ソードアート・オンライン 〜The Parallel Game〜 《更新凍結、新作投稿中》   作:和狼

22 / 31
お久しぶりです。

専門学校の授業やら、モチベーションやら、大乱闘やらでで時間を大分費やしましたが、漸く更新出来ました。兎に角大変お待たせ致しました。
その分、今回は九千字越えと何時もよりも長くなっております。

それでは、長らくお待たせしました第十八話をお楽しみ下さいませ。


Chapter.18:罪と罰

 

 

 

ヴィントに短槍(ショートスピア)の鑑定をして貰った後、諸事情により彼らが営む雑貨屋に残る事になったカミヤを除いたキリト、シノン、アスナ、ユウキの四人は、第一層の主街区《はじまりの街》に有る黒鉄宮に安置されている、《生命の碑》を確認しに行った。

 

《生命の碑》──それは、デスゲームに参加している一万人のプレイヤー全員の名前が刻印された金属製の巨大な碑であり、ご丁寧な事に、死亡したプレイヤーの名前の上には分かり易く横線が刻まれ、その横に詳細な死亡時刻と死亡原因が記されるというシステムになっている。

それによれば、捜し人たる《グリムロック(Grimlock)》なるプレイヤーは健在。逆に、スピアによって胸を貫かれてポリゴン片となってしまった《カインズ(Kains)》なる男性プレイヤーは、事件が有った日時丁度に、貫通ダメージによって死亡している事が明記されていた。

 

そして翌日、カミヤを含めた五人は、他のギルドメンバーに攻略を(指揮は元《月夜の黒猫団》と《スリーピング・ナイツ》──所謂《十六夜騎士団》の初期メンバーに)任せて、事件の関係者であるヨルコからより詳しい事情を聴取するべく、ヨルコが泊まる宿屋へと直行し合流。現在は、昨日夕食を食べようとしたレストランへと来ており、より奥まった場所に有る六人掛けのテーブルに腰掛けている。

昨日の事件が余程ショックであまり眠れていないのか、ヨルコは何度も瞬きを繰り返している。

 

「悪いな。昨日友人が亡くなったばっかりだってのに、捜査に協力して貰っちまって……」

 

「いえ、良いんです。私も、早く犯人を見付けて欲しいですし……」

 

その様子を察して声を掛けるカミヤだが、対するヨルコは気にしていないという風に気丈に振る舞い、かぶりを振る。

が、そんな彼女の態度に反し、その後暫くの間は沈黙が続き、重苦しい雰囲気が漂っていたが、それを断ち切らんとアスナは思い切って話を切り出した。

 

「ねえ、ヨルコさん、あなた、《グリムロック》って名前に聞き覚えは有る?」

 

瞬間、少しばかり俯いていたヨルコの頭が、ピクリと震えた。

 

「……はい。昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです」

 

返って来たのは、か細い声による肯定の言葉と、かつて三人の間に交流が有ったという意外な情報だった。

それを聞いた五人はちらりと視線を見交わし、それぞれに思った──かつてそのギルドに於いて、今回の事件の原因となる《何か》が起こったのだと。今回の事件はそれの《復讐》や《制裁》なのではないかと。それ以外、同じギルドのメンバー同士による間接的な殺人の理由など、考えられないからだ。

 

「実は、カインズさんの胸に刺さっていた黒い槍……鑑定したら、作成したのがそのグリムロックさんだったんだ」

 

「ッ……!?」

 

それを確かめる為にもと、キリトがスピアの作成者がグリムロックである事を告げれば、ヨルコは目を大きく見開き、口元を両手で押さえるなど、目に見えて驚愕する。

 

「ねえ、何か思い当たる事は無いかしら?」

 

「……はい、あります」

 

そんなヨルコに対して、シノンが核心へと迫る質問を投げ掛ければ、ヨルコはそれに肯定の言葉を返し、意を決した様に更に言葉を続けた。

 

「昨日、お話出来なくてすみませんでした……。忘れたい……あまり思い出したくない話だったし、無関係だって思いたかった事もあって、直ぐには言葉に出来なくて……。……でも、お話します。《出来事》……その所為で、私達のギルドはしたんです。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

──そのギルドの名前は《黄金林檎(おうごんりんご)》。攻略目的でも何でもない、総勢たった八人の弱小ギルドで、宿屋代と食事代を稼ぐ為だけの安全な狩りだけをしていた。

 

