Fate/Light Tune   作:炭団

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これで完結です。


6、2月8日からエピローグ

 2月8日。病院の面会時間に合わせて、病院前の喫茶店で待ち合わせた。来たのは陸上部の三人組と私と、氷室さんに頼まれて誘った新聞部部長の井上さんだった。

 

「あれ? 沙条さんは?」

「ああ、綾香嬢は来週辺りまで忙しいらしい」

「へぇ」

 

 喫茶店を出て病院に入れば、三人はスタスタと階段を上がって行った。

 

「全部階段? 緊急用にエレベーターを開けておくとか?」

「三田村さん、違うョ。二階で階段の真ん前だから」

 

 203号室。何と個室から移動し、8人の大部屋だった。蒔寺さんがいきなりカーテンを開けて、美綴さんを驚かせていた。良かった、思ったより元気そうだ。井上さんもインタビューみたいな野暮なことはしない。今日の本番はこの後の『相談』だったからだ。なので、美綴さんにフルールのタルトを渡し、井上さんと二人でお見舞いなのか引き落としなのかよくわからない蒔寺さんと美綴さんのやり取りを眺めていた。

 病院からのお暇後、私と井上さん、そして氷室さんの三人でアーネンエルベに入った。蒔寺さんも三枝さんも家の用事で帰った。

 

「氷室さん、三人で良かったの?」

「ああ。蒔の字も由紀香も私に一任してくれている。むしろ生徒会長が入院している今、必要なのは君たちのチカラだ」

 

 先日の騒ぎで、柳洞君も入院していたのだ。

 

「で、何を?」

「ボランティアの炊き出しだ。まだ内密だが、来る2月11日に爆弾の撤去が始まる」

「爆弾?」

「ああ、地中に埋まった不発弾だ。その撤去による一時避難で豚汁かお汁粉ををだな」

「なるほど~。避難される皆さんに配ろうと?」

「そういう事だ。ただ、情報は拡散不要。あくまでも私たち有志によるボランティアだ」

「つまり、避難場所は学園?」

「と、もう二箇所だ。だが我々は学園生だ。このところ不穏な空域が流れ、街の人たちの表情が昏い。そこで少しでもとな」

「じゃ、記事には?」

「記事は止めん。が、事実のみを数行でお願いしたい。写真も今後の参考になる記録の範囲で留めたい。あくまでも有志によるボランティアだよ」

 

 氷室さんのお父さんは、現冬木市市長の氷室道雪氏だ。政治家の娘として黙っていられなかったのだろう。何より趣旨がいい。私と井上さんは大賛成した。

 だけど、本当に爆弾があったとは……。いや……世間の目を欺くために埋めた? 或いは発見された事にした? そんな気がする。市長がどこまで知っているかは不明だけれど、任期は現在二期目の半ばだ。一期4年なので、市長になられて6~7年目だ。確か10年前はどこかの国会議員の秘書だったと思う。そして元々裕福だったので新都に何棟かマンションを持っていた。それがあったので、氷室さん母娘は東京からたまにしか帰らないお父さんを待ち続けられたのだ。

 そんな訳なので、現市長は10年前の事を詳細に調べられる立場にはなかっただろう。が、今になって知ったとしても、とても公表できるようなものでもない。そこが政治の難しさであり、大人の難しさだ。結局、自分のお父さんにしても長い物に巻かれるしかなかったのだから。

 なら、なおさら氷室さんからのこの提案は嬉しかった。皆んなで協力して何とか成功させよう。私たちにできることってこのくらいしかないのだから。

 

 

 2月9日。炊き出しの道具を下見に行った。蒔寺さんはバレンタイン・チョコの仕入れだと思い込んでいた。いや、そういう時期だけどさ、いくら何でも……。

 大きな寸胴に餅つきの石臼や杵。そして餅米の蒸し器。結局関西風のぜんざいに決まり、買った道具を全部氷室さんの家というか、彼女のお父さんの事務所に配送してもらった。これは他の避難地区でも炊き出しを事務所の方の音頭で、ボランティアの方々が行うと決まったからだ。ただ、そちらは豚汁らしい。

