秘蜜の刃   作:紗代

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白代萼と蝶屋敷2

怪我が回復し、上弦と戦い生き残ったことや今までの戦績から「甲」に昇格した。カナエさんは柱を降り、蝶屋敷で働き続けている。そしてカナエさんと入れ替わりで柱に昇格したのがしのぶさんである。今日お館様から拝命されるらしい。

私も機能回復訓練を終えたところで今日は蝶屋敷の手伝いをしている。

 

「カナエさん、こっちの処置終わりました」

「じゃあ新品の包帯持ってきてくれる?こっちのもうなくなりそうなの」

「分かりました」

 

カナエさんに言われて包帯を取りにいく途中、廊下でうずくまる誰かがいた。

 

「どうかしました?」

「!」

 

ビクッと反応して恐る恐る顔を上げたのは

 

―――あちこち怪我をしてボロボロの泣いているアオイちゃんだった。

 

「――萼、さん」

「アオイさん、怪我してるじゃないですか!病室抜け出してきたんですか!?」

「病室に居たくなくて……私には治療を受ける資格なんてないのに」

「……病室で何かありましたか?」

 

たしかアオイちゃんの病室は一人部屋だったはずだ。

 

「いいえ……」

「そうですか……お腹、減ってます?」

「わからないです」

「じゃあちょっと待っててくださいね。でもここはだめです。食堂で待っててもらえますか?」

「はい……」

 

そのまま彼女は食堂に歩いていく。普通に歩いているはずなのにその後ろ姿は細く小さく見えた。

 

****

包帯を置きに行った時、私はそれとなくカナエさんにアオイちゃんのことを聞いてみた。

ここに運びこまれて来たのが約二日前。彼女は任務で負傷したけどなんとか生き残ったーーでも、あと残りの隊員たちは一人は成す術もなく目の前で殺され、もう一人は一緒に運ばれてきたものの既に手の施し様がない状態で結局亡くなってしまった。

そんななか自分一人が生き残ってしまったことや精神的なことから、まったく寝ていないうえにまったく食べていないらしい。

 

「はい、お待たせしました」

 

そこで私が彼女に出したのはお茶漬けだった。胃に何も入っていない状態で固形物はきついだろうし、かといってお粥やおじやはどろどろしているから口に残る。なので手早く出来ることもあってお茶漬けにしたのだ。ちなみに出汁茶漬け。具は蒸し鶏と海苔と種を取った小さめの梅干し。

 

「とりあえず食べてくださいね。今のアオイさん、話す前に倒れちゃいそうですから」

「でも、私には生きる資格なんて」

「ありますよ、資格じゃなくて義務が」

「……」

「というわけで食べてください」

 

そう言うとアオイちゃんは観念したのかゆっくりとお茶漬けを食べて時間をかけて完食してくれた。

 

「ご馳走さまでした」

「お粗末さまでした」

 

お腹が満たされたからかアオイちゃんは出会った当初より落ち着きを取り戻している気がする。

 

「私、今回の任務で生き残ってしまったんです」

「……はい」

「生き残ったことに対しての罪悪感は……たしかにあります。でもそれよりも、もっと最低なことを思ってしまいました」

「……どんな?」

「鬼が怖い。死にたくない。ーー鬼と戦えない。私は家族を鬼に殺されてその復讐心から鬼殺隊に入隊したのに、結局死にたくなくて……今でも思い出します。目の前で殺されて貪られていくのを、私の隣でか細く呼吸をしながら死んでいった同僚たちを……そしたら震えが止まらなかった。もう、一度思ってしまったらだめでした。思い込みと言われればその通りなのかもしれません。でもだめです、だめなんです。立ち向かう自分を想像できない……ごめんなさい、私なんかが生き残ってごめんなさい」

 

全部言いたいことを言い切ったのか途中からまた流れていた涙は決壊したように止めどなく零れ落ちていく。

 

「私はアオイさんが生き残ってくれてよかったと思っています。私、最終選抜を終えてからずっとあなたが気になっていたんです。同期が運ばれてくるたびあなたなのか確認するくらい。あなたは出会った時から自分を卑下していますけど、実はあの時あなたが私の手当てをしてくれなければ、一緒に行動してくれなければ死んでたかもしれないんですよ」

「ど、して……だってあなたは強くて、私なんかいなくてもどうにか出来たはず」

「実は私は稀血のなかでも特殊な稀血で、鬼の誘引作用があるみたいなんです。だからあの時は鬼を誘き寄せるために怪我をしました。でもその後ちょっとしか怪我をしていない私の手当てをしてくれたでしょう。あの時の山にはまだ数十体の鬼がいたそうです。私の軽率な行動で一歩間違えれば食べられていたところを、何気無いあなたの手当てが救ったんですよ」

