不死の暗殺者 9対9 チームバトル型聖杯戦争 作:どっこちゃん
つい今しがた、隆起した壁面・床面に胴体をぶち抜かれたアサシンだったが、すぐに自らの胴体とはらわたを引きちぎり、何事もなかったかのように武器を執った。
相変わらずの不死身ぶりである。
「アサシン……大丈夫?」
「問題ない」
黒薔薇の乙女、リアは傍らでアサシンを
いままで、アサシンの不死性も彼女の時間退行と同じように傷が治っている……
だが、今見たアサシンの身体には、それまで存在しなかった、奇怪な色合いの獣毛が密生していたのだ。
何かの装備品か? ――否。つい先ほどまでそんなものを見当たらなかった。
新たに取り出した宝具の類い? ――それも違う。
アレは、
もっと、なんというか、アサシンの身体から直接生い茂っているかのような。
まるで、
得体のしれぬ、ただただゾッとする感覚に、リアは細い肩を震わせた。
「気にするな――それよりも、敵を見ろ」
アサシンがすぐにローブで身を隠したため、それ以上は傷を
アサシンに言われて自らも武器を構えたリアだったが、その凝り固まったような視線は依然としてアサシンの五体に向けらている。
一方、リアと同様にアサシンの異常な能力に見入っていたヨグだったが、ここでさらに強く、盛大に、いっそ散らかすかのように、この空間そのものを操作し始めた。
周囲は瞬く間に混沌に包まれる。まるでミキサーの中に放り込まれたかのようだ。
ヨグは――この、『ランドルフ・カーターの徒弟』だという魔術師は、完全にこの要害内の空間を支配しているようだった。
魔導の粋を極めたかのようなその振る舞い、そのその在り様は、徒弟などと言うレベルではなく、まさしく一線級の魔術師そのものだと思われた。
その渦中にあったアサシンとニアの肉体は、もろともに切り刻まれ、押しつぶされて行く。
――が、その
ヨグは金切り声を上げて飛びのく。
空間転移だ。空間を操作し距離を取ろうとしているのだろうが、影のように無音で迫るアサシンの前には無意味である。
さらに、先行するアサシンを援護するように、リアも自ら疾走しながら両脇に抱えたステアーAUG・コンバットカスタムを乱射する。
空間が歪んでいるため命中は望めないが、とめどなく乱射される魔弾の雨はヨグの行動を著しく損なうものだ。
「――ヨグ!」
ニアが叫び、持ち前の火炎をまき散らす。
先ごろ、キャスターの陣営で使用された火花程度の魔術とは一線を画す巨大な炎であった。
ヨグと同様、この結界の中ではその能力を極大的に増幅されるようだ。
――が、
「ねー、それで、なんで死んだはずの人らが出歩いてるのさ?」
アーチャーの放つ矢は、ニアの足元に着弾すると、その周囲を消し飛ばすほどの勢いで炸裂した。
いかに極大化しようと、しょせんは魔術師レベルの力でしかないのは変わらない。
「……よろしいので?」
その身を守るように立ちながら、イグが問う。たしかに
「ダイジョブダイジョブ。ボクの宝具は特別製でね。「人の数だけ」あるんだよ。2・3本使い捨てても問題なし。――ま、魔力は消耗するからただじゃないけどさ」
言って、さらに金の矢をつがえる。
「で、なんであの人らは蘇ってんの? しれっとさ」
「アレは、……ニグの秘術です。自らを「人の卵」と化すことで、体内に植え付けた胚から、望む相手を、何度でもこの世に転生させることが出来ます」
「転生……。大雑把に言えば
「さらに、自分自身を生み増やすことも出来ます。つまり、無数に命のストックを用意できる、ということ」
「なるほど、道理でおんなじ顔の女中さんがたくさんいるなと思ってたよ」
アーチャーはケラケラと笑い、そして肩を落とした。
