炭治郎くんと出会ってから数日経ったある日、蝶屋敷で仕事をする私のもとに玖楼くんの通じてお館様より伝令があった。
「カアー!水柱と蟲柱が戻り次第柱合会議!柱合会議!」
「もうそんな時期なんだねえ、他には何か聞いてる?」
「二人が拘束した鬼を庇う隊員の裁判ダッテ!」
「──その隊員の名前は分かる?」
「マダワカラナイ!」
炭治郎くんは容認されていたわけだし、じゃあ別の誰かなのだろうか。いやでも柱の私に伝わってなかったっていうことは……ひょっとしたら他の柱にも連絡がいっていないっていうことなんじゃ……?
どっちにしても結局その場に行ってみないことには分からないのだ。この思考はここまでにしておこう。
「伝令たしかに賜りました、ってお願い出来る?」
「ウン!分かった!カアー!」
そのまま玖楼くんを見送ると仕事に戻る。しのぶさんとカナヲがいない分私もいつも以上に働かなくては。
「萼さーん!」
「今行くー!」
呼ばれた声に私は意識を仕事の方に切り替えた。
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柱が全員戻ってきたと報せを受けて私も産屋敷邸に運んでもらい、中に入る。不死川さん以外の全員がそこに揃っていた(一人は木の上だけど)。
「皆さんお久しぶりです。あと来ていないのは不死川さんだけですか?」
「萼ちゃんお久しぶりー!」
「お疲れ様です萼さん。私が居ない間蝶屋敷をありがとうございます」
「いえ、カナエさんやアオイさんたちもいてくれますから。おかえりなさい、しのぶさん」
「はい、ただいま戻りました」
和やかに私たちが話す中、隠の人が見覚えのある羽織を着た誰か――というか炭治郎くんを背負ってやってきた。そしてそのまま無造作に床に寝かせると容赦なく起こそうとする。いやこのちょっとピリピリしてる空気の中にいたくなくて早く起こそうとしてるのはわかるんだけどさ。見た感じ炭治郎くん傷だらけでボロボロなのに起きないからって何度も怒鳴るのはどうなんだろう。
「やいてめぇ」
「そう何度も怒鳴り起さなくても大丈夫ですよ、ここまで彼を連れてきてくださってありがとうございました。私が起こしますから少し下がってくださいな」
「み、蜜柱様!?しょ、承知しました!!」
そういうとズザザザザッ!と音がしそうなくらい凄いスピードで下がられた。
なんか納得いかないけど、そろそろ起きてもらわないとお館様がお見えになってしまう。
私は構わず炭治郎くんを起こすことにした。
「起きて、炭治郎くん」
炭治郎くんは起きない。かと言って暴力的に起こすのはよくない。
「起きなさい。早くしないとお館様がお成りになるわ」
「っ……?!」
「やっと起きたね、おはよう炭治郎くん」
状況が把握出来ていないのか驚いたように周りを見回している。うん、そうだよね。そりゃあ任務で死にかけたと思ったら目を覚ましてすぐに人に囲まれている状況なんてそうないし、あったとしても絶対にいい連想はしないだろう。
「ここは、鬼殺隊の本部です。あなたは今から裁判を受けるのですよ。竈門炭治郎君」
「っ!ゴホッゴホッ」
「……口の中乾いちゃってるのかな。しのぶさん、水とかってありますか?」
「ありますよ。きっと体もかなり痛むでしょうから、鎮痛剤入りの方がいいですよね」
「ありがとうございます」
しのぶさんから鎮痛剤入りの水をもらい、炭治郎くんに飲ませる。
「乾いたままで勢いよく呼吸しちゃだめだよ。身体への負担も肺への負担も大きいんだから、飲んで落ち着きなさい」
「――ぷは、ありがとうございます、萼さん」
「どういたしまして」
「あら、冨岡さんだけでなく萼さんも坊やと面識があるんですか?」
意外そうに言うしのぶさんの言葉に全員の視線が私の方を向く。
「まあちょっと、帰り道に彼の任務地とかち合って出会った感じですね」
「では白代はこの隊員が鬼を連れていることを承知の上で放置していたと?」
伊黒さんの指摘にやや室内の空気が張り詰める。