 

「芋煮じゃねぇのか?」

「汝は山形県民か? そもそも芋煮は、初雪の降る頃に終えるものだぞ?」

「だけどショベルカーで、でっかい鍋をグルグルしたいじゃんか。冬木にもそういう名物を作ろうぜ?」

「そうよなぁ……」

 

 芋煮は里芋の採れる宮城県や福島県でも郷土料理だ。確か山形が醤油味で里芋・コンニャク・ネギ・牛肉だ。里芋の肉じゃがに近い。宮城は味噌味に豚肉で、野菜も里芋だけでなくダイコンやゴボウにニンジン、そこにシメジや白菜に、豆腐やコンニャクも入る。具だくさんの豚汁系だと言える。そして福島は醤油と味噌をブレンドした、宮城風なのだとか。ただ具も様々で煮物の発展系らしい。岩手にも芋の子汁などがあり、里芋で何かを作るのは東北全般の風習なのだろう。当然各家庭ごとや地域に独自の具材や味付けがあり、コダワリ方も半端ないらしい。それ故に激しく論争が起きるそうだ。それだけ愛される料理なのだと思う。

 だから蒔寺さんの芋煮は却下だ。火中の栗を拾う愚行は冒せない。何より彼女には当日の着物提供と着付けをお願いしなきゃならない。そして明日、生徒会の会計役員に会って、テントの貸し出しをお願いしなきゃ。

 

 

 2月10日。いよいよ明日が避難日だ。昨日退院した美綴さんに氷室さんが声を掛ける手筈となっている。私と三枝さん、それと陸上部や新聞部の数人が小豆や餅米の買い出し担当だった。

 蒔寺さんは別働隊として、生徒会からテントなどを借りる申請を行っていた。

 

「新都のモールじゃなく、旧商店街? なんでここなの?」

「私もここはよく利用するけれど。三枝さんはここのアイドルなんだよ」

 

 陸上部の人たちの会話だけれど、これは事実だ。お肉屋さんの前を通れば揚げたてのコロッケを頂くし、魚屋さんも八百屋さんも、今日は何が良いとかどれがお得だとかアピールしまくりだ。

 結局小豆や餅米は当日朝に学園へ届けて頂く事となったが、消費税に配送料コミコミで当初の3割は安く上がった。恐るべし三枝由紀香だ。

 おまけに彼女は顔が本当に広く、酒屋さんのお姉さんにまで立ち会いを頼んでいた。

 

「だって、調理師免許を持っている人が一人は居ないと。それにネコさんは藤村先生の親友なんだョ」

 

 知らないよ、そんな情報。けれど学園側の監督は、その藤村先生に氷室さんが依頼する段取りだという。それがあっての生徒会に蒔寺さんか。

 この三人、人間力が高いなぁ。私は今回の件での成功へ向けて期待を膨らませた。

 だけどその夜に、氷室さんからの電話でショックを受けた。葛木先生が許嫁の人とともに失踪したのだ。あの人だ。あの耳に特徴のある人。

 そうか。葛木先生もそっちの人だったんだ。遠坂さんの担任……敵同士だったのかな……。

 

 

 2月11日。本日はいよいよ決行日だ。行政が爆弾撤去を行う間、私達は避難された人々に少しでも憩いをと、ぜんざいを振る舞う。

 学園は校舎が閉まっているので、蒔寺さんの家の大きなワゴン車の横に衝立を立てて、そこで振り袖に着替えた。着付けは蒔寺さんのところのお店の人だ。成人式の着物は当店で買ってくれとかなりせがまれた。まぁ、こちらもその積りだし、お祖父ちゃんとお母さんはとっくに詠鳥庵で私の振り袖を注文してあった。

