魔銃使いは恋に堕ちた 作:魔法少女()
広がる青空、窓から見える景色に手を伸ばしつつもぼんやりと外を見上げていると、きゃいきゃいと子供達のはしゃぐ声が聞こえる。ベッドの上から見える窓の外の光景は、雲一つない青空のみで、まるでヘスティア様の瞳の様に澄み渡っていて美しい。
ぼんやりとそんな事をを思いながら横になっていると、ギィ、と扉のきしむ音が聞こえた。ふと身を起こして扉の方を見れば、アマゾネスの少女がヒューマンの少年と共に部屋を覗き込んでいるのが見えた。
くすりと笑みをこぼし、手招きをしてあげれば、ぱぁっと花が咲いた様にアマゾネスの少女が扉を開けて駆け込んできて、ベッドに飛び込んでくる。ヒューマンの少年は驚いた表情を浮かべ、慌ててベッドに飛び込んで来たアマゾネスの少女を引きはがそうとし始める。
「ダメだよ、迷惑かけちゃ」
「えー、でもミリアが良いって言ったんだよ?」
「言ってないよ」
きゃいきゃいと騒ぐ二人を見て、思わず昔の光景を思い出した。────ベルとアイズさんの子供と、ベルとティオナさんの子供、二人がきゃいきゃい騒ぎあっていたのを、思い出した。すでに彼らは子供の様にきゃっきゃと騒ぐ歳ではないし、孫を持っている年齢なのだが。
ひとしきり騒いだ二人が大人しくベッドに腰掛け、花の咲く様な笑みを向けてくれた。
「ねぇミリアばーちゃん。昔の話を聞かせてよ!」
「うんうん、【
【
ベル・クラネル、それが世界を救った少年の名前で────俺の家族の名前だ。
「ミリアばーちゃんって一緒に世界救ったんでしょ!」
「うん、すっごく強かったって!」
「今も強いでしょ! だってドラゴンを何匹も連れてるんだもん!」
子供特有の話があっちこっちに取っ散らかっていくのを微笑ましく見つつも、彼らの為にベルの雄姿を語ろうと口を開こうとした所で、扉が開かれ、仏頂面のエルフの女性がずかずかと入ってきた。
「げっ、リューだっ!」
「ま、まってよリュー! 俺達なにも悪い事はっ」
拳骨二発。それぞれ子供の頭に炸裂し、二人が頭を抱えてうずくまる。
「今日は此処に来てはいけないと伝えたはずですが?」
「少しぐらい良いじゃん」「うぅ、ねぇ戻ろうよ」
唇を尖らせて不満そうなアマゾネスの少女に、拳骨一発で心が折れたのか逃げようと少女の手を引く少年。
少女が強気に立ち上がってエルフの女性を見上げた。それを見たエルフの女性────長寿種故にあまり変化の見られない美しい姿を保ったままのリュー・リオンが無言で拳を握り締める。ギリギリィッと凄まじい音を響かせて血管が浮き出る程に握りしめられた拳。ついに少女も折れたのか小さく悲鳴を零して我先にと逃げ出していってしまった。少年も遅れて少女を追いかけて出て行く。
────ヘスティアファミリアの次代を背負う子供達に、いささかやり過ぎではないかとエルフの女性を見上げた。
「リューさん、少しやり過ぎでは?」
「いえ、今日はミリアさんにとって大切な日ですので」
大切な日。そう、今日はとても、大切な日だ。
「むしろ謝りたいぐらいです。しっかりと見張っていた積りだったのですが」
「子供の行動力を甘く見ちゃダメですよ」
特にティオナさんの子供と、アイズさんの子供、二人が組み合わさるととんでもない事になっていた。毎回、ティオナさんが豪快に笑い飛ばし、アイズさんが苦笑を浮かべ、ベルが割を食っていた。
「ですが……」
「私も少し暇をしていたので。むしろ声を聞けて良かったですよ。なんなら、ベルの事を話しても────」
ゴホゴホと盛大に咽り。これ以上言葉を紡げなくなる。込み上げてくる苦しさに寝具を強く握り────リューさんの回復魔法の光が俺を包み込み、ほんの少しだけ楽になり、何とか微笑んで礼を言う。
「すいません……」
