秘蜜の刃   作:紗代

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番外編
御呼びじゃありません。


「いい気になるな、この人でなし!」

 

突然声を張り上げて振りかぶって来たので──鬼の何倍も遅いそれを私はひらりとかわした。

 

事の始まりは私の蜜柱襲名から次の柱合会議でのこと。

会議も終盤に差し掛かったときに襖を開けて二人の隠が入ってきた。──それぞれ私としのぶさん付きの人たちだ。

 

「か、会議中のところ失礼致します!」

「もうほとんど終わっているから大丈夫だよ、それで何かあったのかな?」

 

お館様から優しく促されて乱れた息を整えると再び口を開いた。

 

「蝶屋敷で一人の隊員が暴れていまして」

「呼吸を使って暴れているため我々や弱っている患者、カナエ様たちでは太刀打ちができません!」

「興奮しているため言葉のほとんどが聞き取れないものでしたが、とにかく蟲柱様と蜜柱様に会わせろと言って聞かないんです!」

 

しのぶさんとお互いに顔を見合わせて首を傾げる。

いくら蝶屋敷とはいえなぜ私としのぶさん両方?心当たりは全くないのだが、とにかくそのままにもしておけないため察したお館様によって会議は閉じられ私たちは蝶屋敷へと向かった。

 

蝶屋敷は元花屋敷を増築する(正確にいうと花屋敷と渡り廊下で繋がっている)形でそこにある。屋敷二軒分の広さと鬼殺隊唯一の医療機関ということで庭も広い。が

 

「~~~~!っ――――!!」

 

奥の、蝶屋敷からの物凄い怒声に思わず慄いた。

 

「……まったく、ここをどこだと思っているんでしょうねえ」

 

しのぶさんも同じだったらしく静かに能面のような笑顔で青筋を立てて音源の病室へ進んでいく。

するとそこには刀傷などでボロボロになった病室で喚き続ける少女と隅で塊になった患者となほちゃんたちを守るように少女に対面するカナエさんがいた。

 

「いい加減にしてちょうだい。ここは皆が療養するための場所であって貴女のような誰彼構わず刀を向けるような人のいるところじゃないわ」

 

いつもの温和な彼女からは想像できないほどの冷たい声だ。しかし一見気が違っているように見えた少女ははっきりと敵意と憎悪を孕んだ目で言い返してきた。

 

「呼吸も使えないような愚図に指図されるいわれなんてないわよ!」

 

そして少女はカナエさんに向かって日輪刀を──!

 

ガッ

 

「え?」

 

私はカナエさんを抱えて後ろに下がり、しのぶさんは日輪刀で少女の日輪刀を無効化した。()()()()()()()のだ。

しのぶさんは鬼の頸を切れない柱だが──それは単純に両断する圧力に耐えられるだけの筋肉がないだけであり、こと『突き』に関しては鬼殺隊随一の技術を持つ。そんな彼女の、その戦い方に最適化された彼女の日輪刀の一撃を受けた少女の日輪刀は呆気なく砕け折れて刀身が床に落ちる。

 

「カナエさん、怪我は!?」

「しのぶ!萼!」

「……丸腰の人間に日輪刀を向けるなんて何を考えてるんですか?それに私の姉が呼吸を使えなくなったことはご存じですよね?」

「そうよ!だから柱が空いたと思って期待していたのに!なんで妹が後釜に納まるのよ!!贔屓よ!だいたい蜜柱とか訳わかんないのまでいるし!柱の座が増えるならそれこそ私が抜擢されるべきなのに!!」

 

まだ言い足りないとばかりに喚き続ける少女を尻目に私は再び首を傾げた。

はて、たしかに今の甲の隊士たちの中であと一歩で柱に昇格可能な隊士はわずかながらにいることはいるが、その面子の中に女性はいなかったように思う。しのぶさんもそう思ったのか怪訝そうに問いかけた。

 

「柱は、鬼の討伐50体もしくは十二鬼月の討伐を成してこそお館様によって下賜されるもの。現柱たちに継子はいませんし、今の甲の隊士の中であなたは記憶にないのですが。失礼ですけどあなたの階級は?」

「か、階級なんてどうでもいいでしょ!?大体――!あんた」

 

