ソードアート・オンライン 〜The Parallel Game〜 《更新凍結、新作投稿中》   作:和狼

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Chapter.16:惨劇は突然に

 

 

 

「……マジで熟睡してたな、オイ……」

 

「いやー……あははは……」

 

ギルド《十六夜騎士団》が急遽攻略やレベル上げなどといった活動を休む事になったその日、浮遊城の開口部からオレンジ色に染まった夕陽の光が差し込む頃になって、最前線の主街区広場にて昼寝をしていた同ギルドの副団長である少女・アスナは、漸く眠りから覚醒した。

彼女が眠りに就いたのはおおよそ朝の八時頃であり、現在の時刻は十七時過ぎ……つまり、彼女は約半日も眠っていた事になる。

 

それに伴い、アスナによって護衛の任に就かされた同ギルドの団長・カミヤは、半日ずっと暇を持て余す結果となった。

彼女の近くの芝生に腰を下ろし、自身のステータスや所持しているスキルの確認をしたり、武器の簡単な手入れをしたり、攻略の為にその場を通り掛かった他のギルドのメンバーと軽い会話をしたり、その場に居合わせていた同ギルドのメンバーであるキリトに昼食を買って来て貰って食べるなどして時間を過ごしたものの、非常に退屈な半日だったと彼は思っている。

余談だが、長時間じっとしているのが苦手な彼は、穏やかな天候の所為もあって途中眠気に襲われてしまい、キリトに護衛の代理を任せて、座位のまま軽く三十分程昼寝をしたのだった。

 

「あ、コートありがとう。ハイ」

 

「ありがとねー」

 

「ん」

 

さて、目を覚ましたアスナは、自身と隣で一緒に寝ていた同じギルドのメンバーである少女・ユウキに掛けられていた濃い灰色のコートを、持ち主であるカミヤへと返却する。季節は春の中頃とはいえ、何も羽織らずに寝ていては風邪をひいてしまう(実際にはSAOに於いて風邪などひきはしないが)だろうと心配したカミヤが、親切に彼女達に掛けてあげたのだ。

因みに件のユウキも、アスナが起きるより少し前まで熟睡していたりする。

 

「ところで、マジでマッサージも休まなきゃ駄目なのか?」

 

そんなアスナに対し、カミヤは彼女が寝る前に告げた『副業(マッサージ)の休業』という言葉の真偽について問い掛ける。

 

「勿論です! 攻略同様毎日の様に頑張ってるんだから、たまには休みなさい!」

 

返って来た答えは、カミヤの予想した通りのものだった。

カミヤの知るアスナという少女は、一度口にした事・決めた事は滅多な事では曲げない、意外と強情な性格をしている。その強情さは半日前に経験している故に、彼は端から期待など殆どしていなかった。

 

「……分かったよ。なら、お前らへのマッサージも今日は休みな」

 

「「ええぇ──!!?」」

 

「休めって言ったのはそっちだろ? それに、働かざるもの揉まれるべからず──今日半日、攻略もせずにずっと寝てたお前らには、どっちにしろマッサージはしねぇよ」

 

「……まあ、理屈としては確かにその通りよね」

 

「そんなぁ……」

 

「ボクあれ好きなのになぁ……」

 

故に、カミヤは潔くアスナの命令を聞き入れる。……だが、何の抵抗も無しに諦めたのでは釈然としないと思った彼は、彼女達へのマッサージをも休むという策を以って一矢を報いた。

これにはアスナとユウキは不服の声を漏らし、二人同様に夕方近くまで寝ていたシノン(キリトにコートを掛けて貰った)も、納得はしているが少し残念そうな顔をする。隣ではキリトが苦笑いを浮かべている。

 

そんな彼女達の反応など気にも留めず、カミヤはアシスタントのリーシャや、十六夜騎士団が経営している施術所にアルバイトに来ている《血盟騎士団》所属の《マッサージスキル》持ちのプレイヤー《ハジメ》に宛てて、臨時休業の旨をを伝えるメールを作成する。実は既に一度、早い内に臨時休業の旨のメールを送ってはいるのだが、念の為だ。

 

「さて、この後の空いた時間をどう過ごすよ?」

 