 高校の2年生なのにって? 染め付けや仕立てがあるので、16歳の時に頼んだのだ。4年後の体型や、流行りの柄などを前もって読めるところが詠鳥庵が老舗たる所以(ゆえん)だ。そんな風に早々に注文してあった事を蒔寺さんは把握していた。

 

「や、三田村んちはとっくに注文が入ってるぞ。お得意様だ」

 

 お店の人に恐縮されてしまった。それで髪を結う時、良い飾りを使って下さった。

 下準備を終え、餅米が蒸し上がる頃、人々がぞろぞろと現れた。皆んな、浮かない顔だ。中には佐伯兄妹の顔もある。あの沈んだ顔が少しでも良くなりますように。

 お餅は美綴さんの通う空手道場の方たちが、どんどんと搗いてくれた。餅米を蒸す蒸し器とカセットコンロが追っつかないくらいだ。結局避難の方々だけでなく、近隣の方々も色々持ち寄り、私達がぜんざいを頂いたのは夜の7時を回っていた。この日、正門前の道路から見渡せる深山の街には濃霧が立ち込めていた。

 そこでドーンという大音声が辺りに響いた。本当に不発弾? だけど市の広報は放送しないし、携帯ラジオを持った人も首を振っていた。

 8時になって避難が解除された。これはきちんと市の放送があったし、校門前に広報車が停まって、避難解除をマイクで伝えていた。後片付けを済ませ、着替えた頃にお祖父ちゃんのクルマがやってきた。時刻は9時だった。

 

 

 翌、2月12日。お昼から皆んなで佐伯さんの家に行き、ゲームをして遊んだ。提案者は誰でもなかったと思う。佐伯さんの家の近所で、偶然陸上部の三人や美綴さんと出会ったのだ。

 皆んな、同じことを考えていたらしい。お互いに意味深な含み笑いを浮かべて、佐伯さんの家のインターホンを押した。

 そしてこの後15日未明の地震以外、何もなかった。後で知った地震による被害者は、間桐PTA会長ただ一人。学園が再開され、人々が日常を取り戻す。お祖父ちゃんの言った通り、二週間ほどで終わったのだ。

 

 2月の20日を過ぎた頃、私は沙条さんを喫茶店に誘った。

 

「詳しい事は聞かない。きっとあなた達には大切なことなんだと思う。けど、人々に迷惑が掛かるのはどうなの?」

「う……」

「沙条さん、信用して良い?」

「どういう意味?」

「あなたが信用できる人なら、ある物を渡す。それを使って欲しいの」

 

 そうして私は、彼女に封筒を差し出した。

 

 

 エピローグ

 

「師匠が言ってたよ。やがて神秘は人々の目に触れてネットで拡散されるって」

「そんなネットの前に、ここまでやる人が居たんだ」

「うん。私は彼女を護る。その上でこれを、セカンド・オーナーであるあなたの武器として時計塔に投げ掛けるよ」

「はぁ……。神秘の秘匿、それそのものを交渉の武器にするのね?」

「うん。そしてエルメロイⅡ世先生をこちらの味方にする。それしかこの冬木の霊地を守る方法はないよ」

「だろうね。最悪取り上げられる事も考えていたから。あ~あ、刻印ってここまで写るんだ?」

「だね。サーヴァントも……。マキリが潰えた今しかチャンスはないよ?」

「ええ、妹も帰って来た。聖杯戦争はこれで終わりよ」

「じゃ、師匠にそう報告しておくね」

「だいたい、いつくらいに?」

「正確には言えないけど、3~5年で大聖杯の解体が始まると思う……。その時に、バーサーカーのマスターを救い出せたら良いよね」

「……そうね。あいつにはまだ言えないけど、可能性があるなら懸けるだけよ」




短すぎて返って難しかったです。
なお、裏でシエルさんが動いて聖堂教会側を抑えてくれています。

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