連載となっていますが文章小分けの短編です。
いつものように眠い目をこすりながら洗面所にフラフラと向かう。キッチンからコーヒーと祖父のふかすパイプの香りが漂ってくる。
「おはよう、杏子(きょうこ)」
「おはよう、お祖父ちゃん」
祖父がいれてくれたコーヒーに口を付ける。昨夜の寝不足が堪えるなぁ。わかっているのに夜ふかしがヤメられない。
現在高2の私はそれなりに勉強はしているけれど、別に深夜ラジオがお友達の受験生ではない。原因は趣味だ。女の子には珍しいと思うけど、私はカメラ小僧ならぬカメラ少女であった。
「トースト、焼けたぞ」
「は~い」
「また題材で悩んどるのか?」
「いや、学園なんて題材の宝庫じゃない。ただ、身近にありふれちゃうのが良くないのかなぁ」
「感覚が慣れてしまうって? 贅沢だなぁ。学生時代なんて二度と帰って来んのだから、もっと目を凝らしなさい」
「だよね~」
私立穂群原学園高校2年B組、出席番号35番三田村杏子、たった3人の写真部、そこの部長。それが私だった。ごくごく平凡に高校生活を謳歌し、私にカメラの事を指導してくれた、祖父の言うところの青春とやらを満喫している。
ただ年も明けた1月は行事も何もないからね。修学旅行に体育祭に文化祭、球技大会も全部終わっちゃったし、センター試験が近いから3年生もほとんど見掛けない。学園は今が一番閑散としていて動きがなかった。
外で艶やかな振り袖姿の人々を見掛けたのも先々週の月曜だ。今週で1月も終わろうというのに、ロクなものが撮れていない。いけないなぁ。
もそもそと焼き上がったトーストを囓る。とろりとろけるチーズを乗せるだけで、バターは塗らない。それが毎朝の私と祖父の朝食だ。
私は祖父との二人暮らしだが、両親も健在だ。家が学園から遠いのと、一昨年前に祖母を亡くした祖父を励ます意味もあって一緒に暮らしているのだ。だから晩ごはんと日曜の朝昼晩は私が調理担当だ。高1の春から下宿しているので、料理の腕もまぁまぁ上がった。
私が学園に行っている間のお昼は祖父が自分で作るか、馴染みのお店で済ませている。年金暮らしだけれど新聞社の写真部で部長にまで昇り詰め、40年近く勤めていたので祖父は結構悠々自適だった。
そしてもう一つここで暮らす理由。それは祖父の家に暗室があるからだ。
暗室とはフィルムを現像したり、印画紙に画像を焼き付け、それを現像したりする専用の部屋をいう。ライトボックスを置いてフィルムをチェックする作業机、焼き付けする引き伸ばし機、現像や水洗をする横長の広い流し。
広さはたぶん六畳くらい。奥行きは2mもない。作業順に配列された設備で幅だけが長い。きっと機材を測ってそこから設計したのだと思う。水回りの関係で暗室の裏がキッチンで、横が風呂場だ。1977年に東京本社からこちらにある支社へ転勤となった祖父が冬木に建てた家で、それまでは社宅と賃貸ばかりだったと父から聞いている。
この暗室には子供の頃から祖父と一緒に入っていた。薬品や酢酸の匂いと、現像バットの中でふわっと印画紙に浮かび上がるモノクロの画像は、私の中で祖父との思い出としてセットになっている。
そこの作業机でプルーフをチェックしていたら、ついつい時間を忘れてしまった。そんな事をここ数日繰り返している。
※プルーフ……密着写真のこと
「どうして今どき誰も口にしない青春なんて言葉を使ったかというと、光と影っていうのがあるでしょう? 私ってその影なんだよね。光の当たる場所で活躍するタイプじゃないのよ。活躍している人の一瞬のキラメキ、あの瞬間を切り撮る裏方。黒子というか路傍の石なの」
「ああ、青春の光と影ってあるもんね。でも裏方って言うと、なんだかマネージャーっぽいね?」
本日2杯目のコーヒーは、入学以来の友である佐伯直美さんとご一緒した。
おっとりとした、おとなしい眼鏡の似合うおさげの女の子。だけど性格はともかく行動には快活な面もあり、クラブは陸上部で円盤投げをやっていたりする。何度も被写体になってもらった親友だ。そんな彼女は朝練後だった。
彼女は2年D組だけれど、1年のときは私と同じB組だった。そして現在陸上部のキャプテンをやっている。本来は毎度お騒がせな蒔寺楓さんが部長だったのだけれど、学園の配電盤か何かを壊して降格処分を受けたらしい。