しかし、半年前のある日の事だった。

その日、中間層の、何てことの無いサブダンジョンへと潜った彼女達は、そこでそれまで一度も見たことの無いモンスターとエンカウントし、そして偶然にも、それを倒す事に成功した。

 

そのモンスターがドロップしたアイテム──指輪は、なんと敏捷力を二十も上げるというかなりのレアアイテムであり、『ギルドで使おう』という意見と、『売って儲けを分配しよう』という意見で割れた。

話し合いの末、最終的には多数決で決める事となり、結果は五対三で売却。前線の大きな街の競売屋に委託するべく、ギルドリーダーの《グリセルダ》が一泊する予定で前線へと出掛けた。

 

残った七人は、グリセルダが吉報と共に帰って来る事を期待して待っていたのだが、しかしどういう訳なのか、グリセルダは一向に帰って来なかった。

グリセルダがアイテムを持ち逃げする筈が無い──そう信じて疑わなかった彼女達は、とてつもなく嫌な予感がして、黒鉄宮の《生命の碑》を確認しに行った。すると──

 

 

 

 

──なんとグリセルダの名前の上には、無常にも死を意味する横線が刻まれていたのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……どうして死んでしまったのか、未だに分かりません」

 

「……そんなレアアイテムを抱えて圏外に出る筈が無いよな。て事は……《睡眠PK》か」

 

「半年前なら、まだ手口が広まる直前だわ」

 

ヨルコが辛いながらも大凡の過去を話し終えたところで、キリトは《睡眠PK》の線を疑い、補足する形でアスナもそれを肯定する。

 

「だとしても、偶然襲われたってのは少し考えにくい。グリセルダさんが指輪を持っているのを知った上で襲ったと考えるのが妥当なところだろうな」

 

「指輪の事を知っていたプレイヤー……それってつまり……」

 

更にそこへカミヤの推測が加わる。それを聞いて全員がカミヤの言いたい事を察したようで、シノンの言葉をを合図に一斉にヨルコへと視線を向ける。対するヨルコもそれを肯定するかの如く、瞑目してこくりと頭を動かした。

 

「黄金林檎の残り七人……の誰か。私達も、当然そう考えました」

 

そうなれば、お互いを疑い合う七人の間に亀裂が生まれるのは当然の(ことわり)。そしてそこからギルドの崩壊へと至るのに、そんなに長い時間は掛からなかった事だろう。

たった一つのレアアイテムが切っ掛けで不和が生じ、互いに揉め合い、喧嘩別れとなる──酷く嫌な話ではあるが、同時に充分にあり得る話でもある。

 

「中でも怪しいのは、売却に反対した人間だろうな」

 

「売却される前に指輪を奪おうとして、グリセルダさんを襲った……って事?」

 

「恐らく」

 

そんな結末へと至らしめた犯人──その可能性の高い人物を、キリトは指輪の売却反対派の三人だと予測する。

 

「ところで、グリムロックさんってどんな人だったの?」

 

一方で、ユウキは今回の《圏内殺人》の重要参考人であろうグリムロックの事について尋ねる。特にグリセルダとの関係性次第では、今回の事件と大きく繋がる事だろう。

 

「グリムロックさんは、グリセルダさんの旦那さんでした。勿論このゲーム内の、ですけど」

 

そしてそれに対するヨルコの答えは、ゲーム内に於ける夫婦というもの。……その返答から読み取れる、ギルドリーダーが女性であった事に対して、五人は特に驚きはしなかった。何故なら、彼らの身近にも嘗てギルドリーダーを務めた女性……というよりも、弱冠十三歳の少女が居るからだ。

 

「グリセルダさんはとっても強い剣士で、美人で、頭も良くて……私は凄く憧れていました。グリムロックさんは何時もニコニコしている優しい人で、とてもお似合いで……仲の良い夫婦でした」

 

一方でヨルコの話は続き、グリセルダの事も含めてグリムロックの人柄を口にする。二人の関係を知り、更には今の話を聞いた五人は思った──グリムロックが復讐に走った、或いはその片棒を担いだのには充分過ぎる動機だと。

 

「もし昨日の事件の犯人がグリムロックさんなら、あの人は指輪売却に反対した三人を狙ってるんでしょうね」

 

「ねえ、その売却に反対した三人って誰なの?」

 

狙われる可能性が有るというのならば、売却反対派の三人に注意を呼び掛けておく必要が有る。

 