「私も禰豆子さんに直接会ったことはありませんが、結果としてはそうなります。炭治郎くん本人の匂いとは別に血の匂いが一切しない鬼の匂いがしたことは確かですから。正直驚きました、こんなにも無垢な鬼の匂いがあるのかと」
「……お前の御託はどうでもいい。問題はなぜ鬼を容認していたのかだ」
「うむ!鬼を庇うなど明らかな隊律違反だからな!」
「白代に冨岡、柱が二人もか。こりゃあ派手に洒落になんねえぞ」
「それに関しては面目ないというか……反省しています」
「反省で許されるのならば隊律などいらない」
「かわいそうに、そこの少年も二人も鬼に騙されているのだ」
ごもっともである。まず渦中の私にしたって純粋に炭治郎くんたちを信じてそのままにしたわけではない。
「あのお、でも疑問があるんですけど…お館様がこのことを把握していないとは思えないです。勝手に処分しちゃっていいんでしょうか?」
蜜璃さんのその言葉にみんなは大人しくなった。でもやっぱり思うところがあるのか何とも言えない顔をしている。そんな中必死な叫びと足音が近づいてくる。
「困ります、不死川様!!」
「鬼を連れてきた馬鹿隊員はそいつかィ?」
それは隠に必死に止められながら鬼の匂いがする木箱を持った不死川さんだった。
「不死川さん?勝手なことしないでください」
しのぶさんが険しい顔つきで怒ってもどこ吹く風と言わんばかりの態度で不死川さんは続ける。
「白代ォ!!」
「何でしょうか、不死川さん」
「なぜこいつのことを黙ってた?」
「こんなことは前例がないのでお館様が認知されていないはずがない、と思ったことと炭治郎くんが嘘をついている気配がなかったこと。炭治郎くんに付いているその子の匂いに血の匂いがしなかったことですね。――それにいざとなったら私が二人を始末するかどうかも加味して、ではありますが」
「……いざとなったら、だぁ?」
「はい」
「襲われてからじゃ話にならねえ、証明できんのかよ、ああ?」
「必要だとおっしゃるのであれば」
「てめえ……」
「……」
私に痺れを切らしたのか舌打ちをすると日輪刀を構えて木箱に当てる。
「!不死川さん」
「やっぱりてめえは甘えんだよ!」
「や、やめ!」
顔を青くして炭治郎くんが制止しようと声を上げるも間に合わず、日輪刀は深々と箱に刺さり箱の穴からは血が滴る。
「……善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないのか!?」
「鬼に良いも悪いもあるか!鬼なんてのは所詮人食いの化け物なんだよ!!」
「っ!!」
「炭治郎くん!?」
私が声を上げるが先か、炭治郎くんは両手を縛られた状態で跳躍し――不死川さんに渾身の頭突きをお見舞いしていた。
「っぐ」
「あだ!」
不死川さんは相当衝撃が強かったのか鼻を抑えてしゃがみこむし、炭治郎くんはそのままというか、落下して盛大に倒れ伏した。
「不死川さん!炭治郎くん!」
炭治郎くんは隠に回収されたので私は不死川さんの方へいく。
鼻血は出ているけど骨や眼球は大丈夫そうだ。とりあえず拭くのと応急処置として拭いてからハンカチを不死川さんの鼻に当てた。止血は呼吸でできるので大丈夫だけど、これからまもなくお館様が来るのだ。身だしなみはしっかりしなければ。
「てめえ、ふざけんなよクソガキ!」
「不死川さんむやみに動かないでください!血の付いた顔でお館様に謁見なさるつもりですか?」
「っ……寿命が数分延びたな」
さすがにまずいと思ったのか不死川さんは皮肉を口にしてから素直に鼻に当てられていた私のハンカチで血を拭った。
ちょうどその時、ここに近づく足音がした。
「お館様のお成りです」
「よく来たね、私の可愛い剣士たち」
「!」
私はその場に伏す。他の柱たちも同じように。炭次郎くんは状況が読めず、隠に強制的に伏せられていた。
「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」
