ソードアート・オンライン 〜The Parallel Game〜 《更新凍結、新作投稿中》   作:和狼

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お待たせ致しました。
2014年、最後の更新となります。


Chapter.22:真実と想い

 

 

 

アインクラッド第十九層のフィールド《十字の丘》。

そこで行われようとしていた、最凶最悪の殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の主要幹部による凶行。だがしかしそれは、駆け付けた攻略組四大ギルドの一角である《十六夜騎士団》の幹部格プレイヤー達の活躍により阻止され、一人の犠牲者も出す事無く無事追い払う事に成功した。

尚その際、主要幹部三人の内の二人──毒ナイフ使いの《ジョニー・ブラック》とエストック使いの《赤目のザザ》の捕縛に成功。撃退後に駆け付けた増援により、黒鉄宮の監獄エリアに送り込まれるべく連行されていった。

 

余談だが、二人は連れて行かれる直前に、増援として駆け付けた《聖竜連合》のメンバーの内の二人──大剣使いの《サラマンダー》と《ハクリュウ》により、それぞれ一発殴られた。殴った二人曰く……

 

 

 

 

『お前ら、よくもオレ達の家族(なかま)に手ェ出してくれたなァ!』

 

『こいつはその報いだ!』

 

 

 

 

……との事で、この事から、この二人がいかに仲間の事を大事に想っているのかが(うかが)える。

否、仲間想いなのは彼らだけにあらず。中には自分達のギルドの上位性を誇示(こじ)したいという思いの強いメンバーも存在するが、ギルドリーダーの《ドレア》が掲げる思想の下、聖竜連合は基本的に仲間をとても大事にするギルドなのだ。故に、駆け付けた聖竜メンバーの中に二人の行動を咎める者は誰も居なかった。誰もが二人の想いに同じだったからだ。

その様な組織柄故か、攻略組四大ギルドに於ける聖竜への入団希望者数の割合は、入団基準の厳しさに反して十六夜騎士団に次ぐ二位だったりする。

 

 

 

 

──閑話休題──

 

 

 

 

ラフコフとの騒動が片付いた今現在、十字の丘に残っているのはラフコフに襲われかけたシュミット、ヨルコ、カインズの三人と、騒動の解決に尽力したキリト、ユウキ、カミヤの三人の計六人。

駆け付けた聖竜メンバーは全員捕えたラフコフメンバーの連行に(たずさ)わり、十六夜のメンバーはその護衛という名目で先にこの場を後にした。

 

「また会えて嬉しいよ、ヨルコさん」

 

「それと……こうしてちゃんと顔合わせをするって意味じゃ、初めましてになるのかな、カインズさん」

 

援軍メンバーが十字の丘を去ってから暫くして、始めにキリトが口を開き、次いでカミヤが少しばかり皮肉っぽく聞こえる台詞で以ってカインズへと語り掛ける。

 

「全部終わったら、ちゃんとお詫びに伺うつもりだったんです。……と言っても、信じて貰えないでしょうけど」

 

「いや、信じますよ。ヨルコさん達は嘘を吐くのが得意な様には見えませんから」

 

そんなカミヤ達を上目遣いで眺めながら苦笑を浮かべるヨルコに、カミヤは何時もの気だる気な表情に少しの優し気な笑みを浮かべて応える。僅かに緩んだ空気の中、今度はシュミットが口を開き、再度場の空気を引き締めた。

 

「……お前達。助けてくれた礼は言うが、何で分かったんだ? あの三人が此処を襲って来る事が」

 

「分かった、って訳じゃない。あり得ると推測したんだ」

 

シュミットの問い掛けに応えを返したキリトは、その視線をヨルコとカインズの二人へと向ける。

 

「なあ、カインズさん、ヨルコさん。あんた達は、あの二つの武器をグリムロックさんに作って貰ったんだよな?」

 

「はい。彼は、最初は気が進まない様でした。もうグリセルダさんを安らかに眠らせてあげたいって」

 

「でも、僕らが一生懸命頼んだら、やっと武器を作ってくれたんです」

 

確認の問い掛けに応えた二人に、しかしキリトはその表情を暗くして、恐らくは二人にとって衝撃的であろう事実を語って聞かせた。

 

「…………残念だけど、あんた達の計画に反対したのは、グリセルダさんの為じゃない。《圏内PK》なんていう派手な事件を演出し、大勢の注目を集めればいずれ誰かが気付いてしまうと思ったんだ」

