不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争 作:どっこちゃん
「アサシンよ。守りは君に一任しよう。こちらの守備の隙を突こうとする間者を見つけ、摘み取ってほしい」
ハイエンド・キメラたちと時を同じくして戦場へ向かうアサシンへ、オルロックはそう告げた。
「御意]
「そして、敵の間者を始末したなら、後はいつものように敵方のマスターを頼むよ。――
アサシンは応答を途絶した。
彼は、オルロックに
「君の
しかし、オルロックは見当違いのことを言いながら頭を掻いた。
おおかた、アサシンの、このハサン・サッバーハの暗殺者としての矜持に差し障る、とでも考えていたのであろう。
無理もないことなのかもしれない。
むしろ知れるはずもないというべきか。
よもや、この伝説の暗殺者、ハサンの名を冠するこの男が、この
オルロックが
喪に服す幼子のような黒いドレス。開かれた蒼白い胸元には、一輪の刺々しい黒薔薇が染め抜かれている。
明らかに魔術的な措置なのは誰の目にも明らかだ。
通称「
それがこの少女に付けられているラベルである。
それ以外に名は無い。本人も覚えてはいない。
人ではなく、魔術師ですらない。ただも武器、ただの装備品、ただのモノ。
その前提に、この魔術師が平然と示した、認識に、この男は、アサシンのサーヴァントは憤っている。
この殺しの泰斗が、
魔術師は気づかない。
伝説となった暗殺者「ハサン・サッバーハ」が、よもやそんなヒューマニズムを想っているなど、どうして想像できるだろう。
不釣り合いにもほどがある。
アサシンとて理解している。だからこそ、応答は途絶したままだった。
かつての、ありふれた魔術師同士の争いによる副産物である、とだけ聞いた。
時間を操る魔術師の家系。今は滅びたその一族の、最後の生き残りである、と。
「自らの体内時間を操作する」魔術を伝えていたその一族の技術を、協会の魔術師たちは有効活用することを思いついた。
つまり、体内時間の操作による自らの存在のセーブとロードである。
彼女は自分の時間を撒き戻すことが出来る。
どれだけその身体が傷ついても、どれだけその装備が損壊しても、自らの時間をセーブされた時間まで巻き戻すことが出来る。
不朽の身体。自爆特攻さえもいとわぬ捨て身の戦闘を可能とするそれは、戦闘においてはこの上なく有用な機能だった。
事実、戦果は上々。彼女は多くの魔術師と、それにあだなす者たちを屠り続けた。
――反面、それは魔術師としての破綻を意味する。
完全なる時間の退流は、あらゆる意味での進歩を阻んでしまう。
彼女は人として成長することが出来ない。それ以上に、魔術師として魔術を発展させることも不可能なのだ。
故に、ただの道具。
何もない。何も持っていない。魔術師ですらない、ただの
それがこの少女の全てであった。
少女自身、己にそれ以上の存在意義を見いだしていない。
ただ、常に携帯する記録装置に書き込まれた「指示」にだけ縋って、何かを破壊し、殺害する。
それだけだ。
――憐れだった。
生前、何か大して、そんなことを思ったことなど、当然ない。
考えたことすらない。
ただ、「山の翁」の名の下に、使命を果たし続けた。
何の疑いもなく、殺し続けた。
教団によってさずけられた不死の御業を以って、死してなお殺し続けた。
己の存在意義の為に。
気の毒だと思ったことも、快感だと感じたことさえない。
《《疑ったことさえ》なかった。
此度の召喚に際しても、望みなど浮かばなかった。
「……山の翁たる偉名の為に」
問う魔術師には、そう答えた。
それ以外なかった。ただ、「ハサン」の一人として、そう在るべきだから、そうしている。
それだけだった。
もはや教義も、勢力も、相手がなんなのかもどうでもよかった。
ただ、「山の翁」の名に恥じぬ絶技を見せつけるのみ。
懐疑など抱いたこともない。
――だが、この娘の見て、その有り様を知って、不意に気が付いた。
この娘は――己自身なのだと。
衝撃のようなものに打たれた気がした。
そしてこの娘を「アレ」と呼び、道具のように扱った男に、強い憎しみを抱いた。
沸き起こってくるソレ。
とうの昔に
それは、――怒りだ。
感情・我執・衝動。抑えきれない何か。
この娘は俺だ。――この俺自身だ。
仮面の下で、
そうして、暗殺者は初めて望みを持った。「聖杯」に託すに足る望みを。
アサシンは少女の身体を草むらに横たえた。
薄い身体を背中側から胸に至るまで、杭のような短剣で貫いたまま。
本来なら激しい出血を伴い絶命するはずだが、少女の身体はまるで何かの映像を一時停止したかのようにぴたりと固定されている。
「死んではいない」
アサシンは目を向くアーチャーとイグにそう告げた。
「――『体内時間の操作』ね、それは分かるよ。けど、それはそれとしてキミ、なにしてんの?」
おそらく、この少女の胸に染め抜かれた黒薔薇が、この魔術機能の要なのだろう。
それが杭によって貫かれているため、「巻き戻し」の機能が阻害され「体内時間が一時的に停止」している状態なのだ。
「取り引きがしたい。――俺を縛る
「って、そんな簡単にやると思う? だいたい、キミがキャスターやらそのマスターやらを裏切る理由ってなんなのさ」
「この娘を助けたい」
率直すぎる言葉に、アーチャーはあらん限りのクエスチョンマークを浮かべて首をくねらせる。
「………………意味わかんない。ここまで完璧にわかんないのは初めてだよ。まさか? あの『山の翁』が? 人助け?」
「……」
アサシンは黙した。当然、彼は己の内面を語った事などない。言葉を選びあぐねている。
――のだが、傍からそれを察することは不可能であった。
このドクロ面の下で黙する以上、対する人間はその沈黙を何らかの企みと見るだろう。
「ま――嘘でないのは分かるよ。君がその子を――なにかしらの脅威から? 助けたいってのはさ」
しかし、稀有なる偶然か、このアーチャーにだけはその真意が読み取れた。
アサシンの、その少女を横たえる、たどたどしくも、相手を慈しむような所作は、決して演技の類いではない。
鮮やかとしか言いようのない刺突を見舞っておきながら、不器用にその相手を抱き止める、伝説の暗殺者。
なんとちぐはぐで、なんと滑稽なのだろうか。
――――変なヤツ!
