不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争 作:どっこちゃん
『――なぜ勝てん!?』
暗闇に沈む、薄汚れた研究室の中で、雑兵からの報告を受けたキャスター、「ドクター・モロー」は激昂し、壊れたスピーカーから出るような声をわめき散らす。
『なぜ!? なぜだ!? なぜだ!? ――なぜ勝てん!?』
その激昂具合に、報告に訪れた雑兵たちはそそくさと、姿を消した。。
――敗北だ。
五体のハイエンドは総じてパスが切れてしまっている。
全滅したのは火を見るよりも明らからだった。
『こんなはずでは――こんなはずであるものか!』
無人となった闇へ、また変わらずキャスターはわめき立てる。
あってはならない。「科学」が「魔術」などと言うオカルトに、屈することなどあってはならない!
その一念故に、科学者としてのドクター・モローは狼狽え、また荒ぶらざるを得ない。
――いや、そうではない。
己の施術は完璧であった。すべてはあの魔術師に任せたのが間違いだったのだ。
あの魔術師、オルロック・オルフロスト。
あの痴れ者――下賤なオカルティストめ!
あやつめ! 時代錯誤な迷信狂の分際で、この「ドクター・モロー」の言葉を軽んじている。
それが度し難い。
キリキリキリキリ。防護マスクのつまみを意味もなくいじりながら、キャスターは口いっぱいに不満を弄ぶ。
そもそもからして「魔術師」などと言う輩を、この「ドクター・モロー」はうとんでいた。
当然だ。
この科学万能・科学旺盛・科学礼賛の時代にあって、魔術などと言うオカルトを、それも臆面もなく口にする時点で、キャスターからしてみれば、狂人以外の何物でもない。
本来、自然科学を紐解き、論理を積み重ねることで初めて可能すべき論理の御業を、何を間違ったか、魔術師などと言う無智無能の者が、面白半分に弄んでいるのだ。
これを悪夢と言わずしてなんというべきなのだろうか?
現世に召喚された「ドクター・モロー」が最初に想い、そして失望し嘆いたのは、まさにその一点においてである。
現世の先端科学者たちは何をしてるのだろうか?
なぜこんなオカルティストどもの台頭を許している?
科学の徒たるのならば、このような狂人を生かしておくべきではない。
その万来科学の力を以って、これを駆逐するのが、サイエンティストの成すべきことなのではないか?
迷信など駆逐すべきだ。魔術など存在しない。神などまやかしだ。
それを、その心理を解せず、なにが魔術だ。なにが聖杯だ。なにが根源だ。
――まったく腹ただしい。苛立たしい。
だが、だが、だが!
だが、それでも今は口を噤んで耐え忍ぶしかない。
業腹ではあったが、今はこの魔術儀式などと呼ばれる「現象」にすがるしかない。
当然、「魔術儀式」など存在しない。
奇跡などあり合えない。あるのは「現象」それのみだ。
故に、――今、この身に起っている死者の蘇生も「現象」である。
「魔術」「儀式」「奇跡」――すべては
いずれは、彼自身の手で、あらゆる魔術と名のつくすべては、科学的に解剖され、白日の下に晒されることとなるだろう。
だからこそ、今はあのオカルティストどもに調子を合わせてでも、完全な蘇生を果たさなければならない。
楽しみだ。生物学の全てを解明するのみならず、この魔術などと呼ばれる「現象」を完全に解明することとなれば、「ドクター・モロー」の名は人類におけるもっとも崇高な「知の牙城」たる科学史に燦然と輝くこととなるだろう。
そのためにも、今はあのオルロック・オルフロストに従うふりをしなければならない。
幸いにも、魔術師などと名乗るオカルティストの頭の中は、己にとって都合のいい妄想で占められているに違いない。
故に、この崇高なサイエンティスト「ドクター・モロー」の胸の内に思い至ることなどあり得まい。
まずはそれでいい――それでよかったのだ。
にもかかわらず、彼が技術の粋を集めて「調整」した獣人――ハイエンド・キメラたちは、敵対サーヴァント、即ち「英霊」だとかいう人類史上の汚点に、敗北したのだ。
――ありえない。
高々、偶然が重なっただけの、戦場で、或いは薄汚い法政に駆られて、それで
理不尽だった。
科学が敗北するなどあり得ない。あってはならない。
ましてやオカルトや、蛮人や、為政者などに、科学が退いていいわけがない。
科学を奉ずるものこそが「人」なのだ。
それ以外の愚物は、「人」ではない。ただの汚らわしいケダモノだ。
――そうだ。故に、「知の先駆者」である己には、この汚らわしい凡俗どもを、『活用』する権利がある。
そうだ。そうだ。そうだ。
「質」にこだわったのが問題だったのだ。
ならば「量」でもって、障害を排除すればよろしい。
この極東の地には、「自然科学」を標ぼうするでもないサルのごとき蛮人が数多く生息している。
これを使うべきだろう。
「科学者」であり、「知の先駆者」「科学と言う神に近き者」である己には、これらの資源を活用する権利がある。
そうだ、権利とは「知」に由来するもの。
ゆえに、権利とは「科学者」にのみ許されしものなのだ。
なぜ今までこれに思い至らなかった? ――いや、思いついてはいたのだ。しかしあのオルロックめが、あのオカルティストめが、「神秘は秘匿されなけばならぬ」等とのたまったからだ!