 

「え……?」

 

思いも掛けないキリトの言葉に、ヨルコ達は意味が分からないとばかりに首を傾げる。そんな彼女達に、キリトは出し得る限りの静かな声で以って、自分達が行き着いた真実を語り始めた。

 

「…………俺達も気付いたのは、ほんの三十分前だ……」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

時は(さかのぼ)ること三十分程前。

圏内殺人のトリックの解明に行き着いたカミヤ達は、自分達のギルドホームへと戻り、大広間にてアスナが淹れたお茶を飲みながらゆっくりと(くつろ)いでいた。

そんな中、不意にキリトが口を開いて話を切り出した。

 

「まんまとヨルコさんの目論見通りに動いちゃったけど、でも、俺は嫌な気分じゃないよ」

 

「そうだね」

 

「ボクも。探偵の気分が味わえたみたいで少し面白かったよ」

 

などと、自分達がヨルコに騙されていた事に怒る様子の見られないキリト達。シノンも、何やら少しばかり浮かない表情をしてはいるが、同様に怒りを感じてはいない様子で、彼らの言葉に頷いてみせる。そんな彼らに少々呆れて「お前ら懐広いなぁ」などと零し、茶を(すす)るカミヤだが、かく言う彼とて騙された事にさして怒りを感じてはいない。

 

「ねえ……」

 

そんな中、今度はアスナが口を開き、そして四人へと問いを投げ掛けた。

 

「もしみんながギルド《黄金林檎》のメンバーだったら、超級レアアイテムがドロップした時、何て言ってた?」

 

「「「…………」」」

 

突然の問い掛けに数秒程絶句した後、更にそこから数秒黙考してから、先ず初めにカミヤが(おもむろ)に口を開いて答えた。

 

「……場合にもよりけりだから、一概には何とも言えないかな」

 

「まあ、そうだよね……」

 

「まあ極端な話、隠匿しても明かしても揉めて、雰囲気がぎすぎすして崩壊寸前にまで至る様なら、俺はそのアイテムに関する一切の権利を棄てて、速攻でギルドを抜けてただろうな」

 

それはあまりにも大胆かつ極端過ぎるものであり、逃避的で臆病で卑怯な考え方である。故に四人は暫し唖然とし、問題の提示者たるアスナは抗議に近い声を上げる。

 

「ちょっ!? 幾ら何でもそれは流石に極端過ぎるんじゃ……」

 

「なら聞くが、レアアイテム一つで乱れる様なチームワークの粗雑なギルドなんかで、死と隣り合わせの戦場を生き残っていけると思うか?」

 

「そ、それは……」

 

しかし、反論のしようの無いあまりにも正論過ぎる言葉を返された事により、アスナは……他の三人もまた、何も言えなくなり口を(つぐ)んでしまう。

そんな気まずくなった空気を変えるべく、カミヤは直ぐ様フォローを入れる。

 

「安心しろ。そうならない為にもうちは、ドロップしたアイテムの権利はドロップした奴のもの、ってルールを設けてるんだから」

 

「そ、そうだよね! うちはちゃんとしたルールを設けてるんだから、そんな事にはならないよね! うん!」

 

途端に少しばかり過剰な反応をしてみせるアスナの様子に、カミヤは少しばかりたじろぎ、思わず身を引いてしまう。

 

さて、カミヤの言う通り、十六夜騎士団ではアイテムによる一切のトラブルを避けるべく、『ドロップアイテムの一切の権利はドロップしたプレイヤーのもの。何人(なんぴと)もそれに口出しをしてはならない』という決まりが設けられている。これを含めた幾つものギルドのルールが加入の際に希望者へと説明され、それらを受け容れられるプレイヤーのみギルドへの加入を許される事になっているのだ。

 

 

 

 

──閑話休題──

 

 

 

 

暫くしてカミヤ以外の四人が落ち着きを取り戻したところで、アスナが静かに口を開いた。

 

「……わたし、思うんだ。戦闘経過記録(コンバットログ)が無くて、誰にどんなアイテムがドロップしたかは自己申告するしかない……そういうシステムだからこそ、SAO(この世界)での《結婚》に重みが出るのよ」

 

不意に出て来た《結婚》という話題に、理解出来ずに首を傾げるアスナ以外の四人。そんな彼らの疑問に答えんと、アスナはゆっくりと続きを語る。

 