言葉に詰まった少女はしのぶさんと目を合わせないように視線を泳がせると私と目が合う。すると彼女は顔色を変えた。

 

「なんであんたみたいな化物がこの世界にいるのよ!!」

「?」

 

たしかに私は混血に当たる「半人間」だが、この世界でそれを知っているのはお館様とその関係者、そして柱全員だけのはず。何より前の世界の関係者や庭の関係者を思い返してみても少女のような子は見つからなかった。混乱する私に少女は更に食って掛かる。

 

「おかしいと思ったのよ!ここは私の世界なのにっ!あんたみたいな異物がいていいところじゃないのよ!そこのウザイ女と一緒に童磨に殺されて死ねばよかったのに!!」

「!あなたっ「黙れ」

 

今、この少女はなんと言った。

カナエさんに死ねばいいと言った?

考える前に声が出た。

 

「ひ」

「なんで私程度に怯むの?柱にはしのぶさんも含めて私なんかより強い人たちばかりなのに。継子にならずに柱になるって言うならそれなりの自信と実力があるはずだよねえ。それに」

 

私は少女にゆっくりと近づきながら傷だらけになった病室を見回す。

 

「よくもまあここまで破壊したよね。これは私としのぶさんに対しての当てつけ?それとも碌に抵抗できないような自分より弱い人たちしかいないうちに自分の力を誇示しようとしてやってきたとか?」

「ち、ちが「そうだよねえ、そんなアホみたいな考えで()()()()()()()()()()()()()()()()()を敵に回すわけないよねえ」!!っ」

 

少女がはっとして顔を青くしていく。今更気づいたような感じだ。

 

「見たところあなたに目立った外傷はないし、言ってることは理解できないけど意識もはっきりしているみたいだから……カウンセリングとか要らなさそうだし。しのぶさんとカナエさんとここにいる看護師、患者、隠の人に謝罪したら今回の事には目をつむりましょう」

「だ、誰が「じゃあ貴方のお給金でここの修繕費、それから威力業務妨害とカナエさんへの名誉棄損で法に訴えた場合の慰謝料すべてを賄ってもらうことになるけれど……いいよね?」

 

固まる少女。分かってなかったの?というか理解できてる?

 

「ご、ごめ「ご迷惑をおかけして」ご、ご迷惑をお掛けして「大変申し訳ございませんでした」大変申し訳ございません、でした……」

 

そして私は怯える彼女にしか聞こえない声で釘を刺した。

 

「次ここやここの関係者に何かしたそのときは――()()()()()()()()()()()()()

「ひいぃぃ!!」

 

よろけ転がるようにして少女は病室を出て行った。

その程度なら来るな。

 

「な、なんだったの?一体」

「さあ?でもまああそこまで言いくるめたらしばらくは落ち着くでしょう」

 

あんまりなことに素の口調に戻っているしのぶさんと同じように呆れている私は頭が痛い。

 

「ありがとう、二人とも。いきなり怒鳴り込んで来て……今日はカナヲとアオイちゃんが買い物当番だったから対処できる人がいなかったの」

「とりあえずしばらくの間は私と萼さんどちらかが蝶屋敷に常駐していた方がいいのかもしれません」

「ですねえ……また来られる前に何かしら対策は立てておかないと」

 

一先ず患者は全員別の病室に移動してもらい、私としのぶさんで折半して病室の修繕費を出した。

 

 

「にしてもなんで知ってたんでしょう」

「知ってた……そういえばそうよねえ」

 

私が言いたいことを察したのかカナエさんも頷く

 

「私たちが上弦の弐に遭遇した事はたしかに知れ渡っているだろうけどその「名前」を知ってるのは実際に遭遇した萼だけのはずだし」

「私の体質のことにしてもそれを知ってるのは蝶屋敷の関係者と柱、お館様とその関係者のみですし、皆そういう事には口が堅い人ですしねえ」

「ああ、そういえばあの後例の隊士について調べてみたんですけど、彼女の階級は壬。これと言って目立った功績・違反はないようですが……合同任務で一緒になった他の隊士たちや隠の皆さん曰く、『任務に対して非協力的で、仲間や民間人の事を考えずに刀を振るう』というような苦情が出ているようです」

「隠れた問題児」

「まさにそれです」

 

三人でため息を吐いた。要は階級どころの話ではなかったのだ。

 

