目を覚ますと見慣れた天井と角と窓枠。
ああ、ここ蝶屋敷だ。起き上がる。お腹が痛い。
そういえば蕨姫に刺されたんだっけ。
あの後私は意識を失ったためどうなったのか分からない。みんなは無事なのだろうか?
呑気にそう思っていると部屋の入口の方から何かの割れる音がした。
「──う、萼」
「カナヲ──おはよう」
そこにはカナヲがいた。その下には花瓶らしきものが見るも無惨な姿になって散らばっている。
「お、おはよう。大丈夫?朦朧としてたりとかしない?」
「そういうのは何もないよ、大丈夫」
「よかったぁ」
泣きそうになりながら私が起きたことを喜んでくれるカナヲにあの後のことを聞いてみた。
「炭治郎たちは大丈夫。みんなそれなりに怪我していたけれど意識はあったし、みんな一週間以内に動けるようになった。音柱も毒で朦朧としてたけど奥方たちに支えられてなんとか持ちこたえたからついこの間退院した。でも、萼が一番重傷で……禰豆子の火のおかげで毒の症状は緩和されたんだけど出血も酷くて──二ヶ月間、今日までずっと目を覚まさなかったの」
「そうだったんだ……ごめんねカナヲ、心配かけて」
「でもこうして目を覚ましてくれて本当によかった」
「うん、みんなのおかげで生きてる」
それから暫くするとしのぶさんが見回りにやってきて私が起きたことは知れ渡ることになった。
柱も含め、様々な人が見舞いに来てくれた。――見舞い品が山を築いているのを人生で初めて見た。
「萼さん!」
「炭治郎くん!!」
昼過ぎ頃にやってきた炭治郎くんは後遺症もなく元気そうだった。
炭治郎くんは機能回復訓練を終えた後、上弦との戦いで刃こぼれしてしまった日輪刀を新調しようと思ったものの、当の専属刀鍛冶(鋼塚さんというらしい)が癇癪持ちの気難しい人で呪いの手紙を炭治郎くんに送ってストライキを起こしたうえ、里に着いたら行方を眩ましていたらしい。ちなみに、私の日輪刀を担当してくれている錫木さんは人見知りらしく、無言と単語の筆談あとジェスチャーで会話を成り立たせている。
「錫木さんが人見知りですか?俺と会ったときは普通に話してましたけど……」
「ええ?!……じゃあ異性が苦手なのかな?」
「そういえば鱒の押し寿司が好物だって言ってましたよ!」
「今回私の日輪刀も蕨姫斬るとき無理させたからなあ……御詫びに送っとくよ。教えてくれてありがとう、炭治郎くん」
「いえ!仲良くなれるといいですね!」
「そうだねえ」
そのためにはまず目を合わせてもらえるようにしないといけないけど。
「あの」
「ん?」
「遊郭のときはありがとうございました」
「うん、みんな生き残ってくれて何より」
「それから、あの時止めてしまってすみませんでした」
なんで?