でも、これはこれで面白そうだねぇ……。
アーチャーは可憐な面相を外聞もなくゆがめる。喜悦に、顔の皮が引きつるのを抑えきれない。
「ちょっとだけ、君らに興味が出てきたよ。……君の動機が面白ければ、手を貸してあげないでもないかな。――で? で? なんで助けたいのさ」
「…………」
すると、アサシンは物言わぬまま、自分の仮面に手を掛けた。
顔の全面だけでなく、頭部そのものをすっぽりと覆っていた、フルフェイスタイプの仮面だ。
「ん? ――――うぇえッ!?」
そしてすべてが取り去られた、アサシンの素顔を見たアーチャーは、うめきを漏らした。
まるで気色の悪いものを見たときのような、生理的嫌悪感から来るものだ。
地に伏したままのイグでさえもが、己を重傷を忘れたかのように息を呑んでいる。
「この娘は――――オレ自身だ」
穴が開いている。
アサシンの頭部には、大小幾つかの穴がぽっかりと開いているるのだ。
アーチャーとて「山の翁」に
だが、これは異様だ。あまりにも、異様に過ぎる。
おそらくは開頭手術の痕なのだろう。
大穴の空いた頭骨は、なにがしかの金属――おそらくはベリリウム銅であろうか――で補強されている。
故に、それが治療のためではなく、もっとおぞましい目的のための施術であることが読み取れた。
「オレは、多くを切り取られ、取り上げられた。――それはいい。もう過ぎたことだ。オレにされたことも、オレがやったことも、覆そうとは思わない。次の生など望まない」
だが、と、この異形の人型は続ける。
「この娘には可能性がある。――だから、たすけたい。この娘は、――オレ自身だ」
そう繰り返し。アサシンは再び仮面をかぶった。
同じように改造され、同じようにすべてを奪われようとしている。だからこそ、――と、
アサシンは伝えあぐねるように、言葉を絞り出している。
さしものアーチャーも言葉が無かったと見えて、ただただ、大きく息を吐きもらした。
「――まだ、訊きたいことはあるか?」
「……いいや。いいや、いいよ。十分、キモは冷えたさ。まったく、
とは言いつつ、アーチャーは興奮が収まらないようで、つぶらな双眸はランランと輝いている。
そして、そのまま興が乗るのに任せて、アサシンへと二本の矢を連続で
パスは一度切断され、そして今度は別の形で再接合される。
これで、アサシンも、この少女もオルロックの支配下から抜け出せたことになる。
あとは通常通りのマスターとサーヴァントの関係となる。
もっとも、主従は逆となるわけだが。
アーチャーが少女から巨大な杭を引き抜くと、瞬く間にその身体は「巻き戻し」によって復元されていく。
そして横たえられた状態から直立した状態へ巻き戻った少女は、まるで人形のような動作で眼を開く。
「んー、これってさっきのとは違うの?」
「恐らく、致命傷を負ったために直前のではなく、それ以前の待機状態まで巻き戻ったのだろう」
戦闘で使用する撒き戻しは任意。死による巻き戻しは自動ということであろうか。
ま、その辺はいいや、とアーチャーは意識を切り替える。
興味深いのこれからなのだから。
そして少女は、アサシンと見知らぬサーヴァントを見渡し、困惑したように顔を眇めた。
そして無言のまま、常に身に着けている指示器に手を伸ばす。――これだけは内容を保持したまま時間の退行を行える礼装らしい。
が、アサシンの大きな手が、そっと、それを押し留める。
「しなくて、いい」
少女が驚いたようにアサシンを見る。
アサシンは少女に視線を合わせるようにして跪きながら、静かな声で言う。
「もう、やらなくて、いい」
たどたどしく、そして言葉を選ぶように告げられる声に、少女は困惑を浮かべていたが――
「…………はい」
と、か細い声でそう応えた。
ほんの少しだけ、安堵にも似た微笑を浮かべて。