不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争   作:どっこちゃん

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金の矢と鉛の矢

 

 

「あらら、良くやるね君たちも」

 

 アーチャーは言った。あたりは静寂に包まれていた。

 

 見たところ敵地の中ではあろうが、周囲には敵兵の息遣いも剣戟の音も聞こえない。

 

 けっこうな距離を隔てて空間を跳んだようだ。

 

 傍らには血まみれのイグが伏している。

 

 生きてはいるようだが、手足の数は半分になり、残った半分も身体に繋がっているのが不思議なほどである。

 

「――んー、良くやってくれた。っていうべきかなぁ。悪いんだけど、僕にはどうにもできないなぁ」

 

 すさまじい執念だと言わざるを得なかった。

 

 このイグもそうだがあのニアも尋常ではない。命を懸けてまでアーチャーを緊急避難させたのだ。

 

 無論アーチャー自身のためなどではなく、あのランドルフ・カーターのためであろう。

 

 さて、この狂信は何処から来るものか。

 

「まともじゃないとは思ってたけどねぇ……」

 

 ま、いっか。

 

 と軽く思考を切り上げ、アーチャーは地に伏すイグに対して弓を引いた。

 

「――お、待ち、を」

 

「悪いけど、もう治療がどうこうってレベルでもなさそうだしね。ガラじゃないけど介錯くらいはしてあげるよ」

 

「――いえ、お、お待ちを」

 

 はて? この上命を惜しむのか?

 

 とアーチャーが首を捻る間に、イグの身体は奇妙に蠕動(ぜんどう)し始めた。

 

「――おー?」

 

 傷だらけの皮膚が上擦っているように見える。

 

 ところどころ、皮膚は剥がれ初めている。

 

 気づけば、出血は止まり、千切れ掛かっていた手足は皮一枚になるまで(しぼ)んでいる。

 

 びくびくと言う全身の蠕動は次第に大きくなり、ついには()()()()ようにまでなった。

 

 すると皮膚と言う皮膚はずるずると破れ、剥がれ落ちていく。

 

「おおー!」

 

 見る間に、まるで傷の無いつるりとした、艶やかな女の肢体が月下に躍り出た。

 

 立ち上がる。

 

 鍛えあげられた彫像のごとき肉体だった。

 

 雨に打たれる彫像の如く艶めく女体は、滑るようにして四肢を伸ばす。

 

 墨汁のような黒髪までもが、完全に元通りになっていた。

 

 脱皮だ。まるで傷を負った身体を脱ぎ捨てるように、イグは脱皮して見せたのだ。

 

 傷が修復されているのは元より、失った手足までもがほぼ完全な形で元に戻っているのが驚異的であった。

 

「――射るのはご勘弁ください。私はまだやれます」

 

 イグは手足を確かめ、艶めく黒髪をかきあげた。

 

 声音もその眼光も確かなものだ。完全にあの致命傷から回復してしまった。

 

「いやぁ、スッゴイな。魔術師もバカにしたもんじゃないねぇ。――にしても眼福眼福―とか言った方が良い?」

 

 当然、衣服までは再生しないらしく、艶めく裸体を晒すイグははにかんだ。

 

「お戯れを――――ッ!?」

 

 その胸元を、アーチャーの黄金の矢が射抜いていた。

 

「傷はつかないから安心してよ。君がまだやれるのは僕にとっても有りがたい。アーチャーには()()が居てくれた方が良いからねぇ」

 

 やにわに黄金の矢は消え失せ、イグの五体に凶悪なまでの魔術的強制力が襲い掛かる。

 

 恋慕の強要である。

 

 その対象はアーチャー自身だ。

 

「な――ぜ? ぅぅん! あぁぁ! おおぉぉぉ……――」

 

「我慢するとツライよぉ? にしても、なぜって、ねぇ?」

 

 君、ダイジョブ? と言わんばかりにアーチャーは可憐な顔を歪めて嘲笑う。

 

「僕らがキミらの監視を快く思ってるわけないじゃない? 君らの()()()()()に使役されて喜ぶわけないじゃない」

 

 聞いているのかいないのか。

 

 イグは強烈な恋慕に抗うたびに、その身に襲い来る強制力――いうなれば強制的に好意と性的興奮を掻きたてられるような感覚に身悶えしていた。

 

「だから、ここからは好きにさせてもらうよ。死んじゃうなら情けを掛けようかとも思ったけど、使えるなら使わせてもらう。――かわいそだけど、これって戦争なのよねぇ♪」

 

「む――ムダ、で、す」

 

 しかし、イグは歯を食いしばり身を起こした。

 

「うん?」

 

