ソードアート・オンライン 〜The Parallel Game〜 《更新凍結、新作投稿中》   作:和狼

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おはようございます。一ヶ月ぶりの更新となります。

さて、前回の更新に於いて、誰かがヨルコさんの叫びに反応していたのを覚えているでしょうか? そして、それが誰なのかもう気付いているでしょうか?
誰なのかは明かしません。……ですが、今後の展開に関わっているという事は先に明かしておきます。

と、先の予告をしたところで今回の更新の始まりです。
次はなるべく早く更新したいです。


Chapter.19:幽幻の復讐者

 

 

 

……結果から言えば、残念ながらヨルコさんを殺したであろう犯人には逃げられてしまった。

 

ヨルコさんが殺された直後、顔を上げた俺とキリトは、宿屋から離れた建物の屋根に立つ黒衣の人影──恐らくはヨルコさんを殺したであろう犯人──を発見。次の瞬間にはキリトと、少し遅れてユウキが宿屋の窓から飛び出し、漆黒のフーデッドローブを身に纏った暗殺者を捕まえんと建物の屋根伝いに追い掛けて行った。が、二人の報告によれば、犯人には追い付く前に転移結晶によって逃げられ、行き先を特定する為のボイスコマンドも、《マーテン》の街全体に響き渡った大ボリュームの鐘の音によって遮られ聞き取れなかったとの事だ。

因みにだが、二人は宿屋に帰って来るなり、相手を即死させる事の出来るであろう犯人を無謀にも追い掛けたという事で、アスナとシノンの二人から軽くお叱りを受けたのだった。

 

さて、これは一体どういう事なのだろうか……。

宿屋の客室はシステム的に保護されている為、たとえ窓が開いていたとしても、誰かがその内部に浸入する事は勿論、何かを投げ込む事も絶対に不可能な筈だ。

更に言えば、俺の感覚ではヨルコさんの背中にダガーが刺さってから彼女が死ぬまで、ものの十秒程も掛かっていない──つまりはほぼ即死に近かった。ヨルコさんが中層プレイヤーだったとしても、キリト達が回収して来た小型のダガーで満タンのHPを全壊させるなど殆ど不可能に近い上に、貫通継続ダメージが発生していた事も疑問だ。

 

……先程のあれは──更に言えば昨日の事件は、本当に殺人だったのだろうか?

 

「……違う」

 

今回の事件全体に対して疑惑の念を抱いていると、不意にソファーの上で頭を抱えて縮こまっていたシュミットさんが否定の言葉を漏らす。

 

「違うって……何が違うの?」

 

「違うんだ。あれは……屋根の上に居た黒ローブは、グリムロックじゃない。グリムロックはもっと背が高かった」

 

何を否定しているのかをユウキが問えば、シュミットさんは先程の黒衣の人物が犯人の可能性の有るグリムロックさんではないと呻き答える。

 

「それに……それに……」

 

更に深く俯いて震えながら続けられた言葉に、俺達は僅かに息を呑んだ。

 

「あのローブはグリセルダの物だ。あれはグリセルダの幽霊だ。俺達の全員に復讐に来たんだ」

 

犯人が纏っていたローブが死んだグリセルダさんの物であると口にし、更にはその事もあってか、ヨルコさん同様に犯人がグリセルダさんの幽霊であると言い出す。

 

「幽霊なら、圏内でPKするくらい楽勝だよな」

 

あはははは、と箍が外れて狂ったかの様に笑い続けるシュミットさんは完全にグリセルダさんの幽霊の仕業であると思い込んでしまっている。

 

「幽霊じゃない。二件の圏内殺人には、絶対にシステム的なロジックが存在する筈だ」

 

逆にキリトは幽霊の存在を否定し、システム的なロジックの存在を主張する。

俺もキリトと同じ考えだ。今回の犯行に使われたダガーも、前回の犯行に使われた短槍(ショートスピア)も、質量を持って実在するオブジェクトだ。幽霊などという実体を持たない存在が質量を持ったオブジェクトを手にするなど、論理的に有り得ない話だ。加えて、もし仮に犯人がグリセルダさんの幽霊であったとしたならば、態々転移結晶を使って移動する必要など無かった筈だ。更に言えば、グリセルダさんの幽霊が存在するというのであれば、彼女以外の幽霊も存在する事になる。この世界で死んだ二千人以上のプレイヤーの多くが、彼女同様に無念に思っている筈だ。……だが勿論の事、死んだ彼らの幽霊が目撃されたという話など今まで一切聞いた事は無い。

以上の事から、幽霊が犯人という線は殆ど有り得ないと言える。先程までの迷いはもう殆ど無い。

 