「なんていうか、不死身の奴らばっかりだなぁ。こう、
「……」
イグが何事かを言おうとしたところで、周囲のしじまがざわめき始めた。
そして、いったい今までどこにいたのか、気が付けば周囲は、奇怪なバケモノに埋め尽くされていたのだ。
不定形の人型。生きた炎の猟犬。黄衣の倭人の群れ。巨大な翅をもつヒキガエル……。
それらがそこかしこから姿を現し、そして襲い掛かってきた。
その様は、もはや形容の及ばぬ奇怪な怪物の群れであった。
まるで狂人の見る悪夢に迷い込んだかのようだ。
「――芸がないなぁ」
しかし、それを見るアーチャーの視線は冷ややかだ。
確かに見た目こそ奇怪であったが、この化け物共は大した脅威ではない。
むしろキャスターの作り出したキメラのほうがよほど強力だったといっていい。
いかに奇怪でも、いまさら雑兵にてこずる英霊とマスターたちではない。
その証拠に、ヨグを守るように出現した怪物どもは、はっきり言って柔な障害物以上の役割を果たせていなかった。
アサシンの殺手は元より、リアの機銃掃射によって、どんどん殲滅されてしまっている。
さらにリアは、二挺のステアーAUG・コンバットカスタムを逆手に持ち替え、その打突対応用の強化フレームを振るい、バケモノどもを撲殺していく。
か細い手足は武装と共に歪みねじれ、限界を超えた駆動によって全身から血がにじむ。
しかし、彼女はそれに頓着しない。それを物ともせぬための施術が、すでに施されているのだ。
そう、アサシンと同じように。
そして、リアの五体と装備は直ぐにリセットされて元に戻る。
永遠に殺し続ける、生きた機械人形。一個の殺戮兵器としての性能は明らかにアサシンのそれよりも上だといえた。
だからこそ、アサシンはやましさを覚える。
「……あまり前に出るな。身を
「でも……」
アサシンの指示に、リアは不服気な声を漏らす。――つい数刻前には考えられなかったことだ。
リアにしてみれば、むしろ自分が前に出てアサシンの負担を減らさねばという思いがあったのだろう。
自分の不死性と、アサシンのそれとは性質が異なる。
アサシンのそれは、あまりにも致命的で、取り返しのつかいものであるかのように見えていたはずだからだ。
「……」
アサシンは嘆息した。わざわざ開示するような事でもないが、言い含めておかねば疑念と暴走を招きかねない。
一度、自らに備わる「暗殺機構」を明示しておく必要があるだろうか。
理解すれば、リアも納得することだろう。
最初から――――そう、
「やるぞ、ヨグ」
「――うむ」
名状しがたいバケモノを隠れ蓑にして合流したヨグとニアは、同時に何事かの詠唱を始める。
闇間にとろりとした炎が灯り、そこから投影された影が重なる。
次の瞬間には若年の青年、ニアの姿は消え失せ、もう一人のヨグの姿が出現していた。
まるで鏡写しの様に、ヨグの姿を写し取ったということだろうか?
「まーた、なんか始めたなぁ」
雑兵を肉塊にしつつ、アサシンの元へ歩み寄ったアーチャーはつまらなそうにこぼす。
「姿見の「投影」かぁ。――悪いけどもう、前座はおなかいっぱいだなぁ」
そうして、再び引き絞った矢を放つが、それは空を切った。
「――んん?」
老齢の魔術師、ヨグの姿がブレる。
二人だったのが三人に。三人だったのが六人に。
さらに、リアも機銃でヨグを撃つが、それもまたすり抜けてしまう。
「――虚数域の魔術かな?」
「いえ。彼等の魔術は炎による幻術と空間操作だけのはずです」
イグが応える。
「じゃあ、単純に見えているものとそうでないものが別なだけね。アーナログー」
――とはいえ、さて、どうしたもんかな?