「結婚すれば、二人のアイテム・ストレージは共通化されるでしょ? それまで隠そうと思えば隠せたものが、結婚した途端に何も隠せなくなる。《ストレージ共通化》って、凄くプラグマチックなシステムだけど、同時にとてもロマンチックだとわたしは思うわ」

 

そう語るアスナの視線は自然とカミヤへと向いており、ほんのりと熱を帯びている様に窺える。

当のカミヤは、なるべくそんな彼女の表情を見ない様にしながら「お前って確か結婚した事無い筈なのに、よくそんな事知ってるなぁ」などと呟いていたが、不意に浮かんだ疑問に再び首を傾げ、アスナへと問い掛けた。

 

「ん? プラグマチック……確か《実際的》って意味だったっけか。……SAOでの結婚が実際的?」

 

「うん。だってある意味身も蓋も無いでしょ、ストレージ共通化だなんて。お互いのアイテムを共有する事になっちゃうんだよ」

 

「ストレージ共通化……アイテムの共有ねぇ…………」

 

そこまで口にしたところで、カミヤはその二つの言葉に何やら違和感を覚えた。それは横で聞いていてキリトもであり、そして先に違和感の正体に気付いて問いを投げ掛けた。

 

「……なあ、結婚相手が死んだ時、アイテムはどうなるんだ?」

 

「え……?」

 

「アイテム・ストレージは共通化されている。片方が死んだ時、アイテムはどうなるんだ?」

 

「グリセルダさんとグリムロックさんの事? ……そうね……一人が亡くなったら…………」

 

「……ストレージの容量が許す限り、全てもう一人の物になる?」

 

「あっ……!」

 

カミヤも漸く違和感の正体に気付いた様で、アスナが答えるよりも先にその答えを口にする。そして、そこから導き出される衝撃の事実に、五人は五様の表情を浮かべる。

 

「……という事は、グリセルダさんのストレージに入っていたレア指輪は……」

 

「犯人じゃなくて、結婚相手のグリムロックさんのストレージに残る、って事になるよね」

 

「指輪は……奪われて、いなかった……?」

 

最後に紡がれたアスナの言葉に、しかしキリトは首を縦には振らず、断言する様に力強く言い放ったのだった。

 

「いや、そうじゃない。奪われた、と言うべきだ。グリムロックは、自分のストレージに存在する指輪を奪ったんだ」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「グリムロックが……? あいつが、あのメモの差出人……そして、グリセルダを殺したのか……?」

 

「いや、直接手を汚しはしなかっただろう。多分、殺人の実行役は、汚れ仕事専門のレッドに依頼したんだ」

 

俺達が行き着いた真実に、ヨルコさん達は信じられない……いや、信じたくない、嘘だと言って欲しいとでも言いたげな表情を俺達へと向けて来る。気持ちは分からなくもない。仲の良かった筈の夫婦が相手を殺してしまうなど、とてもではないが信じられないだろう。……だがしかし残念な事に、ほぼ間違いなくそれが真実なのだ。

 

「そんな……あの人が真犯人だって言うんなら、何で私達の計画に協力してくれたんですか?」

 

「あんた達は、グリムロックに計画を全部説明したんだろ?」

 

ヨルコさんからの問い掛けに、答えではなく問いを投げ返したキリト。唐突な質問に一瞬戸惑った様子を見せてから、ヨルコさんは小さく頷く。それを確認すると、キリトは説明の続きを語った。

 

「ならそれを利用して、今度こそ《指輪事件》を永久に闇に(ほうむ)る事も可能だ。シュミットにヨルコさんにカインズさん……その三人が集まる機会を狙って……纏めて消してしまえばいい」

 

「……そうか。だから……だから此処に、殺人ギルドの連中が……」

 

「恐らく、グリセルダさん殺害を依頼した時から、パイプが有ったんだろう」

 

「…………そんな……」

 

余程のショックからか、ヨルコさんは地面に崩れ落ちそうになるが、カインズさんがそれを支えた。しかし、そのカインズさんの表情も、戸惑いの色が浮かんでいるのが見受けられる。

 

「居たわよ」

 

そんな重苦しい雰囲気の中、この十字の丘に新たな来訪者が現れた。

全員が振り向いた先に居たのは、別行動を取って貰っていたアスナとシノンの二人。その足下には、とある理由からアスナに預けておいた、俺の使い魔オオカミであるリトとスーナが。

