ラウラがIS学園に転入してからおよそ半月が過ぎた。まだまだ冷徹な雰囲気は抜けきらない時もあるが、臨海学校前になると徐々にクラスにも馴染んできていた。
ある日の昼休み、食堂にやってきたラウラが昼食を持って適当に空いている座席を探していると、何やら賑やかな話し声が聞こえてきた。
「ねーねー、今回は読まれるかなー?」
「どうだろ。結構倍率高いらしいし」
(なんだ?)
普段なら他愛もない会話で済ませるラウラだが、何故か気になって仕方ない。
「おい」
ラウラは話し込んでいる2人の生徒に声をかける。声をかけられた方の生徒は2年だったが、ラウラの姿を見て少し縮こまる。
「えー…っと、ボーデヴィッヒさんだったっけ…?」
「わ、私達に何か用…かな?」
先輩にも関わらず下手に出ている2人を見てラウラは少し申し訳なさを覚える。上級生にもラウラの噂は届いているのだろう。
重い空気を変えるため、ラウラは先程から気になっていた本題を問い詰める。
「先程の話が少し気になりまして。倍率だ読まれるだどうとか言っていましたが」
先輩2人は互いに顔を見合わせる。
「あぁもしかしてそれってラジオのこと?」
「ラジオ?」
「そうそう。あ、そろそろ始まるよ!」
先輩のうちの1人がテーブルにスマホを置き、ラジオアプリを開く。ラウラも昼食ついでに先輩と一緒に視聴することに。
『どうもぉ〜〜!皆さまご機嫌いかがでSHOWタ〜イム!司会のダンディ後藤でぇ〜〜す!!』
聞こえてきたのはなんとも陽気でチャラついた男性の声だ。どうやらこの男がラジオのパーソナリティらしい。
(なんだこれは…)
半ば呆れながらもラウラは味噌汁を啜りながらラジオに耳を傾ける。
『さぁーて今回もやっていきまSHOW!早速ですがっ!視聴者からのお便りを紹介するこのコーナー、【ダンディ後藤のお葉書ぃ〜ダンディズム】ぅ〜!!』
(この時点で何となく分かる。ものすごく下らない番組だと)
ここからおよそ20分ほどトークが続いていき、番組の内容も大体だが分かった。
この番組は視聴者からハガキによって応募されたお便りの中からパーソナリティのダンディ後藤が数枚選び出し、トークを展開していくという番組なのだが、ラジオ番組素人のラウラでさえ感じるトークのくだらなさと中身の無さが際立つ。
「本当にこんな番組が人気なのですか?」
「うん。この中身の無さで逆にコアな人気を誇ってるんだから」
世の中よく分からないな、とラウラは野菜炒めをかき込む。
そして聞けばこの先輩2人は所謂リスナーで、事あるごとにラジオ番組にハガキを送っているらしく、このダンディ後藤の番組もその1つなのだとか。
『あれ?もう時間?ごめんねみんな〜、もう時間がきちゃったみたいだねー』
気が付けば20分ほど経ち、番組もそろそろ終わりが近づいてきた。
「あぁー今回も選ばれなかった…」
「この番組選ばれる難易度高すぎるってー」
応募していたハガキが選ばれなかった先輩達はテーブルに突っ伏す。ラジオも終わったところでラウラは食器を片付けるべく立ち上がる。
『3回お便りが選ばれた人には、賞金10万円と素敵なプレゼントが待ってるYO!みんなどしどし応募しよう!』
「何…?」
聞き間違いかと思ったが確かに今10万円の賞金だと言った。3回選ばれるだけで10万円貰えるというのか。
『それではまた来週、シーユーネクストターイム』
ダンディ後藤が締めの台詞を言い、今週の放送は終了。送ったお便りが読まれることなく撃沈した先輩達は「はぁ…」と落ち込む。
「あんなくだらん話が3回選べるだけで10万も貰えるのか。全く羽振りがいいな」
ラウラは溜め息をつく。紹介されたお便りもお世辞にも面白いとは言えない世間話みたいなものばかりだった。
(しかし、あの程度の話が選ばれるのならば私にも出来るのでは?)