結局のところ、シュミットさんはそれ以上話せる様な状態ではなくなってしまった為、今回の話し合いはそれでお開きとなった。相当参っている様子で、本人は申し訳無さそうに攻略には出れないと弱気な発言をしており、《聖竜連合》本部の城門にて出迎えてくれたドレアさんは、事前にメッセージで事情を説明しておいた為に彼に対して概ね同情的な姿勢を見せていた。

因みにそのドレアさんだが、聖竜からも信頼出来る奴を捜査に出そうか、と言って援助を申し出てくれたが、無闇に人数を増やして嗅ぎ回っては相手に気付かれる恐れが有る為、気持ちは嬉しかったが丁寧にお断りさせて貰った。その代わりに、何か有った時には協力して貰える様に頼んでおいた。

 

さて、シュミットさんを聖竜の本部へと送り届けた俺達は今、彼を送り届ける前に彼から教えて貰った情報を頼りに、グリムロックさんが行きつけにしているという店の有る二十層主街区へとやって来ている。その店は主街区の下町に有る小さな酒場であり、曲がりくねった小路にひっそりと看板を掲げている。

俺達は件の酒場を見通せる一軒の宿屋へと入り、通りに面した二階の客室を借りる。窓から外を見れば狙い通りに酒場の入り口がはっきりと確認でき、灯りを落としたまま窓の近くに椅子を五つ並べ、腰を下ろして外を監視する態勢に入る。

 

「ねえ、張り込みは良いけど、わたし達グリムロックさんの顔知らないよね」

 

するとそこで、アスナがとても重要な事を指摘する。そう、俺達はグリムロックさんの名前は知っていれども、その顔までは知らない。加えて、初対面のプレイヤーに視線をフォーカスしてもそのカラー・カーソルにはHPバーとギルドタグしか表示されない為、たとえ名前を知っていても目的の人物を探す手掛かりにはならないのだ。

シュミットさんが居れば容易に判別出来たかもしれないのだが、当の本人があの様子では恐らくは無理だろう。

 

「俺とユウキは一応、さっきローブ越しとはいえグリムロックらしきプレイヤーをかなり至近距離から見てる。身長体格で見当を付けて、ピンと来る奴が現れたら、ちょっと無茶だけどデュエル申請で確認する」

 

「えーっ」

 

苦肉の索としてキリトが提示したのは、それらしきプレイヤーに手当たり次第にデュエルを申し込んで、メッセージに表示される相手の名前を確認しようという、かなり強引かつ危険なものだった。もしもその方法で行くというのであれば、相手の方にも誰かからデュエルを申し込まれたという旨のメッセージが表示される為に、身を隠したまま名前だけを調べる事は出来ないし、それ以前にマナー違反な行為である為こちらも姿を見せなくてはならない。加えて、相手がデュエルを受けて立ち武器を抜くという展開だってあり得るのだ。

 

「ご、強引過ぎない……?」

 

「けど、それ以外に方法は無いと思うよ」

 

しかしユウキの言う通り、それ以外に有効な手段が無いというのも事実。……ともなれば、止むを得ずその手段を取るしかあるまい。

 

「……分かったわ。あんまり気は進まないけど、その手で行きましょ。それと、行く時は必ず二人以上で行く事。カミヤ君もそれで良い?」

 

「ああ、それで構わないよ」

 

不肖不承といった具合ながらもその手段に従う事にしたらしいアスナは、グリムロックさんだと思われる相手に近付く際の事について付け加え、俺に確認を求めて来る。俺がそれに頷けば、いざ改めて見張りの開始だ。

 

とはいえ、じっと座って窓の外を見ている以外は殆ど手持ち無沙汰というのは、俺としては中々に辛いものがある。

 

「はい、カミヤ君」

 

ならば監視を暫く他の四人に任せて、今回起きた二つの事件についてもう一度振り返ってみようかと思った時だった。俺の隣に座るアスナが、白い紙に包まれた謎のオブジェクトをこちらに差し出して来た。不思議に思いながらもそれを受け取ってみれば、何やらやけに良い匂いが漂って来る。

 

「……えっと、何だこれ?」

 

「夜ご飯だよ。そろそろ皆お腹空いて来た頃でしょ?」

 

「……言われてみれば確かに。んじゃまあ、ありがたく頂きます」

 

包み紙を剥がしてみれば、中に入っていたのは大ぷりなバケッットサンド。カリッと焼けたパンの間には野菜やロースト肉がたっぷりと挟まれており、その見た目と包み紙を剥がした事で先程よりも強く漂って来る匂いが、より一層に食欲をそそる。

 

「うおッ! 旨そうだなぁ」

 

「本当ぉ! けどアスナ、何時の間にこんな物用意してたの?」

 