嘆かわしい。己の学術成果を秘め隠してどうするのだ!?
そうだ、逃げ隠れていては以前と同じだ。あの孤島に隠れ潜んでた時と何が違う?
間違いは、失敗は――是正されなければならない。
なによりも、この研究成果は人類に福音をもたらす。
隠す意味などない。
この時代なら、少なくとも一部の知者たちは、この「ドクター・モロー」の研究に理解を示すことだろう。
うむ。うむ。うむ。
うむ。――ならば、もはや事後報告で構うまい。
急ぎ、残りの雑兵を陣営の外へと放ち、疾く「人間の獣人化」を推し進めよう。
この地の蛮人どもを残らず兵と成せば、たかだが孤軍の「英霊」ごとき、相手にもなるまい。
うむ。うむ。うむ。
そうだ。そうすべきだ。
ならば、急ぎ「獣人化薬」を用意せねば!
「ドクター……」
しばし、黙していたキャスターが、周囲の資材・資料をかきまわすようにして動き出そうとしたところで、声が掛かった。
『おお、――おお!! 無事だったかスラッグ! いいぞ! お前がいれば造作もない。急ぎこの地の蛮人どもを獣と化して――』
「ヒヒン。なにいってる? それ、お父様が許さないし、
そう言ってキャスターに近づいたスラッグは、無造作に、キャスターへ金色に光る何かを突き立てていた。
『――――――ッッ!?』
ピー・ガー。
マスクの裏のスピーカーがつんざくような音を上げる。
「うるさいよ。ドクターはホントにうるさいよ。いつもよ」
『キサマ――なにを……。マ、マスター、なにをしておる、マスター!!!』
キメラたちを直接的に縛り、また監督するのはオルロックであったはずだ。
少しでもキメラたちに造反の意思があるなら、オルロックが気付いたはずなのだ。
それが!? なぜ!? なにをしている!?
愚鈍なオカルティストは、そんな事さえまともにできないのか!?
『なにをしておるマスター! オルロック!! 造反じゃ! はやく――』
地に崩れ落ちたキャスターを見おろし、スラッグはクスクスと忍び笑いをこぼす。
「ヒヒヒン。だからドクター、バカにされるよ。大事なところを人任せ。実験にしか興味ない。だからこういうことになるよ――、〝お父様〟ならここよ」
そう言って、スラッグはなにか、重苦しい音のするものを投げ放った。
キャスターの眼前に転がったそれは、切り取られたオルロック・オルフロストの首であった。
『――――ッ』
「気付きもしない。ホントにおバカよドクター。獣よりもおバカ。ヒヒヒン。――あのアーチャーが居てよかったよ。おかげでこんなに簡単よ」
『キ・サ・マ――よくもワシの! よくも、このワシの、被造物の分際で――――――!?』
倒れ伏したまま叫ぼうとするキャスターのマスクを押さえつけ、スラッグはまたクスクスと笑って見せる。
もはや我慢が出来ないとでも言うように。
「おバカなドクター。本でも読んだよ。ドクターの本よ。同じ理由で動物に殺されたのに……また、同じことになるよ」
『ヒッ』
逃げようとしているのか、不恰好に短い手足をばたつかせるキャスター「ドクター・モロー」の身体が、沸き立つ影に囚われる。
「でも、安心していいよドクター。ドクターには生きててもらうよ。まだまだ、この注射は必要よ。――ただ、いろいろ面倒だから、ドクターにはこれ、あげるよ」
キャスターが応える間もなく、手に執った何かをスラッグはキャスターの身体の奥深くまでめり込ませた。
血しぶきが上がり、絶叫が闇にコダマした。
「あの、
キャスターは苦痛と苦悶に塗れながら、体内の深くまで捻じ込まれた肉の塊が、体内で脈動し始めるのを感じて震えあがった。
何が起こっているのかを正確に予想することができたからである。
それ故に、その恐怖もひとしおであった。
これが生身であったなら、とっくに失禁していたことであろう。
「いいよ。ちゃんと根付いた。――あとはこれ、ドクターの「宝具」」
だが、スラッグはそんなものに取り合わなず、机の上に投げ出されていた注射器を手に執る。
『や、め――やめ』
「やめないよ? ――クスクス。あのアーチャーはいい奴よ。ヒヒン」
そして、「お前もそう思うよ?」 と、呟いて、スラッグは自らの影から巨大な四足の影を吐き出す。
『――――ッ!?』
「じゃ、打つよ」
注射を打ち込まれたキャスターはしばらく汚らしい血へどのなかで悶絶してたが、すぐにおとなしくなった。
「で、おまえにもこの注射、やるよ」
スラッグは巨大な獅子にそうつぶやき、注射を打つ。
「これで良し。――さぁ、これで、
注射を受けた二匹のケダモノは、しばしそれぞれに蠢き、形状を
「ヒヒン! ――やったよ、ワシ、王さま。ワシ王さまなのよ!」
スラッグはまるで産声を上げるかのように、快哉を叫んだ。