「どうして?」
「刀鍛冶の里で……時透君に言われたんです」
『そういえば君はこの間の任務で白代さんのことを止めたんだってね。僕たち鬼殺隊員は鬼を倒すのが役目なのにそれを止めるなんて、他の隊員を殺すつもり?その間にその鬼が回復するために人を食ってしまう可能性だってあった。はっきり言って――君、剣士に向いてないよ』
ああ、これまたきっついこと言ったんだねえ、時透くん……
「時透くんの事は置いておいて。炭治郎くんとしてはどうなの?あの場で私を止めたことを後悔してるの?」
「それは……」
炭治郎くんは言い淀んだ。それが答えだ。
「私はね、あの時止めてもらえなかったらきっと私じゃなくなってた」
「!」
「あの時君が直感的にそう感じ取ってくれたように、おそらくね」
和修白代誘は――私であり私の一部だから。生まれた時からの『
今と前世を混線させた私が悪いんだけど。母親がそうであったように、おそらく和修の中でも萼を名乗る事をよく思わなかった存在がちらほらいただろうから。何かあった時は
「だから、あそこで私が戻れたのは奇跡。そしてその奇跡のきっかけを作ったのは君なんだよ。だから謝らないで」
「……はい」
「ありがとう、炭治郎くん。私を戻してくれて――とそういえば、その時透くんから炭治郎くんに言伝だよ」
「時透君から?」
「うん、『この間と柱合会議の時はごめん。それからありがとう』だって」
「時透君……」
「本当は手紙にして炭治郎くんに渡したかったらしいんだけど……時透くんの鴉が嫌がって持って行ってくれないんだって。だから私の見舞いも兼ねて私に頼んできたみたい」
「ああ、なるほど……」
炭治郎くんはげんなりとした顔になった。会ったことあるんだね、あの鴉に……
ちなみに私の場合は私の玖楼くんと時透くんの鴉がすこぶる険悪な仲なので鉢合わせた瞬間ガーガーギャアギャア五月蠅くなるため一緒の任務では極力玖楼くんたちを鉢合わせないようにしている。
「炭治郎くん」
「え、あの寝てなくていいんですか?」
「うん。一番酷かったのはお腹のところだけだったし、毒は禰豆子ちゃんが消してくれたって言ってたから。あとは機能回復訓練するだけ。今も全然大丈夫」
そう言って炭治郎くんの目の前にやってくる。そして彼の頭を撫でた。
「よく頑張ったね、炭治郎くん」
「っ」
「今回の里でも犠牲者が出た。上弦の鬼が二体もいた。それでも──君は戦った。……強くなったねえ」
最初の頃より強くなった。
精神的にしても私より強いだろう。でも、強いからといって傷付かないわけじゃない。
彼は強い代わりに酷く優しいから、犠牲者にも鬼にも同情や慈悲の心を与えてしまうから。
「──私は君が壊れてしまわないか心配だよ」
「萼さん……」
「ごめんね、こんな縁起でもないこと言って。でもそういう人を、知っているから。どうしても気になって……ね」
ハイセ。佐々木琲世。中身のない明るさで唯一一緒にいても苦じゃなかった白い明るさの人。彼の姿が思い浮かぶ。私はもう彼のパートナーから外れてしまったものの、交流があった。いざというとき自分を顧みないところも、甘いところも……気になって仕方なかった。彼は記憶のことで不安定になっていたので特に。
もう確認する術もないけど……どんな形であれ幸せになってほしい。少なくとも苦しんだ分は報われてほしい。
「どうか炭治郎くんと禰豆子ちゃんが幸せになりますように」
「──ありがとう、ございます……あの、我儘言ってもいいですか?」
「どうぞ。頑張った御褒美に何でも聞くよ?」
「なら、もう少しだけこのまま撫でてもらってもいいですか……俺、あなたにこうして撫でられるの好きなんです」
「――そういうことなら、いくらでも」
ふわふわの彼の髪をそのまま撫で続ける。なんだか事あるごとに撫でさせてもらっている気がする。炭治郎くんはこれを御褒美に望んでくれたわけだけど、実は私にとっても癒しであることは今のところ秘密にしておこう。
この翌日の柱合会議から私たち柱――鬼殺隊全体が慌ただしくなるのを、この時の私はまだ知らない。
錫木さん
本名は錫木靱(すずき じん)。26歳。独身。萼の日輪刀を打っている鍛冶師。
刀の事しか考えて来なかったうえ、今までの担当が男しかいなかったため女性に免疫がない。
そのため初担当の女性である萼の事を事あるごとに意識しまくってまともに会話できない。筆談とジェスチャーで成り立っているものの、ほぼ単語なうえ文字が震えているのでかろうじて成り立っていると言っても過言じゃないレベル。好物は鱒の押し寿司。