不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争 作:どっこちゃん
ひとえに広大な、そして奇異なる空間であった。
魔術師ランドルフ・カーターの居城である。
その一画、石造りの一間のことであった。
並べられた石棺の中には女――淡く色づく裸の女体が並べられていた。
そのうちの一体――いや、二体が苦悶を浮かべて、蠢きはじめた。
まるで眠っているようだった黒髪の女たちは、艶めかしく身体を捩っていたかと思うと、――途端に五体を硬直させ、苦悶を浮かべた。
声にならない声を吐き出すかのように口を開き、その白い肌はナメクジか何かのような粘膜に包まれたかのように濡れそぼっている。
異常な光景であった。
蠢く五体は躍動を重ね、ついには爆発するかの如く絶叫しながら手足をばたつかせ始める。
――そろそろだ。
絶叫する。同時に、女たちの下腹部――子宮の辺りが膨らみ始める。
妊婦――どころではない。その下腹部のふくらみは赤子どころか、まるで成人男性がまるまる入り込めるのではないかと言うほどに肥大化する。
もはや本体よりも下腹部の体積の方が、明らかに上なのだ。
ついには、残った本体――手足や、豊満だった乳房、ついには頭部までもは萎縮し始める。
下腹部はさらに肥大化する。もはや内側から張り裂けんばかりに。
――否、裂けるのだ。裂こうとしているのだ。
その内部は何者かの影があった。赤子などではない。確かな意思を持つ存在が、意図をしてその
孵化しようとしている!
「女」という殻を破り、その者達は、今正に、
そしてもはや用を成さなくなったそれを押し破り、
「お帰りなさい、ヨグ。そしてニア」
その異形の光景を見ていたニグが穏やかな声で言った。
これがニグの魔術である。
いわば出産の魔術なのだ。自らの胎内に生成する『魔胎卵』を用いてより若い自らの分体を、あるいは他者の分身を、この世に生み直すのである。
古代中国に端を発する魔術であるとされ、このニグの家系が、長くその血に宿し続けてきた秘術であった。
いわば命のストックだ。
その最大の特性は、死した対象の魂を卵の中に宿すことで、もう一度記憶や技能までをも完全に複製することが出来る点にある。
つまり、戦場で死んだとしても、即時の復活と戦線復帰が可能となるのだ。
ニグのストックが尽きない限り、彼らもまた不死であるといえる。
そして何よりも、主であるランドルフ・カーターの命のバックアップを努めること。
それがこのニグの最大の役目であったのだ。
「お帰りなさい」
そう言って石畳に転がり出した男達を慰撫するのは、数いるニグの中でもオリジナルとされる個体であった。
彼女が生んだ自身の複製もまたニグとなり、その内の一体を丸ごと消費することで、もう一度別の人間を、
赤子として産むだけなら命を費やす必要はないのだが、この聖杯戦争という状況にあっては、どうしても成人状態で生まれ直す必要があった。
そう何度も使える手ではないが、死んでもやり直せるという事のメリットは計り知れない。
彼女が「秘宝」を称されるゆえんである。
「ニグ――――状況はどうなっていますか」
介抱を受けながら、ニアは問う。
最初は困惑するような表情を浮かべていたが、次第に意識を取り戻したようだ。
「セイバー、ライダーは問題なくあのキメラたちを撃破しました。流石はサーヴァントといったところでしょうか。――ただ、アーチャーのパスを追えなくなっています」
あえてパスを、というのなら、脱落したわけではないという事か。
「アーチャー? ……自分でパスを切ったのか。予測されうる行動ではあるが、どうするつもりだ? 確かにアーチャーには単独行動のスキルが……ヨグ、どうした?」
一方、ニアと共にニグの腹を突き破って姿を現した壮年の男、ヨグは、複製のニグ達に介抱されながら、いまだに
様子がおかしい。
「ヨ……グ? おかしい……私はそんな名ではない……私は……私は」
「大丈夫かヨグ。――ニグ、どうなっている?」
「記憶に混濁が生じているだけでしょう。――アレを」
ニグは自らの娘に目くばせする。何体かのニグがそそと用立てに奔る。
「ちが――う、ヨグでは、……ない。私は――私は、お前にそんな口をきかれるものではなかった……」
「しっかりしろ。ヨグ、わたしだ、ニアだ」
「違う……オマエは……私は……う、う、う」
「さぁ、これを」
娘たちから何かしらの小瓶を受け取ると、ニグは自ら衣服――と言っても申し訳程度のものだったが――をはだけ、まろび出た乳房へ、その中の薬液をとろりと注いだ。
粘性の高い、奇妙な光彩に輝くそれはニグのこの世のものとも思えぬ柔肌の上を、まるで愛撫でもするかのように、ゆっくりと流れ落ちていく。
「さぁ、ヨグ?」
その感触に背筋を震わせながら、ニグは慈愛に満ちた笑顔を浮かべて、親ほどにも歳の離れているようにも見えるヨグを、赤子のように抱擁する。
「いやだ――やめろ……止めてくれ……それはいやだ……」
壮年の男は恐慌に駆られたかのように怯え、手足を振り乱す。
「ニア、押さえていて」
「ああ、しっかりしろヨグ。我らは同じカーターさまの徒弟だ」
つんとしこり立った乳房の先をヨグの口元に差し向けるが、ヨグは応じない。