「……ミリアさん、無理をしない方が良い」
辛そうな表情を浮かべ、此方を見下ろしていたリューさんが、恐る恐るといった様子でベッドに腰掛け、俺の頬に触れた。────気を許した相手しか触れることができない。そんなリューさんとこんな風に触れ合える様になったのは、数年前からだ。
「ミリアさん、あと……いえ、なんでもありません。もうすぐヘスティア様が戻りますので、今しばらく」
「リューさん、少し話し相手になって貰っても良いですか?」
「ですが……」
辛そうな表情が消えない。
「ベルも、アイズさんも、リリも、ヴェルフも……ミコトも、春姫も、皆、先にいってしまって、暇なんですよ」
若干掠れた声。体が重く、上手く力が入らない手で、頬に当てられているリューさんの手を優しくつかんだ。
骨張って痩せ細った、鶏ガラみたいな手だ────老化という現象によって、逃れ得ぬ
「貴女と初めて会ったのは、ミア母さんの酒場でしたね。初めて見たときは、失礼ながら小さく愛らしい方だと感じました」
その後、直ぐに愛らしいだけではなく冒険者として持ち得る最低限を持ち合わせる者だと認識を改め。アポロンファミリアとの戦争遊戯に至って、今までの印象はただの誤解だったのだと店の皆で驚かされた。
その後も、
周囲の者達も、そしてベル本人も『ミリアが居なければできなかった』と口にするが。俺はそうは思わない。きっと、ベルなら俺が居なくても世界を救って見せただろう。
「……結局、貴女の自己評価の低さは直りませんでしたか」
「けほっ……それが、私ですから」
皆から常に自己評価が低い。そう言われ続けて何十年。結局、今この瞬間においても、俺は俺の評価を高く付ける事が出来ない。
「ヘスティア様も、もっと自己評価を高くしろとあれほど────」
リューさんの言葉が耳に刺さる。年を取ると説教臭くなっていけない。そう呟くとリューさんが目を見開き、悲し気に細めた。
「……すいません、悲しませる積りは」
「いえ、お気になさらず。種族差故、仕方ない事です」
ヒューマン、獣人、アマゾネス、小人族。この四つの種族は寿命が近い。けれど、エルフだけは長寿種として、他の四種族とは違う時間を生きている。
────そして、神は時の流れの影響を受けない。
「リューさん、頼みが……」
「なんですか?」
「私が居なくなった後、ヘスティア様の事を、お願いします」
リューさんの表情がくしゃりと歪み、優しく頭を撫でられる。
「貴女はいつもそうだ。ヘスティア様ヘスティア様と、女神の事ばかり心配している」
そう、死が近くなった今、俺はずっと後悔し、ヘスティア様の事を案じていた。
────俺は結局、誰とも結ばれる事なかった。
処女神に仕える眷属として。俺は男性とも女性とも関係は持たず、貞操を守り続けたのだ。ヘスティア様の眷属として、ふさわしい在り方だと思ったから。
「貴女はもっと自分を大切にするべきだ」
「あはは、もう耳にタコが出来るぐらいに聞いたせりふですね」
何度言われても、何度言葉にされても、何度お願いされても。それだけは変えられなかった。変える事が出来なかった俺の悪い癖。自分より家族を優先し、自分の身を切ってでも家族の為に尽くしてしまう。
そんな俺だからこそ、最後に名付けられた二つ名は【
相も変わらず、説教臭いリューさんとの会話を楽しんでいると、ドタドタと騒がしい足音が聞こえた。会話が止まり、二人で扉を見つめていると、大きな音を立てて扉が開かれる。
「ごめんっ、遅くなったっ」
出会ってから百年以上が経ってるというのに、長寿種であるリューさんですら多少の変化があるというのに、扉を開けて入ってきた女神様の姿は昔と、出会ったあの瞬間と変わりない。あるとするならば、髪飾りのごちゃごちゃ具合が増えた事ぐらいだろうか?
