──ある列車に乗った隊員がそのまま帰ってこない。そんな都市伝説のような本当の話から私はその列車に派遣されることになった。
今私は煉獄さんと一緒に現場の列車に乗って出発を待っている。
「うまい!うまい!」
私と向い合せで座る煉獄さんの周りには大量の駅弁の空。……さすがに食べすぎじゃないだろうか。
「八両編成ですしやっぱり私は別の車両にいたほうがいいでしょうか?」
「いや!その必要はない!鴉を連れ込めない以上単独行動は危険だ!」
「……なるほど、わかりました」
蜜璃さんのおかげで前よりはましになったものの、やっぱり苦手なのだ。
……今離れる口実なくなったけど。
「萼さん!?」
「炭治郎くん?」
そんなところに救世主が現れた。いや、この子のことも若干苦手だけど。
どうやら炭治郎くんは「ヒノカミ神楽」について煉獄さんに聞くためにこの任務に同行を申し出たらしい。
……といっても煉獄さんは「ヒノカミ神楽」のことを知らないそうなので可哀想なことに収穫はないようだけど。
「にしてもそれを聞くためだけにこの任務に同行を申し出るなんて凄いねえ」
「?どういうことですか?」
「だってこの列車で隊員が揃って行方不明になったから手に負えない案件として柱の私たちが来てるんだから、実戦経験の浅い隊員なんかは誰も同行しようなんて思わないよ」
「い゛や゛あああああああ!俺降りる!俺帰るううううう!!」
「知らなかったのか?」
「えーと、大丈夫大丈夫。出来る限り守るから、ね?」
「萼さあああああああん!出来る限りじゃなくて必ず守って!お願いします!」
「大丈夫、私より柱歴の長い煉獄さんもいるんだから」
「ああ!任せておけ!!」
そんなこんなしているうちに列車が発車する。善逸くんはそれでまた発狂したけどもうどうしようもなくて諦めていた。
「切符を拝見させていただきます」
車掌に切符を切ってもらう。何か違和感がある。でも──
そこで私の視界は閉じた。
目を開けるとそこは酷く懐かしい場所だった。
「──
幼い子供の私がニムラとリゼと遊んでいる。二人が先に行くのを追い掛けようとして引き止められた。
「ウテナ」
「ルト!」
私を後ろから抱きしめるのは幼い頃のルト。
「今日も甘くて良い匂いがするねえ」
「ほめてる?」
「ほめてるよ、あー食べたいなあ」
「食べたいの?」
「うん……でもだめだね。それだとウテナと一緒にいられなくなる」
「そうだねえ」
このやり取りは昔から何度もしている。──結局一緒を望んだルトの方から殺されてしまったわけだけど。
「有馬さんに聞いたら、一緒にいる方法がわかるかな」
「どうだろう、有馬さんはもう外の仕事しちゃってるからいつ会えるかわかんないし」
「そっかあ、残念――じゃあさ、神様にお願いしてみるのは?」
「神様?」
「そう、神様!」
「じゃあ神様にお願いしたらなんでも叶うのかなあ?」
「うーん、努力次第、かな?でもウテナはいい子だからきっと叶えてもらえるよ」
「そっかあ……」
「ウテナ」
「!有馬さん!!」
横からの待ち望んでいた声にいち早く反応した。
「おかえりなさい、有馬さん!」
「ただいま」
「……じゃあね、ウテナ」
「うん、ルト、またね!」
手を振って見送った後、有馬さんと一緒に歩き始めた。
今はお互いに忙しくてなかなか一緒にいられないけど、昔はこうやってよく一緒に散歩していたのだ。
「有馬さんこの頃楽しそうだね」
「楽しそう?」
「うん、高校っていうところに行ってから楽しそう」
私がそう言えば、有馬さんはほんの少し微笑んだ。
「そうか……そうかもしれないな、学校なんて初めて行ったから」
「友達とかってできるの?」
「どうだろう、一人協力者みたいな人間はいるけど」
「よく一緒にいるの?」
「そうだな、ほとんど一緒にいる」
「なら友達なんじゃないの?」
他愛のない会話をしながら進んでいくと道端の蜘蛛の巣に蝶が掛かっていた。
「まだ生きてるね」
「そう大きな巣じゃないから蜘蛛の餌食になるのも時間の問題だな」
「そうなんだ……」
幼い私は蝶を傷つけないように慎重に巣から取り外し、逃がした。
「──どうして逃がした」
「だって、まだ生きてたし──一生懸命もがいてたから、生きたいんだろうな、って」
「──そうか」