佐伯さんもなりたくてなったわけじゃないのでとても困っていた。それで何度か相談を受けていたのだ。
自称『穂群の黒豹』『穂群の陳宮』。それでなくとも濃いメンツの多いA組女子の中で、蒔寺さんは1~2を争う有名人でもある。ガサツで言葉遣いも乱雑だけれど、実家は江戸時代から続く冬木一の呉服店で、彼女自身が和装や和の付く建築物や骨董品、陶器などの焼き物に詳しい。それもちょっと生半可ではない知識量だ。おまけに和食の調理もかなり上手だとか。けれど走っている姿は素晴らしく絵になる。短距離走の人なのだが、ストライドが本当に綺麗だ。
同じA組で、走り高跳びの氷室鐘さんやマネージャーの三枝由紀香さんとは親友同士ですごく仲が良い。その三枝さんと私が似ていると佐伯さんは言ったのだ。
見た目じゃなく立場というか、行動を指しての事とは理解できる。だけど三枝さんは路傍の石ではないんだよなぁ。彼女は縁の下の力持ちだ。どれだけ頑張っているか。私のファインダーはその頑張りを見逃していない。
そしてこのA組には、おそらく学園で知らぬ者はいないであろう超有名人が在籍している。その名は遠坂凛さん。品行方正・文武両道・容姿端麗、文化祭のミス穂群原コンテストで2年連続優勝した人だ。
だけど四重にも五重にも、苦労を『進んで背負っていく』、とても奇特な人だと私は思う。なんで自分から……?
見ていていつもそこが不思議なのだけど、どうやら彼女なりの理由があるらしかった。まず、彼女は天涯孤独だ。大地主で資産もあるので生活は大丈夫みたいだけど、親類との交流もなく、新都にある教会の神父さんと交流がある程度で、彼女の家を訪れた人は学園にだれも居ないらしい。
そんなだから、どこか無理して背伸びをしている。無理をして優雅に振る舞っているってわかるのだ。
だから私の目がとらえる彼女の表情は、いつも曇っている。もちろん、そんな場面でシャッターは押さない。困った顔、泣きそうな顔、辛そうな顔。おそらく誰も知らない顔を私は知っていた。
一番顕著なのは、1年生の間桐桜さんを見ているときだ。あれが一番あからさまだろう。間桐さんは弓道部員で、そこの部長が2年A組の美綴綾子さんなのだけれど、一応美綴さんと遠坂さんは親友という事になっている。
そこにかこつけて遠坂さんは、よく弓道部に見学へ行く。だけど本当の理由は『公にできない妹さん』に会うためだ。骨格に肉の付き方などをどうこう言わずとも、間桐さんの写真にマジックでツーサイドアップを描けば瓜二つだった。
確かに遠坂さんは日本人離れした細面だからわかりにくい面もあるけれど、私みたいに何年も写真を撮っていたらわかってしまう。当然詮索はしないけれど、きっと何か理由があって養子に出たのだろう。
けれどあのPTA会長の家には、ちゃんと長男が居るのだ。2年C組の間桐慎二君だ。顔はイケメンだけれど、性格は自己中で傲慢。世間知らずなボンボンだって、同じ高校生ならわかる。いや中学生でも2年生以上になると、上辺だけの見栄っ張りで苦労知らずのバカだってわかるだろう。
だからなのかなぁ。養子を迎えるって事は、間桐君に相当問題があるのかも。長男なのに慎二という名も不思議だよね。それと思い浮かぶもう一つの理由は、女の子でなければ継承できない何かがあるからかも。勝手な想像だけどね。
でも……もしそうだとしたら、それは一体何だろう? そんな事を考えながら、下足室で上履きに履き替え教室に向かった。
すると階段の踊り場で生徒会長の柳洞一成君と遠坂さんが言い争っていた。生徒会室横のこの階段は人通りが少ないので、これまでに何度か見掛けた光景だ。
柳洞君も文武両道で成績が良い。それと結構イケてるマスクをしている。ああやって並ぶと、遠坂さんとタメを張れる数少ない男性に思える。それで実際この二人、並んでいた時期があった。要は同じ中学出身で、同じ生徒会役員だったのだ。そこで派手に言い争いになり、それ以来犬猿の仲だと聞いている。ただし、お互いの能力や立場なんかは認めている様子が伺える。
なのに今日はちょっと感情的だ。遠坂さんの一見完璧に見える仮面も、こういうときには剥がれてしまう。反論も良いけれど、もう少し自分をコントロールできないものかな?
