑葉を睨みつける。その形相に緑葉は顔を痙攣らせ、目を逸らす。
(こういう普段お淑やかな人って怒らせると結構恐いのよねぇ…)
実家の近くに住んでいた如何にもマダムなおばあちゃんが尋常じゃないくらいにブチ切れていたのを思い出し緑葉はつい吹き出す。
「聞 い て ま す の ! ?」
「ハイスイマセンおばあちゃん!」
「誰がおばあちゃんですの!?」
「はっはっはっはっはっはっは」
「ラウラさんも笑わないでください!」
目の前で繰り広げられているセシリアと緑葉の漫才のような戦いについラウラは笑ってしまい、セシリアの逆鱗に触れる。
その様子を眺めながら一夏達は何やっているんだかと含み笑いを浮かべる。
「それにしても、ラウラもすっかり緑葉さんのこと気に入ったみたいだね」
「そういえばそうだな。いつもなら1番警戒しているはずだが」
シャルロットの言葉に箒も同意する。一夏も改めてラウラを見る。
軍人であり、普段なら他の誰よりも緑葉達のことを警戒するであろうラウラだが、今彼女は緑葉と一緒に大口開けて笑っている。
そんな緑葉であったが、あることを思い出し顔をあげる。
「そういえば、今日私達これからどうするの?」
「え?」
今まで蚊帳の外状態であった藤川はいきなり問いかけられポカンと口を開ける。
「しばらくここにいなきゃいけないわけなんだから、どこか滞在する場所決めないと」
「って言われてもねぇ…」
藤川も龍驤も緑葉もそれぞれ困り顔で明け暮れる。というのもこれからどこで宿泊するかすら決めていないという有様である。会長曰く、自分達で探してほしいとのこと。
車内でこのことを伝えられた緑葉が本気でキレたのは言うまでもない。
IS学園に滞在する期間は短くても約1カ月、長くて2カ月。その間どこで泊まるかは最優先で決めなくてはならなかった。
「今からこの辺のビジネスホテル探し回ってもさ、今日明日の分はまだしも、最低1カ月間部屋取れる…?」
「部屋代だってバカにならないしなぁ…」
「つーかなんで会長は部屋取ってくれなかったんや…」
IS学園の近くには一応ホテルは建てられている。しかしそれは世界中の要人をはじめとしたVIPをおもてなしするための高級ホテルなため部屋代がバカみたいに高い。
他のホテルを探そうにもこの辺りは極論IS学園以外何も無い。IS学園は人工島の上に建てられており内地と学園を行き来するにも苦労する。そのためホテルを探そうとしたらいずれも学園から遠くなってしまう。
というか1、2カ月ビジネスホテル暮らしとはそれはそれでどうなのか。宿泊代だって決して安くはない。鶴屋家だしその辺は心配ないと思うがどうしても気が引けてしまう。そもそも今から1カ月間部屋取れる自信がない。
「それだったら、ここに泊まればいいよー」
先行き不安な空気が緑葉達に立ち込めている時、のんびりとした口調で本音がそう発した。