するとニグは、さらに小瓶の中身を自らの口腔に含む。
そして未だに身悶えるヨグの口へ自らの唇を重ねた。
抵抗する力に反発するのではなく、その抵抗そのものをやわやわと
唇を離すと、前後不覚であるかのように白目を剥ているヨグに、また自らの乳房を預ける。
ヨグは、乳飲み子のようにそれにしゃぶりついた。
ニグは微笑みを浮かべ、安堵したようなヨグの頭を優しくなでる。
さらに娘たちの手で、再び先ほどの薬液が、溢れるほどに注がれる。
ヨグはもはや抵抗することもなく、柔肌越しのそれをすすり続けた。
「大丈夫か?」
しばし、互いを全身で吸い合い、しゃぶり合っていたニグとヨグは、蜘蛛の巣のような粘糸を引いて身を離した。
「――うむ。問題ない。世話を掛けた」
先ほどの怯えた子羊のような表情は鳴りを潜め、そこには鬼火のごとき眼光を湛えた老齢の魔術師の顔があった。
「わたくしの魔術による転生は未だ不確実性を伴います。やはりカーターさまのお力を借りねば」
「うむ。――しかし、戻った」
「大丈夫だな?」
「うむ」
ヨグは立ち上がり、目を細めて周囲を見渡す。
「アーチャーだったな」
「そうだ。単独行動のスキルに任せての離反と見るが」
「否――あの弓兵はもっと強かな手合いだ。ニグ、服を」
未だその身体に張り付き、舌を這わせていたニグへヨグは告げる。
ニグは残念そうに微笑み、娘たちへ目配せをする。
「――もっと休んでらして? あなたたちの応援はなくとも、このままサーヴァント達に任せておけばキャスターとアサシンは討ち取れましょう」
ニグの娘たちが、まるで自らの身体をこすり付けるようにして、両者に衣装――おそらくは用視してあった魔術礼装であろう――と纏わせていく。
そのいかにも
「いや。
「では?」
「離反では飽き足らず、反旗を翻す可能性もある。手分けをしよう。私はアーチャーの正確な位置を探る。お前はイグを伴い、再びセイバーとライダーの監視を」
「いえそれが――イグは戻っておりません」
ここではじめて、悦楽以外の相を浮かべたニグは切なそうに告げる。
「なに? どういうことだ!?」
「……たしか、わたしは最期の時に、アーチャーを離脱させるためにイグ諸共、転移させた――そして、イグは戻らず、アーチャーはカーターさまの支配から離反した」
ニアは経緯を語る。ヨグは目を細め、言葉を吟味にかかる。
「(生まれ直して)戻らぬ、という事はイグはいまだ死んではいないという事か……念話の応答はあるか? 符丁は返って来るか?」
ヨグはニグに問うが、ニグは目を伏せたまま、首を振った。
「どちらもありません」
――不可解であった。最悪、彼らカーターの徒弟は、ニグと言う命のストックを持っているのだ。
もしもアーチャーの離反を知ったなら、アーチャーと戦闘を行い、死亡して情報を持って帰るのが上策。
すべては最初から言い含めてあることだ。
だが、なぜそうしない?
「わからないな。――どうする? ヨグ」
ニアは指示を仰ぐ。何らかの行動において指揮を執るのはニアだが、いざというとき、特に魔術の微細な知識を当てにできるのはヨグである。
「恐らくはアーチャーの宝具によるものだ」
「宝具? ――宝具で何を?」
ニグが、とろりとした声で問う。こんな時でさえその吐息は艶めいて、色づきそうなほどの芳香を孕んでいる。
「宝具とは単なる破壊のための道具ではない。それは時として魔術の条理をも捻じ曲げる『概念の力』を発揮素する。――ニア、アーチャーの矢を覚えているか?」
「金の矢だったな」
「それを持つ英雄――いや、神霊だが、そんなものは一つしか考えられない」
その言葉に、ニグは元より、ニアも首を捻る。
「つまり、どういうことなのだ?」
「結論から言おう――イグは敵の手に落ちた」
「そんな……ああ、イグ!」
ニグから、ありえない――とでも言うような、この妖艶な女らしくない悲鳴がこぼれた。
「どういうことだ!?」
ニアも声を上げるが、ヨグは子細を飛ばして結論を急ぐ。――これは、この男の常からの苦癖ではあったが、今は実際に急がねばならない理由があった。
「さらに言うなら、アーチャーはおそらくイグをマスターとして、自立している。あの宝具は「霊的パス」と「主従関係」を自在に操作し得る神器なのだ」
どういうことか、分かるか? とヨグは続ける。
「アーチャーは今や独立した陣営を作り上げているという事だ。魔力切れでの脱落などあり得ない。――むしろ、積極的に戦線を拡大する恐れもある――私はカーター様に
そして、ヨグは足早に石畳の上を歩み出した。
淫蕩な空気のこもる一室から出ると、ヨグは手振りで、でたらめに入り組んでいた空間を操作し、瞬く間に回廊を造りあげる。
――まるで、こので、この亜空要塞が、勝手知った自らの居城であるかのように。
「ならば、私はすぐにアーチャーの捜索を行う。――ニグ、お前は敵陣の情報を集めてくれ。アーチャー以外のサーヴァントの動向もすぐに把握せねば」
ニアの言葉に頷きつつも、ニグは不安げな視線をヨグに送る。
「ねぇヨグ――イグはどうなるの?」
「――何とも言えぬが、もしも敵の手に在るというなら――」
その時であった。
ありうべからざる警戒音が、この広大な要塞に余すことなく鳴り響いた。
最大警戒を促す警報である。――すなわち、侵入者だ。