「いいこと、誘」
――はい、お母様。
「私達『
――はい。
「和修の異端といえど曲がりなりにも私たちとて末席の者。役割に徹し、いついかなる時もあの人の……和修のために尽力なさい。白代に生を受けた以上、あなたに拒否権はないわ――いいわね」
――はい……承知致しました。
「そう、ならよかったわ。聞き分けのいいあなたの事だからきっと話さずとも解ってくれると思っていたけれど……流石私とあの人の子ね。あなたが私の娘で本当にうれしいわ」
母は笑顔で遠いところに心溶かしたように甘く言う。
「愛してるわ、誘」
「――ありがとうございます」
私は自分の名前がますます嫌いになった。
――――
「
「あ、
「え?あ、ほんとだ」
訂正しながら事務局のカウンターのところへ行くとやっと気づいたようだった。
「あ、白代上等すみません。こいつ新人なもので……」
「苗字が白代で名前が萼って珍しいですね」
「こら、おまえ!」
「あー、いいですよ。普通はそう書いて『しろしろ』って読むらしいですし、結構間違う人多いですから」
「申し訳ありません」
「いえいえ、じゃあ新しいIDカードもらっていきますね」
「は、はい!!」
新品のカードを受け取ると私はその場を後にする。向かう先は――和修本邸。
「せっかくの新品のカード、無駄になっちゃうかなあ……」
自分の名前の入ったカードをかざしながらため息を吐いた。
****
本邸での目的は思ったより早く終わった。そりゃあそうだ。私が口を挟むまでもなくほぼ決定した呈で一方的に話が進んでいったのだから。
「しーろしーろさーん」
「わざとでしょ――ニムラ」
わざわざ間延びした大声で私を呼ぶニムラと遭遇した。CCG内での気弱な一等捜査官キャラとは真逆の、相変わらず胡散臭い笑顔である。
「あはは、いつも白代邸か庭にしか来ない妹が
「そっか。そうだね。たしかに私はここに殆ど来ないから」
「……本当になんかあった?」
私の煮え切らない態度を察してかニムラも声のトーンを落とした。
「やっぱりニムラには隠せないねえ、うん。結婚するんだって、私」
「……思ってたより早かったね」
「んーでもこれでも待ってもらってた方なんじゃない?本当は16の時からこの話あったし」
「相手は?」
「それはまだ知らされてないけど……多分伊丙とかの方かどこだったか忘れたけど大企業の御曹司あたりだと思う。これ以上世界征服してどうしたいのかね、宗家は。まあ分家のほうが私の才能の意味があるって上は言ってたから分家の確率の方が高いだろうね」
「……そっかあ、ウテナ、結婚しちゃうのか」
「うん」
二人で空を仰ぐ。
昔はよくこうやって話してたけど、今はめっきりだ。そういえばあの時はリゼがいた。
「残念」
「そんなに?」
「……このこと、ルトは?」
「まだ会ってない」
「そっか、それならまだいいかも」
「なんで?」
「なんでもない」
「……変なニムラ」
「ちなみにキッショーさんは?」
「華麗に逸らしたね……まあいいけど。有馬さんは多分知ってるんじゃない?オークションとか他にもいろいろあるから忙しくて会ってないけど」
「ふーん」
残念がったわりに淡泊な反応である。ニムラらしいといえばらしいけど。
「……こんなことならリゼ諸共逃がしておけばよかったかなあ」
「さすがに無理だよ。私は白代だもの、すぐにばれてニムラが死んじゃう」
「なんでこんなにうまくいかないのかな、ほんと」
「ね」
空を自由に飛ぶ鳥を見る。いいなあ――私もああやって家とか国境とか関係なく自由になれたら……
らしくないことを考えた。忘れよう。
「ウテナはさ、本当に結婚したいの?」
ニムラはやっぱり核心的なところを突いてきた。やだなあ、なんで決まっちゃった今そんなこと言うのかな。
「……したくない。今のささやかな自由を、まだ謳歌してたい」
無理だろう。上の決定は絶対だ。私もニムラも、それを承知の上でこんな話をしているのだ。
するとニムラは――――笑顔だった。
「そっか、よかった。ならもうちょっと待ってて」
「なあに?悪だくみ?」
「そんなとこ」
リゼのことを含めてニムラは隠し事や悪だくみをするのが天才的にうまいのだ。でももう一度奇跡なんて起こせるのだろうか?