それが終わったところで、カミヤはこの場に居る四人に対してこの後の予定について尋ねる。

本来であれば、カミヤは今この時間帯はギルドホームに設けられた施術所で副業(マッサージ)を行っている筈であるのだが、今日はアスナからそれを禁じられている為、何時もの夕食の時間(副業が終わった後で、大体十九時頃)までフリーだ。しかし、普段から攻略以外で出掛ける事が少ない上に、これと言った趣味を持たないカミヤからしてみれば、この予定外の自由時間をどう過ごしたら良いのかよく分からないのだ。

加えて、彼は会合やボス攻略以外の集団行動に於いて、自身の意見を主張する事をあまりしない。故に、自身以外の四人に意見を求め、自身はそれに身を委ねるつもりだ。

 

「そうねぇ……なら、何時もよりも大分早いけど、夕ご飯にしましょ? たまにはNPCのお店で」

 

「あ、なら、五十七層の主街区に、NPCレストランにしてはイケるって噂の店が有るから、そこに行ってみないか?」

 

「そうなの? じゃあそのお店に行ってみよう!」

 

「私もそれで構わないわよ」

 

そんなカミヤの問い掛けに対してアスナが外食する事を提案すると、他の三人もそれに賛同する様に声を上げる。

 

「という事だけど、カミヤ君はどう?」

 

「ん。俺もそれで構わない」

 

余程のものでない限りは否定するつもりなど端から無かったカミヤは、勿論の事賛成の返事をする。そしてその直後に、十六夜騎士団の料理担当メンバーの一人に宛てて、外で食べて帰る旨のメールを作成し、送信する。

 

その後は、五十九層主街区の転移門をくぐり、五十七層主街区へと移動するのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

突然出来た暇な時間を、アスナの提案で大分早い夕食を摂って過ごす事にした俺達は、現在第五十九層主街区《マーテン》に有る、NPCレストランにしてはイケるという噂の店に来ている。

 

それなりに人で賑わっている店の一角に腰掛け、何故か注がれている周りからの視線を無視しながら、やって来たNPCのウェイトレスに各々の料理を注文。

速攻で運ばれて来たフルートグラスに口を付けてから、俺は思った事を口にした。

 

「しっかし、まさかアスナが『攻略を休め』だなんて言う様になるとはねぇ。最初の頃のアスナからは全然想像出来ねぇわ」

 

「確かに。あの頃のアスナは、デスゲームをクリアするのに必死って感じだったからなぁ」

 

当時のアスナとはよく行動を共にして相応に面識が有った為、俺とキリトの言葉に頷くシノン。少しずつ変わり始めた頃の彼女と当時メンバーだったユウキも知っている様子で、「そう言えば、ボク達のギルドに入ったばかりの頃はそんな感じだったかなぁ」と言ってこちらも頷く。

 

「あの頃は心にあんまり余裕が無かったからねー」

 

対して、笑い話の様にそう語るアスナは、隣に座るユウキの方へと顔を向けてから話の続きを語り始める。

余談だが、席の位置はアスナの逆隣に俺、向かいにキリトとシノン、俺とアスナの足元辺りにリトとスーナという風になっている。

 

「そんなわたしの心に余裕を与えてくれたのが、当時の《スリーピング・ナイツ》の皆なの」

 

アスナの言葉にユウキは「ほえ? ボク達が?」と小首を傾げ、スリーピング・ナイツでの彼女を知らない俺やキリト達も気になって必死に耳を傾ける。

 

「それこそ入ったばかりの頃は、攻略の事や、一日も早く現実世界に帰る事しか考えられなかったから、好き勝手にやってるユウキ達を見て、現実での時間を無駄にしてる、やる気が有るのかってイライラしてたわ。

 

……けどある日、ユウキ達に『今ボク達が生きてるのはこのアインクラッドなんだ』って言われて、考え方が変わったの。気付いたの……こうして一生懸命に生きようとしているこの瞬間も、この世界も、掛け替えのない現実(いま)なんだって。

 

それが分かってからは、それまで現実の事で一杯だったわたしの心に余裕が生まれた。生きている今この瞬間を少しでも楽しもう、ゲームであるこの世界を少しでも楽しもうって思える様になったの」

 