と、続いたアーチャーのつぶやきに、嘆息交じりに応えたのはアサシンであった。
「問題ない」
「んぉ? どうすんの?」
アーチャーの問いには答えず、アサシンは何のためらいもなく鉄の杭のような短剣で、自らの右目を突きつぶした。
「――
なにごとかと眼を向いたのは味方ばかりではなかった。彼らを取り囲むヨグの群れも、一様に驚愕を露わにしている。
「ハハ――なにやってんの!?」
アーチャーは目を剥きつつ喜悦を浮かべ、リアは悲壮な声を上げた。
「アサシン!?」
滑る様な骨のヘルメットを染めるようにして血が溢れだす。
それを慮るようにリアが飛び付いた。震える指先で、血に濡れるアサシンの仮面に触れる。
「どうして――」
が、――
「猿芝居はやめておけ。――
今しがた潰したはずの眼窩の奥で、何かが――奇怪な輝きを見せた。
およそ、人の眼光とは思えぬかのような。うごめくような輝きを。
そして首を刺し貫かれた少女の身体は青年――ニアへと変貌し、崩れ落ちた。
「あらら……」
「おまえも消えろ。――言ったぞ。見えていると」
すると、肩をすくめたアーチャーの姿が消える。次いで、イグの姿も消える。
周囲を埋め尽くしていた怪異の残骸も消え失せ、後に残ったのはアサシンだけだ。
とっくに分断されていたのだ。
今は四者がそれぞれに分断され、周囲に仲間がいると思わされていた状態だったのだろう。
「なるほど――キサマの宝具の意味が分かけてきた」
重苦しく思案し、推し量るかのようなヨグの言葉を取り合わず、アサシンは前に出る。
もはや空間操作による目くらましは通用しない。本体は見えている。
アサシンの秘術によって
大方、このヨグとかいう魔術師が空間を操って各人を隔離、そして味方に化けたニアが隙をついて一人一人始末していく、というハラだったのだろう。
なるほど、よくできている。暗殺の仕込みとしては及第点というところだろう。
ヨグが手を伸ばす。すると再び床面が波打ち、飛沫が刃と化す。
――が、アサシンはこれを躱し、一足飛びにヨグの心臓を突き刺した。
「無駄だ。――空間を武器に出来ても、貴様は武器を扱う戦士でも戦術家でもない」
そして突き刺さった杭は内部のバネ仕掛けの機構によってさらにヨグの内部へ打ち込まれ、その心臓完全に粉砕した。
「然り、然り――。だが、この死にも意味はない」
声は心臓を貫かれた老人からではなく、アサシンの背後から聞こえた。
「命のストックはまだまだある」
「それを全て殺しつくす間、キサマのマスターは生き残れるかな?」
「キサマの言うとおりだ。魔術師は戦士でも戦術家でもない」
「だが、勝つのは魔術師なのだ」
四人ものヨグが居並び、それぞれに言葉を継いで語り掛けてくる。
幻影ではない。実態だ。
例のニグとか言う女を使っての複製か。
「――いいや、手間は取らせん」
だが、そうして薄ら笑いを浮かべるヨグ達の前で、アサシンはまた、己の左手を切断して見せた。
「
絶叫が響いた。
つい先ほどまで殺されることさえも厭わず、超然と薄ら笑いを浮かべていたヨグの群れは、一気に阿鼻叫喚の様相を呈することとなった。
「――なにを!? なにをしたァ!?」
その言葉よりも早く、それまで分割隔離されていた空間が元に戻り、同じ顔をした複数のイグ・リア・そしてアーチャーが互いに顔を居合わせる。
それぞれの味方のフリをして隙を突こうとしていたニアだ。
こちらも、ヨグと同様に複数人が「炎の投影」による変身魔術を使っているようだ。
「――おわっと!? どうなってんの!?」
アーチャーのみが頓狂な声を上げ、イグとリアも、警戒を露わにする。――が、
「もう終わっている」
アサシンは静かな声で、そう断じた。
すぐさま、先ほどのヨグと同様に、ニアたちも苦しみ始める。
変身の魔術は解け、同じ顔をした若い男たちが、次々と倒れ伏し、床面でのたうち始める。
「――――なにを、な、にを……」
「毒だ」
簡潔にアサシンはそう言った。
そして、先ほど切断したはずの左手を掲げて見せる。
それは見事に再生していた。
――が、そこにあったのは人間の手ではなかった。