そして、それぞれの得物を手にした彼女らに追い立てられる様にして歩いて来た、一人の男性プレイヤー。かなりの長身であり、(すそ)の長い、ゆったりとした前合わせの革製の服を着込んでいる。頭にはつばの広い帽子を被っており、その陰に沈んでいる目元は黒いレンズの丸眼鏡によって覆われている。実は、アスナ達にはこの男を探して貰っていたのだ。そしてその助けになる様にと、鼻が利くリトとスーナをアスナに預けておいたという訳だ。

 

「詳しい事は、本人に直接聞こう」

 

男は俺達から三メートルほど離れた位置で立ち止まると、先ずシュミットさんを、次にヨルコさんとカインズさん、最後にちらりと苔生(こけむ)した小さな墓標を見てから、徐に言葉を発した。

 

「やあ……、久しぶりだね、みんな」

 

低く落ち着いたその声に、数秒経ってからヨルコさんが応えた。

 

「グリムロック……さん。あなたは……あなたは、本当に…………」

 

本当にグリセルダさんを殺して指輪を奪ったのか。そして事件を隠蔽(いんぺい)する為に、自分達をも殺そうとしたのか。

音にはならない、されど誰の耳にもしっかりと届いたであろう、嘘であって欲しいと切に願うヨルコさんの問いに、男──元《黄金林檎》のサブリーダー、鍛冶(かじ)師グリムロックは直ぐには答えなかった。……沈黙は肯定と見なすべきだろう。

 

「何でなの、グリムロック! 何でグリセルダさんを……奥さんを殺してまで、指輪を奪ってお金にする必要が有ったの!?」

 

「…………金? 金だって?」

 

ヨルコさんの心からの悲痛な叫び声に、しかしグリムロックさんは(かす)れた声でくくく、と笑った。

 

「金の為ではない。私は……私は、どうしても彼女を彼女を殺さなければ。彼女がまだ私の妻でいる間に」

 

まるでグリセルダさんが自分の元から離れて行ってしまうかの様な物言いをしたグリムロックさんは、一瞬だけ苔生した墓標へと視線を向けてから、独白を続けた。

 

「彼女は、現実世界でも私の妻だった」

 

グリムロックさんの口から告げられた衝撃の事実に、俺達は皆凄まじい驚愕の念に襲われた。そして尚の事疑問に思った。現実世界でも奥さんである筈のグリセルダさんを、何故に殺したのかと。

グリセルダさんの独白は続く。

 

「一切の不安の無い、理想的な妻だった。可愛らしく、従順で、ただ一度の夫婦喧嘩すら無かった。……だが、共にこの世界に囚われた後……彼女は変わってしまった……」

 

グリムロックさんは帽子の下に隠れた表情を暗くし、低く息を吐いて言葉を続けた。

 

「強要されたデスゲームに怯え、怖れ、(すく)んだのは私だけだった。彼女は現実世界に居た時よりも、遥かに生き生きとし……充実した様子で……。私は認めざるを得なかった。私の愛した《ユウコ》は消えてしまったのだと」

 

…………。

 

「ならば…………ならばいっそ、合法的殺人が可能なこの世界に居る間にユウコを、永遠の思い出の中に封じてしまいたいと願った私を……誰が責められるだろう……?」

 

…………理解……不能だ。グリムロックさん……いや、グリムロックの戯言(たわごと)は、あまりにも理解に苦しむものだ。

 

「……そんな理由で、あんたは奥さんを殺したのか?」

 

「充分過ぎる理由だ。君達にもいずれ分かるよ、探偵君たち。愛情を手に入れ、それが失われようとした時にね」

 

だから……だからこそ…………

 

 

 

 

「…………分かんねぇ……分かんねぇよ。分かりたくもねえよ、ンな気持ちッ!」

 

 

 

 

──だからこそ俺は、俺が抱く想いを、グリムロックに抱く怒りを込めた、心の底からの叫びをぶちまけた。

 

「グリムロック……あんた、何でグリセルダさんが……ユウコさんが変わったなんて思ったんだ? 何であんたの知るユウコさんが消えちまったなんて思いやがったんだ?」

 

「……何?」

 

「何で、彼女が変わってしまったんじゃなくて、新しい一面を見せたんだと思わなかった!? 何で、その一面も彼女の一部なんだって思って認めようとしなかった!?」

 

「ッ……!? き、君に、私の気持ちなんて──」

 

「分っかんねぇよ! 俺はあんたじゃねえんだから、あんたの気持ちなんて分かる訳がねえよ! ただ一つ分かるのは、あんたがユウコさんを殺した事が間違いだって事だ!」

 

