列車が脱線した。列車になっていた鬼は倒したので消化される危険性はないけど、これは普通に危ない。幸いみんな無事で、乗客も乗組員もみんな避難誘導し終わった。状況は玖楼くんに伝えたのでいろいろ手配してくれるはずだ。――しかし気を緩める時間はなかった。
「濃い血と鉄錆びの匂い」
この尋常じゃない濃さは、忘れもしないあの時の――上弦の弐の匂いと似ている。
――上弦か!!
私はその匂いの強い方へひたすらに走った。走って着いたその先にいたのは――目に参の文字が刻まれた鬼と戦う煉獄さんと、重傷で倒れている炭治郎くんだった。
「(炭治郎くんの止血はすでに終わっている。ということはしばらくそのまま安静にさせておいた方がいい。問題は――)」
そう、問題は上弦と煉獄さんである。鬼の攻撃を捌いているのは見事だとしか言いようがないけど、相手は鬼、それも上弦だ。紙一重の攻防がそんなに長く続けられるなんて奇跡はそうない。
――でもきっと、煉獄さんのことだから頑張っちゃうんだろうなあ。あの人は人を安心させる性質を持ってるけど、反面こうしてハラハラさせるところもあるから……。後ろに守る存在がいると覚悟決めて命燃やしちゃう典型的な熱血主人公タイプだ。本当にやめてほしいそういう私と真逆のタイプ。それできっと全力で殺し合って相打ちとかありそうで笑えない。
なんか――むかつく。
破壊殺・乱式
炎の呼吸 伍の型・炎虎
そこに私は覚悟を決めて飛び込んだ。同じくらいの威力に見えるがおそらく相殺できたとしても持ち前の回復力で鬼に軍配が上がってしまう。命を懸けた戦いだというのは分かるけど、煉獄さんはまだ二十歳。まだ十分に生きられる時間がある。
――だから
「生き急ごうとしてんじゃねえええええええ!!」
叫んで気合を入れ、煉獄さんの前に入った。
蜜の呼吸 壱の型・蠱惑
取りこぼした鬼の血鬼術をすべて撃ち落とした。
「白代……」
呆気に取られる煉獄さん――むかつく。
よく見たら致命的なものはないけどところどころ怪我してるし。出血も酷いし。
私は煉獄さんを炭治郎くんの元へ蹴り飛ばした。
「だ?!」
「ええ!?」
「ふん」
うめき声とかが聞こえたけど、この際一切無視する。というか普段ならこのくらい受け身取れてるはずだ。その分だけ怪我をしていなくても消耗してるということだ。
「ああ、わかる。わかるぞ、お前も杏寿郎と同じ柱か!」
「ご名答――そういうお前は上弦の参か。全くなんでこんな任務が終わった時にくるんだか」
「――待てよ……長い黒髪に蝶の髪飾り、泣きボクロ。この匂い……お前があいつの言う『蜜の君』、か?」
――そういうやつの心当たりは一人しかいない。ああそうか、この鬼が上弦ということは同じ上弦として面識があるのか。
「上弦の弐のことか」
「ああ、前に会った時に偉く饒舌だった。頸を切られたのだと傷跡を撫でながら陶然と語る様が酷く気色悪かった」
「もういい……」
聞きたくなかった。
「あいついつか殺す」
「同感だ。しかし人間の体は脆すぎる――それを叶えたいのであれば鬼になれ!」
「断る。私は今の、鬼殺隊に必要とされている私を気に入っている」
「そうか――ならば死ね!」
「!」
間一髪で避ける。しかし隊服の脇下が拳圧ですべて持っていかれた。まずいな、あの一撃一撃が致命傷になりえる威力を持っている。
「鬼になれ!」
「いやだ!」
攻撃を捌きながら言い合う。夜明けまであともう少しだ。それまで持ち堪える。
「何故だ!鬼になれば強さと永遠の時間が手に入る!」
「確かに私の命は短いが、永遠などいらん。誰かに隷属するなんて二度とごめんだ!」
蜜の呼吸 参ノ型・乱れ垂漣
抑える、抑え込む。多少の傷は何とかなる。
私のために泣いてくれたしのぶさん。
帰りを待ってくれているカナエさん、きよちゃん、すみちゃん、なほちゃん、アオイちゃん。
心配してくれるカナヲ。
居場所をくれたお館様。
なんとしても、絶対に、私は帰る。鬼殺隊に!
「蜜の呼吸 玖ノ型」
破壊殺 滅式
――蜜月
「「うおおおおおおおおあああああ!!」」
これ以上動くことは許さない。もうすぐ夜が明ける。この膠着状態を維持することに集中する!!