ムカデか、或いは巨大な蠍の尾か、兎角、おぞましくも奇怪な異形のパーツが、人間の左手を模すかのごとく、イビツに繋がった状態で、そこに存在していたのだ。
その人差し指に相当する蠍の尾のような触手の先から、奇妙な色合いに輝く粘液がしたたり落ちている。
「魂――あるいは『イデア』というのか、それを侵す異界の魔物の毒だ。同じイデアを共有して命のストックを増やそうとする魔術師を殺すための毒、といえばわかるか?」
淡々と、まるで理解の及ばぬような事柄を、アサシンは解説して見せる。
イデアとは、ギリシア哲学において、時空を超越した絶対的な実在であるとされ、あらゆる実体の雛形であるとされる概念である。
ヨグという存在がここにあるならば、その雛形たるイデアも存在する。
そしてヨグという存在が複数同時に在るというなら、そのすべてのヨグは、同じイデアを共有しているということになる。
今、重要なのはこの点である。
もしもイデアに直接干渉する毒が存在するというなら、そのイデアを雛形とする、すべてのヨグは同時にその毒に侵されるということを意味する。
「い――異界、の……!?」
床に伏すニアが、呻くように問う。
「詳しくはオレ自身も知らない。――ただ、ここではないどこか、異次元とでもいうべき彼方に存在するバケモノどもだ。――オレに施された術式は、オレの欠損した部位をこの異次元のバケモノどものパーツと
アサシンは、言葉を忘れて目を剥いているアーチャーはじめ三者にも分かるように解説した。
しかし、この意味を、この不死のカラクリを、だからと言って理解できるものなど存在しようか?
「大事なことだけを確認しよう。――この異次元の猛毒はイデアにまで届く。そして気の毒なことに、接触する全ての生物を介して伝播する。つまり、どれだけストックを用意しても無駄だということだ」
ニアは眼を見開く。――もはやストックなどないのだ。
今安全な場所に用意してあるストックも、いや、それだけでなくそれを宿しているニグまでもが、この猛毒に侵されてしまうとしたら……。
「ニ……ニグ。私たちの、ストックを破棄しろ……カーターさまのストックを……死守……」
「無駄だ――お前にまで毒がまわっているのが証拠だ。お前たちはとっくに全滅しているのだ。――この
アサシンの声は、もはや届いていなかった。
直接毒を受けたヨグ、イデアを共有するそのストック、そしてそのストックを宿していたニグ、そして同様にニグにストックを預けていたニア。
その全てに、毒が回ったのだ。イデアを介して伝播するこの猛毒は、複数存在を許さない。
「命を複製した程度で、逃げられると思ったのか? ――この『
「いや――ちょっと言葉が無いなぁ……」
静かに言い放ったアサシンの言に、さしものアーチャーも怖けた声を上げる。
――あの開頭手術は
「これで、あのランドルフ・カーターも終わりだろう。ヤツ自身もストックを用意していたなら、それを介してとっくに毒に犯されている」
終わりだ。と静かにアサシンは断じた。
そして自らの人差し指をちぎり取り、周囲にくすぶっていた炎に投げ入れた。
そして、一仕事終えたかのように息を吐くアサシンを、――一条の涙が見つめていた。
リアだ。
リアは、ただ茫然と、アサシンを見ていた。
アサシンを見て、ただ、涙を流していた。
声が声にならないとでも言うように、喉を震わせながら。
その有様を見て。そのアサシンの、彼が送った人生を察して。
「アサシン……」
アサシンはその言葉に応えず、ただリアへ近づいて、その頭へ、まだ人の形と体温を持ったままの右手を乗せた。
「気にするな――俺の人生はとっくに終わっている。お前は、
そう言って、リアの頭を撫でた。
いつくしむように。お前だけは、こうなってくれるな、と。
「んー、コレで一件落着ってことなのかなぁ?」
アーチャーが、何処か不満そうな声を上げる。
だが、命のストックを担っていたニグが全滅している以上、そのストックを用意していなかったはずのないカーターが生きている可能性はない。
歪に組み替えられたまま伽藍洞になった邸内は、ただ闇だけを湛えている。