昼食を食べ終わったラウラにふとそんな考えが浮かぶ。全体的にあのクオリティなら楽に賞金ゲットも夢ではないはず。
「今『自分でもやれるんじゃ?』って思ったでしょ」
「否定はしません」
「ハガキ職人初心者の人って大体そう思うのよねー。でもこれが意外と大変なのよ」
「ハガキ職人?」
「ラジオ番組とかにお便り送る人のことをそう呼ぶの。ネタなんてただ面白ければいいんでしょ?ってわけじゃないから大変なのよ」
(成る程、意外と奥があるのだな)
必ずしも面白ければいいというわけではないことか。更に聞くと現実的な話ではないのも選ばれない傾向があるという。
「そうだ。なんならボーデヴィッヒさんもやってみる?ハガキあげるからさ」
「え?いえ、私は…」
「いいからいいから!一回やってみれば難しさも分かるから!」
ハガキの束を半ば押しつけるようにラウラに渡した先輩達が食堂から去っていく。
「どうしたものか…」
ひとまずハガキはしまい、ラウラは空になった食器を返却口へと戻した。
まぁ、ハガキ自体は持っておいて損があるわけでもないし、やるとは一言も言っていない以上義務ではない。大体あんな下らない番組に時間を割くほど暇ではない。どうせ1週間も経てば忘れているだろう。
「————などと考えている時が私にもあったわけなのだが」
1週間後。以前先輩と話した同じ曜日、同じ時間、ラウラは自身のスマホにイヤホンを挿して番組が始まるのを待っていた。
結局気になってしまい、ペンネームを考えてネタを1つ番組に送ってみた。ちなみにペンネームは【黒ウサギ新党】である。そして今日は一夏からみんなで一緒に食べようぜ、と誘いを受けていたのだが、迷った末にラジオ番組を優先した。
「そろそろ時間だな…」
時計を確認すると、スマホから先週聴いたあのメロディーが聞こえ始めてくる。
『どうもぉ〜〜!皆さまご機嫌いかがでSHOWタ〜イム!司会のダンディ後藤でぇ〜〜す!!』
(始まった…!)
ここから暫くかったるい前置きが続き、いよいよ本題のお便りコーナーに入る。
そして20分後、番組は終了。その直後、ラウラの両手がテーブルを叩いた。
「どういうことだ!!」
独りで発された怒号に周囲の生徒の注目がラウラに集まる。そんな視線すら気にならない当の本人は苛立ちを隠さないまま腕を組む。
(読まれなかった…。バカな!あのネタでイケると思ったのに…!)
ラウラがこのネタに絶対の自信を持っていた。しかし結果はご覧の有り様、ペンネームの『く』の字すら出なかった。
(ダンディ後藤め!こうなったら是が非でも3回読ませてやる!だが私にラジオ番組に送れるネタに相応しい経験などない、どうするべきか…)
「最近大人しくなったと思ったが静かにメシも食えないのか」
「えっ」
この後すぐ、それはそれは威勢の良い打撃音がラウラの頭部に響いたのであった。
あれから4か月。お便りを17回、つまり今日まで17週分送った結果、ついに最終目的である3回目まで王手をかけていた。
元々早くから自分自身が持っているネタの量に限界を感じていたラウラは許可をもらって友人の話をお便りのネタに採用していた。
毎回自分の話にすると怪しまれるため、適度に『友人の話なのですが〜』と前置きを置いて投稿し続けた結果、あの先輩2人より早くリーチをかけることになったのだ。
そして今日は18回目、送ったネタは心霊スポットに行った時の話だ。
『どうもぉ〜〜!皆さまご機嫌いかがでSHOWタ〜イム!司会のダンディ後藤でぇ〜〜す!!』
(このラジオを聞くのもだいぶ習慣になってきた気がするな)
この番組に限らず、ラウラは色んなラジオ番組を聞くようになった。自室でホットミルクを飲みながらラジオを聞くのが最近の夜の日課だったりする。
『今回のお便りはこちら!黒ウサギ新党さん!!』
「…………!!」
『「どうもダンディ後藤さん」どうも〜
「いつもラジオ楽しくご視聴しています」ありがと〜
「先日、友人と幽霊はいるいないで口論になりまして、それなら実際にどっちが正しいかハッキリさせようということで、何人かと共に県内屈指と噂の某心霊スポットに行ってきました」ものすごい行動力ですね黒ウサギさん!
「途中、ちょうど動画を撮影しているユーチューバーの方々と偶然会えたので彼らと一緒に霊が出ると言われる場所まで行きました」ユーチューバーと!?またすごい強運ですねー!
