動き出した炭治郎くんの気配と強い鬼の匂いを感じ取り、私も現場に駆け付ける。
そこにいたのはボロボロの炭次郎君と余裕そうな女の鬼だった。
「炭治郎くん!」
「っ……萼さん!」
「おやあ、誰かと思えば最近話題の涙藤じゃないか」
「京極屋の、蕨姫」
「あら知ってるのねえ、私もあんたには目を付けてたんだよ……その美貌と稀血の肉をいつ食ってやろうかってねえ!!」
帯が私に迫ってくる。これは避けても絡め取られる可能性があるな……
なら一本に纏めて──返す。
「な、あ゛!?」
剣先で帯をいなし集めてそれを鬼に向けて返した。能力をそのままに、かわすのではなく受け流すようにして返してやることで無効化を図ったのだ。
自分の帯がまさか倍以上の速さで返ってくると思わなかったのか、鬼は苦しげに呻いた。
「よくも……よくも私の身体に傷を……っやってくれるじゃないの!!楽になんて殺してやらないわ!徹底的にいたぶって泣いて懇願するまで拷問してやる!!」
「拷問、ねえ……」
それはCCGのコクリアのものより凄いんだろうか。
「拷問したら一番辛いのは
「はあ?意味分かんない。あんたたちごときに私が殺られると思ってんの?──笑えないにも程がある」
また飛んでくる帯。今度は逃がさないとばかりに死角も合わせたほぼ全方位から気配を感じる。
「――またこれか」
もう
全て受け流す。そのうえで切り落とす。切り刻まれた帯は力なく落ちて消えていく。
「帯を操って攻撃し、そのまま相手を閉じ込める――単純な能力ほど応用が利いて脅威になる。素晴らしいね、でももう見飽きたから次」
「え?」
「うん、ある程度の実力はあるってわかった。確かにそんじょそこらの鬼よりは断然強い。下弦の上位か下弦と上弦の中間ってところかな?……でももうこの技は見飽きた。だから次。上弦なんだし、まだ何か隠し種があるんでしょう?」
「な」
「だって私にこんなふうに受け流されて負傷してる。それは今まで相対した上弦二体ではありえなかったことだ。余裕ぶって力を温存しているとしか思えない」
事実を言っただけなのに鬼は顔を赤くしたり青くしたりと落ち着かない。さっきまでの勢いはどこにいったのだろう。
「こんのぉ!!」
「――だから見飽きたんだって」
襲い来る帯を切り裂く。単純な血鬼術というと比較対象は上弦の参だろうか。でも明らかに練度の差を感じる攻撃だ。もう既に見切っているというのに同じ攻撃を繰り返してくる。こうなった時の理由は二つ。
――単なる時間稼ぎか、もしくは本当にそれしか芸がないか。この二つだ。
「もしかして、それ以外ないの?」
「っ!!」
ふと疑問に思ったことがそのまま口から出た。すると鬼は反応し、そのまま私を見上げるように睨み付ける。
「ふざけんなよ、この醜女!私をよりによって
その瞬間、炭治郎くんが鬼に切りかかった。
『鬼の隙が糸として見える?』
『はい、鱗滝さん……俺の育手の人から教わって、それで今までの鬼たちも倒してきました』
『なるほどね、確かに炭治郎くんは鼻が利くから感覚的に掴み易いのかもしれないね。ねえ、人が一番周りが見えてないときってどういうときだと思う?』
『えっと……何かに集中しているとき?」
『うふふ、そう、正解。だからもし鬼がいたとして戦うことになったら――』
――私が引き付けるから炭治郎くんはその“隙”を切って。
私はそう言ったのだ。
けど
「あんたに私の頸が斬れるわけないじゃないっ」
「!」
「(さすがに危機察知能力は侮れないか)」
頸が帯のようにしなって頸を落とせなかった。
「むっかつくわね!そんなに頸にこだわるならお返しにあんたの頸を刎ねてあげる!」
「!」
「炭治郎くん!!」
鬼の爪が掛かる寸前――
「が!?」
後ろからの不意打ちの蹴りに鬼がうめき声をあげた。
鬼を蹴ったのは、禰豆子ちゃんだった。
「ヴ――、ヴ――」
でもいつもと様子が違う。
鬼と禰豆子ちゃんの一騎討ち。禰豆子ちゃんは激しく興奮しており、鬼にやられても何度も立ち上がる。
──禰豆子ちゃんの速さ、力、再生力……すべて戦いの最中に格段に増していっている気がする。
決定的なのは鬼の頭を燃やして何度も踏み潰し続けていた時。
その時の彼女の表情はいつもの凛々しいそれではなく──戦いを楽しむ笑顔だった。
そのうえ身体にも変化が現れる。額から出た角、身体に巻き付くように浮き出た痣。
これは───まずいな。
蹴り飛ばした鬼を追っていく禰豆子ちゃんを追い掛け、私と意識を取り戻した炭治郎くんも建物に入る。
そこにはまだ怪我人が残っていた。
「ガアアアアア!」
「ぎゃあああああ!!」
血に反応して襲い掛かろうとする禰豆子ちゃんの前に立ち塞がり、蹴り飛ばす。
「ここから早く立ち去りなさい!」
「は、はいぃ!!」
残っていた人間たちは蜘蛛の子を散らすように一目散に去って行った。
「ヴヴー、ヴあ゛ぁぁあ!!」
「っ」
どうやら禰豆子ちゃんは標的を鬼やさっきの遊女から私に変えたらしい。爪で襲い掛かろうとするのを紙一重でかわし続け、彼女の腕を掴んで動きを止めた、けど。
「(力が、違いすぎる……っ)」
いくら半人間とはいえ上弦に匹敵するかもしれない禰豆子ちゃんの腕力には勝てない。今必死になって抑えているものの、徐々に押され始めている。
「禰豆子!その人は萼さんだ!正気に戻れ!!」
「ヴヴアアアアアア!」
「!」
「萼さん!」
炭治郎くんの呼び掛けにも応えることはなくそのまま勢いよく私を突き飛ばすと──私に噛み付いた。
「ぐ」
「なにやってるんだ禰豆子!」
炭治郎くんが私から引き剥がそうとするも、力の差がありすぎてびくともしない。きっと私の稀血のせいだ。
「ぐ、が!?」
私の血には藤の花の毒が入っている。禰豆子ちゃんは苦しげに呻いた。
「ごめん禰豆子ちゃん」
離さないとばかりに彼女を抱き締めた。落ち着かせるように背中を軽く叩く。
「頑張ってくれてありがとう、ここからは交代するから、もういいんだよ。お疲れ様」
「!」
「おやすみ」
そう言って頭を撫でる。すると禰豆子ちゃんは泣き出して小さくなり眠ってしまった。
「萼、さん」
「炭治郎くん、禰豆子ちゃんをお願い」
炭治郎くんは泣き出しそうな顔をしていた。煉獄さんのように鼓舞できればいいんだけど、生憎今の私にはそんな余裕はない。血を流してしまった以上止血して鬼のもとへ行かなくては。
爆発音と衝撃がした方に行くと、そこには宇随さんがいた。いや、宇随さんだけじゃない――鬼が、二体?
