秘蜜の刃   作:紗代

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白代萼の小噺

あれから私はよく蝶屋敷の仕事を手伝うようになった。

なので今日も蝶屋敷に来ているわけなのだけれど……

 

「……」

 

今日の休憩時間にお茶を運んできてくれた子は初めて見る子だった。ここのみんなと同じ蝶の髪飾りを付けたサイドテールの艶やかな黒髪に、薄い唇は弧を描けばより魅力的になるだろう。でも、その子は無表情だった。

 

「ありがとう、カナヲ」

 

しのぶさんがお礼を言ってお茶を受け取ると、こくりと頷いてそのまま隣に座った。

 

「萼さんとはまだ初対面でしたよね。この子はカナヲ。栗花落カナヲです。カナヲ、この方は白代萼さん。この間から私たちの手伝いをしてもらっている人です」

「白代萼です。よろしくお願いしますね、カナヲさん」

「栗花落 カナヲ よろしく」

 

声、ちゃんと出るんだ。失礼ながらそんなことを考えた。

 

「ごめんなさいね、萼さん。カナヲはちょっと事情があって言葉が不自由なの」

 

すかさずカナエさんがフォローを入れてくれる。そこらへんは私も割と失礼なことを考えていたので別に気にしていない。というかここまで表情が抜け落ちているのによく失語症に陥らなかったな、とは思う。――強い子、なのかもしれない。

 

「いえ、気にしてませんよ」

「ならよかった」

 

カナエさんは私の言葉でほっとしたようだった。まだ大正時代だ。私たち平成世代でやっとこさ精神病の重大さがメディアに取り上げられるようになったのだから、今の時代でこういう心身ともに傷ついた子はどういう目で見られるのか分からない。まるで子を守ろうとする母親のようにも見えた。

 

――母親。それを私が言うのか。何も知らない私が。

 

「———今日もお茶が美味しいですね」

 

お茶を飲んで空を見上げる。

雲の多い、青というより白みがかった空だった。

 

****

昨日は思っていたより運ばれてくる患者が多く、泊まり込みになった。

ちなみにここの入院食と賄いは柱のカナエさんはもちろん、隊員であり鬼の研究の第一人者であるしのぶさんも忙しいのできよちゃん・なほちゃん・すみちゃんと泊まり込んだ時のみ私で作っている。なので今日は私が当番である。

 

「(ん、あれは……)」

 

カナエさんの部屋の前でじっと立っている人影がいた。近づいてみるとそれは髪を結っていないカナヲさんだった。

 

「カナヲさん?」

「!」

 

私の声にカナヲさんは振り返る。反応はしても無表情のままの彼女の手には蝶の髪飾りと櫛が握られていた。

 

「髪結いですか?」

 

こくりとカナヲさんは頷く。ここにいるということはカナエさんかしのぶさんにやってもらっていたのかもしれない。

でも今日はカナエさんは遠方の任務で日が昇る前に行ってしまったし、しのぶさんも研究成果である最新の藤の花の毒の臨床も兼ねて任務に出払ってしまっている。

 

「もしよければ私が結ってもいいですか?」

「!」

 

するとカナヲさんは銅貨を一枚取り出して弾いた。コイントス?そして銅貨の表を確認すると、私に髪飾りと櫛を差し出した。

 

「お願いします」

「はい」

 

――――

長い黒髪をサイドに結い上げて仕上げに蝶の髪飾りを付ける。

 

「できましたよ」

 

鏡に映して確認した。うん、見た感じは大丈夫。

カナヲさんは変わらず黙って無表情だった。

 

「引っ張られて痛いとかありますか?」

ふるふる

「そうですか、よかった」

「ありがとう」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

「?どうして」

「私の提案を受け入れて下さったでしょう。髪の毛は精神的にも繊細な部分ですから、結構触れられるのが嫌な人もいるんですよ」

「私は、わからない、から」

「じゃあそうですね、カナヲさんは私に髪結いされてどう思いました?気持ち悪かったですか?」

「気持ち悪くなかった」

「それなら、尚の事嬉しいです」

「嬉しい」

「はい」

この行動(髪結い)が、萼は嬉しい」

「はい」

 

するとカナヲさんは少し考えているようだった。考えさせるような行動をしてしまっただろうか。

 

「また、やって」

「はい。喜んで」

 

私たちの距離をほんの少しを縮めて朝の時間は流れていった。

 

****

昼過ぎごろ、蝶屋敷からお館様に呼ばれた私は産屋敷邸に来ていた。

 

「お館様、白代萼です」

「ああ、入ってくれて構わないよ」

「では失礼します」

 

促されて中に入るとそこには布団から上体を起こして奥方のあまね様に支えられているお館様の姿があった。

 

「よく来たね、萼」

「は。お館様、あまね様、白代萼ここに参上いたしました。本日はどのようなご用命でしょう」

「そのことなんだけどね、私事で申し訳ないんだけど一つ頼まれてくれないかな」

「?はい、お館様の命であれば」

「よかった実は――」

 

 

――――

「ねえ、萼」

「はい、如何なさいました若様」

 

『子どもたちをみてほしいんだ。いつも世話係のようなことをさせている使用人が所用で少し早めに藪入りしてしまってね。この通り私は動けないし、あまねにもいろいろ動いてもらわないといけない。だから頼めるのは君しかいないんだ。すまないけど頼めるかい?』

 

というお館様の要請により、私はこうして若様――跡継ぎである輝利哉様とその姉君ひなき様とにちか様、妹君であるくいな様とかなた様の臨時の世話係となったのである。

といっても全員いい子なので目を離しさえしなければ大丈夫だった。私のいる意味は?

 

「萼は別の世界から来たんだって、父様が言っていたんだけど、それは本当?」

「――はい。正確に言えば平行世界、というのかもしれませんが」

「気を悪くしたのならごめんね。父様に無理を言って教えてもらったんだ。最初に産屋敷にきた君を見た時、なんだか周りと空気が違うかったから気になって」

「――――」

 

やっぱり子どもは鋭い。私たちとは違う次元で。特にこの産屋敷家は鬼狩りの頭領だ、そういったことには本能レベルで敏感なのかもしれない。

 

「――いいえ、構いません。私も自分自身驚いているのです。このような奇跡があるのかと」

「そう……ねえ、もしよければ萼のいた世界のことを教えてくれないかい?それが遠い未来の事だとしても興味があるんだ」

「そうですね、私で説明できることであれば」

「!じゃあ先ずは――」

 

余程聞くのを我慢していたのだろう、質問は夕暮れまで止むことはなかった。

日が傾いて時間に気づいた輝利哉様は話を切り上げてくれたものの、まだ話し足りない様子だった。

 

「今日はありがとう、また来てね」

「今日一日ありがとうございました」

 

そう言って頭を下げて私は帰ったものの、何故か輝利哉様を始めとする産屋敷家のご息女の皆様にも懐かれた私は度々ここへ呼ばれることになる。……のだけどそれはまた別の話。

 


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