「それにやや妄想癖のようなものがあるらしくて、『原作』とか『私の作った世界』とか……」

「現実と妄想の区別がついてないんでしょうか……」

「それは……危ないわね」

 

下手するとメンヘラ化してもっとヤバいことになるのでは……?という私たちの共通認識によりお館様に報告して結局空き病室の一つをカウンセリング室(平たく言うとお悩み相談室)にすることになった。もちろん鬼殺隊全体に注意喚起し、精神的に病んで不安定になる前に来るように言って例の少女のような隊士が出ないように入院患者にも根気強く言い聞かせた。最初は半信半疑だった者たちも直しかけの彼女が暴れた病室に連れていき、その有様と当時の状況を事細かに話すと大きくうなずいた。

 

一方の少女はというと、しのぶさん曰く隊士全員から露骨に避けられているらしい。まだ精神疾患の認知が浅かった大正というこの時代で、彼女は相当肩身が狭くなっていることだろう。実際、腫物扱いなんだとか。でも私たちはそっち方面の専門家ではないし、また蝶屋敷を襲撃されたくないのであえて手を出さずにいる。君子危うきに近寄らず。

 

 

 

 

 

そうしてしばらく、少なくともカナヲが選抜を抜けて正式にしのぶさんの継子になるまでは何の音沙汰もなかったのだが、カナヲが継子になったのを聞きつけたのか今度はカナヲに絡んできたらしく蝶屋敷までついてきたのだ。

 

「この子はまだ鬼殺隊に入隊したばかりなのになんでいきなり継子になってんのよ!どうせまた身内贔屓でしょ!!」

 

なんて威張り散らしてまたあーだこーだ言い始めたので面倒になった私たちはそんな少女に提案した。

 

「ならカナヲと一緒に稽古してみる?」

 

そして稽古をつけたのだが

 

「なんなのよ、こんな硬い瓢箪割れるわけないでしょ!?頭イカれてるんじゃなバンッ……」

 

隣のカナヲが自分の胴くらいある瓢箪を割ったことで信じられないとばかりに私の方を見る。

 

「うん?この瓢箪割りは全集中の常中を習得するためには外せないから。それと、常に全集中の呼吸しててって言ったよね?してたらあなたの通常より小さいのは割と簡単に割れるはずなんだけど」

「……」

 

―――四日と持たずに逃げた。

 

何が何やら事情はよく知らないが去り際に『こんなの私の夢小説にない!』『化物と人間を同じ物差しで測らないでよ!』と言われそれでも相手にしていないように思われたらしい。

 

「一滴の愛ももらえなかったジャンクな()()の化け物のくせに!!」

 

は?

今この子なんて言った?

聞き間違いでなければ

 

「――今、なんて言った?」

「はぁ?――あ」

 

気付いたように彼女は見開いて口を戦慄かせる。言ってはならなかったことを口にしてしまったとでもいうように。

 

「ねえ」

「は、い」

「もしかしてさあ――私の本名、知ってる?」

「!!」

 

少女の顔から血の気が引いた。

そう、この世界に()()()()()()

私は再び問いかける。

 

「だんまりは、良くないなあ」

「あ――わ、私」

「うん。言ってごらん?私の本名」

 

ガタガタと震える少女ににっこりと笑顔で対応する。

 

「ご、ごめんなさ!ごめんなさい!!だから命だけはっ」

「みーんなそういうけどさあ、実際命以外むしり取られるって結構悲惨だよー?素直になった方が一番最速で楽になれると思うんだけど……ねえ、どう思う?」

「ひ、ひぃ」

 

この反応からして私の本名を知っていると見て間違いない。さて、どうしようか。

そう考えていると聞きなれた声がした。

 

「萼」

「カナヲ」

「そろそろ、任務の時間」

「ああそっか。ありがとう今行く――じゃあさよなら」

「っ」

 

そのまま少女は一目散に逃げて行った。

私もそのままカナヲと一緒に屋敷に帰ろうと並んで歩く。

 

「あの人ばっかり、ずるい」

「ん?」

「私も萼と、稽古したい」

「!うふふ。うん。じゃあ任務から帰ってきたらしようか」

 

そして私はカナヲとの時間を確保すべく、予定を確認するのだった。

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