「終わったぞ、一成」
ガラッと扉が開き、生徒会室から衛宮士郎君が出て来た。彼は生徒会長の柳洞君や、間桐君と同じ2年C組で、『偽用務員』や『ばかスパナ』、『ばかしゃもじ』、あるいは『無償奉仕大好き族』と好き放題言われている。『ブラウニー』なら可愛い方だけど、裏にある真意は『お人好しな便利屋』だ。
今まで何人もの人から、そんな事までしなくていいと言われているのに、それでも自分から他人の雑用を進んで手伝うか請け負っている。そして朴訥で口数が少ない。それも裏返せば、ぶっきら棒で愛想が良くないという意味だ。
なので友人が離れていく。弓道部のエースだったのに辞めてしまったので、ますます友人離れに拍車が掛かっていた。この奇妙な行動には理由があって、彼の小学校時代の卒業文集にその手掛かりと言うか、答えが書かれてある。それは『正義の味方になりたい』だった。
彼は憶えていないだろうけれど、実は私と彼は同じ小学校出身で2年生と5・6年生は同じクラスだったのだ。だけど私は卒業後、両親の仕事の都合もあって冬木を出てしまい、引っ越した他市で中学に通っていた。これが私の友人が少ない理由なのだが、面白いことにそんな環境が私の観察眼をどんどん培ってくれた。お蔭で人間観察がなかば趣味みたいになってしまっている。そしてそれが子供の頃から祖父に教わって始めた、写真に大いに役立ったのだ。
だからだろう。衛宮君の奇妙なあり方や言動がサバイバーズ・ギルトだと直ぐに気付けた。まぁ、これは彼が10年前の大災害の数少ない生存者で、彼の養父が危険な場所から彼を救けて引き取ったという事実を知っていたからだが。
彼自身は誰彼構わず自分の事を人に話すタイプではないけれど、父は新聞記者だし、祖父も元新聞社のカメラマンだ。情報は簡単に手に入った。そしてその情報に奇妙な虫食いと、おかしな点があることにも気付いていた。
危険な場所から救けたからと、そう簡単に養子縁組が男親だけの家と結べるのか? そもそも彼には他市や他県に親族は居なかったのか? などだ。
だけどそれは私がどうこう考える事ではない。目下の私はフォトジェニックな被写体を真剣に探していて、人の事にかまっている暇などないからだ。
冬木市主催の写真展は年に2回ある。毎年3月と9月だ。その春の写真展に応募するのが写真部の目標であった。
「おはよう、衛宮君」
「おはよう、三田村」
「……あっち、階段の下。会長が」
「うん? 一成と……ええ? 遠坂とか……。悪ぃ」
衛宮君が出て来た事を察したのか、口論はすんなり終わった。なので私は衛宮君に後を託して教室に入った。それが1月30日だった。
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