「くそ!」
「!待て」
上弦の参もそれを感づいたのか私から離れた。まだ頸を落としていない。まだ生きているというのに。
私が追おうとすると誰かに肩をつかまれた。
「もういい、白代」
掴んだのは煉獄さんだった。
「やつは逃げ帰った。乗客も俺たちも全員無事だ。もう深追いするな。お前は充分よくやったんだ。だからその満身創痍な体で無茶をするのはやめろ」
「!」
言われて我に返った。みんな集まってきて私の様子を窺っている。みんな生きている。
そして言われた通り私はボロボロだった。致命的な傷はないけど隊服は無惨な姿で拳圧でできた切り傷がところどころ血を流している。
「とりあえず着ていろ」
「ありがとう、ございます」
「なに!気にすることはない!!」
いつもの調子に戻った煉獄さんは私に羽織を被せてくれた。
「格好悪いなあ、私」
助けに入ったつもりが助けられた。煉獄さんもみんなも強い。それに比べて私は……
私は隠が迎えに来るまでそのままだった。
****
蝶屋敷に戻ってまた上弦に遭遇したことを話したら阿鼻叫喚だった。でも相手が早めに撤退したことと煉獄さんに止めてもらったことで深手は負わなかったので、みんなちょっとほっとしているようだった。
炭治郎くんたちは今回のことで思うところがあったらしい。機能回復訓練の他に鍛練を追加して自分を追い込んでいた。
煉獄さんはたびたび私と一緒に食事するようになった。といっても煉獄さんが私の病室に食事を持ってやってくるだけなんだけど。
「白代、あの時はありがとう」
「あの時?」
「上弦の参との戦いの時だ」
「──ああ、あの時は私もすみませんでした。偉そうなことを言った挙げ句蹴り飛ばすなんて」
「あの蹴りは素晴らしかった!」
「もう二度としないんでやめてください……」
黒歴史かもしれない。
「なぜだ?俺は君の行動に命を救われたんだぞ」
「はい?」
「あのまま技を受けていたらきっと俺はただではすまなかっただろう。それこそ助からない傷を負ってやつを倒す覚悟を決めていたやもしれん」
その通りだろうけど私を買い被り過ぎている。
「──ええ、きっとそうだと思っていました。あなたは守るものが多ければ多いほど力を出せる。でも守るために自分の命まで削ろうとしかねない。あなたにはまだまだ生きれる時間があるのにそれを今に極振りしようとする。正直、私はあなたのそういうところが一番苦手です」
「これはまたなんとも直球だな!」
「八つ当たりだと思って下さって構いません」
「いやしかし、君は俺をそう評したが、それは君も同じだぞ、白代」
「──」
どこが?
思わず絶句してしまった。
「君のことだ、きっと気づいていないんだろうが、君は俺以上に前に出て命を削るような、勝利したその先を考えないような戦い方をしている。
「……」
何も言い返せない。現にしのぶさんや蝶屋敷のみんなを筆頭に心配されっぱなしだ。認めたくなくても認めざるおえない。
「君は確かに強い!その強さに俺は命を救われた!だが、先を見て自分を労わってほしい!君に命を助けられておいて偉そうなことは言えないが、自分の
「っだから……なんでそんな……」
そんな響くような言葉を惜しげもなく私なんかに――いや、それが通常運転なんだろうけど……
「……分かりましたからっ……そういうのは今回私より頑張ったあの三人に」
「何を言う、今回一番活躍したのは君だぞ!もっと胸を張れ!」
「ですから」
「煉獄さん?今日の面会時間は終了ですよ?」
「よもや!そんなに経っていたとは!時間が経つのは早いな!」
「それから、うちの萼さんに迫るのは控えてください。萼さんもあなたもまだ治りきってない患者なんですから。まあ煉獄さんのことですから、嫌がる女性に無体を働くなんてありえませんよね?だって煉獄さんですもの」
ふふ、とにこやかに時間を知らせに来たしのぶさんは強調するように煉獄さんを呼ぶ。笑顔なのに目が笑っていなかった……
それを見てさすがに長居するのはまずいと思ったのか、煉獄さんはしのぶさんに連れられて出て行った。
「そんなこと、あんなに誠実でおおらかな人がするはずないのに――心配症だなあ」
どっちかというと今回の任務で無体を強いたのは私だったわけなのだし。
病室の窓から空を見上げた。白っぽい、けれど雲一つない晴れの空だった。