「しかし着いてからずっと怪奇現象が起きっぱなしで、さすがにこれ以上はダメだということで探索は中止になりました」賢明な判断だと思いまーす
「P.S. ダンディ後藤さんは幽霊を信じますか?」黒ウサギさん、ものすごい体験しちゃってますねー。そして僕は幽霊そこまで信じてません、でも………運命の赤い糸は信じてまーす』
相変わらず適当で中身のない相槌だが、ラウラはもうすっかり慣れていた。
『あ、黒ウサギ新党さんはハガキが読まれたのは今回で3回目ですね!』
そう、今回で3回目。思えば先輩に誘われ何気なくお便りを送り始めたのが4ヶ月前、ラウラは感慨深く腕を組む。
強敵だった。1回目に読まれたお便りはシャルロットと一緒にメイド喫茶でバイトをして強盗を撃退した話。2回目は少しぼやかしたが一夏の写真をオークションで競り落とした話。他にも読まれなかったが幾多のお便りを送った。
(とうとうここまできたな。礼を言うぞ、ダンディ後藤)
『3回読まれた黒ウサギ新党さんには賞金と共にちょっとしたサプライズを用意していまーす!それが何かはお楽しみ!』
(ん?サプライズだと?)
サラッと告げられたサプライズの内容は気になったが、ダンディ後藤がそれ以上言及することはなく、番組終了の時間になって今週の放送回が終わった。
「サプライズか。フッ、まぁ楽しみにしておくか」
2日後、放課後にラウラはいつものメンバーと共にアリーナで訓練に励んでいた。調子がいいラウラは次々と仮想的に撃ち落としスコアを稼いでいく。
「ふぅ、今日はこんなところか」
額に流れる汗を拭い、ピットに戻ろうとしたラウラの元に箒から通信が入る。
『ラウラ、今時間はあるか?』
「箒か、どうした」
『それが、さっき先生からラウラを呼んできてくれと頼まれてな。ラウラにお客さんが来たとかなんとか』
「何、私にだと?」
心当たりがないラウラは首を捻る。用件を伝えにきた箒も戸惑い気味に頷く。
『あぁ、それで今から職員玄関まで来てくれと山田先生から』
「職員玄関か。了解した、すぐに向かう」
シャワーと着替えを終え、ラウラは一緒に訓練に参加していたシャルロットと鈴、途中で合流した箒も交えて職員玄関へと向かう。
「あの男か」
見てみると職員玄関で1人の男が待っていた。ラウラをご指名の客人というのは恐らく彼のことだろう。
「お待たせして申し訳ない。私がドイツ代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒであります」
一片のブレもない敬礼で男と対峙する。一方どこかチャラついた雰囲気の男はフランクに言う。
「いやぁ〜どうもどうも。もしかして黒ウサギさんですか?」
「む、いきなりなんだ貴様は。確かに私は黒ウサギの名を背負っているが、初対面の貴様に言われる筋合いはない。馴れ馴れしいぞ」
キッと睨み付けるラウラに物怖じすることなく、男は静かに「こほん」と咳払いをし高らかにそれを言った。
「皆さま〜!ご機嫌いかがでSHOWタ〜〜イム!!」
「ッ!!?」
刹那、ラウラは全身に電撃が走るのを感じた。
(私は、この男を知っている!いや!この声を、このチャラついた独特な雰囲気を知っている!)
驚愕から中々喉から抜け出せない言葉をなんとか振り絞り、ラウラは目の前の男を凝視する。
「そ、その声はまさか………ッ!?」
「はぁい、司会のダンディ後藤です」
「ダ…ダンディ後藤…!?あ、あの…!?」
「そうですよ〜、これが僕からのサプライズで〜す!」
動揺で頭が回らないラウラにダンディ後藤は「ハッハッハ」と快活に笑う。状況が飲み込めないシャルロット達と真耶は困惑。
「ほ…本物だ…。本物のダンディ後藤がここに…」
補足するが、ラウラはタレントやら俳優やらには全く興味を示さない。そんなラウラがそこまでメジャーでもないラジオ番組のパーソナリティにここまで感動しているのだ。
「いやー、本当は番組を聴いているところにサプライズ!という形で訪ねるハズだったんですが、まさか黒ウサギさんがあのIS学園の生徒さんだとはこちらも予想外でして。交渉には難儀しましたけど、なんとか数分会える時間を作れたんですよー。サプライズが遅れてしまって申し訳ありません」
「い…いえ、そんな…」
感極まって酸素を求める金魚のように口をパクパクさせながら、言葉を振り絞る。
「あ…あの、握手を…」
「モチロン!いつもお便りサンキューでーす!それではグッバイ!」
握手を交わしたダンディ後藤は嵐のようにやってきて嵐のように去っていった。
握手をした手を眺めながら余韻に浸るラウラはグッと拳に力を入れた。
「………やった!読まれたぞ!!」
「な、なんだかよく分からんが…」
「よ、よかったねラウラ…」
この日を境に暫くの間、右手を凝視するラウラの姿がたまに目撃されるようになったとかなんとか。