アスナの口から語られた、彼女が変わる切っ掛けとなった出来事の話を聞いて……彼女の思いを聞いて、少なくとも俺は感心した。そんな風に思いながらこの世界を生きている彼女が凄いと思えた。……同時に、メンバーには『この世界を楽しめ』と言った割に、あまり楽しもうとはせず、ただ作業の様に毎日を過ごしつつある自分は、そんな彼女が羨ましいと思えた。……俺もこの世界を楽しもうと思える様に、何か切っ掛けを見付けてみるべきなのかもしれないな。

 

「お待たせ致しました」

 

などと、心の中で一つの小さな決心をした所へ、NPCのウェイトレスが注文したサラダの皿を持って来た。

 

「さ、真面目な話はもうおしまい。ここからは楽しく行きましょ♪」

 

アスナの言葉に俺を含めた全員が頷き、今はこの夕食時を楽しむべく思考を切り替え、早速運ばれて来た色とりどりの謎野菜に卓上の調味料を掛けて、五人と二匹でばりばりと頬張り始める。

 

「考えてみれば、栄養とか関係無いのに、何で生野菜なんか食べてるんだろうな?」

 

「言われてみるとそうだよねー」

 

「えー、美味しいじゃない」

 

ふと、キリトが口にした疑問にユウキも頷き、そんな二人にレタスっぽい葉物を上品に咀嚼してからアスナが反論する。

 

「味の方はともかくとして、多分現実での生活習慣的なもんじゃないのか?『ちゃんと摂らなきゃいけない』って教え込まれて、それが染み付いちまってるから、頭が野菜を摂らなきゃって思っちまうんだろうな」

 

「そういうものかしら?」

 

「そういうもんじゃねぇの? 若しくは『野菜が食べたい』っていう気分的な何かとか」

 

同じ様にレタスっぽい葉物を咀嚼しながら、『何故生野菜を摂るのか』という疑問に対する俺なりの考えを口にする。暫くの間五人揃ってその考えに首を傾げていたが、キリトがその空気を変える様に新たに話題を切り出した。

 

「ま、まあ、あんまり深く考えない様にしようぜ? ……それよりもさ、やっぱNPCの店だから、不味いとは言わないにしても、味付けが物足りないって思わないか?」

 

「あ、キリトもそう思う? だよねー。何かマヨネーズが欲しくなるよねー」

 

「あー、思う。それは思う」

 

「同感ね」

 

「俺はさっぱり塩ダレかな」

 

「「「何ソレ美味しそう!!?」」」

 

NPCの店の食事は基本的に空腹感を解消するのが主である為、味の方はイマイチ物足りなかったりする。故に、一年近く現実の調味料の味から離れてしまっている俺達はそれが無性に恋しい訳で……

 

「という訳でアスナさん……調味料作り、頑張って下さい!」

 

「「頑張って下さい!」」

 

アインクラッドに存在する調味料を使って現実の味を再現しようと日々研鑽しているというアスナに対し、キリト、俺、ユウキの三人は懇願する様に頭を下げる。

 

「うん! 任せて!」

 

「アスナ……私も料理スキル持ちとして協力するから、助けが必要な時は何時でも言ってね?」

 

「ありがとう、シノのん。その時は宜しくね♪」

 

当の本人も実に張り切っており、彼女同様に《料理スキル》を取得しているシノンも、彼女を手助けしようと張り切っている。

 

そんな騒がしくも楽しい、夕暮れの時の街に於ける平和なひと時──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──きゃあああああ!!」

 

……だかそれは、突如として何処か遠くの方から聞こえて来た、紛れもない恐怖の篭った悲鳴によって破られる事となった。

 

「!? 今のって……」

 

「お店の外からだわ!

