理不尽なシナリオという名の『神』に抗う物語(Angel Beats! SS) 作:おしゃぶりこんぶ
《第2話》
翌日の朝。彼らは廊下ですれ違った。
「お、おはよう! 奏」
「ん、おはよう結弦」
(やっべー、あんな事があってこれからどう接していけばいいんだ俺は?)
音無は、心底動揺していた。昨日はお互いに気持ちをぶつけ合って、何かキから始まってスで終わる事もしてしまった気がする……
改めて奏に視線を向けると、彼女も彼女なりに昨日の事には何か思うところがあるらしく、いつものクールな無表情さが揺らいでしまい恥ずかしさに頬を赤らめているのが分かった。
そんな表情の奏を見て、音無は誇張抜きに心臓が止まるかと思った。
「じゃ、じゃあな!」
音無はその場から逃げるようにして立ち去った。
そんな彼の後ろ姿を見つめる奏の瞳には、幾ばくかの名残惜しさが伺えた。無表情生徒会長さんは、端から見るとまるで一昨日までとは人が変わってしまったかのようだった。
今日からは、音無の新しい1日が始まる。彼はまずNPCの中から人間を探すことに専念した。今では、少し話したり様子を伺ったりしただけでNPCと人間の違いが分かるようにはなってきている。しかし、困ったことに校内では『とある噂』が広がっており、音無はその日の学園生活を大いに苦労する事になった。
「ねぇねぇ、知ってる? あの生徒会長に彼氏が出来たんだって!」
教室の隅で4、5人の女子生徒がなにやら声を潜めて談笑していた。
「え!? マジ? でもあの生徒会長だよ、いくらなんでもあの子を振り向かせさせるような男が居たかしら?」
「それがね、お相手は問題児で有名なあの音無結弦先輩らしいよ!」
「えー、嘘だー。証拠はあるのかー?」
「その証拠なら全校生徒の半分近い人が昨日見てるはずよ。何でも、校舎とグラウンドを繋ぐ階段のところで、人目も憚らずにずーと、熱い抱擁を交わしていたそうよ! ラブラブなのよ、キャーッ!」
そう語った女子生徒は頬を染めてのたうち回っているが、今日に限ってそんな生徒は学校中どこにでもおり、奇異の目は今更誰も向けることは無い。
「し、信じられない……」
「あの生徒会長さんが堕ちたですって……!?」
「音無先輩やるなー」
一方、部活棟のとある教室では何やら大勢の男たちが真剣に議論し合っているようだった。部屋の入り口には『生徒会長をスコる会 総本山』と書かれている怪しげな看板が掛かっていた。おそらく生徒会から活動許可を受けていない非公式の部活だろう。こんな部活が一体どこの世界で正式に認められると言うのだろうか。
『生徒会長をスコる会 会長』と書かれた缶バッチを胸元に付けた、いかにもザ・オタクというような風貌の太っちょメガネは声を張り上げる。
「では多数決を採る! 賛成する方に手を挙げてくれよな! 我が校の生徒会長である『かなたん』の彼氏と現在噂されている男、逆賊音無結弦を『かなたん』の正式なお婿さんと認め、素直に身を引くもの!」
誰も手を挙げる者はいない。誰一人として身じろぎすることなく、まるでお通夜か何かのように教室がシーンと静まりかえる。
「音無結弦を己の命に代えてでも討ち果たし、最後には己が手中に『かなたん』を納める事だけを追い求める、真に勇気あるいにしえの歴戦の猛者ども!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」」」
大地が揺るぐかのような大音声(だいおんじょう)をもって彼らは答えた。
「全軍出撃! 敵は本能寺にあり!」
「「「いっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」」」
まるで闘牛のようになった彼らは教室から一斉に飛び出していく。
音無はその日は、全校生徒に追いかけまくられるという最恐の日を過ごした。彼はNPCをナメていた。彼らは本当に人間そっくりである。そんな音無はちょうど今、生徒会長の居る生徒会室に辛くも逃げ込んだところだった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
上がった息は当分戻りそうにない。そんな彼の姿を見て奏は不思議そうに首を傾げる。
「結弦、どうしたの?」
「ハァ、ハァ……それが、全校生徒が俺を追いかけて来ていて、もうじきここも見つかってしまう。奏、早く隠れよう!」
「え、ええ?」
状況を飲み込めていない奏の手を取り、手近な物陰に隠れる。幸い生徒会室には大型の戸棚がありその裏にすっぽりと隠れる事が出来た。
隠れ終わった直後、生徒たちの足音がどんどんと近づいて来て、遂には生徒会室に生徒たちが殺到した。
「ぐぬぬぬぬぅ……? ここにもおらんとな? 全軍後退だ!!! 逆賊音無結弦は既にこの校舎からは退避した可能性が非常に高い! すわ、急げ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」
校舎を揺るがすほどの足音が一斉に遠ざかっていく。
やっと一息つける。そういえば群れにはリーダー格がいたが、あれもNPCなのだろうか……? などと考えを巡らせていた音無は奏の囁くような声にしばらく気付かなかった。
「ゆ、結弦……あの……その……す、スカートが……だから……は、早く……どいて……?」
「どうした奏?」
そう言って、外を伺っていた視線を目の前に戻したその時、音無はこの日2度目の心臓が止まるかと思うような体験をした。まるで自分が奏の体に覆い被さっているかのような状態で、お互いの吐息すら分かるほど超至近距離密着状態だった。しかも奏は恥ずかしさからか顔全体が真っ赤に染まっていて、強引に戸棚の裏に押し込まれた為にスカートが大きく捲り上がっていた。その、イケナイコトをしているかのような背徳感に心が痺れ音無はしばらく動けないでいた。
「ご、ごめん! 今離れる!」
音無が急いで戸棚の裏から飛び出ると、はだけた衣服を整えて奏もすぐに出てきた。
「状況を……説明して欲しいわ」
音無は事の経緯を説明した。
「そう、大変な騒ぎになってるのね……」
「奏は大丈夫だったか?」
「ええ、私はいつも誰とも話さないから」
「そうか……」
何ともいたたまれなくなり、視線をさまよわせているとふと、机の上に生徒の顔写真付きの資料が重ねてあるのが見えた。
「奏、これって何なんだ?」
音無は何枚かの資料を手に取りながら話し掛ける。
「それは不登校生徒の資料よ」
「この学校にも不登校生徒って居るのか!?」
「そうよ」
「不登校になったりするって事は彼らは人間なのか?」
「うん、この人たちは心の傷を負っていて学校に馴染めない。だからそういう時は私が直接赴いて話を聞いてあげるわ」
奏が、俺達やギルドを訪ねたのも学校に来ない人たちを心配して、ただ話を聞いてあげたかっただけだったのだ。そう思うと、胸が締め付けられて息が苦しくなった。
「奏は本当に頑張り屋さんなんだな」
何気なく、いつもみたいに手を奏の頭に乗っけると、奏は突然ビクッと驚いて俺から顔を背ける。あれ、驚かせちゃったかな?
「とにかく、何かやる事があるなら俺も手伝いたいんだ。奏の力になりたい」
「そうね……じゃあ、この資料を見てみて」
奏が差し出した紙を受け取り目を通す。ふーむ。どれどれ……?
「結弦にはその人を訪ねて貰うわ。話を聞いてあげて」
「おう、任せとけ」
そう言ってもう一度手元の資料に目を向ける。彼の名前は『大野翔太』
ひとまずはここで終わりです~御評価頂けると作者のモチベがぐわ~と上がって続きを書くかもしれません!
それではまたどこかでお会いしましょう~