「……ありがとう、ちょっと元気出た」
「それはよかった。じゃ、自分もやることあるから。バイバイ」
「うん……またね、ニムラ」
ニムラに会えたことは不幸中の幸いだった。明日は衣装合わせだ。まだ相手も知らされていないというのに気が早いというか……いや、案外急いでいるのかもしれない。ほんの2年前までは都市伝説と謳われていた喰種が一般人に浸透してしまうほど活性化しているのだ。
思いふけっても何も解決しないというのに考えながら歩いていたせいか、それとも日頃の行いのせいだろうか。こんな日に限ってあまり会いたくない人物と出会ってしまった。
「久しいな白代上等」
「お久しぶりです、政様」
和修政。和修宗家の御子息であり、卓越した作戦指揮により現在準特等捜査官まで上り詰めている。その冷淡とも言えるあり方は実父・吉時より祖父・常吉に近いとされる。というのが客観的なデータであり、私と彼の関係はそんな客観視できるものでも、ましてや楽観視できるものでもない。
私と彼は異母兄弟。妾と本妻の子供同士である。
私たちがなぜこんなふうに認識してしまっているのかというと、それは私の生家である『白代』のせいである。元々和修の役割のせいもあって異端扱いされていることもあるが先代が深く関係しているのだが……ここでは割愛しておくことにする。
「普段見かけないお前が宗家になんの用だ」
「は、常吉様と吉時様よりお話を賜っておりました」
「何?二人が……」
「なんでも私への縁談を整えてくださっているらしく「縁談か……ふん、下らん」……」
ばっさりと断じられた。こうして人の遮るのは彼の悪い癖だとは思うけど、今はありがたい。
「結婚だなんだと浮かれるのは構わんが、それで任務に支障をきたすなよ——お前の母親のようにな」
「―――は、存じております」
「そうか、ならいい」
そうしてお互いにその場を離れようと歩き出す。
「――結婚が幸せなものであるとは限らない。結婚は余計なジレンマを増やす墓場だ。――私のようにな」
「――ご忠告、痛み入ります」
すれ違いざまのわずかな時間。その間でのこの会話に彼の本音の一部がにじんでいるようだった。
****
翌日、私は宗家に仕立て屋を呼んでの大規模な衣装合わせを行っていた。
白に限らず青や黄、赤、ピンクなど様々なドレスを試着するだけで疲れる。結局シンプルな白のウェディングドレスに決まったのは衣装合わせを初めて約4時間ほど経った頃だった。
私が疲れて椅子に座っていると、いきなり扉が勢いよく開いた。
「久しぶりウテナ!会いにきた……」
「ああ、ルト。久しぶり」
やってきたのは幼馴染のルトだった。私たちみたいな半端者ではない和修の純正の喰種。それがルトである。思えば有馬さんとニムラがいないときは殆どルトと一緒にいたような気がする。ちなみにこういったいきなりやってくるのもパターンとしてはよくある方なので、最初は驚いても別にその驚きが持続する事はなく、ローに戻るのだ。
「どうしたの、その格好」
「昨日、上に呼ばれてね。私に縁談だって。相手の情報はまったく入ってきてないんだけど今日は衣装合わせだって……この頃外の喰種たちも活性化してるし人間の方でも妙な動きをする連中が出てきたから……さすがに焦ってるんじゃない?」
「……俺、聞いてない」
「ごめん伝えてなくて、私も昨日聞いたばっかりだったから」
「……そう」
「あ、そろそろ着物の方の時間かな。ごめんルト私もう行かないと「その必要はないよ」
冷たい平坦な声に振り向く間もなく背中からきた強い衝撃。気管?いや、心臓?何かがいや血が気持ち悪いくらいこみ上げてきて
「ゴホッ」
咳とともに口から出た血液が床と私の口を汚していた。
「る、と……?」
「ばいばいウテナ。大丈夫。君を嫁がせなんてしないよ、君は俺とずっと一緒にいるんだ」
「なん……で」
「大好き、世界で一番愛してる。君を手に入れられないのならもうこれしかなかったんだ……優しいウテナ、俺を許してね」
「はは……なに、そ れ」
こうして私の生涯は愚かしい恋によってはじまり歪な愛で幕を閉じた。
白代 萼(あきしろ うてな)——享年20歳。
簡単な紹介(という名の蛇足)
白代萼
本作の主人公。和修の半人間。実は白代の「処刑人」と個人の「産み子」の二つの役割を担っていた人。吉時の妾腹の子。よって政の異母兄弟でニムラの姪。末端かつ異端なのであまり声はかからないが才能にあふれた子。幼少期はニムラと一緒に常吉に可愛がられていた。
母親
先代の白代の当主。白代は代々内外関係なくVの邪魔者や裏切り者、黒歴史(この場合主に歴史の闇ともいうべき代物)を跡形もなく葬り去る「処刑人」を役割としている。ウテナは私生児で戸籍上の父親はなし。ということになっている。元は淡々としていたがある時を境に盲目的な言動を繰り返すようになる。
ニムラ
言わずと知れた和修の王。生い立ちが似ているウテナとは仲良しでお互いに兄と妹認識(正確な血縁は叔父と姪だが)。今回の件で「世界のぶっ壊し計画」に拍車がかかる……と思いきや時すでに遅かった人。リゼと同じくらい大事だった妹を殺したルト殺す。
和修政
宗家と分家、嫡子と庶子でかなり複雑な関係だった。でもお互いの息苦しさも理解していたため今回みたいな人間くさいアドバイスなんかもしてくれる(ただし意味はなくなる)。
ルト
漢字で書くと流徒。幼少期からウテナのことが好きでなんとかモノにできないかと思っていた時に「産み子」の役割のことを知っていろいろ根回しとか囲い込みとかやってきた。今回はそれがすべておじゃんになったので凶行に及ぶ。