不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争   作:どっこちゃん

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ランドルフ・カーターの居城――潜入

 すさまじい瘴気(しょうき)であった。 

 

 イグの導きによって、カーターの居城へ侵入していたアーチャーとイグ、アサシンとリアの四名は、静かに、この狂ったような要害の中を進んでいく。

 

 しかし、この奇怪な光景はどうしたものか。

 

 魔術師の居城――それは確かなのだろう。

 

 条理の及ばぬ結界。魔導の深奥たる魔術師の体内そのもの、とも形容される場所だ。

 

 もとよりただの要害であるはずがない。

 

 だが、この光景はあまりにも奇怪すぎた。

 

 それはもはや建築物による、一種の生態系を想わせる。

 

 産卵する家具。寄せ返す回廊は波打ち。蠢く柱。群れ成す窓は壁面を這いまわり。四足のテーブルは奇怪な鳴き声を上げ、ランプフェードがそこかしこに生い茂る。

 

 ――そして何よりも、それらが造り出すうっそうとした暗闇には、決して姿を表そうとしない何かが、確かに、そして息を殺して潜んでいる。

 

 まるでこの空間に堆積する空気そのものが、隙を見て人の肺腑を腐らせようと企む猛毒の擬態であるかのようだった。

 

 間違いない。ここに常人が入りこめば、まばたきの間に正気を失うだろう。

 

 まるで狂人の悪夢をそのまま具現したかのような、そんな光景だった。

 

「どうだいお二人さん?」

 

 そんな光景を前にしながら、可憐に微笑むアーチャーは、寄り添うような二筋の影を振り返る。

 

「このヘンテコな、ランドルフ・カーターの居城。そのご感想は?」

 

 ――しかし、両者はこの空間が寝違えたかのような景観にも、そこら中からあふれ出てくる奇々怪々な生物もどきに対しても、何らの感動を見せなかった。

 

 巨躯の暗殺者、サーヴァント・アサシンと黒薔薇の令嬢兵器、リア・ファルである。

 

「んー、リアクションうっすいなぁ」

 

「それよりも、確認だ。――アーチャー。同盟は、カーターを仕留めるまででいいのだな?」

 

 アサシンが、まるで(ヒル)のように壁にへばり付く万年筆を払いのけながら、言う。

 

「ん―? まぁ、何とも言えないけどねぇ。ぼくの目的はそういう「結果」にじゃあなくて、あくまで「過程」にあるんだよねぇ」

 

 あんまりサクッとカーターを殺して終わりってのものなぁ……。

 

 とアーチャーは言葉をはぐらかす。

 

 本心ではあるのだろうが、なんとも歯切れが悪い。

 

 思えば、この一向には明確な行動方針というものが欠けていた。

 

 それぞれに望みはあるわけだが、なにがなんでも、疾くカーターを殺さなければならない、という事情を持つ者がいるわけではない。

 

 しいて言うなら、アーチャーの好奇心を満たす、というのが、この行軍の目的なのである。

 

 アサシンがいかにも居心地の悪さを持て余している風なのも、そのせいであろうか。

 

 答えの出ない問答が苦痛なのだろう。アサシンは言葉を切り、再び、脈動する大理石の壁面に傷を付ける。

 

 そこには歪んだ五芒星のような形の焼き印があった。

 

「これは――ランサーの仕業か」

 

 唐突にアサシンは口走った。

 

 数瞬を置いて応えるのは、他の三人を先導するイグだ。

 

「はい。――ですが私も詳細については知らされていません」

 

 この五芒星の印――アサシンにしても見覚えのない術式であった。

 

 ――あのランサーは何処の英霊なのだ?