グリムロックの抗議の言葉を怒鳴って遮断(しゃだん)してから、一旦落ち着いて此処で一つの質問を投げ掛ける。

 

「なあ、あんたはユウコさんにきちんと伝えたのか?」

 

「え……?」

 

「ユウコさんに、きちんと自分の気持ちを伝えたのか? 自分がこのデスゲームに恐怖している事を。彼女が自分の元から離れてしまう事に怯えてる事を……あんたは言葉にして伝えたのか?」

 

「ッ……!」

 

グリムロックの肩が小さく震えた。顔もだんだんと蒼白くなって行く。……その様子から、質問に対する答えは明白だ。

 

「伝えろよ! 殺そうなんて考える前にちゃんと伝えろよ! 言葉にしろよ! 言葉にして伝えなくちゃ、お互いの気持ちなんて何も分かる訳がねえだろうがッ!!」

 

「…………あ……ああ……」

 

俺の想いの丈を込めた叫び声の直後、グリムロックは声にならない声を()らし、がくり、と膝から崩れ落ちた。

 

「それに、グリムロックさん……あなたがグリセルダさんに抱いていたのは愛情じゃない。あなたが抱いていたのは、ただの所有欲だわ」

 

「……………………」

 

更に追い討ちを掛けるかの如く掛けられたアスナの言葉に、グリムロックは深く(こうべ)を垂れ、やがてポツリ、ポツリと言葉を呟いた。

 

「…………何処で……間違ってしまったんだろうね……。昔は……あんなにも愛していた筈なのに……」

 

漸く己の間違いに気付いた様子のグリムロックの、眼鏡の奥に隠れた両目からは、ポタリ、ポタリと涙が流れ落ちて行く。そんな彼の元へと、今まで黙って話を聞いていたシュミットさん、カインズさんが歩み寄り、グリムロックの両隣に立ち並んだ。

 

「カミヤさん、この男の処遇は、私達に任せて貰えませんか?」

 

「……分かった」

 

頷くと、二人は項垂れるグリムロックの腕を掴んで立ち上がらせる。立ち上がった次の瞬間、グリムロックは(うつむ)かせていた顔を上げて俺へと向けてると、言葉を口にして来た。

 

「…………もっと、もっと早くに君と会いたかったよ、カミヤ君……」

 

その言葉を最後にグリムロックは二人に連れて行かれ、ヨルコさんも、俺達へと深々と頭を下げてから、三人の後を追う様に十字の丘を去って行った。

 

四つのカーソルが完全に見えなくなるまで見送ると、背後から徐々に白い光が射し込んで来た。どうやら夜が明けた様だ。

 

「…………ねえ、みんな」

 

不意にアスナが問い掛けて来た。

 

「みんななら……仮に誰かと結婚した後になって、相手の人の隠れた一面に気付いた時、みんなならどう思う」

 

ここ二日間、この手の質問が多い様な気がするなぁ……などと、俺とは縁遠そうな質問に少し現実逃避をしてから、真剣に考えを巡らせてみる。人生たかが十五、六年近くしか生きていない四人で必死に考える中、先に答えたのはキリトだった。

 

「ラッキーだった、って思うかな」

 

「え?」

 

が、その答えはあまりにも予想外なものだった。それ故に呆然とする俺達四人に、キリトは説明を加えた。

 

「だ……だってさ、結婚するって事は、それまで見えてた面はもう好きになってる訳だろ? だから、その後に新しい面に気付いてそこも好きになれたら……に、二倍じゃないか」

 

「ぷ……アハハハ。何それ、変なの〜」

 

「へ……変…………」

 

知的さの感じられないキリトの説明に、ユウキはオブラートに包んではいないと思われる感想を述べる。

 

「うん。……でも、ボクはキリトのそういう考え方、良いと思うよ」

 

が、直ぐに優しく微笑んで感想を付け加えた。確かに、悪くない考え方だと俺も思う。

 

「そういう考え方も、アリなのかもな」

 

「そうだね」「そうね」

 

「まあ、俺としてはあんまりとやかく言うつもりは無いが…………あんまりまともじゃないのは流石に御免(こうむ)るかな」

 

「「「確かに」」」

 

直後に皆で一斉に声を上げて笑った。

数秒ほど笑った後、さてホームに帰ろうかと歩き出そうとしたところで、俺は不意にアスナに後ろから腕を掴まれた。何事かと思い振り向くと、そこには驚くべき光景が有った。

 