 

「放っておく訳にもいかねぇ! 行ってみるぞ!」

 

「「「ああ(ええ)(うん)!」」」

 

対する俺達の行動は早く、椅子から腰を浮かせて各々の武器に手を伸ばしていた状態から、直様椅子を蹴立てて店の出口へと駆け出す。

 

表通りに出た所で、再び絹を裂く様な悲鳴が聞こえて来る。その方向へと向けて、俺達は持ち前の敏捷力ステータスを活かして全力疾走する。

 

「なっ……!?」

 

あっという間に悲鳴の出処と思しき円形広場へと辿り着いた俺達は、そこで信じられない光景を目の当たりにした。

 

広場の北側には教会らしき石造りの建物が聳え立っているのだが、その二階中央の飾り窓からは先端が環になった一本のロープが垂れ下がり、そしてそのロープを首に巻かれて吊るされている一人の男性の姿が有った。

だが、SAOに於いて窒息死する事は有り得ない為、驚くべきはそこではない。騒ぎを聞きつけて集まって来たプレイヤー達を真に注目させ、驚かせ、そして恐怖させているのは、明らかにNPCではなかろう、分厚いフルプレート・アーマーに身を包み、大型のヘルメットを被った男性プレイヤーの胸に深々と突き刺さった、一本の黒い短槍(ショートスピア)だ。

 

更に驚くべき事に、その槍が突き刺さっている胸の傷口からは、赤いエフェクトライトが噴き出る血の如く明滅を繰り返している。それが意味する事はつまり、他人にダメージを負わせる事の出来ない安全エリアに設定されている筈の圏内に於いて、今この瞬間も男性にダメージを与え続けているという事だ。

 

「早く槍を抜け!」

 

数刻先に訪れるやもしれない最悪の未来を回避するべく、大声で早く槍を抜く様にと男性に叫びかける。それで一瞬こちらに視線を向けて来た男性は、直後に槍を抜こうと試みるも、槍が深く食い込んでいるのであろう事と、男性が死の恐怖によって手に力が入らない様子である事から、中々抜ける様子が見受けられない。

 

「仕方ない。俺とアスナ、ユウキの三人で教会の中に入って、ロープを切る! 二人は下で受け止めてくれ。後、念の為に投擲は控えておいてくれ!」

 

「「分かった(わ)!」」

 

「行くぞ、二人共!」

 

「「ええ(うん)!」」

 

このままでは駄目だと判断した俺は、キリトとシノンを外に残し、五人の中でも更に敏捷力ステータスの高い、俺を含めたメンバー三人で教会の中へと突入する事にする。

投擲を控える様に言ったのは、もし万が一にも狙いが外れて、それが男性に当たってしまったら、助けようとしたつもりが逆に止めを刺してしまう事になり得ると考えたからだ。本来ならばそんな事は有り得ないのだろうが、今起きている出来事が出来事な為に、『絶対に有り得ない』とは断言出来ないのだ。

 

兎にも角にも、今は一刻も早く男性を助ける事だけを考え、二階中央の部屋へと急ぐ。

敏捷力ステータスを思いっきり発揮し、二階へと上がる為の階段を駆け上がり、他の部屋などは一切気にせずに廊下を駆け抜け、そして目的の二階中央の部屋の前へと辿り着く。

そして、中に居るやもしれないこの騒動の犯人の事も一切考えず、部屋の中へと飛び込むべくドアノブに手を掛けた────次の瞬間だった……

 

 

 

 

──ガシャァアアアアアン!

 

 

 

 

──ドアの向こうから、今この状況に於いて最も聞こえてはならない音が聞こえてしまった。

だからと言って、それが指し示す事実を受け容れる事など到底出来る筈も無く、聞き間違いだ、そんな事が有ってたまるかと祈りつつ、勢い良くドアを開けて部屋の中へと飛び込む。

 

……だがしかし、その祈りは儚くも散り、無常にもロープが垂れ下がる窓の向こうに青いポリゴンの欠片が見えてしまった。

それでもまだ信じられない……信じたくない俺は窓から外へと顔を覗かせるが、男性の姿は何処にも無く、男性が吊るされていた場所の真下に件の槍が落ちているだけだった。

 

 

 

 

──こうして今此処に、『圏内に於いてHPがゼロになる』という、このゲームの常識を覆しかねない大事件が発生してしまったのだった。

 

 

 




漸く『圏内事件』の始まりの部分まで書く事が出来た。
この調子だと、『圏内事件』を書き終わるのに一体何話要する事になるのやら……。

そして中盤では、アスナさんの心境の変化について触れてみました。
Chapter.9でそれとなく示唆していたのですが、こんな感じの事が有った訳なんです。

という様な具合で、今回は此処まで。
はてさて、次の更新はどちらにしようか?

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