 全身を汗に滑らせ、快感に身もだえしながらも、その気力だけは萎えていないらしい。

 

 黄金の矢の強制力に抗っている。その呂律も元に戻りつつあるようだ。

 

「私は――こんなものに負けない……私が従うのは、カーター様のみ!」

 

「そして、愛するのはあの()()ちゃんだけってことだね」

 

 指摘すると、イグはつるりとした美貌を、いびつに歪めた。

 

「バレてないとでも思った? ざーんねん。――ま、それはともかく、カーターへの強烈な信仰心みたいなものが、キミたちを縛っているのは分かるよ」

 

 だから、僕の矢で()()()()()を繋いでも()()しちゃうわけだね。

 

 アーチャーの続けた言葉に、イグは呆けたような声を上げる。

 

「――パス、とは?」

 

「んー? ()()()()()()()()のことさ。ちょうど、僕らとマスターとも繋ぐものと同じね」

 

 分かる? とアーチャーはもう一度弓に矢を番えながら告げる。

 

「僕の宝具の本質なんだ――この聖杯戦争に合わせてチューンされた「金の矢」と、そしてもう一本」

 

 アーチャーが番えたのは黄金の矢とは似ても似つかぬ、()()()()であった。

 

 矢を向けられたイグは何かを悟ったように、ヘビのような双眸を見開いた。

 

「だから、今度は()()()()()()()()としよう」

 

「――やめッ」

 

 あやまたず、鉛色の矢は再びイグの額を貫いていた。

 

 再び沈黙が舞い降りた。

 

「さて、改めて訊こうか。――ボクに使われてくれない?」

 

 イグは白蛇のような肢体を折り、アーチャーにひざまずいた。

 

「仰せのままに。ご主人様。この命、如何様にも」

 

()()き。――さて」

 

 この宝具「金の矢と鉛の矢(ハイ・アンド・ロー)

 

 その実は、恋慕の強制という魔術的パスの結合と切断を意味する。

 

 この宝具が驚異的なのは、他のサーヴァントとマスターの関係にも、この「結合と切断」または「切断と再結合」の効果を適応することが出来る点である。

 

 仮にサーヴァントが驚異的な対魔力なり宝具なりを持ってその身を守るのだとしても、マスターにまでそれが適応されるとは限らない。

 

 「鉛の矢」でマスターを対象にしてしまえば、パスを切断することは容易なのだ。

 

 そして「金の矢」で自在に再結合。

 

 自分と他のマスターの間に主従関係を作ることも、またサーヴァントの意思を介さず別のマスターへ強制的に鞍替えを行わせることも出来るのだ。

 

 破壊力でも、神秘の度合いでもない。

 

 聖杯戦争と言うシステムそれ自体を手玉に取るこの宝具を前に、如何な強力な英霊も物の数ではなかった。

 

 アーチャーにとって、アサシンによって()()()マスターを殺されたことなど、さほどのことでもなかったのだ。

 

 マスターなどいくらでも替えが利くのだから、それも当然だろう。

 

 その上でカーターの元へ下ったのは、それが()()()()()()()()()から、だ。

 

 通常の聖杯戦争を大きく逸脱した展開。先が読めない状況は実に興味深いものだった。

 

 英霊の名は「クピド」

 

 キューピットの名でも知られる、紛れもない神霊である。

 

 ローマ神話における愛の神とされ、ギリシャ神話においては「エロース」とも呼ばれる。

 

 その移り気な遊び心が神話に語られる神でもある。

 

 無論、そんな神が聖杯などと言うオモチャに掛ける望みなどあるはずもない。

 

 ただ面白そうなことに首を突っ込んでみただけなのだ。それがこのアーチャーの聖杯に賭ける望みであった。

 

「この後はどうしようかなぁ。ねぇ? どうしたら()()()と思う?」

 

 アーチャーの問いに、イグは頬を染めて応える。もはや愛するものの顔さえ思い出せないかのように。

 

「ならば――ランサーの元へ行くべきです。もっとも「おもしろい」のは、そこかと」

 

「やっぱりか……。なーにがあるの?」

 

()()()です。この聖杯戦争最大のねじれは、そこに」

 

「ふぅーん? 焦らすねぇ。嫌いじゃないよそう言うの」

 

「ぁああ……はぁん、んん――」

 

 アーチャーに頬を触れられると、イグは感極まるような、か細い声を上げる。

 

 ――が、その眉根が、矢庭に歪んだ。

 

「どったの?」

 

「居ます」

 

「んー?」

 

 すると、向かう薄闇の向こうから、滑るようなシャレコウベが姿を現した。

 

「あーらら。お久しぶりだね。――アサシンのサーヴァント」

 

 

 

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