 

 セイバー・アーチャー・ライダー。

 

 御三家がそれぞれに召喚したサーヴァント達を攻略する過程で、アサシンは当然ランサーについても間諜を怠ってはいなかった。

 

 だが、得られた情報は一つ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()という事だけだ。

 

 未知である、というのはそれだけで危険なことだ。

 

 ――本来なら万全を期すべきだ。

 

 しかし、今回はやはり勝手が違う。優先しなければならないことがある。

 

 それがアサシンの行動と思考をためらわせる。

 

「――大丈夫か?」

 

「……うん」

 

 顔も向けずに声を掛けてくるアサシンに黒薔薇の少女、リアは幼げな仕草で頷くが、未だにその顔色はすぐれない。

 

 この空間に堆積する瘴気のせいだ。魔術使いとはいえ、なんの加護もない人間には、さすがに堪えることだろう。

 

 時間を撒き戻せばいいのだろうが、当然巻き戻した分の魔力を消耗する。

 

 兵器として運用されていたとはいえ、消耗しないわけではないのだ。

 

 いまは耐えてもらうしかない。

 

 一方でリア以外の面子はこの瘴気を苦にしていない。

 

 サーヴァントに堕してなお高い神性を持つアーチャーはもとより、イグにとっては古巣、アサシンにしても、この毒電波のごとき瘴気はむしろなじみのものであった。

 

 本来は無視して進んでしまっても問題は無いのだ。

 

 しかし、それでもアサシンはその都度、瘴気の元であるらしい五芒星の印を解除していく。

 

 全てはリアに負担を掛けないためなのだ。

 

 全ては彼女を、――己が守るのだと決めた少女を(おもんばか)るが故に。

 

 それは何ともたどたどしくも不慣れで、なによりも甲斐甲斐しい姿であった。

 

 その様を見ながら、アーチャーは()()()()と頬をくゆらせている。

 

 アサシンにしてみれば造作もない作業なのだとしても、少女の様子を見ながら、一々先回りをして障害を排除して行く様は、歩き出したばかりの幼子を世話する老爺のようにさえ見える。

 

 アーチャーとしては笑いをこらえるので精一杯であった。

 

 あの「山の翁」が、まさかこんな真似までして見せるとは。

 

 役者が役者なだけに、まるで道化の猿芝居だが、それでも当人たちはいたって真剣なのだ。

 

 その滑稽さに、そのちぐはぐさに、当人たちだけが気付いていない。

 

 なんとも悲しく、そして面白おかしい様ではないか。

 

 ――人間とは、滑稽だ。だからこそ、()くも愛おしい。

 

「我慢しなくていいさ。ボクの近くに居なよ。神様の近くにはそもそも瘴気(わるいもの)は寄ってこないからさ」

 

 言って、アーチャーはバラの茎のようなリアを抱き寄せた。

 

 ――無論、これはアサシンの反応や如何(いかん)? という悪戯心の成せるところなのだが、――当のアサシンはただ合理性の面から頷くだけである。

 

 あらら、恋人ってよりは、やっぱりおじいちゃんと孫娘って感じなのかな。

 

「……うーん、もうちょっとワザとらしくないとダメかぁ……もっと、こう? こう?」

 

 兎角、このままではつまらない。もっと奇態な反応を見せてもらいたい。

 

 欲を言えば、このトウヘンボクを絵にかいたような間抜けな暗殺者が、嫉妬に震える様を見てみたい!

 

 そうして、アーチャーはあれやこれやとリアを撫でてみたり、すり寄ったりしてみるのだが、当のアサシンにもリアにも、イマイチ意図が伝わっていないようだ。

 

 うーん、これは難しい。でもあきらめないぞ

 

「…………」

 

 と、アーチャーが一人で肩を落としたり意気込んだりしている様へ――壮絶な視線を送るものがあった。   

 

 イグである。それ以上の抗議はなにもない――が、そこにはこの上なく壮絶な嫉妬、或いは飢餓感にも似た我執が見て取れた。

 

 イグは薄笑いを浮かべた。

 

 そして、その手が、不意に結界の布石に触れた。

 

 とたんに、轟くような警報が鳴り響く。

 

 

 

 

 

「なにをしている」 

 

 声を上げるのはアサシンである。

 

「申し訳ありません」

 

 イグは謝罪したが――アサシンにはそれがあえて行ったよう事の様に見えた。

 

 警戒の魔術。さして難しいものではない。何よりも、この要害を勝手知ったるはずのイグがこれを見過ごすとは思えない。

 

 アサシンは警戒を強める。イグ自身に対しての警戒を。

 

「――イグ?」

 

 しかし、そこであらぬ方から声が掛かった。

 

