不死川さんとの任務後さらに任務と任務と任務を重ねて、晴れて階級が「乙」に昇進しました。
今回の任務は終わって途中で同じく任務帰りのカナエさんと会い、一緒に蝶屋敷へ帰る。はずだった。
目に「弐」の文字が刻まれている鬼に遭遇するまでは。
手足の感覚が、ない。肺が痛くて苦しいはずなのに頭がぼんやりしている。
そうだ、カナエさん。カナエさんはどこだろう。私を蝶屋敷に誘ってくれた人。私の姉みたいな人。大事な、ひと。
どこにいる。どこに。どこ?
働かない頭で、見えているのに淀む視界でカナエさんを探す。
いた。でもカナエさんは倒れて寒さからか震えていた。いつもの彼女のような血色のいい笑顔はない。今にも死にそうなくらいの真っ青な肌色。笑顔の「弐」がこちらに近づいてくる。狙いは私かカナエさんかわからない。でもその代わりにわかるのは――このままでは私もカナエさんも死ぬということ。
私はいい。元々この世界に来る前に死んで運よくここに来ただけだから。でもカナエさんはだめだ。カナエさんには蝶屋敷という家族がいる。鬼殺隊を支える柱の一本でもある。そしてなにより私が死なせたくない。私の大事な人の一人。失いたくない。また蝶屋敷のみんなでパーティーをするのだ。だから、だから――
「おや?まだ立ち上がるのかい」
「……」
「もうやめておきなよ、たしかに君のその無駄な行動は立派だ。でももう君の呼吸とやらを――身体機能そのものを壊すには充分過ぎる。諦めて俺に食べられ――」
蜜の呼吸 参の型・
斬撃を躱される。でもそんなことはわかっていた。今はとにかく、カナエさんに近寄らせないように私が気を引く!
――血中のRc細胞の活性化、およびそれに伴うRc値上昇を確認。
――Rc細胞値1000を突破。
――擬似半喰種へ一時的に転化。
寒さで壊死しかけていた体を作り変えて震い立たせる。
切り詰めても相手の持つ鉄扇で防がれた。
でもそれでもいい。守りたいものが守れるのならなんでもいい!
「?んー?君もたしか俺の血鬼術受けてたはずだよね?それなのになんでそんな動けるのかな」
「素直に教えると思うか?」
「いいや?……にしても君面白いねえ!」
「っ!」
遊びながら相手してるなこいつ……。
夜明けまであともう少し時間がある。それまで持つか……
いや、持たせなければ。カナエさんを死なせるわけにはいかない。玖楼くんにも戦闘が始まる前に言伝してあるから援軍もくるかもしれないけど、この分だと私が持ち堪えるしかないだろう。
「普通は俺の『粉凍り』を吸ったら肺胞が壊死して使いものにならなくなるはずなんだけど。君はどう回避したのかなっと!」
「ぐ……っしまっ、!!」
鉄扇で切りつけられると同時に足元を凍らされ身動きが取れなくなる。
そしてそれと同時に正面から抱きしめられた。まずい。抱きしめるということは自分の背後に相手の手が回っているということであり、そのうえ相手は鬼だ。鯖折りにされる可能性もある。
「つかまえた♪」
「っ」
吐息の掛かる距離に内心ゾッとする。しかし縫い留められていて私は動けない。
「ああやっぱりこの匂いは君のだったんだねえ。甘くていい匂い。俺好きだなあ」
「……」
「俺の『粉凍り』をどうやって回避したのかも気になるけど、なんだか君自身に興味が湧いてきたよ――ねえ、君も鬼にならない?きっと今よりずっと楽しいよ」
「断る!」
私は言うが早いか、奴の頸を切りつけた。
「(浅いか……)」
ここで仕留め損なうということは実質死を意味する。ごめんなさい、お館様。カナエさん。しのぶさん。カナヲさん、なほちゃん、きよちゃん、すみちゃん。
しかし反撃はいくら待っても来ることはなかった。鬼はきょとんと呆気に取られたような表情でこちらをみて、それから微笑むと――私の頸に噛み付いた。
「うん――うん。覚えたよ。君の匂い、君の味、君の顔」
離された口の端から私の血が溢れている。そして奴はにっこりと胡散臭い笑顔で私を見た。
「俺は上弦の弐・童磨。じゃあね、鬼殺隊の蜜の君。いつかまた会いに行くから待っててね」