「……三人の内、二人はカインズと私なんです」

 

「「「!!?」」」

 

それを確認するべく掛けられたユウキの問いに、返って来たのはいささか予想外な答えであり、五人は驚愕の色を浮かべている。まさか三人の内の一人が目の前に座っているヨルコであり、更にもう一人は既に死んでいるカインズであったとは思わなかっただろう。……いや、カインズの事に関して言えば、カミヤは話の何処かで薄々気付いていた様で、「やっぱりカインズは反対派だったか……」と一人呟いている。問い掛けたユウキも似たような表情だ。

 

「じゃ、じゃあ、もう一人は?」

 

「《シュミット》というタンクです。今は攻略組の《聖竜連合》に所属していると聞きました」

 

それにより、護るべき対象はヨルコを含めて残り二人となった。ならば、これ以上の被害を出さない為にも、もう一人共々是が非でも護らなくてはならない。キリトが名を尋ねれば、返って来た答えに五人は覚えが有った。

 

「シュミット? 聞いた事有るな」

 

「聖竜連合のディフェンダー隊のリーダーだよ。ほら、あのデカいランス使いの」

 

「ああ、彼ね」

 

「シュミットを知っているのですか!?」

 

「まあ、ボス攻略とかで顔を合わせる程度だけどな」

 

五人がシュミットの事を知っていると知ると、ヨルコは彼に会わせて欲しいと願い出る。もし万が一今回の事件の事を知らない様であれば、彼もカインズと同じ運命を辿る事になりかねない、というのが彼女の弁だ。

 

「分かった。聖竜連合に知り合いが居るから、何とか掛け合ってみよう」

 

「宜しくお願いします」

 

どちらにしてもシュミットからは事情を聞かなくてはならない。そのついでに昔の仲間同士で話し合う事には、何の問題も無いだろう。寧ろヨルコが居た方が、指輪事件に関係の無い第三者だけで話を聞くよりも、より多くの情報を喋ってくれる事だろう……そう考えた上で、カミヤは彼女の申し出を承諾した。

 

「それじゃあ先ずは、ヨルコさんを宿屋に送らないと。ヨルコさん、俺達が戻るまで、絶対に宿屋から外に出ないでくれ」

 

「……はい」

 

シュミットに会いに行く途中で襲われては元も子もない為、安全の為にヨルコを再び昨晩泊まった宿屋へと送り届けた。本当ならば自分達十六夜騎士団のギルドホームで保護するのが良いのだろうが、彼女がそれを拒んだとあっては仕方あるまい。恐らくは、これ以上自分達の事情が公になる事を忌避しての事なのだろう。

ともあれ、彼女を宿屋へと送り届けた五人は、その後聖竜連合のギルドホームの有る第五十六層へと足を運ぶ事にした。

 

「皆は、今回の《圏内殺人》の手口をどう考えてる?

 

その最中、不意にアスナが他の四人に対して問いを投げ掛けた。因みに、カミヤは四人の後方で聖竜連合の知り合いに宛ててのメッセージを作成している最中だ。が、その表情からは思案の色が窺える事から、作成しながらも考えている様だ。

 

「大まかに三通りだな。先ず一つ目は、正当なデュエルによるもの。二つ目は、既知の手段の組み合わせによるシステム上の抜け道」

 

暫くの間を置いて最初に答えたのは、五人の中で最もSAOの事を熟知しているキリトだった。

 

「まあ、そんな所だよね。三つ目は?」

 

「圏内の保護を無効化する未知のスキル、或いはアイテムの存在。……いや、でもこの三つ目は先ず無いだろうな」

 

アスナの相槌を挟み、催促を受けて三つ目の可能性を口にしたキリトだったが、言ったそばから自らそれを否定する。

 

「どうして?」

 

「フェアじゃないから。認めるのもちょいと業腹だけど、SAOのルールは基本的にフェアネスを貫いてる。《圏内殺人》なんて、このゲームが認めている筈が無い」

 

シノンが尋ねてみれば、キリトは《SAO(ソードアート・オンライン)》というゲームの公平さを理由に挙げる。……尤も、《アレ》が存在している時点で、その公平さとやらは若干疑わしいものだが。

 

「だとしたら、今の所は実質二つ目一択だな」

 

するとそこへ、メッセージの作成を終えたカミヤが話に加わる。

 

「どうして?」

 

「大まかな可能性は、生憎とキリトが考える三つ以外には思い浮かばん」

 