「いやー悪いね。
「……では、私はここで失礼しますね」
気を利かせたリューさんがさっと出て行くのを見送り。ヘスティア様と二人きりになった。
肩で息をしていたヘスティア様がゆっくりと呼吸を整え、此方に歩み寄ってくる。微弱な神威を感じ取り、安心感が全身を包み込む。
「おかえりなさい、ヘスティア様」
「ただいま、ミリア君」
いつものやり取り。何十年も続けてきた、挨拶の言葉────そして、きっと最期の挨拶だ。
「今日は新しい子が産まれたんだ、ロキの所と話し合って所属先を決める事になってるけど、絶対にボクの眷属にしてみせるよ!」
「ダンジョンで新たな
「ガネーシャがまたホームを魔改造したみたいでね、眷属の子達が嘆いてたよ」
次々に語られるヘスティア様の言葉に頷きながら、ベッドに腰掛けてきたヘスティア様の手に自身の手を重ねた。
「それでね、ミアハが────」
「ヘスティア様、多分……もうすぐです」
ああ、わかる。判ってしまう。もうすぐ、お別れの時間がやってくるのだと。
リリが、ヴェルフが、ミコトが、春姫が────ベルが死んだ時。俺は泣いた、誰か一人が欠ける度、涙が枯れるのではないかという程に泣き。そして次の誰かが欠けたとき、枯れた筈の涙が際限なく溢れてきた。
そして、置いて行かれ続けた俺は────今度は置いていく側になってしまった。
「ミリア君……」
「ヘスティア様、愛してます」
愛してる。これまでずっと、そしてこれからもずっと、愛してます。この世界に来て、ベルに手を引かれ、初めて出会った、素敵な女神様。貴女以外の眷属になんて考えようが無いほどに、貴女をお慕いしています。
ぎゅっと、出来る限り力強くヘスティア様を抱きしめた。
────年老いて痩せ細った小人族の抱擁。ヘスティア様が身を震わせ、抱き返してくれる。
「ミリア君、後悔はあるかい」
「いっぱい、数え切れないぐらいあります」
「……そっか」
「一番後悔してるのは────子供を産まなかった事です」
貞操を、処女を貫き続け、神ヘスティアへの信仰心を示した。ヘスティア様に仕え、ヘスティア様の為にと、貞操を守り続けた。その結果、俺には子供が一人もいない。
ベルはたくさんの伴侶を得て『ハーレム』を作った後、たくさんの子供を遺した。最初は、兎みたいに精力旺盛だなぁなんて呑気に考えていたけれど、あれはベルなりにヘスティア様の為を思っての行動だったのだろう。
────自分の死後、残った我が子達にヘスティア様を任せる為に。
「一人ぐらい、適当に子供を産んでおくべきでしたか」
「でも、ミリア君はそういうの嫌いだろう?」
ヘスティア様の言う通りだ。子供に、
「……ヘスティア様、すいません」
「何だい?」
「もう……限界みたいです」
意識が薄れ始める。抱き締めていたはずなのに、いつの間にか腕の力が抜けて抱き締められる形になっていた。
神の恩恵によって、普通の人よりも多少は寿命が延びた所で、限界がやってくる。その限界、それが今日だ。今まさに、この瞬間にも俺の命の灯が掻き消えそうになる。
意識は薄れ、体から力が抜けていく。別れたくない、もっとずっと一緒に居たい────けれどそれは許されない。
「ミリア君、君は少し旅に出るだけさ」
「……はい」
「四百年か、五百年か、君は新たな命としてこの下界に降り立つ」
「……はい」
「大丈夫さ、ボクら神々は永遠の命だぜ? キミがもう一度地上に帰ってくるまで、
「…………わかりました」
「だからさ、君はそんなに気負わなくて良い。ボクは待ってる、だから」
「……………………ヘスティア様」
「なんだい? ミリア君」
「…………かならず……かえって、きますね」
「…………ッッッ!」
「いってきます」
開け放たれた窓から見える青空。緩やかに流れ込んでくる風の音を感じながら。
女神ヘスティアは愛おしい
最期まで貞操を貫き、処女神への愛と忠誠を誓って旅立った。そんな感じですね。
本編のとある感想に触発されて1時間半で書き上げました。
妄想がはかどったんじゃぁ……あ、本編の更新はちゃんと頑張るんで許して()