怪我が全快して数日。今日の鍛練も終わって蝶屋敷に向かっていると声がした。
「アオイさんを返せ!」
「ぬるい、ぬるいねぇ。このようなザマで地味にぐだぐだしているから鬼殺隊は弱くなってゆくんだろうな」
「アオイさんの代わりに俺たちが行く」
私が蝶屋敷に着いて見たのは、炭治郎くんたちに囲まれた宇随さんだった。
「行くってどこに?」
『萼さん!/白代!』
蝶屋敷のメンバーは何人か泣いてるし、一触即発みたいな空気が残ってるし……混沌としてるなここ。
「ちょうど良い、白代、お前今暇か」
「任務は入っていませんが」
「なら病み上がりのとこ悪いが、付き合ってくれ。――連絡が途絶えた」
「!雛鶴さんたちが……」
「ああ。何かあったんだろう。こいつらが同行するが、念のためお前もいてくれた方が助かる」
「———わかりました。では第一は救出、第二は討伐ですね」
「恩に着る」
私に宇随さんは頭を下げた。本当ならこうしてる間にも駆け付けたい気持ちでいっぱいだろうに。
「そうと決まれば行くぞお前ら」
「どこ行くんだオッサン」
「日本一色と欲に塗れたド派手な場所」
「「?」」
「……」
二人はわかっていないけど善逸くんは察したようだ。
「
****
着いた藤の家での着替え。やっぱりみんな女装するのか。
私は着付けもメイクも自分でできるので着慣れないみんなの方に手を回してもらうことにした。
「おお、似合ってんじゃねえか」
「ありがとうございます。でもあの……」
私より先に終わっていた三人を見る。
「……本当に、これで目立たず潜入できるんですか?」
「いやぁこりゃまた――不細工な子たちだね……」
ほらやっぱり……
どういう基準で化粧したの宇随さん……
「そこの一等別嬪な泣きボクロの子なら喜んで引き取るんだけどねえ」
「お前さん名前は?」
「菜々子といいます」
「いい名前だねえ、よしこの子をもらおう!」
「ま、待ってください。私とこの子たちは姉妹のように育ってきました。どうかせめてもう一人、わたしの目の届くところに置いていただけないでしょうか」
「けどねえ……」
「そこをなんとか頼むよ」
宇随さんの助け船に女将が赤くなった。
「ま、まあそこまでいうなら……真ん中の子なんか素直そうだし。じゃあその子も一緒にもらうわ」
こうして私、菜々子と炭治郎くん――炭子は「ときと屋」で働くことになった。
「へえ、こりゃまた別嬪がきたもんだねえ!」
「オマケに三味線も弾けて囲碁も強い」
「あんたなにもんだい?」
「亡くなった母が水揚げされた元遊女の方に可愛がられていた時に習ったと言っていましたので、私も母に習ったのです。といってもどこまで通用するのか分かりませんが……」
「そうだったのかい、こっちとしては大助かりだけどね」
「じゃあ少し早めに座敷に出てもらおうか」
「じゃあ名前決めないとねえ」
「泣きボクロに藤色の着物だったから
「いいわね!今日からあんたは涙藤だ。いいね?」
「はい。分かりました」
私が着々と進むなか、炭治郎くんは額の傷を女将さんに咎められ、禿として裏方の仕事をすることになった。
炭治郎くんたちが禿として裏方を探ってくれている間に私も座敷に出てそこで情報収集をする。
私を買う人間は豪商や貴族などの富裕層。買えないような人間には偶然を装って話し掛け、聞き出した。
私は「呼び出し」なので太夫や格子よりは安価なので客に呼ばれやすい。これを利用しない手はないだろう。
……ちなみに私は客とそういうことは一度もない。床に入るといっても添い寝だ。房中術は何も必ず身体を繋げなければならないわけではないのだ。
身体を繋げれば多少なりとも情が移ってしまう可能性があるのでそこら辺は気を付けている。
「涙藤の姐さん、時間です」
「ありがとうね。今支度するから手伝ってくれる?」
「もちろんです!」
この禿の子は私専属の子。私が癇癪を起こさないことや、お菓子をお裾分けすることなどから懐かれているようだ。
「そういえば私と一緒にきた炭子はどう?みんなに馴染めてる?」
「あ、はい!とっても気配り上手で力持ちなのでみんな頼っちゃいます」