「こういう事も有ろうかと、朝から用意しといたの。そろそろ耐久値が切れて消滅しちゃうから、急いで食べた方が良いよ」

 

流石はアスナ、と感心しながらもバゲットサンドにかじりつく。するとどうだろうか? その重層的な歯応えは中々のものであり、味付けもシンプルながらも適度に刺激的で、並の店の物ではないのは瞭然だ。……というか、これはほぼ間違い無くNPCショップで売っている物ではない。そして俺は……この味を知っている。

 

「……なあ、アスナ」

 

「ん? 何、カミヤ君?」

 

「……つかぬ事を聞くが、これ……お前の手作りなんじゃないか?」

 

俺とアスナの足下に伏せている俺の使い魔オオカミのリトとスーナにも件のバゲットサンドを与えているアスナへと問い掛ければ、彼女は少し目を見開いた後にそれが当たりである事を告げる。

 

「凄い! よく分ったね、カミヤ君! そうだよ、これはわたしが作ったんだよ」

 

「やっぱりな。NPCじゃ、こんな独特な味付けは絶対に無理だろうからな」

 

「味を覚えててくれたの?」

 

「どんだけお前と一緒に過ごして、お前の料理を食ってると思ってんだよ? 良い意味で嫌でも覚えるっつーの」

 

要は慣れだ。アスナの料理を何度も口にしている内に、俺の舌──正確には脳が彼女の味を覚えてしまった様だ。

隣ではアスナが、何がそんなにも嬉しいのか物凄い笑顔で自分の分のバゲットサンドを頬張り、逆隣ではキリトやユウキが「どうりで美味い訳だ」とか「言われてみればアスナの味だぁ」と呟きながら、二口、三口とかぶりついている。

アスナの話では耐久値が危ないとの事なので、俺も味わいつつも少し急いで頬張って行く。そんな俺の視界の端に映るのは……

 

「…………」

 

キリトの隣で、先程から一言も喋らずにゆっくりとバゲットサンドを頬張っているシノンの姿だ。一体どうしたというのか、五十七層の宿での事件の後からずっと何だか様子がおかしいのだ。

 

「おーい、シノン?」

 

「……え? えっと、何ですか?」

 

「あー、いや……さっきからずっと黙ったまんまだから、大丈夫なのかと思ってな」

 

「あー、えっと……私なら大丈夫ですよ」

 

返事には一応ちゃんと応えるし、本人は大丈夫だと言っているが、どうにも大丈夫そうには見えない。現に再び黙り込んでしまった上に、バゲットサンドを食べるスピードもこれまで同様にかなりゆっくりだ。てか、そんなにゆっくり食べてると──

 

──パシャン

 

「あっ……!?」

 

言わんこっちゃない。シノンがバゲットサンドを口にしようとした瞬間にとうとう耐久値がゼロになってしまった様で、三分の一程残っていたバゲットサンドが全てポリゴン片となって消滅してしまった。

 

「ご、ごめんアスナ……。折角アスナが作ってくれたのに……」

 

「気にしないで。それよりも、本当に大丈夫? 具合でも悪いの?」

 

「心配してくれてありがとう。でも、本当に大丈夫だから……」

 

絶対に大丈夫じゃないだろ。ホント、一体どうしたって──

 

「──!!?」

 

……今、俺の頭の中を何かが過ぎった気がする。今の光景を見た事で、全くもって分からなかった数式を解く為の方程式が見付かった様な気がする。落ち着け、落ち着いてよく考えてみろ。今までの事をよーく思い返してみろ。ありとあらゆる可能性を式に当て嵌めてみろ。そうすればきっと……

 

「「「……あっ!!」」」

 

「ど、どうしたの、三人とも!?」

 

……分かった……分かって来たぞ。漸く答えが見えて来たぞ。そしてどうやら、キリトとユウキも答えに行き着いた様だ。

後もう一歩だ。そしてその考えを確信に変える為の最後のキーを俺達は持っている。それを確かめるべく、俺は急ぎストレージからある物を取り出す。それは一枚の羊皮紙であり、そこにはグリセルダ、グリムロック、シュミット、ヨルコ、カインズ……元《黄金林檎》のメンバー八人の名前が金釘流のアルファベットで書き付けられている。シュミットさんを聖竜本部へと送り届ける前に、念の為にと彼に書いて貰った物だ。

俺は羊皮紙に書かれている八人の名前を一通り確認した後、とある一人のものに注目する。そして……

 

「……ビンゴだ」

 

──遂に方程式を完成させて、真の(・・)答えに辿り着く事に成功した。

 

「な、何か分かったの?」

 