「ありがとう実弥」
「畏れながら、柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明いただきたく存じ上げますがよろしいでしょうか」
「そうだね、驚かせてしまってすまなかった。ーー炭治郎と禰豆子は私が容認していた。そして皆にも認めてほしいと思っている。萼のようにね」
しかしやはりというか、お館様の御言葉を以てしても反対の柱の数が多い。
そこでお館様は一通の手紙を取り出した。それは炭治郎くんの育手からの嘆願書だった。
「“もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は竈門炭治郎及び────…鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します”」
そうか──そっかあ……
「お館様」
「なんだい萼」
「その文面に私の名を足していただきたく」
「!」
周りの柱は皆何かしらの反応をしているし、炭治郎くんも泣いてるけど、ここまでされている子なのであれば──私も懸けよう。私みたいな風前の灯がどの程度効くのかは分からないけど、ないよりはいくらかましだろう。
「確かに鬼は抹消すべきものだと思いますが、そう思いながらも私が二人を見逃したのは事実です。鬼殺隊の一員としてお館様より授かった蜜柱として、気休めにもならないかもしれませんが、どうか責任の一端を担わせてくださいませ」
「……切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」
「不死川の言う通りです!いくら白代が命を懸けると言っても、人を食い殺せば取り返しがつかない!!殺された人は戻らない!」
「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない。証明ができない。ただ──人を襲うということもまた証明できない」
「!!」
「──いえ、証明ならば私が」
私は隠の方に行って木箱を受け取り許可をもらって日光
の当たらない屋内へ上がる。
「炭治郎くん、ちょっと禰豆子ちゃん出すね」
一応断りを入れて扉を開ける。その中にいた小さな可愛らしい女の子だった。
「ごめんね、すぐに終わるから」
「?」
そして私はその子の目の前で自分の腕を切り付けた。それなりに出血が多い。
「!」
それを見た彼女からは涎が垂れていたものの勢いよく顔を背けた。──よかった。
「──いかがでしょう、お館様。これで竈門禰豆子は人を襲わないという保証にはなり得ませんか?」
するとお館様は微笑んだ。
「ああ、ありがとう萼。これで禰豆子が人を襲わないという証明がされた。怪我をさせてしまってすまないね」
「お館様のためとあらば」
そして私は禰豆子ちゃんの箱を閉じて一緒に下がった。
「疑いも晴れたことです。その子たちを蝶屋敷へお願いします」
「いいんですか?しのぶさん。もしものために私の屋敷の方が……」
「いいんですよ。あなたがそこまでしたんですから、私も一先ずは信用します。というわけで、お願いしますね」
しのぶさんは微笑むと隠に指示を出して退出を促した。
「承知いたしましたぁ!!」
「ではこれより柱合会議に入るとしよう」
「え、あの!まだその傷の人に話が……」
粘ろうとする炭治郎くんに何かが──玉砂利が当たった。
「お館様の話を遮ったら駄目だよ」
犯人は時透くんか。まあ仕方ない。怪我人の二人には悪いが、この場において一番優先されるのはお館様なのだから。
そして炭治郎くんたちは引きずられるようにして退出して行った。
「さあ、気を取り直して柱合会議を執り行うとしよう」
『御意』
後で様子を見に行こう。というか冨岡さんも嘆願書出すくらい可愛がっているのならもうちょっとフォローに回ってもよかったのではないのだろうか。なんてモヤモヤしながら私は今日の柱合会議に参加することになった。