エピローグ プロローグ
意識が浮上する。目を開けると見慣れたマンションの天井だった。なんだか長いこと夢を見ていた気がする。携帯で日付と時間を確認し、ため息を吐いた。
「明日、仕事かあ」
休みだったらこのまま楽にゴロゴロしてられたのに。気分は急降下していく。
「(まあ、
ただトルソーとオロチの後始末がこっちに回ってきそうだけど。
「なんでQsの後始末が私の方に紐付いてくるのか……」
いや、ハイセとコンビ組んでた時にQs が立ち上がったからなんだろうけどね。でもそれは真戸さんも……そういえば真戸さん明日休みか。
「とりあえず、お風呂入ろう」
もう午後11:00を過ぎている。考えるのはやめよう。いざとなったらハイセを巻き込めばいいし。
そのまま私は沸かしておいた風呂場に向かった。
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???side
鬼舞辻無惨を倒した。
みんな使命を終え、それぞれの道を歩んでいる。
鬼殺隊関連の建物や土地は産屋敷家管轄であるものの、柱の屋敷などは柱の人たちのものとしてそのままだ。
でも自分は――
「(俺は、あの時から止まったままだ)」
無惨を倒してすべてが終わったあの日。禰豆子が人間に戻って、新しく生きていこうと決意を固めようとしていた俺にもたらされたのは、想い人の訃報だった。
受け入れた。つもりだった。
禰豆子は善逸の下に嫁いで行って。俺は一人山に残った。そういえばあの時禰豆子も善逸も心配そうにしながら、何度も俺に呼びかけながら歩いて行ったっけ。
俺はそんなにひどい顔をしていたのだろうか。
今日は萼さんの月命日だから、形だけの彼女の墓の墓参りに来ていた。
墓には既に藤の花が供えてあった。
「蝶屋敷の人たちかな」
あの人たちもこうして月命日に墓参りをしている。特にカナヲは欠かすことなく無理にでも時間を作って必ず来ている。
あの戦いの後、カナヲは泣きながら萼さんの髪飾りと日輪刀を持ってやってきたのだ。
『
萼さんの数少ない遺品を大事そうに、守るように抱えながら蝶屋敷へ帰っていったのを今でも覚えている。
俺は何も入っていない空っぽの墓に呼びかける。
「ねえ、萼さん。あの戦いが終わって半年が過ぎました。禰豆子は嫁ぎましたし、俺も元の炭焼きに戻って生活しています。この普通の生活が尊いものなのだと思います。でも――」
俺、ちっとも幸せじゃないんです。
「……あなたは俺に幸せになってほしいと言っていたけれど、だめでした。まだ半年しか経っていませんけど、あなたの言う幸せについて考えて……こうして普通の生活をしながら、素敵なお嫁さんをもらって家族を作って看取られていく。それがあなたの思う幸せだったんでしょう」
でも俺、やっぱりあなたのことが忘れられないんです。あなたはきっと否定するだろうけど、俺はあなたに本気で恋してたんですよ?あの時だって責任は本当のことだったけれど、本当にお嫁さんにしたいと思ったんです。
「やっぱり、あの時ちゃんと言い返しておけばよかった」
責任だけじゃなくて俺の男としての下心も入ってるって、そう言えばもう少し後悔は軽くなったのだろうか。
今となっては分からない。
俺は墓参りを終えると萼さんの屋敷へ向かう。彼女の使っていた蜜屋敷はそのまま誰も住むことなく残っている。人の出入りも最小限で、屋敷を管理する蝶屋敷の人たちと俺、時々甘露寺さんが来るくらいだ。俺は月命日の墓参りの度にここに泊まっている。初めてお邪魔した柱稽古の時でさえ道場と離れくらいしか案内されていないというのに、この屋敷は酷く落ち着くのだ。おそらくまだ余韻程度に萼さんの匂いや生活感を感じ取れるからなのだろうけど。
誰もいない部屋の畳に寝転がる。どっと疲れが押し寄せてきた。
「萼さん」
『炭治郎くん!!』
……そんな期待した返事が返ってくることはないとわかっていても、たまらなくなって思わず呼びかけてしまうのだ。
「――すきです」
言葉にするんじゃなかった。酷く胸が苦しい。不意に泣きたくなってしまう。寂しい。寂しいです、萼さん。
本当は、あなたと一緒に幸せになりたかった。あなたと結婚して可愛い子供を産んでもらって、仲睦まじく健やかな生活を送って死んでいく。そんな幸せを、俺は望んでいたんです。
疲れで瞼が酷く重い。
叶わない理想でも、夢で見ることくらいいいですよね。
そして俺は完全に目を閉じた。
──
───
俺は今真っ暗な空間にいる。
ここはどこだろう。
そういえば夢は記憶の整理なのだと聞いたことがある。ということはこの空間にしても俺が覚えていないというだけで来たことがあるのだろうか。
「──あれ?こんなところでどうしたんですか?」
「──!」
声のした方に勢いよく振り返ると、そこには整った中性的な容姿の男性がいた。
誰かに、似ている?
「こんな安定しない狭間みたいなところに来るなんて」
「?狭間?」
「あー、いえ。忘れてください……僕はニムラ。宗太とかいう人もいますけど、仲の良い人からはそう呼ばれてます」
「ニムラさんは何故ここに?」
「色々です」
「──」
ニコニコと愛想よく笑いながらも答える気がないらしい。
「──ところで、君には大切な人はいますか?」
「います。妹と──もう会えないですけど……想い人が」
禰豆子と、萼さん。禰豆子は嫁にいったし、萼さんはもういないので正確にはいた、だろうか。
「そっか……僕にもいました。運命から逃がしたい想い人と妹が。結局、何もしてやれなかったけど」
ニムラさんはどこか遠い目をして独り言のように言った。似たような境遇からか、思わず同情してしまう。
「ねえ、君は今何かすべきことはありますか?」
「──いえ、特には」
「よかった──ならお願いがあるんですけど」
「なんですか?」
「あの子が、妹が死んでしまう未来を阻止してほしいんです。あの子は結局運命に囚われたまま逝ってしまったから。あの子さえ救ってもらえたら後は好きにしてもらって構いません。現代に馴染んで暮らすのも、元の世界に帰るのも……後の僕と敵対するのも」
「え?」
最後の言葉だけよく聞き取れなかった。
「そろそろ本当にここも閉じちゃうみたいですから──お願いしますね。竈門炭治郎くん」
「なんで、俺の名前──」
彼はにっこりと微笑んだ。
「───僕の妹を、ウテナをどうかよろしく」
──ああ、誰かに似ていると思ったら。
そのまま俺は黒に呑まれていった。