その時の有馬さんはどことなく嬉しそうだった。
「(そしてそれが忘れられないからこうして夢にまで出てきている)」
私の夢はどうやら過去の記憶の再現らしい。
「(となると、あれもあるのかな)」
それに私の夢には他人の気配を感じる。
まだここはいいとしても、あそこにだけは行かせてはならない。
夢の中だからなのか定まらない気配をなんとなく追って走る。すると一人だけ私の記憶にない着物の女性がいた。
彼女は私を見るや否や走り去ろうとする。
「待ってください!」
「い、いや!私はこの綺麗な夢にずっといるの!なんで気付くのよ!!核を壊せば私は永遠にここにいられるんだから邪魔しないで!」
「ここを害さないなら永遠にいたって構わないから、それ以上先に進まないで!」
「核を壊さないとここにはいられないのよ!こんなに幸せな夢を見てるんだからいいでしょう!?」
「!」
刃物を持って襲い掛かられる。相手は一般人。刃物をこういったことに使うのは初めてだろうに、その勢いと目には迷いがないどころか血走っている。なにが彼女をそこまで駆り立てているのだろう。
「こんなに幸せな夢を見てるんだもの、きっとさぞかし良いことずくめの人生なんでしょうね。着てる物も上等で化粧だって顔だってなんでも持ってる。でも私は違う!家計を助けるために子守りでも靴磨きでもなんでもやった!化粧だって着物だって我慢して生きるために頑張った!なのに旦那は文句ばかりで子供も泣いてばかり!離縁して実家に戻れば気を遣われてばかりで居心地が悪い……なんで私ばかり!もう現実なんて嫌!私はあんたの核を破壊してずっとここにいるのよ!私を邪魔するあんたなんて死ねば良い!!」
振りかぶられた一撃を跳んで避けると女性はそのまま駆け出していく。
「待って!その先は──」
彼女が入って行ったのは白代の屋敷の蔵だ。蔵といってもその蔵には何もない。あるのは──
****
ある女性side
夢の主である少女からなんとか逃げ切り蔵の中に入るあれだけ必死に止めていたのだ、きっと核も含めて何かあるに違いない!
「え……」
そこには何もなく、ただ人が二人だけいた。片方は妙齢の女性だ。酷く美しいが同時に正気を保っていないことが一目で分かるほど目が濁り、どことなくやつれている。もう片方はその女性に似た──おそらくあの夢の主である少女の幼い頃の姿があった。そしてその手には短刀が握られている。
「うふふ、やっと来てくれたのね、吉時さん。待ってたのよ」
「お母様」
「誘──今は萼なんて名乗ってるのよあの子、せっかくあなたが付けたのに勿体無いことするの。悪い子ねえ」
「和修宗家──吉時様からのご命令です」
「そろそろ私、限界みたいなの。だから白代をあの子に継がせようと思うのだけれど」
「お母様を──」
「早いかしら?でも大丈夫よ、あなたの子だもの。出来がいいからすぐにこなせる」
「
「その時はあなたに殺してほしいわ」
「お母様」
「お願い、吉時さん」
「お母様──愛していました」
そして少女は短刀を振りかぶり──
「うふふ、嬉しい……愛してるわ……吉、時」
それが女性の最後の言葉だった。
それを見つめる少女が呟いた。
『──神様なんて、いなかったね』
私は思わずその場にへたりこんだ。
「──だから、待ってって言ったのに」
「あ……あ、あ」
声のした方に辛うじて首を向ける。彼女の目は、さっきの少女と同じ、絶望の深淵に立たされた目をしていた。
私はさっきこの子になんて言った?『さぞかし良いことずくめの人生』?そんなことを言った自分に後悔した。
どんなに幸せそうに見えても、この子にはこの子の地獄があった。自分の不幸と天秤にかけるわけではないけどこれではあまりにも──
「ごめんなさい、今目覚めるから目を瞑って耳を塞いでおいてください」
彼女はいつのまにか私から奪った刃物を首に突き付けていた。
「さようなら」
****
意識が浮上する。帰って来られたのか。
「萼さん、目が覚めたんですね!」
「うん、炭治郎くんたちも無事でよかった」
私に続いてみんな次々に起きていく。とりあえずみんな大丈夫そうだ。
しかしある少女が炭治郎くんに切りかかった。
「あの人に夢を見せてもらえないじゃない!」
