柱になってから約二年半。私は便宜上十七歳になってまだこの世界で生きている。
柱になって変わったことは特にない……わけではなく、任務の多さは確かに柱になったことで実感したし、今までの貸家を引き払ってお館様に頂いた大きな屋敷で寝起きするようになった(屋敷に特に名前は付けていないけど、皆私から取って蜜屋敷と呼んでいる)。平日の空いた時間は蝶屋敷か若様方の世話役紛いのことをしている。休日に何もすることがなくなっても同じだ。たまにぼーっとしていたくなった日だけ屋敷に籠る。そうないけど。
「カアー、ウテナさんウテナさん!任務要請ー!!」
「ありがとう玖楼くん、ちょっと待ってね」
「マツー、マツー!」
旅支度をして任務に向かう。
途中藤の家に寄って夜まで休ませてもらい夜は鬼を殺す。毎回やることは一緒だ。
「そういえば今年は何人合格したんだろう」
私がアオイちゃんと出会う契機にもなった最終選抜。今年もそれなりの人数が来たらしい。カナヲは私としのぶさんとカナエさんで修業を見たので言うまででもないけど(実際余裕そうに帰ってきたのでそのまま合格・帰還祝いのパーティーになった)案内役である輝利哉様とかなた様いわく今年は豊作だったようだけど……
「(かなた様……)」
帰ってきたかなた様には殴られた痕があって整えたはずの髪もぐしゃぐしゃになっていた。聞くところによると虫の居所の悪かった合格者にやられたらしい。そして別の合格者に助けられたとも言っていた。
――たしか、花札の耳飾りを付けた少年だったか。
お礼を言わなくては。
「(私の同期で生き残っているのはアオイちゃんだけ)」
他の三人は全員一年以内に死んだ。
「今年の子たちは何人生き残ってくれるのかなあ……?」
「カアー、カアー!」
「……そうだね、私は私で動くしかないよね」
指に止まった玖楼くんを撫でてから藤の家を出た。
****
「鬼の匂いがする以上、避けては通れない、か」
鉄錆びの匂い、血の匂い、鬼の気配、人の気配。様々な者が渦巻いている屋敷の前に私は立っている。
「――とりあえず一番強い鉄錆びの匂いのところから当たってみるか……って原稿?」
床に落ちている原稿用紙――というかそのまま手書きの原稿らしきものを拾い上げていく。ホラーゲームだったらこういうのがキーになったりするんだけど、そんな都合のいい事ないだろうなあ、現実だし。と思いながらも拾い集めて読みながら進んでいく。
さらに奥に入って警戒しながらできる限り速度を上げて進み続け――行き当たった。
襖は……いいか、ここの住人っぽそうな気配はないし。
そしてそのまま切り捨てて中に突入する。
中にいたのは鬼殺隊の隊員の男の子、それから鼓が特徴的な鬼。
「こんにちは、取り込み中だった?まあ鬼なんだし当然捕食しようと思ってのことなんだろうけど……にしても面白い血鬼術だねえ。反転した世界も倒錯的で悪くない」
「あ、あなたは?」
困惑しながら私を見る少年ににっこりと笑顔を向ける。
「通りすがりの先輩だよ。とりあえず自己紹介はちょっと待ってね」
言葉を区切ってそのまま特攻する。血の匂いや鉄錆びの匂いは強いけど上弦クラスではないな。
「この匂い……貴様も稀血か!ちょうどいい、貴様から先に喰らってやろう」
「正解だけど、それは無理なお願いかなだって――」
あなたはここで死ぬのだから。
まず鬼の頸を刎ね、胴を、手を、足を、すべてを分割するように切り刻む。
……首を刎ねるだけで充分だというのに今でもつい解体してしまう悪癖(?)はそのままである。切り飛ばされた鬼の首がこちらを――正確に言うと私の持つ原稿を見ていた。
「――それは、小生の、原稿」
「ああ、これの作者はあなた?ならこれもらってもいい?」
「……そのようなものを持っていて、何になる」
「私が気に入ったからもらいたいだけ。綺麗な言葉と文章を読むのが好きなのよ」
「きれい……小生の話が……そうか、面白かったか?」
「ええ、とっても。少なくともどこかの軽そうに見えてえぐい内容を書いてくるくせ毛作家より読みやすい」
あの人の作品はいちいち私の触れてほしくない部分に焦点を当てて抉ってくるようなものばかりなのだ。あの人の作品の一ファンではあるけど新作が出るたび精神的に弱る。圧倒的矛盾である。
「……そうか」
そう言うと鬼は満足げに消滅していった。……ひょっとしたら誰かに認められたかったのかな。
「す、すごい……」
「ありがとう、これで少しは落ち着いて話せるかな。私は白代萼、君と同じ鬼殺隊の一員」
「俺は「竈門炭治郎、でしょう?」!なんで俺の名前」
「ちょっとお礼が言いたくてね。最終選抜の日輪刀の玉鋼選びの時にかなた様を――案内役の方を助けてくれてありがとう。おかげであの方は痕が残ることもなくすっかり良くなったの」
「そんな、俺は当然のことをしただけで」
「うふふ、謙遜しなくていいんだよ。と、そういえば気になってたんだけど――どうして君から鬼の匂いがするのかな?」
「!!」
炭治郎くんの顔色が一瞬にして変わった。心なしか呼吸や心音が早い。
「血の匂いがしない、無垢な鬼の匂いが人間である君の匂いと別に付いてる。ここまで染みついているということはずっと一緒にいる、ということなのかな?」
「あ、あの!禰豆子は鬼にされましたが人を一度も襲っていません!食ってもいません!」
「うん、きっとそうなんだろうね――私もお館様から何もない以上手を出す必要性を感じないし……なにより君から嘘の気配がしない。だから、信じるよ」
「!本当ですか!ありがとうございます!!」
礼儀正しく頭を下げる炭治郎くん。随分真っ直ぐな子だ。所謂私の苦手なタイプその三。あんまり深入りしたくないけどいい子だし……乗りかかった舟だからなあ。
「でも気を付けて。鬼にも人にも。私に連絡が来てない以上、お館様が――鬼殺隊の頭首が容認していても他の一般隊員には何も知らされていない可能性が高い。鬼殺隊は基本的に鬼に恨みのある志願兵の寄せ集めだから」
「はい……」
心当たりがあるのか炭治郎くんは下を向いた。やってしまった。いじめたいわけじゃないんだけど。
「でも、君がその子を制御できると、その子が決して人を食わないと証明出来たのなら、きっと大丈夫」
「……はい!」
――まあ、喰ってしまったその時は私が二人とも殺せばいいだろうし。
なんて思ったことは口にせず黙しておこう。
「もう他の気配もしないし、私はもう行くから。じゃあね」
「はい!ありがとうございました!」
炭治郎くんに見送られ私はそのまま屋敷から飛び出た。長居するつもりはなかったし、私の身体能力ならこのくらい元から難なくこなせる。
「さて、私たちも帰ろう玖楼くん」
「カエル、カエルー!」
玖楼くんは飛ぶのをやめて私の肩に乗る。そして私も羽を一撫ですると歩きだした。
「本当は、助けなくてもよかったのかもね」
きっとあれは彼一人でもなんとかなったのかもしれない。なんて今冷静に分析して思ったけど、もうそれも後の祭りだろう。
そんなぼやきは私の中に溶けていった。