アスナの問い掛けにカミヤは少しばかり申し訳無さそうな表情で答えた後、自身の推測を口にする。尚この時、キリトの隣と、その少し前を歩く二人の少女もまた、カミヤ同様に申し訳無さそうな表情をしていた。

 

「となると、残る可能性はキリトの言う二つになる訳なんだが……ウィナー表示が現れなかったっていう事実が、あれがデュエルじゃないって事を物語っちまってるから、恐らくは一つ目の可能性もなくなる」

 

「つまり……残った二つ目の可能性一択になるって訳か」

 

「俺の勝手な推測だが、そういうこった」

 

「……成る程ね」

 

カミヤの推測を聞き終えた直後、キリトがカミヤの出した結論を復唱すれば、アスナも未だに少し受け容れられないという様子ながらも相槌をうつ。

 

「だとして、一体どんな手口を使ったか、なんだよな……」

 

その後聖竜連合のギルドホームに着くまでの間、五人はあれこれと考えを巡らせたのであった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

攻略組四大最強ギルドの一角《聖竜連合》が五十六層に新たなギルドホームを構えたのは、つい数日前の事。小高い丘の上に聳え立っているそれは、《ホーム》というよりも《(キャッスル)》、或いは《要塞(フォート)》とでも言うべき堅牢そうな外装をしている。五十五層に有る、同じく四大ギルドの一角である《血盟騎士団》のホームの一つ上に構えたのは、恐らくは自分達の攻略組としての上位性を誇示したいという思いの表れだろうか。

 

「そういえばさあ、団長さんの聖竜連合の知り合いって誰なの?」

 

そんな聖竜連合のギルドホームの近くまで来た所で、不意にユウキがカミヤへと問いかける。他の三人も同様に気になるようで、四人の視線がカミヤへと集まる。

 

「リーダーの《ドレア》さんだよ」

 

対してカミヤが口にした人物の名前に、四人は多少なりと驚いた様な表情を浮かべる。

 

「え!? カミヤ君……ドレアさんとフレンド登録してたの?」

 

「ああ。同じギルドリーダー同士って事で、黒猫団の時にな」

 

「ああ、成る程ね。リーダー同士だから──」

 

「まあ、始めはそれこそ攻略会議で話す程度だったんだが、たまに何度か攻略で会って協力し合ううちに意気投合してな、最近は結構親しくやってるよ」

 

「「「…………え?」」」

 

瞬間、四人はカミヤの言葉に一斉に固まった。というのも、件の聖竜連合のリーダーである《ドレア》なる人物は、逆立てた金髪に、鋭い目付き、右目の辺りに稲妻模様の傷が有るなどという、見た目が少しばかりキツめな大柄な青年なのだ。その様な、見た目がアレな人物と親しくやっているなど、驚きやら不安やらで何とも言い難い気持ちになるだろう。

 

「えっと……大丈夫、なの?」

 

「? 何が大丈夫なのかは知らねぇけど、あの人見た目とは裏腹に結構優しいんだぞ?」

 

「そ、そうなんだ……」

 

尤もカミヤの言う通り、彼は見た目に反して仲間想いな優しい人物であり、人付き合いも意外と良かったりするので、特に何の問題も無かったりするのだ。

 

「ああ。さてと……よお、タダクニ、モトハル」

 

さて、ドレアの会話もそこそこに、カミヤは聖竜連合ホームの城門へと向かい、警備や来客の取り次ぎの為にと交代で配置されている、見知った門番役の少年二人へと声を掛ける。

 

「あ、カミヤさん! どうも」

 

「キリトやアスナさん達まで居るじゃねぇか。一体どうしたんだ?」

 

片手剣持ちの二人の門番の内の一人──《タダクニ》が挨拶を返し、名の知れた人物達が揃ってやって来た事を訝しんだ《モトハル》が疑問を投げ掛ける。それに対して、カミヤは早々に用件を切り出す。

 

「お宅のディフェンダー隊のリーダー・シュミットさんにちょいと用事が有ってな」

 

「シュミットさんに?」

 

「ああ。ドレアさんには事前にアポを取ってるから、取り次いで貰えないか?」

 

「あ、ああ……。ちょっと待ってろよ」

 