「ふざ、け」
「ばいばい」
そのまま奴は去っていった。私はもう限界で――――その場に崩れ落ち、意識を失った。
****
次に目が覚めたのは見覚えのある天井だった。
「「「ウテナさん!!」」」
「なほ、ちゃん、きよちゃん、すみちゃん」
「目が覚めたんですね!!」
「あ、うごいちゃだめですよ!」
「今しのぶ様たちを呼んできますね」
そして三人がいなくなった後、程なくしてしのぶさんがやってきた。
「萼さん、目が覚めたんですね!」
「はい、すみませんご迷惑をおかけして。それで、あの……カナエさんは」
「迷惑だなんて思ってません!!姉さんは大丈夫です。あなたより先に目が覚めました。ただ、肺胞の一部が壊死してしまっているので日常生活はともかく、鬼との闘いはもう降りることになりますが」
「そうですか。すみません、ちゃんと無事に帰って来れたらよかったんですけど」
「いいえ、むしろ生きて帰ってきてくれただけでも……あなたたち二人が帰ってきてくれてよかった。萼さん、本当にありがとうございました」
「――こちらこそ」
あなたたちのその言葉に、どれほど救われていることか。
「今姉さんがお館様に報告に行っています。意識が回復したばかりで申し訳ないんですが、今回の鬼について聞いてもいいですか?」
「ーーはい。私たちが遭遇したのは上弦の弐。名前を童磨。氷の血鬼術を使ってきます。最も気を付けなければならないのは奴の出す冷気を吸ってしまうこと。奴は『粉凍り』と言っていましたが、それを吸うことで肺胞が壊死し、呼吸が使えなくなるどころか生命維持にも異常をきたします」
「初見殺しもいいところですね……それではいくら姉さんでも……そういえば萼さんはどうやって」
「前に、私の出生をお館様から聞いていますよね」
「はい……鬼に近い生物と人の混血、半人間であると」
「私の世界ではRc細胞という特殊な細胞があります。これは人間にも喰種にも含まれ、この数値が約100前後が常人。1000以上を喰種と区分しています。私たち半人間は常人よりも高め……1000を下回る程度です。Rc細胞値は基本的にそのままです。喰種であれば食べるたびに上昇するということがありますが……でも、稀に特異体質を持って生まれてくる場合もあります」
「……それが」
「私です。私は自分の血中のRc細胞値を操ることができます。あの時はRc 細胞値を1000以上に上昇させることで擬似的に半喰種化することで体を作り替え、壊死させられる度に超再生を繰り返していただけです。根本的な解決には至っていません」
「ちょっと待ってください。半人間は間の子であるが故に短命であると聞きました。ではそんな体で超再生を行っていたあなたは……」
やっぱり、しのぶさんは頭が良すぎるし、根本的に優しい人なのだ。現に今、気づいたように反応した後、酷く泣きそうな顔になっている。
「少し、無茶をしました。でも、生きてます」
「!」
「私は生きて帰ってきました。きっとあそこでやらなければ私はどのみち死んでいたでしょう。悲しませてごめんなさい。でも、私はここになんとしても帰ってきたかった。まだしのぶさんやみんなと一緒にいたかったんです」
だから私は先より今を選んだのだ。
「まだ、なんて言わないでください。いつか離れていくことを前提に語らないでください。――知ってますか、カナヲが私たちの部屋ではなく食堂の側をうろついている事、あれはあなたがここに泊まった朝限定の光景なんですよ?知ってますか、なほやきよやすみがあなたがここに来ることを待ち焦がれて来る予定の日の茶菓子に藤の花の蜜漬けを出してる事。知ってますか、姉さんがあなた宛ての髪飾りを真剣に選んで慣れない包装を一から自分一人でやっていた事。あなたがいることが当たり前になってまだかまだかと待ち続けたところに重体の報せが届いた私の事――あなたはもう、私たちの家族なんですよ?……そんな寂しい言い方、しないで」
「――うん」
しのぶさんの目から溢れ出た透明な雫は、日の光を受けて宝石のように光り輝いていた。