「……大袈裟です。私は他に出来ることがないから」

「それでも普通はお礼を言って終わりが殆どですよ。アオイさんだからお礼も手当てもしてくれた。そんな人、私の今までの人生のなかであなただけです。ーー生き残ってくれてありがとうございます」

 

他の人たちにだって帰りを待つ人はいただろう。でもそれと同じように、私だってアオイちゃんを待っていたのだ。

 

「聞いていいですか」

「はい」

「私はあなたの役に立っていましたか」

「はい、それはもう」

「私、……私は生きててもいいんですか」

「――はい。おかえりなさい、アオイさん」

「う、うぅ~~ひっ、うぐ、う」

 

アオイちゃんが泣き止んで眠るまで一緒にいることにした。泣き止んで眠ったアオイちゃんを起こさないように気を付けながら運び診察室へ戻るとそこには既にカナエさんだけでなくしのぶさんも帰ってきていた。

 

「しのぶさん、おかえりなさい」

「はい、ただいま戻りました、萼さん」

「ちょうどよかった、今蝶屋敷のことで話していたところなの」

「ここのことで?」

「はい。ここで立ち話もなんですし、場所を変えましょう」

 

そう言って通されたのはしのぶさんの部屋だった。

 

「まず私はお館様より柱の地位を賜りました。よって今日付けで蟲柱となります」

「おめでとうございます、しのぶさん」

「おめでとうしのぶ。本当は鬼狩りから離れてほしい……なんていうのは私の我が儘ね」

「姉さん……」

「私はこんな体だし、鬼狩りをしてこうなった以上とやかくいう資格はないわ――だから生き残りなさい、しのぶ。生きていればどうとでもなるのだから」

「――分かりました」

 

しのぶさんは力強く頷いた。それにカナエさんもこくりと頷いて微笑んだ。

 

「私は二人を追い込みあまつさえ少ない萼さんの時間を削り取った鬼を――上弦の弐を許しません。お館様や他の柱の方々にもそれを話し、上弦の弐の情報を逐一こちらに流してもらえることになりました。なんとしても奴は、必ず殺します」

 

殺気立ちながらも冷静に言い放つしのぶさん。その決意はどんな言葉をかけても揺るぎないものなのだろう。上弦の強さを知る私どころかカナエさんでさえ何も言えなかった。

 

「それで今後、研究のことや患者のこともあるのでなるべくここに居るようにはしますが、柱としての任務や情報収集などでいない時も出てくることでしょう」

「そうね、柱の忙しさは他の隊員の比ではないから」

「萼さんも今や階級は甲。加えて上弦との戦いで生き残ったことを含めていつ柱を拝命してもおかしくありません」

「そうなると萼がくる前より圧倒的な人手不足になっちゃうわね」

「みんな懸命に回してますけど、このままだと個人の休憩時間もままならなくなりますね」

「そう、問題は蝶屋敷の運営なんです。鬼殺隊は政府非公認の組織です。となると内部の医療機関である蝶屋敷をなくすわけにはいきません」

「せめて人がいればいいんだけど……」

「ですが皆さん鬼に恨みを持って入隊志願した方が殆どですからあまりこっちを省みないんですよねえ」

 

はあ、とため息をつきそうなしのぶさんとカナエさん。うーん、どうしたものか……と、思っていた時に思い当たった。

 

「一人だけ、推したい人がいます」

 

 

 

 

 

 

「私が、蝶屋敷の医療現場に」

「はい。是非ともアオイさんに加わってもらえたらと思って」

 

私が推したのはアオイちゃんだった。

 

「でも私が出来るのなんて精々応急措置で」

「世の中には唾を付けていれば治るとか言って応急措置すらしない出来ない人もいますよ」

「まず萼さんはともかく蟲柱様の許可は……」

「アオイさんのことを話したら笑顔で即決してくれましたよ」

「で、でも私、戦いが怖くなって逃げ出したんですよ!?……こんな腰抜け一体なんの役に立つっていうんです」

「それですよ」

「?」

「あなたは戦場の怖さを理解しているじゃないですか。隊員のなかにはそういったトラウマや心的外傷で誰かに寄り添ってほしい人もいるんです。そうして鬼を倒せる人たちを治してその人に倒してもらうことであなたも鬼狩りに貢献しているんです。治す人がいなければ戦う人は存在出来ないんですから」

「!」

 

はっとしたアオイちゃんに向かって私は頭を下げた。

 

「お願いします。どうか私たちに力を貸してください」

 

 

 

 

 

そしてそれから約一ヶ月後。

 

「萼さん、明日は採血の日ですから忘れないでくださいね」

「はい、ありがとうございますアオイさん」

 

アオイちゃんはすっかり蝶屋敷に馴染み、今はカナエさんと一緒に現場を取り仕切っている。

 

「どうしました?」

「いえ――それじゃあ、行ってきます」

「──はい、いってらっしゃい」

 

──そう見送ってくれるアオイちゃんは、自分が微笑んでいることなんて知らないんだろうなあ。

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