これは何か有るとのではと揃って訝しむ二人だが、所詮自分達は取り次ぎの身でしかないと自覚し、カミヤの要請に素直に応じてドレアへと取り次ぎのメッセージを飛ばす。返信は割と直ぐに返って来て、それから僅か数分後には、プレートアーマーの上に厚手のコートを羽織った件の青年《ドレア》が、同じくプレートアーマー姿の長身の男《シュミット》を伴ってやって来た。

 

「よお、カミヤ。この間の新居購入のパーティーの時以来だなぁ」

 

「ですね。その際はメンバー共々ご馳走になりました」

 

「気にすんなって。それより、今度また一緒に飲みに行こうぜ? ディアベルやシンカー、後ヒースクリフの野郎も誘ってな」

 

「了解です。日程とか決まったら連絡下さい」

 

そしてやって来て早々に、カミヤと親しげに話し始める。その様な光景に、キリト達四人は勿論の事、門番の少年二人も、更には用事が有ると連れて来られたシュミットも呆然としてしまい、同時にキリト達四人は、本当に親しくやっているのだと確認させられたのだった。

 

「さて、シュミットに用事って話だが…………そいつはお前らが捜査してるっていう昨日の事件絡みでか?」

 

「ええ、まあ……。そんな訳で、シュミットさんを少しお借りしても構いませんか?」

 

「迷宮区の攻略はまだ半分って所だから、ボス攻略に必要なタンクの出番はまだ当分先だ。連れて行っても大して問題は無えよ」

 

一方でドレアとカミヤは世間話もそこそこに、真剣な表情で以って本来の用件について話し合う。途中事件の部分で声量を抑えたのは、恐らくは意図しての事だろう。

何はともあれ、ドレアからの許可を得るに至ったカミヤは、その視線を問題のシュミットへと向ける。が、当の本人は何故自分が名指しで呼び出されたのか、未だに理解していない様子だ。

 

「オレに用事が有るって事らしいが、一体何の用なんだ?」

 

「詳しくは移動しながら話しますけど、敢えて言うなら《黄金林檎》《指輪》に関係する事についてです」

 

「!? ……分かった」

 

しかし、カミヤの口から自身と最も関係の有る言葉が紡がれた瞬間にその表情を一変させて強張らせ、大人しくカミヤ達に同行する事を了承した。

 

「では、俺達はもう行きますね」

 

「ああ。くれぐれも気ィ付けろよ」

 

「ご心配ありがとうございます」

 

自分達の身を案じてくれるドレアの声を最後に聖竜連合ホームを後にし、カミヤ達はシュミットを伴い、途中今回起きた事件のあらましや、半年前の事件と関係している可能性が高い事をシュミットに説明しながら、ヨルコを送り届けた宿屋へと向かうのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

街が夕焼け色に包まれる頃、ヨルコさんが滞在する五十七層の宿屋の一室に集まった俺達。向かい合う形で椅子に腰掛けたヨルコさんとシュミットさんの二人の様子を、俺達はそれぞれの両の傍らに寄り添いながら窺う。

 

「……グリムロックの武器で、カインズが殺されたというのは本当なのか?」

 

長い沈黙を破り、先に口を開いたのはシュミットさんの方。事件のあらましは此処へ来る途中に話してはあるが、圏内に於ける殺人なんて到底受け容れられる様な事じゃない。《確認》というよりも、嘘であって欲しいという《願望》の意味合いの方が強いだろう。

 

「……本当よ」

 

「ッ!! なんで今更カインズが殺されるんだ!? あいつが……あいつが指輪を奪ったのか? グリセルダを殺したのはあいつだったのか!?」

 

だがしかし、無情にもヨルコさんの口からそれが真実であると肯定する言葉が告げられ、それを聞いたシュミットさんは激しく動揺し、捲くし立てるかの如く質問を投げ掛ける。が、ヨルコさんだって真相を知らないのだから彼の質問には答えないし、答えられる筈も無いだろう。

 

「グリムロックは、売却に反対した三人を全員殺す気なのか? オレやお前も狙われてるのか!?」

 

一旦冷静さを取り戻し、椅子に座り直して手で額を覆ったシュミットは、再び質問を投げ掛ける。しかし、その質問に対する答えに関してはは未だ不明である。武器を作ったのはグリムロックさんで間違い無いのだろうが、だからと言ってその人が実行犯であるという確証は無い。その事を説明しようとしたが、それよりも先にヨルコさんが口を開いた。

 

「グリムロックさんに槍を作って貰った他のメンバーの仕業かもしれないし、もしかしたら…………グリセルダさん自身の復讐なのかもしれない。

 