「ああ。……そもそも俺達は、何も見えちゃいなかった。見ているつもりでも、全くもって違うものを見ていた」

 

分からなくて当然だ。何せ俺達は答えを導き出す為に使う公式云々の以前に、最初に示した解答自体(・・・・・・・・・・)を間違えていたのだから。

 

「……どういう、こと?」

 

「《圏内殺人》……そんなものを実現する武器も、スキルも、ロジックも、端っから存在なんかしなかったんだよ」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

第十九層の主街区《ラーベルグ》。そこから二十分程歩いた所に有る《十字の丘》と呼ばれる小さな丘の上に今、シュミットはやって来ている。

目的はグリセルダへの謝罪。間違い無く自身にも向けられているであろう復讐の凶刃に対する恐怖に耐えられなくなった彼は、己が犯した罪を告白して心から懺悔する事で、彼女に許して貰おうと考えたのだ。

 

「……グリセルダ……オレが助かるにはもう、アンタに許して貰うしかない……」

 

ギルドが解散したその日に、残った七人のプレイヤーで相談してグリセルダの墓にする事にした、地形オブェクトである枯れた低木と墓碑が存在するその場所にてシュミットは地に跪き、ありったけの意志を振り絞って謝罪の言葉を口にした。

 

「すまない……悪かった許してくれ、グリセルダ! オレは……まさかあんな事になるなんておもってなかったんだ!」

 

 

 

 

『ほんとうに……?』

 

 

 

 

声が聞こえて来た。奇妙にエコーの掛かった、地の底から響いて来る様な女の声が。

突如聞こえて来たその声によって意識が遠ざかりかけるのを必死に堪え、シュミットは恐る恐る視線を上に向けた。

 

そして見てしまった……捻れた樹幹の陰から音も無く現れた、黒衣の影を。

 

「…………!!?」

 

悲鳴を迸らせそうになる口を両手で押さえるシュミットに、黒衣の影は再び問いかける。

 

『なにをしたの……? あなたは私に、なにをしたの、シュミット……?』

 

黒衣──漆黒のフーデッドローブの右袖から伸びる黒い細線を見開いた両眼で捉えた瞬間、シュミットは更なる恐怖に駆られる。

その黒い細線の正体は剣。しかし恐ろしく細い、《エストック》と呼ばれる分類の片手用の近距離貫通武器。大型の針を思わせる円断面の刀身には、螺旋を描く様に微細な棘がびっしりと生えている──三本目の《逆棘の武器》だ。

己に迫り来る《死》から逃れるべく、シュミットは(こうべ)を垂れて己がした事を素直に白状する。

 

「お、オレは! オレはただ……指輪の売却が決まった日、何時の間にかベルトポーチにメモと結晶が入ってて……そこに、指示が……」

 

 

 

 

『誰のだ、シュミット?』

 

 

 

 

今度は男の声。

俯かせていた頭を持ち上げて視線を向ければ、樹の陰から二人目の黒衣の死神が現れた。

 

「……グリムロック……あんたも死んでたのか……?」

 

シュミットのその問い掛けに死神は答えようとはせず、逆に再びシュミットに問いを投げ掛ける。

 

『誰だ……お前を動かしたのは誰なんだ……?』

 

「わ、分からない! 本当だ!!」

 

自身にメモや結晶を押し付けた相手が誰なのか知らないと言い張るシュミットは、必死になって弁解を言葉をまくし立てる。

 

「メモには、グリセルダが泊まった部屋に忍び込めるよう、回廊結晶の位置セーブをして、そ、それをギルド共通ストーンに入れろとだけ書いてあって……」

 

『それで……?』

 

「お、オレがしたのはそれだけなんだ! オレは本当に、殺しの手伝いをするつもりは無かった。信じてくれ、頼む……!」

 

そして再び(こうべ)を垂れて、許して乞う。夜の風が唸り、ぎしぎしと梢が軋み、暫しの間無言の時が続く。

 

 

 

「全部録音したわよ、シュミット」

 

 

 

 

それを破った、これまでの陰々としたエコーが嘘の様に失せた女性の声に、シュミットは聞き覚えが有った。いや、聞き覚えが有るなんてものではない──つい数時間前に聞いた、もっと言えば半年前まで行動を共にしていたが故によく聞き慣れた声。

それ故に驚いた彼は恐る恐る顔を持ち上げ、そして愕然と両眼を見開いた。何故ならば、漆黒のフードを取り払った事で露になったその素顔は……

 

「…………ヨルコ? ……カインズ……?」

 

まさに二人が纏うローブ姿の死神によって数時間前に殺された筈のヨルコと、そのヨルコから殺されたと聞かされた筈のカインズのものだったのだから。

 

 

 


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