でも剥き出しの精神だけの状態で人の夢に入るということは、もしその夢の中で殺されてしまった場合彼女らの命がどうなるかわからないということだ。今回は運がよかったというだけで
「それで廃人になっても?」
「な」
「あなたたちはそれくらい危険な状態に立たされていたということです。夢の主導権は主である私たちにある。大方侵入したら即私たちの夢の主導権を握って夢を終わらせないようにとか吹き込まれてたんじゃないんですか?それで相手に見つかって抵抗されないように隠れながら行動するようにとか」
「なんで……」
「当たってほしくなかったんですけどね……もし見つかってしまった場合のことを考えていましたか?幸せな夢の中に自分の知らない、どう動くのか分からない人間がいて──そのうえ刃物まで持っている」
「!──あ」
切りかかった少女は思い当たったようで、今度は顔を青ざめさせてガタガタと震えだした。
「どう考えても幸せを壊す存在に見える。追い出されるどころか夢の中で殺されてしまう可能性だってある。私たちは自分の夢だから終わらせたって問題ない。でも心だけでやってきた部外者のあなたたちは?」
「あ、あ──でもあの人はそんなこと一言も」
「言うわけないでしょう。誘いに乗らなきゃ困るんですから」
「……な、なによ憶測ばっかり!そうよ、あんたなんて!「やめて!」っあんた」
呼び止めて私を庇ってくれたのは、あの女性だった。
「冷静に考えれば分かってたのよ、こんなのおかしいって。私は現実に耐えられなくて楽をしたかっただけ。自分の不幸に酔って……あなたを巻き込んだだけ」
ほろりと女性の目から涙が流れる。
「ごめんなさいあなたの心を踏みにじって。あなたにだって地獄はあるのに……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ずっと謝る姿にみんな何も言えない。炭次郎くんから私に標的を変えた少女も固まっていた。
「──いえ、こちらこそ。良い夢を見せてあげられなくてごめんなさい」
「っ!う、うぅっうわああああん」
女性はあの夢の中の勢いが嘘だと思うくらい床に突っ伏して泣いていた。それに感化されたのか、全員が持っていた刃物を床に落として憑き物が落ちたように空気が澄んでいる。
──ここはもう大丈夫かな。
「──行こう、この人たちを危険に晒した鬼を倒すんだ」
「はい!」
そして私たちは鬼を倒すためにその場を離れる。
「ありがとうございました!」
あの女性が声を張り上げて深く頭を下げた。
「──ありがとうございます」
私もお礼を言って笑顔でその場から去った。
萼の夢に入った女性
貧乏な家に生まれて「長女だから」と頑張って行動し、「いつか報われる」といろんな我慢をしてきた。しかし、思ったようにいかない現実に打ちのめされていた。
萼の夢に入り込んだことで「どんな人間にもそれぞれに地獄がある」ことに気づき、思い出したことで改心した。この後家に戻って心を入れ替えた元夫に誠心誠意謝られ復縁し、普通の、前より居心地のいい家庭を築き上げる。
白代襲(あきしろ かさね)
萼の母親。和修吉時の妾。
真面目で機械的──な皮を被ったエゴイスト。
萼とまともに接していたのは役割に真面目で機械的に淡々とこなす外面の方。
吉時に見初められるまでは本当に役割以外に興味を示さない仕事中毒者だったが、そのせいで白代の血筋が危ぶまれた。
吉時に出会い、『自分』に目覚めたことで自分と吉時のことだけを考えるエゴの塊となっていく。
白代は元々「処刑人」の役割で距離を置かれる存在だったが、彼女が役割そっちのけで吉時に傾倒していったことからますます宗家に目を付けられることになる(政が言っていたのはこのことから)。
他者の認識は出来ているものの、娘にあまり興味がなく、萼の努力に関しても関心がなかった。白代を継ぐ存在、程度。ただ萼にやや残る吉時の面影で側にいない吉時を見ていただけ。死に際までそうであったため、萼に決定的な価値観とトラウマを植え付けることになる。
ちなみにもし吉時が萼を顧みていた場合、フルーツバスケットの楝のような人物(吉時に可愛がられる萼に対し猛烈な敵愾心を抱き、心身を患って時折ヒステリックになる)になっていた可能性があるので、萼にとっては皮肉なことに不幸中の幸いであったとも取れる。