「……へ?」

 

しかしその言葉に、シュミットさんは勿論の事、ヨルコさんを除くこの部屋に居る全員が絶句した事だろう。グリセルダさん(死んだ人間)が人を殺した──いくら此処が幾分か非常識なSAOとはいえ、そんな非現実的な事が起こる筈が無い。

 

「だって、圏内で人を殺すなんで事、幽霊でもない限りは不可能だわ」

 

「なっ……!?」

 

そんな事を考える俺達を他所に続けられたヨルコさんの言葉に、シュミットさんは先程とは比べ物にならない程の尋常ではない動揺っぷりを見せる。口をパクパク動かして喘ぐその表情は、『そんな事有り得ない』『信じられない』『理解したくない』とでも言いたいかの様だ。

それは俺達とて同じだ。だが、未だに圏内PKのロジックが分からない為に、その可能性を否定し切れないでいる自分が存在するのも事実だ。

 

「私……夕べ、寝ないで考えた」

 

そんな中、ヨルコさんはゆっくりと椅子から立ち上がり、そして錯乱するかの如く捲くし立てる様に己の内心を叫び吐露した。

 

「結局のところ、グリセルダさんを殺したのはメンバー全員でもあるのよ! あの指輪がドロップした時投票なんかしないで、グリセルダさんの指示に従えば良かったんだわっ!! 」

 

叫び終えたヨルコさんは一歩右へと移動し、一歩後ろに退いたアスナの前をシュミットさんやキリト達の居る方向に顔を向けたまま後ろ歩きし、南の窓へと移動して行く。

 

(……ん?)

 

その一瞬だった。俺の目には、ヨルコさんの濃紺色の長髪の間から小さな黒い棒の様な物が僅かに飛び出しているのが見えた様な気がした。俺の気の所為だろうかと思っていると、ヨルコさんが再び口を開いて言葉を続けた。

 

「ただ一人、グリムロックさんだけはグリセルダさんに任せると言ったわ。だから、あの人には私達全員に復讐して、グリセルダさんの敵を討つ権利が有るんだわ」

 

「……ッ!」

 

すると、ヨルコさんでも、シュミットさんでもない、この部屋に居る誰かが息を飲む様な声が聞こえた様な気がした。だが、それを詮索するよりも前に、シュミットさんが震える声でうわごとの様に呟き始めた。

 

「冗談じゃない。冗談じゃないぞ。今更……半年も経ってから、何を今更……」

 

そしてがばっ、と上体を持ち上げ、取り乱して叫び出した。

 

「お前はそれで良いのかよ、ヨルコ! こんな訳の分からない方法で殺されて良いのか!?」

 

ヒートアップしてヨルコさんに詰め寄らんとするシュミットさんをキリトが腕を掴む事で止め、目で冷静になる様にと促す。それによってシュミットさんが落ち着きを取り戻したのを見計らい、更なる話し合いを続けようとした──

 

 

 

 

──トンッ

 

 

 

 

──その時だった。不意に何かが突き刺さったかの様な、乾いた音が部屋の中に響いた。それと同時にヨルコさんの目が見開かれ、次いで彼女の身体が揺れた。蹌踉めく様にして振り返ると、濃紺色の長髪がなびくその背には、何とも信じ難い事に何やら黒い棒の様な物が突き刺さっていた。

一瞬それが何なのか分からなかったが、その根本に被ダメージ時に明滅する特有の赤いライトエフェクトを視認した瞬間、それが投げ短剣(スローイングダガー)の柄である事を理解し、そしてその事実に俺達全員が戦慄した。安全な筈の圏内に於ける殺人事件が、今再び、俺達の目の前で再現されているのだから。

 

「あっ……!」

 

アスナの小さな悲鳴が漏れるよりも前にヨルコさんの身体は窓の外へと傾いており、我に返った俺とキリトが駆け寄るも時既に遅し。彼女は宿屋の外へと落下してしまった。

 

「ヨルコさん!!」

 

窓から顔を出して見下ろせば、そこには石畳に落下して横たわるヨルコさんの姿が。だがしかし、次の瞬間にはその身体は青白い光に包まれ、ばしゃっ、という音と共にボリゴン片を撒き散らして消滅してしまった。

 

 

 

 

──後に残ったのは、乾いた音を立てて路上に転がった漆黒のダガーだけだった……。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。