 か細くも震えるような女の声だ。

 

 視線の集う先にまろび出たのは、肌も露わな黒髪の女だった。

 

 イグをしかと認めたその女は、誰もが愛する者へそうするように、すぐにそこへ駆け寄り、

 

 ――毒牙へと掛けられた。

 

 笑顔でそれを迎えようとした――イグの毒牙へと。

 

「そんな……イ、グ……どうして……?」

 

 応答はない。ただ、牙が返答を兼ねるかのように、その命を引き裂いた。

 

 愛する者の面影を持つ女を、引き裂いた。

 

 その命は、みずみずしい五体に蓄えられていた魔力諸共に、このイグの――否、愛する者の牙にすすり上げられることとなった。

 

「……申し訳ありません」

 

 そして、もはや空となった女の遺骸を投げ捨て、イグは謝意を告げる。

 

 視線は警戒を見せるアサシンではなく、その背後にあるアーチャーへ向けられている。

 

 しかし、そこにしおらしく(おもね)るような様子は見受けられない。むしろ、まるで見せつけるかのような具合だった。

 

 いや、まさに見せつけているのだ。

 

 お前の為にここまでやったのだ、と言外に伝えようとするかのように。

 

 あえてやったのだ。愛するものを手に掛けたのだ。すべてはお前の、あなたさまの為に。

 

 主人の前で尻尾を振る犬――もしくは、恋人に構ってほしいがために自傷行為に走る少女のように。

 

 イグはあえて残虐に、かつて愛した女の遺骸を踏みにじってさえ見せる。

 

 壮絶な、もはや表現のしようもない喜悦さえをもその歪んだ顔に(にじ)ませて。

 

 さしものアサシンも意図を判じかねてアーチャーを窺う。

 

 ――が、アーチャーの対応は素気ない。

 

「ふぅーん。ま、いいや。別に忍び込むのが目的でもなかったし。それより、回復したかい?」

 

 アーチャーは()()()肩をすくめるようにして応える。

 

「……はい」

 

 イグは目を伏せる。押し隠すことも出来ない歯ぎしりと共に。

 

「よっしよし。これで僕の魔力も補充できるし。前衛も戻って問題なし、だね」

 

 尋常でないイグの様子にアサシンはアーチャーを見るが、アーチャーは「問題ないよ」と手ぶりで応える。――が、当然、問題が無いわけはない。

 

 彼の宝具による弊害である。

 

 金の矢に射抜かれた者は狂信に近い忠誠心を持って思慕の対象に尽くすが、その想いが成就しようとしまいと、いずれその行動は過激化していくのだ。

 

 特に、鉛の矢を併用してもともとの慕情を捻じ曲げるような使い方をすると、破綻もまた早まってしまう。

 

 恐らくイグの暴走は、ここからさらに加速していくことだろう。

 

 そもそもからして、そんなに都合のいい宝具ではないのだ。

 

 ――さて、どうしたものか。

 

 と、アーチャーは内心で首を捻る。

 

 いっそ、このままさっさと渦中の人物であるランドルフ・カーターが姿を現してくれれば手っ取り早いのだが――。

 

 と、その時だった。

 

 ――生きて繁茂する奇異なる空間が、まるで積木細工のように切り分けられ、パズルの如く組み替えられていくのを、一向は目の当たりにした。

 

 そして組み替えられた空間――もとい、この屋敷そのものが、巨大な(アギト)となって牙を剥いた。

 

 次の瞬間、アサシンの巨躯が、冗談のように貫かれた。

 

 いままで、ただの壁面であったはずのそれに。

 

「うーん、ハズレだなぁ。()()()()()()()()。――っていうか」

 

 アーチャーはそれを仰ぎ見て、胡乱気(うろんげ)な言葉を漏らす。

 

「キミらさぁ、さっき死ななかったっけ?」

 

 そこには虚空を闊歩するニア――そしてヨグの姿があった。

 

 先ほど、確かに死んだはずのカーターの徒弟たちだ。

 

「――異想反魂(ザバーニーヤ)

 

 一方、こちらも完全に死んだ状態だったアサシンの口腔からは、呪詛のごとき言葉が漏れ出した。

 

 

 

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