ねじくれた古樹の根元にぼつんと立つ、グリセルダさんの墓標の傍らに、薄い金色に輝き、半ば透き通る、一人の女性プレイヤーの姿が有った。

ほっそりとした身体を、最低限の金属鎧に包んでいる。腰にはやや細身の長剣。背中には盾。髪は短く、穏やかで美しい顔立ち。そして何よりも、その身に(まと)うのは、二件目の偽装殺人の際にカインズが纏っていた物と同じ、グリセルダさんのものだったというローブ。詰まる所、俺達の目に映っている女性は……

 

「グリセルダ……さん」

 

……の幻、なのだろう。恐らくは。

 

「────」

 

そのグリセルダさんだと思われる幻は、透き通るその顔に微笑みを浮かべて、俺達に何かを伝えんと口を開く。が、当然幻である為に音など出る筈もない。

 

「あっ……」

 

そして次の瞬間には、そこにはもう誰の姿も無かった。

一時の不思議な現象に、暫くその場に立ち尽くしていた俺達だったが、やがてアスナがゆっくり口を開いた。

 

「グリセルダさん、何て言ってたんだろうね?」

 

「さあな」

 

アスナの問い掛けに俺は素っ気なく答え、今度こそホームへと帰るべく歩き出す。

 

「そら、二日も攻略を休んだんだ。早えところギルドに帰って休息取って、午後からだけでも攻略に参加すんぞ。目標は今週中にこの層を突破だ」

 

「あ、ちょっ、待ってよカミヤくん!」

 

「よ、夜通しで疲れてるんだぞ。せめてもう一日だけでも休ませてくれよ……」

 

「……午前中は休ませてくれるみたいだし、我慢しましょ、キリト」

 

「それよりも、ボクお腹空いたよ〜……」

 

後ろから追い掛けて来る四者の四様の声を聞き流しながら、俺は小さな丘を降り、主街区を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………アスナにはああ言ったが、本当はグリセルダさんが俺達に何と言っていたのか、俺には何となくだが聞こえた様な気がした。勿論実際には声は出ていなかったが、そんな様な気がしたのだ。

 

 

 

 

──ありがとう、と。

 

 

 




《おまけ》

カミヤ
「そう言えばキリト、ユウキ……」

キリト
「ん?」

ユウキ
「何?」

カミヤ
「お前らPoHと対峙してる時に物凄い大笑いしてたみたいだけど、何が有ったんだ? 距離が有ったから、俺には笑い声しか聞こえなかったんだか」

キリト・ユウキ
「「やめろ(やめて)! 思い出させるな(ないで)!」」

カミヤ
「……マジで何が有った?」




はい。
という訳で、今回で圏内殺人編は終了となります。


さて、此処で一つ製作の裏話を。

Q.何故乗馬のペアがキリトとシノンではなく、キリトとユウキだったのか?

A.一つは、前回送られた感想の返信でもお答えした通り、キリユウのフラグっぽいものを立てる為です。

そしてもう一つは、カミヤ君の方がラフコフメンバーへの奇襲作戦に向いていると思ったからです。
16話でも言っている通り、カミヤ君はキリト君よりも敏捷力が高いです。故に、索敵スキルの範囲外からでも直ぐに距離を詰める事が出来ると考え、彼を奇襲要員に選びました。
そんな訳で、とある作戦の要員であるシノンちゃんととカミヤ君がペアとなり、余ったキリトとユウキでペアを組んだという訳であります。


さて、此処まで長ったらしい(?)後書きを読んで下さった皆様だけに、素敵な特典をプレゼント。
何と、次の章の簡単な予告でございます!








《予告》
(※予告ですので、台詞は異なる場合がございます。)

圏内殺人解決から数日後の事。
攻略組四大ギルドの団長・副団長を集めたカミヤは、真剣な眼差しで以って宣言する。

「《笑う棺桶》を……討伐する」

そして始まる、《攻略組》vs《笑う棺桶》による激闘。
《攻略組》は《笑う棺桶》を無力化せんと剣を振るい、《笑う棺桶》は《攻略組》を殺さんと凶刃を振るう。

「うおぉぉぉおおおおおおお!」

「あ……ああ…………」

「ようこそ、こっち側へ」

「──るっせぇんだよォ!」

その最中、罪の色に染まる二人のプレイヤー。

──果たして、闘いの行方や如何に……?








それでは皆さん、良いお年を。


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