「来たか、白代」
「宇随さん、これは」
「見ての通り、上弦の陸は二体。実質あの男が本体だ」
泣いている鬼――蕨姫とは別の男の方の鬼が私に目を向ける。
「なんだあ、もう一人柱が居やがったのかあ?妹には負けるが別嬪だなあ、肌艶もよくていい着物着てよお、さぞいいところで育ったんだろうなあ。羨ましいなあ、妬ましいなあ」
「(確かに目に上弦と陸の文字……蕨姫は餌のようなものだったということか)」
蕨姫を隠れ蓑にして潜伏し続けていた。なるほど、違和感なく蕨姫が吉原に溶け込んでさえいれば食うにも困らない。蕨姫の色香に当てられた客、足抜けしようとした者、蕨姫に不信感を持つ者……大きな騒ぎにならなかったのはそういうことか。
「お兄ちゃんそいつよ!そいつが私の帯を滅茶苦茶にして馬鹿にしたの!!」
「お前も妹をいじめたのかあ。なら取り立てねえとなあ!」
男の鬼が手にする鎌を振るうと赤黒い血のような斬撃が飛んでくる。手数が多い。捌き切れるだろうか。
避けつつ日輪刀でいなしていくが、途中でいきなり軌道が変わった。
致命傷ではないし大丈夫──
「っ!!」
「これでお前もその男の仲間入りだなあ」
鼓動が加速している。身体が熱い。眩暈がする。平衡感覚が保てない──毒か。
「(くそ、油断した)」
それもかなり強力な劇薬だと思った方がいいだろう。蝶屋敷まで持てばいいけど……その前にこの場をなんとかしなければ。
「なんだあ?お前も死なねえのかよお」
「……そんな簡単に死んでたまるか」
といっても私が白代で受けた対毒訓練はあくまで赫子と対人間のみであり、赫子に関してにしたっていくらかまし、程度でしかない。正直、立っているのもやっとだ。
「そんな見え透いた強がり、分かりきってんのよ!」
帯がこちら目掛けて迫ってくる。日輪刀で受け流すが勢いは増してまた新しい帯が私に向かってくる。
「っ」
「あはは!今まで小馬鹿にしてた私の能力で今にも死にそうじゃない、あんた!」
蕨姫が挑発しながら追撃したその瞬間──蕨姫の頸が飛んだ。
「!」
「うううう!また頸斬られたぁ!!糞野郎!!糞野郎!!絶対許さない!!」
頸を落としたことで私を救ってくれたのは、宇随さんだった。
「悔しい悔しい、なんでアタシばっかり斬られるの!!」
しかし蕨姫はまだ生きている。斬られた自覚はあるようで喚き散らしているものの、彼女の死の条件は分からないままだ。
「ああああ、わあああ」
「お前もしかして気づいてるなぁ?」
騒ぎ続ける妹とはうって変わって兄の鬼は冷静に宇随さんを見ている。
「何に?」
「……気づいた所で意味ねぇけどなぁ。お前とそこの女は段々と死んでいくだろうしなぁあ──こうしている今も俺たちはジワジワ勝ってるんだよなああ」
そうだ。私たちは毒が効きにくいのであって分解出来るわけではない。呼吸でなんとか毒の回りを遅めることで動いているだけだ。こうしている間にも命は削がれていっている。
陸だからって油断してたわけじゃないんだけどなあ……
前の私であれば、このくらいならなんとか出来たのかもしれない。いや、過信せず言えば、先手でこの鬼二人の頸を同時に最速で切り刻んでやることも可能だっただろう。
でも今のこの身体に二十歳の時までの筋肉量はないし、体格も数ミリ数センチは違う。戦闘経験が役に立たない。
鬼殺隊のために死ぬのはまあいいんだけど、それに見合った成果を持ち帰らなければただの犬死にである。それだけはさけなければ───
「それはどうかな!?」
「!」
「俺を忘れちゃいけねぇぜ。この伊之助様とその手下がいるんだぜ!!」
「何だ?コイツら……」
そう思っていたところに──伊之助くんと善逸くんと──
「──炭治郎くん」
炭治郎くんが宇随さんと私を守るように立っていた。