「うふふ、ならよかった。ここに売られてくるときに額の傷でいろいろあったでしょう。女将さんを抑えるためにみんな出てきてくれたし、もしそれで腫物扱いされてたら……って心配だったのよ。教えてくれてありがとねえ。これ、金平糖。見つからないようにこっそり食べるんだよ」
「ありがとう姐さん!」
小さな砂糖の星を懐紙に包み、お礼として渡せば花が咲いたように笑い懐に入れて出て行った。
「転ばないように気を付けるんだよ」
「うん!」
見送って自分の座敷に向かう。あの列車じゃないけどやっぱり玖楼くんに頼れないのは痛い。
とにかく私は私のできることをやらなくては。
「本日はようこそおいでくださいました、涙藤にございます」
――
―――
「(疲れた……)」
いくらそういうことをしないと言っても疲れる。房中術というのは交わりを通しての気の交換だ。
気がごっそり奪われたような気分だった。
もう少しで夜が明ける。明けたら禿として炭治郎くんを呼んで情報を纏めよう。
「(髪を解いて、布団に寝転がりたい)」
遊女は基本的に座って包まるようにしなだれかかるようにして眠る。髪の毛だってセットしなおしやすいように解いて寝るなんてことはそうそうない。
いつもならできるのに。
楽な姿勢で眠れないのは結構ストレスである。
自分の部屋に戻って一息つく。
「(やっぱり宇随さんが言うように客で鬼や行方不明の遊女たちの詳細を知る人間はいない)」
ただ有力そうな情報としては──吉原の顔の良い遊女たちの足抜けが頻発しているらしい。そのなかでも特に多いのは「京極屋」。宇随さんに指定された置き屋の一つで、善逸くんと雛鶴さんのいるそこでの失踪者が比較的多いとのことだった。
「(比較的……というのが、ね)」
それがどうにも引っ掛かった。
――――
夜が明けて他の花魁たちが起きる前、禿の子に頼んで少し早めに支度してもらう。その中にはちょうどよく炭治郎くん……じゃなかった、炭子がいた。禿の子が去った後、炭治郎くんと二人きりになる。
炭治郎くんにはこの店の内部や禿たちのなかでの噂や情報を頼んでいる。
私が客を取っている間にあったことを話してもらおう。
客や同僚たちの言っていたことを話せば炭治郎くんは頷いた。
「他の禿の子たちも言っていました。最近足抜けが多くてお付きの花魁の人たちも気味悪がっているって」
「やっぱり店の中でも問題になってたんだ」
それを女将さんたちが私に対して言わなかったのはそれで新入りの私が怖じ気付いて客を取れなくなる事への懸念からか。
「それに鯉夏さんいわく、ここで働いていた須摩さんは決して客に入れ込むような人ではなかったそうです。だから足抜けのことが書かれた日記のこともみんな不思議に思っているみたいで……」
「なるほど、日記は偽造で本当は拐われたか……考えたくないけど喰われたか……ありがとう、炭子。助かるよ」
「……」
でも炭治郎くんの顔は険しいままだ。
「どうしたの?なにかあった?」
「いえ……」
言い淀む炭治郎くん。でも決めたのか口を開いた。
「お……私、う……涙藤さんにこういう事してほしくないなって」
「うん?」
「じ、自分でもこんなこというのは間違ってるって分かってるんです。でも
そう言って炭治郎くんが申し訳なさそうに笑った。
「ごめんなさい、こんなこと言って。仕事だって分かってるんです。すみません」
「そっか……」
私は少なくとも彼から懐かれている自覚がある。きっと、彼としてはそんな私がこういった場所で振舞うことに抵抗があるのだろう。尊敬する人や憧れの人のイメージが壊れる、というのは結構くるところがあるのかもしれない。
「――着飾っているあなたはとても美しくて、本当はお客なんて取ってほしくない……っ」
「ありがとうね、心配してくれて。でもね」
炭治郎くんを手招きして耳にささやく。
「――お客さんとはそういうこと一回もしてないよ。ただ添い寝してるだけ」
「え!?」
「一応それっぽいことしたように見せかけてるけどね。ばれたらまずいし」
「~っ」
炭治郎くんはだんだん赤くなって今や茹蛸である。……刺激が強かったのかな?
「房中術は心得てるけど、経験はゼロだしね」
「そ、そう、ですか……」
真っ赤な炭治郎くんの頭を撫でる。されるがままになってくれるあたり本当にいい子だなと思った。
――これが上弦との死闘の、十数時間前の話である。